WPC処理によるトライボ特性の向上 | ジュンツウネット21

「WPC処理によるトライボ特性の向上」  2011/12

株式会社不二WPC 熊谷 正夫

はじめに

自動車をはじめとした輸送機器の燃費向上など,環境負荷低減のための技術開発は地球温暖化対策,省資源など急務の課題である。とりわけ東日本大震災以降,エネルギー政策転換の有無にかかわらず,製造あるいは使用段階での,エネルギーロスの低減,材料の寿命延長などの要素技術の開発や適応が迫られている。輸送機器に限らず,摺動や摩耗などによるエネルギー損失はGNPの1~2%を占めるといわれており,摺動や摩耗などトライボ特性の向上は上記の課題解決のための有効な手段となっている。

本稿では,WPC処理による摩擦・摩耗を主としたトライボ特性の向上に関して,実例も含めて紹介する。

1. WPC処理とは

WPC処理は微粒子衝突法,微粒子ピーニングなどともいわれ,ショット・ピーニングの一種であるが,投射材の粒径と投射速度が通常のショット・ピーニングと大きく異なるため,WPC処理特有の表面改質が可能である。ショット・ピーニングでは,0.3mm以上の粒子が用いられ,投射速度も数十m/sec.~100mm/sec.であるが,WPC処理では,数十μm以下の微細粒子を,数百m/sec.の高速で投射する。投射粒径が小さく,高速なことにより,被投射材表面に大きな塑性変形をもたらす。ショット・ピーニングとWPC処理によりもたらされる材料表面の変形の模式図を図1に示す。

WPC処理による材料表面の変形
(a)WPC
 
ショット・ピーニングによる材料表面の変形
(b)ショット・ピーニング
図1 WPC処理(a)ならびにショット・ピーニング(b)による材料表面の変形

材料表面の大きな塑性変形により,投射材,被投射材の硬度や延性など機械的特性により様々な材料表面の改質が可能となる。具体的には,硬い(加工硬化性の高い)材料に硬い粒子を投射すれば,非投射材表面に比較的均一なナノ結晶層*1や微結晶層の形成,基材表面部への大きな残留応力の付加が可能である。また,軟質の微粒子を硬質の基材に投射することにより,表面被覆が可能であり,二硫化モリブデン(MoS2)やスズ(Sn)の投射による潤滑膜の形成などが行われている。さらに,軟質粒子を軟質材料に投射すれば,軟質材同士の複合表面の形成なども可能で,アルミニウム合金の表面改質*2,*3などに適応されている。

一方,トライボロジー的観点からも,WPC処理は微細ディンプル(凹凸)の形成など,表面テクスチャの形成に対して有用な手法である。WPC処理により形成される表面テクスチャは,投射粒径が数μmから数十μmであることから,平面では10μm程度,凹凸ではμmオーダーであり,油保持性の向上による焼付き防止など潤滑において重要なスケール領域となっている*4。各種粒子投射により形成される表面形状の模式図を図2に,WPC処理により形成される表面の観察結果を図3に示す。

サンドブラスト(a),ショット・ピーニング(b),WPC処理(c)により形成される材料の表面形状

           (a)             (b)             (c)

図2 サンドブラスト(a),ショット・ピーニング(b),WPC処理(c)により形成される材料の表面形状
未処理Rz 0.3/WPC処理により形成される表面の光学観察像
未処理Rz 0.3
※肉眼では鏡面

(a)未処理

 
WPC処理済Rz 1.6/WPC処理により形成される表面の光学観察像
WPC処理済Rz 1.6

(b)WPC処理後

図3 WPC処理により形成される表面の光学観察像

表面改質や表面テクスチャ形成法の中で,WPC処理の優位性は以下の点にある。WPC処理では,材料表面の改質による表面硬化,疲労強度の向上など機械的な特性改善と表面テクスチャ形成というトライボ特性の向上が同時になされる。DLC被覆など潤滑性皮膜の形成などと複合化が容易に実現できる。プロセス的に真空系などを使用しないため,処理面積が大きく取れ,マスキングなどにより必要な個所のみの処理が可能である。また,装置構成が簡単なため比較的低コストである。

2. WPC処理によるトライボ特性の向上

WPC処理によるトライボ特性の向上の実例を以下示す。WPC処理ならびにSMAP処理(微細砥粒による研磨処理)により形成した試料の表面形状と耐焼付き性試験の結果を図4に示す。試験はボール・オン摩擦試験機を用いて,摩擦係数の急激な上昇が起きる時間で評価した。試験条件は,10kgfの定荷重で,試料表面にPAO 1μLを塗布し,行った。

WPC処理ならびにSMAP処理により形成された表面形状

(a)表面形状のSEM写真

耐焼付き性試験の結果

(b)耐焼付き性試験の結果
図4 WPC処理ならびにSMAP処理により形成された表面形状(a)と耐焼付き性試験の結果(b)

