切削油を取り巻く環境対応技術 | ジュンツウネット21

切削油を取り巻く情勢と,関連するいくつかの環境対応技術を概説する。さらに,環境調和型切削の代表例としてMQL(Minimal Quantity Lubrication,極微量潤滑油供給)加工を取り上げる。

香川大学 若林 利明  2010/3

はじめに

ものつくりの現場では数多くの工作機械や各種の加工装置が稼働している。そして,これら機械装置自体の潤滑はもちろん,個々の加工方法に応じた要求性能を満たす潤滑油,すなわち加工油が使用され,高能率,高精度の製品製造を実現するために貢献している。

一方,今日,環境問題への対応はあらゆる分野において急務であり,ものつくりにおいても,環境に配慮したプロセス構築が重要な課題となっている*1,*2。しかしながら,生産性を犠牲にしてまでその対応を優先するという方向にはなく,生産性は同等以上で,かつ環境と適合する技術開発が強く望まれている。

こうした背景のもと,ものつくりの根幹をなす加工技術の中で,切削の分野は比較的早くから環境問題に取り組み,その成果を着実に挙げてきた*3,*4。環境に優しいさまざまな切削加工法が検討,提案され,現在も工作機械や切削工具,あるいは切削油の環境対応に関わる研究開発が積極的に進められている*5。

そこで本稿では,これら切削油を取り巻く情勢と,関連するいくつかの環境対応技術を概説する。さらに,環境調和型切削の代表例としてMQL(Minimal Quantity Lubrication,極微量潤滑油供給)加工を取り上げ,この加工に効果的な合成エステル系切削油の働きと,そこにおよぼすキャリアガスの影響を検討した著者らの研究結果を紹介する。

1. 切削油を取り巻く情勢

1.1 環境関連法規制の強化

地球温暖化やオゾン層破壊の防止,資源の保護,省エネルギーといった世界的な環境問題への対応,さらには人体や職場環境での安全性の確保という観点から,国内外において各種の規制が強化されつつある*6,*7。

たとえば国内では,廃棄物処理法の改正,PRTR制度の法制化,ダイオキシン類対策特別措置法の制定,化審法の改正などが切削油に関わる法規制の強化として関心を集め,海外では,主にEUが定めているRoHS指令やREACH規制などの影響が大きい*8。また,米国では州ごとに異なる基準で重金属類などの規制を定めているため注意を要する。

なお,PRTR制度や改正化審法では,規制の視点が,従来の事故などによる危険(hazard)の評価から,人の行為に伴って発生する危険(risk)の管理,評価へと移行されている点に留意したい。

1.2 環境影響度の評価

環境マネジメントの国際規格ISO14000シリーズが制定されてから久しいが,その中のISO14040シリーズとしてライフサイクルアセスメント(Life cycle assessment),いわゆるLCAが規格化されている。このLCAとは,原材料の採取から製造,使用および廃棄に至る過程を通じて,製品が環境に与える負荷を定量的に評価する手法と定義され,図1に示すとおり,ISOのLCAは,目的と調査範囲の設定,インベントリ分析,環境影響分析(インパクト評価),結果の解釈という4つのフェーズで構成される。

ISOによるLCAの構成

図1 ISOによるLCAの構成

ここで,インベントリ分析とは,製品のライフサイクルの個々のプロセスにおける原料・エネルギーのインプットと排出物のアウトプットを集計し,その集計結果にもとづいて,CO2排出量といった環境に影響を与える定量的な指標を各プロセスで算出し,その値を積み上げてゆく作業のことである。なお,必ずしもISOの手順にのっとったものではないが,従来から,このインベントリ分析部分のみを狭義のLCAとして扱い,環境影響度を比較する場合も多い。

切削加工のLCAへの取り組みは,早くから導入が進んだ家電業界などと比べると遅れているものの,CO2排出量にもとづいて,冷風加工やMQL加工などの環境影響度が,湿式加工との比較で議論されている*9~*11。また,工作機械についても,その環境性評価のJIS化*12,加工を対象とした環境負荷予測システムの開発*13など,ようやくその動きが本格化してきたと言えよう。

1.3 ゼロエミッション製造

環境マネジメントが製造業の経営戦略として今後ますます重要度を増すことは明白であり,その目標のひとつに,工場からの廃棄物の排出をなくす「ゼロエミッション」がある。このゼロエミッション化戦略の中で,潤滑油廃液をいかに最少化するかは大きな課題であり,潤滑油の長寿命化と廃油のリサイクルは,その中核技術として位置づけられている。

