摩耗の標準試験法 日本機械学会基準 S013「摩耗の標準試験法」の改訂について | 摩擦摩耗試験分析BOX | ジュンツウネット21

摩耗の標準試験法では,日本機械学会基準 S013「摩耗の標準試験法(改訂版)」の構成と概要について,主に改訂箇所を中心に紹介させていただく。また,改訂版には盛り込まれなかったが,検討された事項の中で重要と思われる点についても簡単に触れる。

東京理科大学 佐々木 信也  2010/5

はじめに

例えば,材料特性の1つである引張強度の場合,標準試験方法に則って測定された値は,試験装置や測定者によらずにそのまま機械設計に適用できるデータとして汎用性を持つ。摩擦・摩耗試験方法に関しては,1957年の日本学術振興会第6委員会の発足以降,1964年のOECD摩耗部会や日本潤滑学会(現在の日本トライボロジー学会)摩耗部会における「試験機の差異に基づく摩耗量の相違」に関する協同研究,VAMAS(the Versailles Project on Advanced Materials and Standards)のTWA1(摩耗試験に関するワーキンググループ)の活動などを通し,長年にわたり国内外の当代第一線のトライボロジストらによって,データのばらつきや再現性,標準化などについての多くの議論と検討が行われてきた。しかしながら,摩擦や摩耗特性は様々な因子が複雑に関与する現象であることから,汎用的なデータを得ることは困難であるというのがこれまでの共通した認識となっている。

このような背景のもと,完全なものではなくとも摩耗試験の拠り所となる標準試験法の提示が必要との考えに基づき,1993年に日本機械学会機素潤滑設計部門のトライボロジー技術企画委員会において,部門研究会「摩耗の標準試験法に関する研究会」(JSME:A-TS11-1)が設置された。ここでの成果を踏まえ,1996年には日本機械学会標準部会の承認のもと,機械要素設計部門内に「摩耗の標準試験法原案作成委員会(委員長岩渕明先生)」が設置された。そして,1999年5月に日本機械学会基準S013「摩耗の標準試験法」*1が発行されるに至ったのである。

「摩耗の標準試験方法」の初版が発行されて以降,トライボロジー分野においてはナノテクノロジー技術の進歩に伴う学術面での進展や,コーティング技術などの高度化に伴う新しい摺動材料の普及など,新しい知見や技術の蓄積が急速に進んだ。摩耗試験装置や試験方法そのものに関しては目立った進展はなかったものの,「摩耗の標準試験方法」の提示により摩耗データの取得方法や解釈についての注意が喚起され,標準化に対する認識も広まった。しかしながら,標準試験方法に対する関心と期待が高まる一方で,「摩耗の標準試験方法」に対する否定的な声も多くあった。このような批判的な意見のほとんどは,すでに初版をまとめる過程においても指摘され,十分に議論されてきた問題であるが,摩耗試験の特殊性を踏まえれば簡単に解決あるいは理解が得られるものではない。「摩耗の標準試験方法」の提示は,ある意味でその標準化の難しさや問題点をあらためて浮き彫りにしたと言える。

2006年4月,初版から10年後の改訂を見据え,日本機械学会標準事業委員会の承認のもと,機素潤滑設計部門内に「摩耗の標準試験方法」改正原案作成委員会が設置された。岩渕明先生から委員長を引き継いだ私は,初版の抜本的な改訂も視野に入れて改正原案の作成作業に着手することとした。

大きな論点は,本基準で規定する摩耗試験の位置付けの見直しと実際の摩耗試験の現状を踏まえた内容の見直しであった。具体的には,論文や特許などで広く公表されている摩耗データの活用実態の調査や潤滑下での試験方法を追加することなども検討した。しかしながら,これらに対応するためには改正原案作成委員会の活動範疇を大きく超え,時間的,資金的にも非常に困難であるとの結論に至った。その結果,改正版の位置付けは初版と同様,トライボロジー専門外の研究者や技術者への摩耗試験の拠り所となるもの,あるいは初期段階における材料のスクリーニング法として推奨されるものをまとめるという原則は変えないこととし,本文の改訂も最小限に留めるということになった。