研磨(鏡面)試料に対して,表面にテクスチャを形成した試料の耐焼付き性が向上していることが確認できる。表面テクスチャの形状評価では,様々なパラメータが存在し,表面テクスチャを表わす,どのパラメータがトライボ特性と関連するのかは今後の課題であるが,本試験結果では突出山部高さ(RpK)を小さくし,突出谷部深さ(RvK)を大きくすることにより良好な結果が得られている。

上記結果の実施例として,ファインブランキングの高速化に適応した事例を次に示す。ファインブランキングは精密塑性加工を行う高精度のプレス加工であり,精度を維持したまま加工速度を上げると,金型の負荷が大きくなり,寿命延長のための対策が必要となってくる。金型表面には,Ti系の硬質薄膜を形成し耐摩耗性を向上させているが,加工時の相手材の凝着による摩擦の増大が要因と推定される金型の疲労破壊により,高速化は困難であった。5万ショット後の金型の損傷状態のSEM観察結果を図5に示す。基材への被加工物の凝着や,損傷が観察される。本金型にWPC処理を施し,同様にTi系の硬質薄膜を形成し,試験を実施したところ大幅な寿命延長が可能となり,高速化に成功した。WPC処理を施した金型の,10万ショット後のSEM観察結果ならびに表面部の拡大写真を図6図7に示す。WPC処理金型は損傷が少なく,ディンプル形状も維持されている。

金型の寿命延長に関する,WPC処理の効果としては,表面に形成された微細なディンプルが油ダマリとなり相手材の凝着を防いだと考えられ,WPC処理による,表面テクスチャの形成は,高負荷下の摺動に対して極めて有効に作用すると考えられる。

未処理金型の5万ショット後の損傷状態(SEM観察)
図5 未処理金型の5万ショット後の損傷状態(SEM観察)
WPC処理を施した金型の10万ショット後の外観(SEM観察)

図6 WPC処理を施した金型の10万ショット後の外観(SEM観察)
WPC処理を施した金型の10万ショット後のパンチ上部の拡大像

図7 WPC処理を施した金型の10万ショット後のパンチ上部の拡大像

すでに述べたように,WPC処理では表面改質と表面テクスチャの形成が同時に可能であるため,本事例でも,油ダマリの形成による潤滑性の維持,表面の圧縮応力の付加による疲労強度の向上,金属組織微細化による硬質薄膜の清浄化などが相互に補完しながら,効果を発揮していると考えられる。

本事例のほか,初期なじみと表現される接触状態の改善過程にも,WPC処理により形成される表面のナノ結晶化などが有効に作用すると考えられる。また,現在,金型や摺動部材の使用にあたっては,Ti系などのセラミックス薄膜やDLCなどの使用が増大している。薄膜下地処理としてWPC処理を用いることにより,下地の残留応力や表面硬化だけでなく,表面テクスチャ形成は剥離亀裂の進展を阻止するなど薄膜の密着性向上に有効である。

3. WPC処理の課題と今後の展望

微細加工技術の発展に伴い,表面テクスチャリングによる摺動向上について積極的な適応の試みがなされてきている。WPC処理は試料表面に表面テクスチャを作るための有力な手法として,自動車部品,金型などに適応され効果が得られている。しかし,実際の適応にあたっては,経験的な表面テクスチャリングに依っているのが現状である。表面テクスチャリングの適応にあたっては,形成法と計測・評価法の確立が一体としてなされる必要がある。現在のところ,表面テクスチャという3次元的な形状の評価法に関しては,標準的な形では確立されているとは言い難く,表面テクスチャの評価法の標準化が大きな課題である。

トライボ特性に与える表面テクスチャなどは,種々検討されつつあるが,テクスチャ形成にあたっては,多くの形成プロセスが基材の改質を伴っており,トライボ特性に与える金属組織学的な影響*5などについても合わせて検討する必要がある。

いずれにしても,摺動部材や金型などでは高負荷状態での使用が必要とされており,表面テクスチャリングによるトライボ特性向上の取り組みがますます重要となってくると考えられる。

〈参考文献〉
*1 高木真一ほか:“微粒子ピーニングによるSCr420浸炭焼入れ鋼表面のナノ結晶化”,鉄と鋼,318,92(5),2006
*2 中村紀夫ほか:“微粒子ピーニングにより工業用純アルミニウムの表面近傍に形成されたナノ複合組織”,軽金属,155,61(4),2011
*3 T.Horiuchi et.al.:“Method of Applying DLC Coating on Aluminum Alloys”,Tribology Online,136,5(2),2010
*4 佐々木信也:“表面改質によるトライボマテリアルの創製”,潤滑経済,2,6,2009
*5 熊谷正夫ほか:“DLC被覆による転動疲労寿命の延長”,表面技術,428,57(6),2006

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