廃油リサイクルの現状については,2005(平成17)年度の推計データから,潤滑油の国内販売量約205万kLに対して約100万kLの使用済み潤滑油が発生し,その多くが熱源として再利用するサーマルリサイクルに回り,再生潤滑油になるのは,わずか7万kL程度に過ぎない*14。これは再生品のコスト高に原因があり,欧米のような再生潤滑油の商品市場化を促すためには,より安価な収集システムと再生処理技術の確立が望まれる。

一方,燃焼時にダイオキシン類発生の原因となる塩素系潤滑油廃液については,その主たる発生元である金属加工油の塩素フリー化の今以上の推進を図ることが,今後とも取り組むべき重要課題である。

1.4 塩素フリー切削油

切削,研削および塑性加工などの金属加工に対する塩素系極圧剤の潤滑効果は他の極圧剤に比べて格段に優れており,とくに重加工条件ほど効果が高い。しかしながら切削加工では,その安全性への懸念から,2000年に改正されたJISにおいて,塩素を含む切削油が一切除外された。このため現在では,油脂類のほか,リン化合物,硫黄化合物,過塩基性金属スルフォネートなどを添加した非塩素系切削油が開発され,加工現場で使用されている。

たとえば,塩素化パラフィン(Cl),ポリサルファイド(S)およびCaスルフォネート(Ca)などの化合物を,合計の添加量が10%となるように配合し,表1に示した切削条件で旋削試験を行ったときの切削抵抗を図2に示す。塩素Clと硫黄Sを併用すると,周知の相乗効果によって切削抵抗はかなり低くなる。一方,SとCaを併用した場合も切削抵抗がある程度低下し,とくに活性タイプのSとCaの組み合わせでは,ClとSの併用と同等の相乗効果が認められる。この添加剤系は,現在も塩素フリー切削油の基本処方であり,得られた相乗効果の発現メカニズムも解明されている*15。

表1 旋削試験における切削条件
被削材 JIS S45C 鋼
切削速度 200m/min
切込み 0.5mm
送り 0.1mm/rev
工具 サーメット

各種化合物を併用した場合の切削抵抗

図2 各種化合物を併用した場合の切削抵抗

2. MQL加工と切削油

切削油を一切用いないドライ切削は,もちろん環境問題の解決に有効な方策のひとつであるが,生産効率を犠牲にせざるを得ない,あるいは製品精度が低下するなどのデメリットをもち,適用範囲も限定されたものになる。そこで,切削油の使用量を最小化しようとするニアドライ(Near-dry)加工法が各種考案され,その代表例がMQL加工である。なお,日本ではニアドライよりセミドライ加工の方がよく使われ,もちろん同じ意味である。

2.1 MQL 加工用切削油

MQL加工用の切削油には,環境適合性の観点から植物油ベースのものが用いられてきた。ところが,植物油は酸化安定性に劣り,長期の使用で粘着性劣化物質を生成するなど作業環境に悪影響を与える。そこで,より安定性が高く,生分解性を有する合成系ポリオールエステルをベースに,安全かつ切削性能に優れる画期的なMQL加工油剤が開発され*16,この加工技術の普及に貢献している。

MQL加工は,大量の切削油を使用する従来型の湿式加工と比べると油剤量が極めて少ないにもかかわらず,切削抵抗の低減,工具摩耗の抑制,製品精度の向上などの点で遜色がなく,環境に優しい切削法として実際の生産現場への適用も着実に進んでいる。たとえば,図3はエンドミル工具による鋼の側面加工時の切削抵抗を,ドライ加工,湿式加工とMQL加工との間で比べたもので,明らかにMQL加工の切削性能が優れている。

エンドミル加工時の切削抵抗の比較

【切削条件】

被削材 JIS S55C 鋼
工具 超硬合金(Ф10mm)
切削速度 60m / min
送り 0.1mm / tooth
軸切込み 4.0mm
半径切込み 1.0mm
MQL供給 空気圧=0.2MPa,油量=15mL / h,外がけ供給
図3 エンドミル加工時の切削抵抗の比較

MQL加工の成否は,言うまでもなく,極微量で切削部近傍を潤滑しなければならない切削油の効果に大きく依存する。すなわち,従来の湿式加工に比べてMQL加工では,切削現象の中で,油剤がもたらす潤滑挙動が格段に重要度を増す。とくに,エステルの潤滑効果は切削新生面への吸着と密接に関係し,その効果へのキャリアガスの影響もMQL加工時の切削性能を支配する重要な因子である*17。

