潤滑油の面から歯車の伝達損失をへらし,効率を向上させる手段としては,(1)ギヤー油の粘度を低くして,油のかきまわし抵抗損失を小さくする,(2)油性向上剤,摩擦緩和剤(FM),固体潤滑剤などの添加剤で,歯車のかみ合い摩擦損失を小さくする,の二方法があります。
省エネギヤー油で動力は節約できるか
ギヤー油にも省エネルギタイプの製品がいろいろ出ていますが,どの程度動力の節約になるのでしょうか。ご教示ください。
解説します。
1. はじめに
オイルショックを契機として,あらゆる分野で省エネルギ化がすすめられ,大きな成果をおさめました。歯車装置の動力伝達効率は,設計許容負荷の半分以上の運転条件では,従来から90%以上の高い効率がえられておりますが,さらにギヤー油の改良で伝達効率を高めて省エネルギ化をすすめるために,ご質問の省エネルギ型ギヤー油の開発がさかんになりました。
潤滑油の面から歯車の伝達損失をへらし,効率を向上させる手段としては大別して次の二方法があり,これが省エネルギ型ギヤー油開発の基本となっています。
(1)ギヤー油の粘度を低くして,油のかきまわし抵抗損失を小さくする。
(2)油性向上剤,摩擦緩和剤(FM),固体潤滑剤などの添加剤で,歯車のかみ合い摩擦損失を小さくする。
2. 歯車のかきまわし動力損失
歯車のかきまわし動力損失はどの程度か,また潤滑油の粘度でどのように変わるかを,新幹線車軸用歯車について図1*1に示しました。
図1 新幹線車軸歯車のかきまわし動力損失*1 |
粘度および歯車の回転速度の増加とともにかきまわし損失が増し,たとえば車速約230km/hに相当する大歯車回転速度1500rpmで,ギヤー油の粘度が300cStのときは6.0kW,30cStのときは4.2kWの動力損失になっています。この損失は歯車に負荷を与えていないときの値で,若干の軸受摩擦損失などが含まれていますが,かきまわしただけで電動機定格出力185kWの数パーセントに当たる動力が失われていることになり,ギヤー油の粘度を下げることで省エネルギが達せられます。
図2は小型乗用車デファレンシャルのかきまわし損失例です。♯90ギヤー油を粘度の低い♯80ギヤー油に変えることで,油温30℃,入力軸回転速度50rpsでは1.0kJ/s,すなわち1.36psの動力が節減され,油温が低いときはさらに節減メリットが大きくなっております。
図2 デファレンシャルギヤーのかきまわし動力損失 |
以上のように,軽負荷で回転速度の速い条件では,ギヤー油の粘度を低くすることで,かきまわし損失が小さくなり,省エネルギができます。しかし負荷の増した条件では,粘度を下げすぎると,歯面での流体潤滑油膜が保持できなくなり,次に示す摩擦損失が増大したり,歯車の摩耗や損傷がおきますので,あまり低粘度にはできません。
3. 歯車の摩擦動力損失
負荷のかかった歯車では,潤滑条件がきびしく,混合潤滑や境界潤滑状態で運転される機会が多くなります。したがって,りんや硫黄系極圧添加剤のほか,境界摩擦を減少させる脂肪酸,エステルなどの油性剤,有機モリブデン,りん酸エステル,硫化エステルなどのFM剤ならびに黒鉛,二硫化モリブデン(MoS2),ボレートなどの固体潤滑剤を加えて省エネルギ化をすすめることができます。
図3*3は小型乗用車4速トランスミッションの歯車摩擦損失量を,同じ粘度のS-P系ギヤー油とボレート系ギヤー油とで比較したものです。両油とも負荷が増すにつれて摩擦損失が増加していますが,ボレート系ギヤー油のほうがS-P系ギヤー油にくらべ,平均7~8%よけいに摩擦損失低減効果があったと報告されています。
図3 4速トランスミッションの歯車動力損失*3 |
4. 省エネルギ型ギヤー油の実用効果
ゴム素ねり駆動用大型減速機(電動機330kW)に適用した例を示します。ISO VG640のS-P系ギヤー油に変え,粘度の低いVG320S-P系ギヤー油に黒鉛とMoS2とを加えた省エネルギ型ギヤー油の使用で,電力消費量を8.9%も減少させています。
長期間使用して歯面の損傷がすすんだ装置では,損傷の進行を防止するために,新設時よりやや高めの粘度の潤滑油を使用するのが通例ですが,この場合は損傷進行防止と省エネルギとを一挙に成功させた好例です。