表面テクスチャのメカニカルシールへの応用 | ジュンツウネット21

「表面テクスチャのメカニカルシールへの応用」  2010/10

イーグル工業株式会社 高橋 秀和

はじめに

シールは,家電製品,自動車から航空・宇宙産業に至るまで,各種産業,各プラントのあらゆる機械に使用され,環境保全および省エネ,省資源などに貢献している。その主な役割は,密封流体を機外あるいは系外へ漏出させないことである。シールの中で,最も過酷かつ多様な条件下で使用されているのがメカニカルシールで,機器の高性能化,仕様条件の多様化に対応し,適用領域を拡大し続けている。メカニカルシール技術の進歩を支えてきたのが,しゅう動材料技術,トライボロジー,シール端面技術の進歩である。最近では,表面テクスチャを応用して耐久性向上や適用領域のさらなる拡大が試みられている。

本稿では,シール端面に焦点を当てたメカニカルシール技術の現状と動向を紹介する。

1. メカニカルシール技術とは

メカニカルシールは,回転軸に垂直で,平坦かつ超精密に表面仕上げされた2つのシール端面を持ち,弾性部材の荷重と密封流体の圧力による推力でシール端面に押付け荷重を与え,互いに密接しゅう動しながら密封を行っている。

メカニカルシールのシール端面間には,流体圧力による静圧作用としゅう動による動圧作用により流体が入り込み,厚み0.5~2.5μm程度の流体膜が形成されるようにするのが一般的である。この流体膜の潤滑効果で,シール端面の摩耗や損傷を防止している。同時にシール端面間のすき間は流体膜の厚みと同値であるので,主にこの微小すき間の減圧効果を利用して,シール端面間からの通過流量を極微量に制限している。

メカニカルシール技術とは,いかに2つのシール端面を互いに平行にさせ,シール端面間に適当な厚みの流体膜を形成させ,常に膜厚保持を行い,潤滑によるシール端面保護とシール端面間の流体通過量制限を両立させる技術といってもよい。

2. メカニカルシール技術の現状と動向

メカニカルシールは,市場において十分な密封性能と耐久性を発揮し,汎用的に使用されている。しかしながら,近年,環境保全,防災などの社会的要求の高まり,ユーザからの省エネ,省資源,省メンテナンスなどによる省コスト要求の高まりを背景に,メカニカルシールへの要求は,以下のように一段と厳しくなってきている。

○漏れ量をほぼゼロに近づけたい
○しゅう動によるトルクを大幅に低減したい
○寿命を大幅に延長したい
○無冷却で使用したい

これらに対して,メカニカルシール構造設計,しゅう動材料による低摩擦化,しゅう動発生熱を抑えるシール端面技術,しゅう動発生熱を効率よく除去する冷却技術などの組み合わせで対応しているが,もう一段の技術革新をするには至っていないのが実状である。

近年,レーザやエッチングなどによる表面加工技術の進歩が著しく,シール端面表面の設計・加工が自在にできる環境下にあり,シール端面への表面テクスチャ応用による対応も試みられて,技術の飛躍が期待される。以下では,これらの現状と取り組みを紹介する。

2.1 シール端面技術のメカニカルシールへの適用例

コンプレッサ用メカニカルシールは,代表的な高負荷用シールの1つである。シール流体はタービン油ISO VG32,油温40℃,圧力3MPa,周速40m/sを超える高速・高圧条件も珍しくない。このような使用条件においては,シール端面のしゅう動発熱が非常に大きく,シール端面温度が200℃を超えると,タービン油が高粘度化,さらには炭化してシール端面表面に付着しやすくなる。付着すると,回転により付着物をシール端面から剥がそうとする大きなせん断力が作用する。シール端面がそのせん断力に耐える十分な表面強度を持っていないと表面が損傷する。この表面損傷のメカニズムは,粘せん断によるブリスタ発生説と言われている。しゅう動材にカーボンを使用している場合には,カーボンブリスタリング(図1)と言われ,メカニカルシール故障の原因となる。そこで,以下のシール端面技術が適用されている。

カーボンブリスタ写真

図1 カーボンブリスタ写真

(1)シール端面幅を適度に狭くして,しゅう動発生熱を抑えた低発熱設計を採用する。

(2)シール端面の流体側に潤滑溝を設ける。これは,ハイドロダイナミックシールと呼ばれ,潤滑溝の回転方向側は積極的に油をシール端面に取り込むことで潤滑するとともに,潤滑溝左右の潤滑状態の違いにより温度差ができることを応用してシール端面に微小なうねりが生じ,さらに油を取り込みやすくして潤滑性の向上を図るものである。シール端面温度の低減効果が認められる(表1)。

表1 潤滑溝の有無によるシール端面特性の比較
供試品 静止形金属ベローズシール・シールサイズ:106mm
試験条件 流体:流動パラフィン VG32,圧力:0.25MPa,回転速度:10000min-1  
潤滑溝 あり なし
シールリング
しゅう動材質特殊転換法によるSiC 
 潤滑溝あり/潤滑溝の有無によるシール端面特性の比較   潤滑溝なし/潤滑溝の有無によるシール端面特性の比較 
漏れ量 4.5mL/hr 7.8mL/hr
摺動面温度  148~153℃ 176~178℃
  潤滑溝を設けることにより,シール端面温度が約30℃低下した。

(3)しゅう動発生熱を効率よく,かつ,十分に除去できるフローガイド式(図2)の冷却システムを採用する。

フローガイド方式

図2 フローガイド方式

(4)静止環のしゅう動材に特殊転換法によるSiC(以下SiC-A)を採用する。シール端面の表面組織(図3)はSiCとカーボンが程よく混在し,SiCがアモルファス状にめぐらされ,表面強度を高くしている。カーボン部は粒子脱落部が液溜まりになり,シール端面間の潤滑性を向上させている。

