流体潤滑理論に基づく表面テクスチャの効果 | ジュンツウネット21

「流体潤滑理論に基づく表面テクスチャの効果」  2010/10

同志社大学 平山 朋子

はじめに

近年,表面テクスチャの効果に関して多くの議論が取り沙汰されており,実際,摩擦低減に寄与するその効果や成果に関する報告も多い。

このような表面テクスチャが注目を集めるようになった理由の1つに,テクスチャ加工自体が多様化し,深さ,形状など,様々なテクスチャ形成が容易になったことが挙げられる。流体潤滑領域におけるテクスチャとしては,従来は動圧グルーブのような,いわゆるマクロテクスチャが主流であり,軽荷重領域でのみ適用可能であるというイメージが先行していた。しかしながら,近年のテクスチャ加工の多様化は,流体潤滑領域の拡大や流体潤滑領域での摩擦低減など,高荷重域における摩擦特性向上をも視野に入れ,かつ,それらの効果を意図的に狙うことを可能としている。

本稿では,基礎的な流体潤滑理論に基づき,(1)流体潤滑領域の拡大,(2)流体潤滑領域での摩擦低減,の2つの効果をもたらすテクスチャ形状に関して概説する。

1. スライダ軸受のストライベック曲線から見るテクスチャ設計の基礎

はじめに,図1に示すような傾斜平板軸受(スライダ軸受)を考える。このスライダ軸受は入口側と出口側のすき間比αを保ったまま,上下動するものとする。そのとき,レイノルズ方程式より,摩擦係数μはゾンマーフェルド数S(=ηU/W)の1/2乗に比例する曲線となる。その一例として,すき間比α=2,軸受の長さlx=lz=1mm,ηU=0.1g/s2の場合のストライベック曲線を図2に示す。

スライダ軸受模式図

図1 スライダ軸受模式図
 
スライダ軸受のストライベック曲線一例

図2 スライダ軸受のストライベック曲線一例

これより,すき間比を一定にして上下動するスライダ軸受は,1)どのような高荷重であっても必ず釣り合うすき間が存在する,2)√の中にS-μ直線の傾きβはすき間比によって異なる,という特徴を有すると言える。図3に,すき間比αと直線の傾きβの関係を示す。また,すき間比αと負荷容量Wの関係を図4に示す。これより以下のことが分かる。

(1)ゾンマーフェルド数が同じ場合,すき間比が大きいほど摩擦係数は小さくなる(ただし,ある値に漸近する)

(2)しかし,最大負荷容量をとる最適すき間比は存在し,その値は約2.3である(無限幅軸受の場合,2.16)。

αの変化に対するβの値

図3 αの変化に対するβの値
 
αの変化に対するWの値

図4 αの変化に対するWの値

なお,仮にすき間が0.5μmに達した時点で境界潤滑域に遷移すると仮定してその地点に×で印を付けるとすると図5のようになる。つまり,これらより,すき間比が大きいほど摩擦係数は小さくなるが,α=2近傍としたほうが大きな負荷容量が見込め,結果として,流体潤滑領域をより広くとることができると言える。

αを変化させた場合のストライベック曲線

図5 αを変化させた場合のストライベック曲線

一般的なスライダ軸受は,すき間比を保ったまま上下動することはできない。入口側と出口側のすき間の差をhとし,そのすき間差を保ったまま上下動すると考える。h=5μmとしたときのストライベック曲線を図6に,また,すき間の差hを変化させたときのストライベック曲線を図7に示す。すき間差を一定する軸受の場合,摩擦係数の勾配はやや急になり,また,低S側で漸近する傾向になる。これらより,以下のことが分かる。

(1)すき間差が大きいほど摩擦係数は下がる。

(2)すき間差が小さいほど最大負荷容量は大きくなり,摩擦係数が漸近する地点は低S側まで広がる。

(3)境界潤滑領域に遷移すると予想するすき間h0に対して,その約2倍のすき間差とすると,実質上の流体潤滑領域を広げることができる(×印が低S側に広がる)。

ストライベック曲線(<span class='over'>h</span>=5μm)

図6 ストライベック曲線(h=5μm)
 
<span class='over'>h</span>の変化に対するストライベック曲線

図7 hの変化に対するストライベック曲線

2. 最適テクスチャの設計指針

前項で述べたスライダ軸受とストライベック曲線の関係は,そのままテクスチャ軸受にも当てはまる。最も一般的なテクスチャである無限溝数ヘリングボーンスラスト軸受のストライベック曲線を図8に示す。ここでは一例として,外径φ10mm,内径φ2mm,回転数100rpm,潤滑油粘度10cPとしており,また,δは溝深さを表している。そのときの負荷とすき間の関係を図9に示す。これより,溝深さが深いほど摩擦係数は小さくなるが,支え得る最大負荷容量は格段に小さくなることが見て取れる。なお,×印はすき間が0.5μmとなる点である。

へリングボーン軸受のストライベック曲線一例

図8 へリングボーン軸受のストライベック曲線一例
 
すき間と負荷容量の関係

図9 すき間と負荷容量の関係

次に,どのようなテクスチャ形状が最適であるかを検討する。テクスチャにも様々な形状があるが,本稿では,放射状溝,千鳥格子溝,無限溝数ヘリングボーン溝の3種類で比較するものとする。そのそれぞれのストライベック曲線を図10に,また,負荷-すき間曲線を図11に示す。すべての溝深さを1μmで統一した。また,負荷容量算出の際の負圧部の取り扱いはギュンベルの条件に従うものとした。

