トラクションドライブは,潤滑油膜を介してたがいに押し付けられて転がりあっている回転体を用い,一方の回転体から他の回転体に動力を伝達する方法です。トラクション変速機と自動車への応用,また,潤滑油の種類によってえられるトラクション係数がどのように変わるかを示します。
トラクションドライブのメカニズムと潤滑油
無段変速機として,これからトラクションドライブが伸びてくるといわれていますが,自動車用として実用化しているものの種類と潤滑油についてご教示下さい。
解説します。
1. はじめに
トラクションドライブは,潤滑油膜を介してたがいに押し付けられて転がりあっている回転体を用い,一方の回転体から他の回転体に動力を伝達する方法です。
これを応用した変速機は,歯車変速機にくらべて騒音や振動が少なくて高速回転に適し,変速比を無段階に変えられる特徴があり,産業機械,高速研削機などから電動マッサージ機にいたるまでに利用されています*1~3。自動車に対しては試作車などへの使用例はありますが,一般車への採用は現在鋭意開発中と思われます。
2. トラクションドライブの原理
図1のように,潤滑油を塗った2個の円板をたがいに押し付け,駆動円板を回転させたとき,押し付け荷重(法線力Fn)が小さいうちは接触部に流体潤滑油膜が形成されて,被動側の円板は回転しません。荷重を増していくと,0.1~数μmのうすい油膜をはさんだまま,円板は弾性変形をして微少面積の平面で接し合い,接触部の平均圧力は1GPa(約1万気圧)におよぶ高圧になります。
図1 トラクションドライブ説明図 |
したがって接触部の油膜は瞬時1万気圧の高圧にさらされ,いわゆる弾性流体潤滑膜(EHL)が形成されます。EHL油膜は,粘弾性流性や塑性固体としての性質があり,この油膜が仲立ちとなって被動円板を回転させる接線力Ft,すなわちトラクション力を被動円板に与え,少量のすべりをともないながら被動円板が回転して動力が伝達されます。
トラクション力Ftを法線力Fnで割った値μをトラクション係数と呼び,μの値が大きいほど同じ法線力で大きなトラクション力がえられるので,トラクション変速機においては大切な値です。
μは回転体の接触面圧,周速,すべり率,表面あらさ,温度および潤滑油の種類で変わりますが,変速機のデザインがきまり,運転条件が定まれば使用する潤滑油で0.02~0.01の範囲で変わります。
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3. トラクションドライブ油
トラクションドライブ変速機の性能に,大きな役割をもつ潤滑油の種類によって,えられるトラクション係数がどのように変わるかを表1*4~*5に示しました。
表1 潤滑油の最大トラクション係数 *4~5
測定条件:30℃ |
ナフテン系潤滑油はパラフィン系より高いμを示し,合成油では2~3個のナフテン環をもった化合物や,短い枝分かれの多いブテンオリゴマ水素化物を用いれば高いμがえられます。
μの値は潤滑の常圧粘度にはほとんど影響されず,潤滑油の分子構造の差による弾性流体潤滑膜の物性で変化します。このほかトラクション油は,熱安定性や回転体の摩耗が少ないなどの潤滑油として良好な性能をもつことが必要です。
4. トラクション変速機と自動車への応用
トラクション変速機は用途に応じて図2のような種々の型が用いられ,転動体相互の接触位置を変えることで,無段階にスムースな変速ができます。自動車に応用すれば,エンジンの最適運転燃費域が利用でき,次のLeyland社の例では22%もの燃料節約になったと報告されています。
図2 トラクションドライブ変速機の型式 |
図3は,Leyland社がバスやトラックに搭載して開発中のPerbury型自動変速機の概念図で,ハーフトロイダル型トラクション機構を用い,遊星歯車,クラッチ,電子制御装置を組み合わせてあります。※
このほかFafnir社は小型トラクタへの応用実機試験を行っています。日本精工はハーフトロイダル型のものを開発し,日野自動車のトラック用試作セラミックエンジンに採用されるなど,日本においても開発がすすんでいます。
図3 Perbury型自動変速機の概念図 |
5. おわりに
トラクションドライブ自動変速機を一般市販売車に搭載するには,小型軽量化,耐久性とともにコストの問題も解決する必要がありますが,トラクション油の国産化計画も具体化されており,自動車への応用がいっそう促進される状態にあります。
※Q&A第1集発刊時点
<参考文献>
*1 芝崎信明:日経メカニカル,No.235(1986)50.
*2 Machine Design,日経メカニカル要訳:日経メカニカル,211(1986)72.
*3 峯本満徳:日石レビュー,27(1985)195.
*4 村木正芳;潤滑,30(1985)45.
*5 木村好次:潤滑,30(1985)767.