特殊転換法によるSiCの表面組織

白色部:SiC  灰黒色部:カーボン

図3 特殊転換法によるSiCの表面組織

(5)回転環のしゅう動材には,シール端面に液溜まりとなる微小な穴を無数に持ったポーラスSiC(以下SiC-B)を採用することもある。

2.2 表面テクスチャのメカニカルシールへの応用

SiC-AやSiC-Bは,液溜まりとなる表面組織・構造を持っている材料自体の特徴を活かし,シール端面が摩耗・損傷しやすい高負荷用メカニカルシールのしゅう動材として適用している。液溜まりを計画設計して作り,シール端面の潤滑性を制御することができれば,メカニカルシールにおいては,しゅう動トルクの大幅な低減,長寿命化,無冷却化などの実現が期待されるとともに,メカニカルシールの信頼性も著しく向上すると考えられる。また,密封特性制御の可能性もあり,サブゼロリークの実現も期待される。その方策として,表面テクスチャを応用して,シール端面に微小うねりを形成させたり,多数のスパイラル溝を設けたり,微小ディンプルを配列させたりして,メカニカルシールのしゅう動特性と密封特性との関係を調査する研究が進められている。ここでは,シール端面に微小ディンプルを配列させ,摩擦係数を低減させる方策を紹介する。

普通焼結法によるSiCのシール端面表面に,長さ50~400μm程度,深さは10μm程度のディンプルで,配列パターンは,直交型,スパイラル型,へリングボーン型の3種類で加工した。これらの供試品を用い,メカニカルシールの回転試験を行い,普通焼結法によるSiC,ポーラスSiC-Bと摩擦特性,密封特性を比較した。

この回転試験結果から得られた知見を表2に示す。ディンプルパターンにより,回転方向に依存性があるが,ディンプル加工したシール端面を持つ回転環を使用することにより,ポーラスSiC-Bよりも摩擦係数を低減することが可能となる。なお,スパイラル,ヘリングボーン型ディンプルは,この試験の場合,シール端面に油を取り込む方向に配列されているので,周速が速くなると漏れ量が増える密封特性があり,注意を要する。

表2 ディンプルパターン特性一覧表
タイプ 直交型 スパイラル型 ヘリングボーン型
ディンプルパターン 直交型/ディンプルパターン スパイラル型/ディンプルパターン ヘリングボーン型/ディンプルパターン
線状のディンプルを円周に直交させ,放射状に配列している。 線状のディンプルを内周側起点のスパイラル(渦巻き線)上に配列している。上図では左回転では,流体を取り込むようにしている。右回転では逆になる。 線状のディンプルを互いに向きが異なる二つの内周側起点のスパイラル(渦巻き線)上に配列している。上図では左回転させて,外周側のディンプル配列群は流体を取り込み,内周側のようにしている。ディンプル配列群は,流体を排出するようにしている。右回転では逆になる。
回転方向性 両回転型 一方向型 一方向型
摩擦特性 シール流体圧力が1MPa までは普通焼結法によるSiC同士の摩擦係数に対して90%以下に低減可能。ポーラスSiC-B よりも摩擦係数の低減が可能。 回転方向に依存性があり,左回転ではシール流体圧力が1MPaまでは普通焼結法によるSiC同士の摩擦係数に対して70%以下に低減可能。直交型ディンプルよりもさらに摩擦係数の低減が可能。 回転方向に依存性があり,左回転ではシール流体圧力が1MPaまでは普通焼結法によるSiC同士の摩擦係数に対して40%以下に低減可能。スパイラルディンプルよりもさらに摩擦係数の低減が可能。
密封特性 ポーラスSiC-B と同等が可能。 回転方向と回転速度に依存性があり,左回転の場合,速度が速くなると密封性が低下する傾向がある。 回転方向と回転速度に依存性があり,左回転の場合,速度が速くなると密封性が低下する傾向がある。

試験条件
 1.しゅう動材 回転側試験片:普通焼結法によるSiC材料(φ25×φ44×t12) 
静止側試験片:普通焼結法によるSiC材料(φ28×φ50×t14)
 2.表面粗さ Rz 0.2μm
 3.平坦度 1バンド(ヘリウムライト)以下
 4.シール流体 出光興産社製スーパーマルチオイル10
 5.試験時間 0.5(h)
 6.シール流体温度 30(℃)
 7.シール流体圧力P   0,0.07,0.15,0.3,0.5,1.0(MPa)
 8.周速V 1,2,5,10(m/s)
 9.回転方向 ディンプル加工した端面に対し,左回転

3. 今後の展開と課題

メカニカルシールのシール端面技術は,シール端面の設計,しゅう動材料,しゅう動発熱の除去技術などの組み合わせで対応しているが,足踏み状態であることは否めない。残された研究開発目標は,シール端面の表面の形状による潤滑状態と漏れ量の制御技術であると言ってよい。

表面加工技術は,表面仕上げがナノレベルまで可能となり,レーザやエッチングによる微細なパターン加工も可能となっている。従来のシール端面技術に加えて,シール端面表面の設計が自在にできる表面テクスチャ応用は,シール端面の潤滑理論と密封理論の研究にも重要となり,その意義は非常に大きい。しかしながら,メカニカルシールへの応用は緒についたばかりである。

今後は,ディンプルを初めとするシール端面の形状,パターン,大きさ,深さ,方向性などと摩擦特性と密封特性の関係などの基礎研究が極めて重要になってくると考えられる。これらの技術が確立されると,高価なしゅう動材料を使わずとも,半永久的に使用可能な夢のような密封環が実用化するかもしれない。