各テクスチャのストライベック曲線

図10 各テクスチャのストライベック曲線
 
すき間と負荷容量の関係

図11 すき間と負荷容量の関係

図10より,無限溝数ヘリングボーンテクスチャを用いれば,流体潤滑領域での摩擦係数が下がると同時に,流体潤滑領域が低S側に広がることが見て取れる。よって,適切なテクスチャ形状の選択は,流体潤滑領域の拡大および流体潤滑域での摩擦低減のどちらにも効果がある。そのような効果を得るためには,より高い動圧効果が期待できるテクスチャ形状が望ましい。

以上をまとめると,適切なテクスチャ設計の手順は以下のとおりである。

Step1:対象とする面の表面粗さやそれまでの経験から,境界潤滑状態に遷移するおおよそのすき間を推定する。

Step2:推定したすき間のおよそ2倍程度の深さの溝が加工できるような加工方法を検討する。

Step3:加工法の特性を考慮しつつ,最適なテクスチャ形状に加工する(高い動圧効果が期待できるものが望ましい)。

3. マイクロディンプルによる動圧発生効果

マイクロディンプルの付与による摩擦低減効果に関しては,これまでにも多くの成果が報告されてきた。しかしながら,レイノルズ方程式を用いて計算すると,それらマイクロディンプルにおける流体力学的作用の発生はオーダが極めて小さく,動圧発生による負荷容量への寄与はほとんど期待できないという結果となる。

ここでは,その妥当性および効果の程度を検証するため,図12のようなマイクロディンプルモデルを設定し,ナビエ-ストークス(NS)方程式を用いてその圧力分布,速度場を解くこととした。図13にディンプル周辺の圧力分布を,図14に上壁面での圧力分布を,図15に流れの流線を示す。なお,ここでは,Re=0.1(U≒75mm/s)としている。

マイクロディンプル計算モデル

図12 マイクロディンプル計算モデル
 
マイクロディンプル周りの圧力分布

図13 マイクロディンプル周りの圧力分布
マイクロディンプルにおける圧力分布

図14 マイクロディンプルにおける圧力分布
 
マイクロディンプルにおける流れの発達の様子

図15 マイクロディンプルにおける流れの発達の様子

図14より,圧力分布はディンプル中央を境にして点対称であることが見て取れる。よって,当然ながら,負圧部にキャビテーションが発生しない限り,負荷容量の発生は見込めない。さらに,図14における最大圧力値はP=0.1程度であるが,これを有次元に直すとわずか10-5MPaのオーダの値であり,その圧力発生による負荷容量の発生はほとんど期待できないと言える。さらに,NS方程式を用いて計算した解では,ディンプル内の前部・後部において圧力流れの発達に遅れが見られ,その結果,ディンプルによって圧力変動は,レイノルズ方程式で得られる解よりもより小さくなることが見て取れる。

以上より,マイクロディンプルがもたらす摩擦低減への効果は,動圧発生によるものではなく,潤滑油溜まりとしての作用の側面が大きいと言える。

4. 表面のぬれ性(撥水性・親水性)の影響

近年,撥水性表面で生じる流体スリップ現象や親水性表面での流体固着がストライベック曲線に及ぼす影響に関して注目が集まっている。テクスチャ加工が表面のぬれ性を変化させるケースも多く,その特性の把握は重要である。ここでは,2項で用いたすき間差固定型スライダ軸受を対象に,そのストライベック特性について議論する。なお,壁面スリップモデルとしては一般的なスリップ長さの概念を導入し,壁面固着モデルには負のスリップ長さの概念を導入した。

計算によって算出した撥水性表面および親水性表面から成るスライダ軸受のストライベック曲線の一例を図16図17に示す。これより,撥水性表面は摩擦係数を下げるが,同時に流体潤滑領域を狭める効果も招くことが見て取れる。一方,親水性表面は摩擦係数に大きな影響を与えずに,流体潤滑領域を広げ得ると言える。

撥水性表面のストライベック曲線

図16 撥水性表面のストライベック曲線
 
親水性表面のストライベック曲線

図17 親水性表面のストライベック曲線

おわりに

本稿では,限定的ではあるが,流体潤滑理論から導くことができる範囲での表面テクスチャの効用について述べた。1項でも述べたとおり,様々なテクスチャ加工が容易となってきた昨今,その応用範囲も様々に広がっていくであろうことが期待できる。

まとめると,流体潤滑域を広げるには,(1)できるだけ表面粗さを抑えて境界潤滑に遷移するすき間を狭くし,その状態ですき間の約2倍の深さのテクスチャを加工する,(2)親水性表面とする,ことが,また,流体潤滑域での摩擦を下げるには,(1)溝深さを深めにする,(2)撥水性表面とする,ことが有効であると言える。しかしながら,一般的には,流体潤滑領域の拡大と流体潤滑領域での摩擦低減は相対する要求であり,同時に満たすことは難しい。これを満たすには,その機械の形状,仕様,要求に沿った最適な溝形状をその都度検討していくより他ないと言える。いずれにしても万能なテクスチャは存在しないということを強く申し添えたい。

なお,4項でのマイクロディンプル周辺の圧力分布および流れ場は,京都大学名誉教授矢部 寛 先生に計算頂いたものである。この場を借りて深く謝意を表する。

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