デファレンシャル装置の欠点を解決したのがLSD(リミテッド・スリップ・デファレンシャル:すべり差動制限装置)です。LSDギヤー油はデファレンシャル油の特殊なものと考えることができ,デフ油と同等かそれ以上の性能を持ち,かつその機構から摩擦特性を兼ね備えている油と言えます。
LSDギヤー油について
LSDギヤー油とはどのようなものでしょうか。通常の自動車用ギヤー油との違いについても説明して下さい。
解説します。
1. LSDとは
自動車にはスムーズに曲がるためにデファレンシャル(差動)装置が付いていますが,この装置は回転差を自由に許す機能を持つ反面,常に同一の力しか伝えられません。このため,片輪がぬかるみ・雪道などにはまるとスリップしてしまい,機構上反対側の車輪にトルクを伝達することができず最悪の場合,脱出不可能になってしまいます。
そこでこのデファレンシャル装置の欠点を解決したのがLSD(リミテッド・スリップ・デファレンシャル:すべり差動制限装置)です。LSDは一方の車輪の駆動力が減少しても他方の車輪へも,ある割合でトルクを伝える役割をします。機構的にはデフ内部に湿式摩擦クラッチ(写真1)が組み込まれており,片輪がスリップすると多板クラッチが相互に押し付けられ,低速回転側の車輪にトルクを伝達する仕組みとなっています。
写真1 LSDのクラッチ及びプレート |
しかし,この湿式摩擦クラッチ式のLSDでは,クラッチ板の表面処理と使用するギヤー油との相性が悪い場合,振動(チャター)が発生することがあり,この時発する音(チャター音)が,クレームとして問題となることがあります。
したがって,使用するギヤー油は種々の条件下で適切な摩擦特性を有しなければなりません。そこで,この問題を油側から解決したのがLSDギヤー油であり,ここでは通常の自動車用ギヤー油の諸性能と比較しながらその違いを説明したいと思います。
2. 自動車用ギヤー油とは
自動車用ギヤー油はマニュアルミッション油とデファレンシャル油とに分けられ,LSDギヤー油はデフ油の特殊なものと考えることができます。(表1)
表1 各ギヤー油とその要求性能
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(1)マニュアルミッション油(MTF)
マニュアルミッションには比較的条件の緩やかなスパーギヤー等が使用され,運転条件も高速低荷重で比較的マイルドなため,APIギヤー油分類ではGL-3,4相当のギヤー油が一般的です。粘度もシフト操作性を考え低粘度のベースオイルが使用されます。しかし,低粘度油では高温時の摩耗またはギヤー歯打ち音の発生等の問題が出てくるため,粘度指数向上剤を用いマルチグレード化(75W-85Wなど)したものが多い。
さらに近年ではミッション部の高温化が進み,より耐熱性の良いギヤー油が求められています。一方ではマニュアルミッションのシンクロ機構において,ギヤー鳴きあるいはひっかかりなどの問題があるため,シンクロ摩擦特性も重視されています。
(2)デファレンシャル油(デフ油)
デファレンシャルには条件の厳しいハイポイドギヤーが用いられ,さらに運転時に衝撃荷重が加わるため,高粘度でかつ極圧性能の高いGL-4,5のシングルグレードギヤー油が多い。しかし一方では近年の省燃費志向などにより,マルチグレードタイプのデフ油が多くなってきています。
また,デフ部においても高負荷・長時間連続走行されるなど条件が厳しくなってきており,より耐熱性の優れたデフ油が求められています。
3. LSDギヤー油とは
表1のとおりLSDギヤー油は,デフ油と同等かそれ以上の性能を持ち,かつその機構から摩擦特性を兼ね備えている油と言えます。
そのため,デフ油同様高粘度で極圧レベルが高いGL-5相当が用いられ,さらに加えて,FM(摩擦調整剤)を添加していることが多い。一般にFMはLSD作動時に性能を発揮し,チャター音の発生を防止する働きをします。しかしFMは使用中に経時変化あるいは有効成分が消耗するため,長時間使用すると摩擦特性が悪化し,チャター音が出始めることがあります。よって,LSDギヤー油は定期的な交換が必要です。
4. 最後に
LSDギヤー油はLSD装着車あるいは走行条件の厳しい自動車,建設機械車両等のデファレンシャルに使用され,その性能はかなり高いと言えます。しかし,耐久性の面ではまだまだ改良の余地があり今後の動向が注目されます。