第2版における主な変更点は,本文においては一部の試験片の大きさと摩耗試験回数に関するもの,解説ならびに参考資料においては引用されているJISやASTMなどの規格の更新と,新たに実施した第2回ラウンドロビンテスト結果の追加である。初版の存在を御存じでない方も多いかとも思うが,ここでは「摩耗の標準試験法(改訂版)」の構成と概要について,主に改訂箇所を中心に紹介させていただく。また,改訂版には盛り込まれなかったが,検討された事項の中で重要と思われる点についても簡単に触れる。なお,「摩耗の標準試験法(改訂版)」*2は,日本機械学会より100部限定で販売(http://www.jsme.or.jp/pjs0130.htm)されているので,詳細についてはこちらを参考にされたい。

1. 「摩耗の標準試験法」の構成

日本機械学会基準S013「摩耗の標準試験法(改訂版)」は,第1部の本文,第2部と第3部の参考資料から構成されている。主な目次は以下の通りである。

(1)第1部
本文:目的および適用範囲,用語の定義,摩耗試験の種類,摩耗試験,試験片,試験方法,試験結果の出し方,試験結果の報告,その他

(2)第2部
解説:目的および適用範囲,摩耗試験の種類,ピン・オン・ディスク摩耗試験,スラストシリンダ摩耗試験,ブロック・オン・リング摩耗試験,結果の報告,その他

(3)第3部
参考資料:国内外規格の比較,ラウンドロビンテスト,摩耗特性の評価方法

1.1 第1部 本文

日本機械学会基準S013「摩耗の標準試験法(改訂版)」では,主として金属材料のしゅう動摩耗特性を評価するための試験方法を示すことを目的とし,ピン・オン・ディスク摩耗試験,スラストシリンダ摩耗試験,ブロック・オン・リング摩耗試験の3つの試験方法(図1参照)について,試験装置,試験片,試験方法,試験結果の表し方を規定している。

ピン・オン・ディスク摩耗試験/基準で規定される摩耗試験の種類
(a)ピン・オン・ディスク摩耗試験
スラストシリンダ摩耗試験/基準で規定される摩耗試験の種類
(b)スラストシリンダ摩耗試験
ブロック・オン・リング摩耗試験/基準で規定される摩耗試験の種類
(c)ブロック・オン・リング摩耗試験

図1 基準で規定される摩耗試験の種類

第2版での改訂では,ピン・オン・ディスク摩耗試験のディスク試験片に関し,その推奨する試験片の大きさについての変更を行った。具体的には,初版ではディスクの外径を40mm~60mmとしていたものを,第2版では実際に行われている摩耗試験の実態に合わせ,外径20mm~60mmとした。これは,研究論文などに報告されているピン・オン・ディスク摩耗試験について調べた結果,特に国内では外径が1インチ(25.4mm)程度のディスク試験片が多く用いられていることを反映したもので,少し余裕を考え外径20mm以上のディスクを推奨することとした。

摩耗試験の回数については,初版では最低5回の試験を行うこととしていたものを,第2版では,少なくとも3回(ばらつきが大きいときは5回以上)の試験を行うことに改訂した。これは3つの摩耗試験方法すべてに共通である。この改訂も一般的な摩耗試験の実態を反映したものである。どうしてもばらつきが大きくなりがちな摩耗試験の場合,その試験回数は多いほどより正確な特性を把握しやすくなると考えられるが,1回の試験時間が長いことを考えると,自ずと試験回数を増すことには限界がある。また,限られた研究資源の活用を考慮すると,試験回数と試験条件とはトレードオフの関係にあるが,摩擦条件によって特性が大きく変わるような場合には,試験条件の点数を多くとることに注力した方が良い場合もある。そこで,今回の改訂では一般的に行われている摩耗試験の実態も踏まえて総合的に判断し,最低試験回数を5回から3回に引き下げることとした。