2.2 MQL加工時のキャリアガスの影響

図4は,JIS S45C 鋼の二次元切削にMQL供給を適用し,キャリアガスを酸素,空気(通常のMQL),窒素と変えたときの切削抵抗を求めたもので,キャリアガス中の酸素濃度が高いほど切削抵抗は減少し,この序列で切削性能が優れていた。一方,このMQL加工で被削材を鋼からアルミニウム合金に変えると,図5に示すように,切削抵抗は供給する気体中の酸素が少ないほど低下し,切削性能の序列は逆転する。ただし,鋼とアルミニウムどちらの場合も,エステルが存在しないキャリアガスだけの供給では切削抵抗が上昇し,切削性能が低下するため,円滑な切削現象を得るためには,エステルの潤滑効果が必須である。

MQL加工時の切削抵抗に対するキャリアガスの影響(被削材:JIS S45C 鋼)

図4 MQL加工時の切削抵抗に対するキャリアガスの影響(被削材:JIS S45C 鋼)

MQL加工時の切削抵抗に対するキャリアガスの影響(被削材:JIS A6061 アルミニウム合金)

図5 MQL加工時の切削抵抗に対するキャリアガスの影響(被削材:JIS A6061 アルミニウム合金)

以上のような,鋼とアルミニウムのMQL加工で酸素の影響が逆の傾向を示す現象は,実用的な穴加工でも認められ,その理由については,次のように考えられる*18。すなわち,酸素は切削によって生じた金属新生面へ吸着反応し,そこで酸化物の被膜を形成すると思われ,エステルの吸着による潤滑膜の効果ばかりでなく,この酸化膜の潤滑挙動もMQL加工時の切削性能に影響を与える。このとき,鋼の切削では酸化鉄が生成することになり,この化合物はせん断強度が比較的低いため,しばしば鋼の摩擦において固体潤滑剤的な働きをもつ。一方,アルミニウム合金の切削では酸化アルミニウム,いわゆるアルミナが生成し,この化合物は高硬度材として知られるとおり,せん断強度も高く,摩擦低減の点からは好ましくない。ただし,このような酸化膜の潤滑挙動の違いに起因すると推測した潤滑メカニズムのさらなる究明については,今後の検討課題と思われる。

おわりに

切削加工は,他の金属加工に比べると,環境問題への対応を先行して進めてきた。とはいえ,すべての切削条件において,このような環境対応技術が適用できる状況にはなく,切削油や工具,被削材,あるいは工作機械や加工法に踏み込んだ,俯瞰的な立場からの対策が望まれている。こうした趣旨のもと,「潤滑経済」2010年3月号(No.535)の中で,切削加工および油剤と管理技術についての現状と新たな展開,そして多くの参考事例が紹介されているので,それらの詳細については,個々の該当記事を参照いただきたい。

本稿が,切削油を取り巻く環境対応技術の理解を助け,将来の問題解決に役立てば幸いである。

 

<参考文献>
*1 木村 文彦:環境に配慮した生産システム構築の考え方,精密工学会誌,71,8(2005)941.
*2 青山 藤詞郎:生産加工における環境対応技術,機械と工具,51,8(2007)10.
*3 若林 利明:環境問題と切削油,潤滑経済,432,3(2002)2.
*4 松原 十三生:環境対応加工技術の現状と課題,精密工学会誌,68,7(2002)885.
*5 たとえば「特集・環境対応型切削技術とトライボロジー」,トライボロジスト,53, 1(2008)
*6 似内 昭夫:環境問題と潤滑油,潤滑経済,405,12(1999)2.
*7 たとえば 「特集II 潤滑油剤を取り巻く環境規制」,潤滑経済,532,12(2009)
*8 奥川 道彦:環境規制と切削油,潤滑経済,495,3(2007)2.
*9 當麻 昭次郎ら:LCA手法を用いた環境対応加工の環境負荷評価,精密工学会誌,69,6(2003)825.
*10 若林 利明:セミドライ加工における環境影響度評価,潤滑経済,508,3(2008)12.
*11 鈴木 敦:加工におけるCO2排出量の評価法の提案,機械と工具,53,10(2009)26.
*12 斎藤 義夫:工作機械の環境性評価とJIS化,機械と工具,49,8(2005)62.
*13 成田 浩久ら:工作機械による加工の環境負荷予測システムの開発(第1報,環境負荷の算出方法の提案),日本機械学会論文集(C編),71,704(2005)1392.
*14 (社)潤滑油協会:潤滑油環境対策補助事業報告書(要約版),(2007)171.
*15 若林 利明ら:切削加工に対する油剤の効果と工具材質の影響,トライボロジスト,39,9(1994)784.
*16 須田聡:MQL切削用油剤の動向,トライボロジスト,47,7(2002)550.
*17 若林 利明:環境対応型切削技術におけるトライボロジーの役割,トライボロジスト,53,1(2008)4.
*18 藤村 聡ら:ニアドライ加工の潤滑機構に関する研究,日本機械学会論文集(C編),73,730(2007)1883.

 

最終更新日:2017年11月10日