固体潤滑剤の劣化と寿命 | ジュンツウネット21

固体潤滑剤の劣化と寿命について,わかりやすく解説して下さい。

解説します。

固体潤滑剤の種類や応用形態で劣化や寿命が異なりますので,固体潤滑剤の代表である二硫化モリブデン(MoS2)を中心に解説します。

液状製品の場合,初期の適正添加割合を100とします。適正添加割合は添加目的により異なります。例えばセメントキルンサポートローラ過熱の場合と,油浴式歯車箱の保全とでは,適正添加量が違います。前者はMoS2wt%で1%以上,後者は付着性に十分留意した製品であればMoS20.3wt%程度です。メーカーの推薦する割合で添加した場合を100として経時変化を見ます。図1はプラスチック押出減速機に使用した実例です。従来起こっていた歯車のピッチングが完全に治り,平均約1,000時間で破損していたスラストベアリングの#29428は正常寿命となり,ベアリング交換の休止損失はなくなり更油期間が2,500時間から4,000時間まで延長されています。

MoS2液状製品のMoS2経時減量
図1 MoS2液状製品のMoS2経時減量

では何故初期添加100のものが減少するのでしょうか,しゅう動面に付着する厚みは1μm程度であり,そのための減量は無視し得る程度でしょう。

大きな理由は油中に分散されている摩耗粉がしゅう動面に連れ込まれた時,その表面に付着して二次摩耗を防止する,あるいは油中の重合物を核としてそれに付着し,フィルタで取られる,沈積する分でしょう。

液状製品の場合MoS2の壁開消耗,酸化劣化等は無視し得るものであり,使用油の異状が原因で分散安定性が崩れ消耗する事を注意する必要があります。完全分散といっても,使用油が交換を必要とするほど異状な場合でも沈まないという事ではなく,液状の場合は消耗は分散安定性が崩れる事といえるでしょう。

固体潤滑剤の寿命と破損機構については,乾燥被膜潤滑剤に関し多くの研究論文が発表されています。その理由は被膜厚みを測定する事により,比較的容易に変化を観察する事ができるからです。

Bartz*1は多くの実験結果から次のように結論づけています。

(1)乾燥被膜潤滑剤の摩耗寿命は膜が摩耗し尽くすか,ブリスタの発生による。
(2)摩耗寿命は速度と荷重の増加により短くなる。その影響は速度より荷重の方が大きい。
(3)極圧挙動に対する標準PV値は,荷重の増加とともに増えるが,速度の増加では,低減する。
(4)摩耗寿命,速度,荷重の三元図は乾燥被膜潤滑剤の摩耗挙動を特性づけるのに用いられる。
(5)摩耗過程は摩耗の初期で高い摩耗率を示す。定常摩耗領域では低い摩耗率を示す。
(6)この試験はリング-ブロック試験法で行ったが,潤滑剤はリングからブロックに転移する。
(7)乾燥被膜潤滑剤摩耗寿命は膜厚が2~4μmに到達するまでは影響は受けない。
(8)乾燥被膜潤滑剤が徐々に破断する大きな要因はブリスタの形状である。
(9)乾燥被膜潤滑剤ブリスタの原因である裂け,ひびは酸化や熱応力に影響される。
(10)定常状態領域における乾燥被膜潤滑剤の摩耗寿命対荷重,速度等の摩耗挙動の特長や特性を用いる事で,正確な要因が解析される。

図2はMoS2,グラファイト二元システムの場合で,寿命は速度,荷重が大きくなるにつれて短くなる事を示しています。結論にもあるように荷重の方が大きく影響している事がわかります。

速度,荷重と被膜寿命の関係(MoS2,グラファイト膜)
図2 速度,荷重と被膜寿命の関係(MoS2,グラファイト膜)

図3は乾燥被膜潤滑剤の挙動を良く示しております。約6.5μmの膜厚が1470N荷重500rev/mint(1.23m/sec)速度で動きはじめるとともに膜厚は2.5μmまで激減しています。短時間の間に減少した被膜は,それから殆ど摩耗する事なく,低摩擦係数を示し,700分経過してもその良好な潤滑性が持続されています。この傾向は他の多くの研究結果でも見られています。動きはじめると膜厚は瞬時にして1/2以下となり,その後は他の原因,例えばブリスタ等が原因で被膜が破壊されるまで,その目的を果たしています。その時の膜厚が1μm以下の場合もめずらしくありません。さてその被膜破壊原因となるブリスタ(ふくれ)についてDeGeeやSolomon*2はMoS2被膜の破壊機構と題して詳しく調査しています。

荷重1470N速度500rev/minの場合の膜厚変化[MoS2,グラファイト,Sl(SlS4)三元膜]
図3 荷重1470N速度500rev/minの場合の膜厚変化[MoS2,グラファイト,Sl(SlS4)三元膜]

この研究結果によると分子レベルでは被膜が遂次酸化して破壊されるが,微視的にはブリスタ形成によりスケーリング(はがれ)を助長している事が,本研究で行った映画撮影で観察されたと述べています。また,この酸化の影響を見るため同一条件で雰囲気をアルゴンにした所,円滑な運転期間が最低20倍まで延長されたと述べています。

酸素の存在下では雰囲気温度が高くなくても,摩擦熱により酸化し,膜を脆弱にして同時にブリスタが発生,スケーリングにより膜破壊が起こるとしています。

また,ステンレススチールねじ部の焼き付き防止に乾燥被膜潤滑膜を処理し,硫黄化合物を多量に含む原油サワーガスの採掘に成功した山本*3等の論文ではMoS2の高温(試験は500℃)での酸化を防止するためSb2O3(酸化アンチモン)を共存させて効果を発揮したと述べています。MoS2とSb2O3共存効果は他にも多くの論文がありますが,本研究では表面機器解析装置により,MoS2のみの場合MoO3が検出される条件下で,Sb2O3が共存するとMoO3は検出されずMoS2酸化防止効果が大きいとしています。

De GeeはMoS2と比較してグラファイトについても観察していますが,MoS2よりずっと低い荷重で表面が粗く,小さなブリスタが見られたと述べています。しかし,この論文でも述べられているようにMoS2にある一定の割合でグラファイトを加えると被膜寿命が延長される事も良く知られている事です。

固体潤滑剤の劣化と寿命という複雑な問題は現在も研究が続けられていますが,液状では分散安定性,正しい処理が行われた適正な乾燥被膜潤滑剤では酸化に留意する事が大切といえるでしょう。

<参考文献>
*1. W.J.Bartz of al Wear,150 (1991) 231
*2. A.W.J.DeGee,G.Solomon ASLE/ASME lub Coxf (1964)
*3. 山本他米国潤滑学会38回年次総会 (1983)

ブルカージャパン ナノ表面計測事業部

アーステック



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最終更新日:2021年11月5日