なお,改正原案作成委員会の議論では,摩耗試験前の試験片の洗浄方法や洗浄に使用する薬品,摩耗量算出のための摩耗痕形状の測定方法などの他の項目についても見直すべきとの意見もあった。今回は,十分な調査や検討ができないことを理由に,これらの改訂を見送る結果となった。ただし,次回の改訂作業を待つことなく,昨今の環境負荷物質の規制を背景とした洗浄溶媒の変更やレーザーによる形状計測技術の普及状況などを踏まえ,実態に合わせた基準の見直しは常にオープンに議論されるべきと考えている。

1.2 第2部 解説

第2部では,摩擦・摩耗試験に関する国内外の標準規格(JIS,ASTM,DINなど)についてまとめた結果を紹介し,摩耗試験の目的と目的に合わせた摩耗試験方法とその適用範囲について解説している。また,第1部で規定した3つの摩耗試験方法に関し,これらに対応する摩耗試験機について,実際の試験機を例に詳細な解説を行っている。ラウンドロビンテストは,初版の際に実施した第1回の試験内容を踏襲しつつ,第2回目では新たにスクアランによる潤滑環境下での摩耗試験を追加し,12研究機関の協力を得て実施された。第2部では,第1回と第2回のラウンドロビン試験結果のまとめが記載されている。

1.3 第3部 参考資料

第3部では,第2部の解説に引用する詳細な資料が掲載されている。参考資料は以下の4つである。

≪参考資料1≫
国内外の摩耗試験関連規格の比較

≪参考資料2≫
第1回 鋼のすべり摩耗のラウンドロビンテストの結果

≪参考資料3≫
第2回 鋼のすべり摩耗のラウンドロビンテストの結果

≪参考資料4≫
摩耗特性の評価方法

おわりに

岩渕明先生から改訂版のお話をいただいた時,日本機械学会基準として「摩耗の標準試験法」があることは知っていたが,実はその内容をきちんと読んだことはなかった。改訂を前提に見直した際,最初はすべてを書き変えたいという衝動に駆られたというのが正直なところである。改訂作業の責任者としては,いささか無責任すぎるように思われるかもしれないが,誤解を恐れずに言わせてもらえば,摩擦・摩耗試験の標準化には正解はないとしても,この基準はあまりにも現実と乖離していると感じられたのであった。しかし,この摩耗の標準試験法が機械学会基準として世に出るまでの経緯を調べていく中で,50年以上も前からの大先輩達の多くの努力や苦悩があったことを知るに連れ,行間に込められた思いの重さをずっしりと感じるようになった。その結果,基準の全面的な改訂はおろか,数行の文章の書き換えにも躊躇するようになってしまったというのが事実である。そのため,ここで紹介した改訂版も,すでに摩耗試験の経験を積まれている方々には,恐らく同様の印象を与えるのではないかと想像する。一方で,これが現在のトライボロジー分野における標準化の限界かもしれない。もちろん,特定のトライボ要素に着目すれば,スクリーニング試験から実機レベルまでの一連の評価方法が確立され,評価装置および方法のデファクト化もさらに進んでいくと思われるが,汎用性のある摩耗データを得るという点においては逆の方向である。引張強度の標準試験法のような汎用性を摩耗の試験法にも求めるためには,摩耗現象そのもののメカニズムの一層の解明を待たねばならない。それまでの間,「摩耗の標準試験法」は“摩耗試験法の拠り所となるものを示す”という役割を甘んじて果たさざるを得ない。

 

謝辞
 日本機械学会「摩耗の標準試験法」改訂原案作成委員会の皆様には,様々な制約がある中で活発かつ建設的な議論にご協力をいただきました。また,第2回ラウンドロビンテストに参加していただいた研究機関および実験担当者の方々には,短期間内での無理なお願いに対しても最大限のご尽力をいただきました。さらに,産業技術総合研究所の間野大樹博士と九州大学杉村丈一教授には,膨大なラウンドロビンテストデータの解析に年末年始をほとんど費やすなど大変な負担を強いることとなってしまいました。この場を借りてお詫びするとともに深く御礼申し上げます。ありがとうございました。

 

〈参考文献〉
*1 “日本機械学会基準 摩耗の標準試験方法JSMES 013”,日本機械学会(1999)
*2 “日本機械学会基準 摩耗の標準試験方法JSMES 013(改訂版)”,日本機械学会(2010)


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最終更新日:2024年2月29日