耐摩耗剤と極圧剤の作用の違い | ジュンツウネット21

耐摩耗剤と極圧剤とはどのように作用が違うのですか。ご教示下さい。

解説します。

耐摩耗剤と極圧剤とを区別する場合,摩耗を低減するのが耐摩耗剤で焼付きを防止するのが極圧剤ということになります。耐摩耗剤としてリン系添加剤,極圧剤として硫黄系添加剤が例に挙げられることもありますが,これらは金属表面と反応して潤滑膜を作り機能を発揮するという点では同じ範疇の作用機構に入るものであり,その程度に違いはあるものの両者とも摩耗を低減する効果(耐摩耗性)と焼付きを防止する効果(耐焼付き性)を有しています。したがって,耐摩耗剤と極圧剤は厳密に分けて,それらの作用の違いについて説明するのに難しい面があるのです。そこで,御質問の直接の答えにはなりませんが,今回のお答えの仕方はまず耐摩耗性や耐焼付き性を有する添加剤を金属表面への作用機構ごとに図1 *1のaeのように分類し,そのうえでどのように耐摩耗性や耐焼付き性を発揮するのかといった説明をしたいと思います。

添加剤の作用機構
図1 添加剤の作用機構

1. 吸着膜を作るもの

図1ab
 分子の一端に金属と強く結合する極性基を持ち,かつ長い炭素鎖が結合している極性化合物は図1abのように物理吸着,化学吸着により金属表面に吸着膜を形成します。オレイン酸やステアリン酸などの高級脂肪酸,オレイルアルコールなどの高級アルコール,脂肪族アミン,エステル等のいわゆる油性剤と呼ばれるものが代表例で,一般にいう耐摩耗剤ではありませんが,比較的低温低荷重の場合に摩耗低減効果を有します。

2. 金属原子との反応により潤滑膜をつくるもの

図1d
 リン酸エステル,亜リン酸エステル,酸性リン酸エステルアミン塩等のリン酸系添加剤,硫化油脂,モノ,ジ,ポリサルファイド等の硫黄系添加剤,塩素化パラフィン,塩素化脂肪酸等の塩素系添加剤等が代表例です。

これらの添加剤は金属表面に吸着し,さらに金属表面と反応して無機化合物の膜(潤滑膜)を形成します。添加剤の金属表面との反応は,摩擦熱による温度上昇と摩耗により生成される新生面の活性によって進みます。この摩擦面に形成された潤滑膜が軟らかく,せん断されやすいため,金属同士の結合を防ぎ,摩耗を減少させ,焼付きを防止します。

硫黄系添加剤の作用機構は,図2 *2に示したように金属表面に吸着した後,鉄メルカプチドの生成を経て硫化鉄被膜を生成します。その反応性はS-S結合,C-S結合が切断されやすいほど大きくなります。

硫黄化合物の作用機構
図2 硫黄化合物の作用機構

硫黄系添加剤を用いた場合の摩擦面に生成する潤滑膜は,表1 *3に示したものが知られています。

表1 硫黄系極圧剤による摩擦面生成被膜
測定者
極圧剤
摩擦面生成化合物
豊口ら DBDS FeSO4(低荷重);Fe3O4,α-Fe2O3,Fe3S4(高荷重)
PIGGOTT ら Diethyl trisulfide FeS2
COY ら DBDS,Di-t-butyl disulfide FeS,Fe3C,Fe3O4,α-Fe2O3
BIRD ら DBDS 硫化鉄,酸化鉄
坂本ら 硫化オレフィン(43%S) FeS,FeO,Fe2O3
境ら DBDS FeS,Fe3S,FeO,Fe3O4,α-Fe3O4
森ら Di-t-dodecyl poly sulfide(30%S) 酸化鉄,硫酸鉄,硫化鉄

リン系添加剤の場合の作用機構は,

(1)有機リン酸エステルが鉄表面へ吸着
(2)加水分解により有機酸性リン酸エステルが生成
(3)有機酸性リン酸エステルと鉄表面との反応により有機リン酸鉄の生成
(4)無機リン酸鉄の生成

といった作用機構が提唱されています*4。リン系添加剤の潤滑膜は,表2 *3に示したものが知られています。

表2 リン系極圧剤による摩擦面生成被膜
測定者
極圧剤
摩擦面生成化合物
中村ら Tri-butyl phosphite Fe2PFeP2(通電なし)
Fe2PFeP2,2Fe2O3・P2O5・2H2O,FePO4・2H2O(通電条件)
GODFREY TCP FePO4,FePO4・2H2O
BARCROFT ら Tri-phenyl phosphate Arylacid phosphate,リン酸鉄
YAMAMOTO ら TCP Fe3P
MONTES TCP Fe3(PO4)2,FePO4,CxHy
山本ら TCP,Tri-octyl phosphate

FePO4,FeO-Fe3O4

GAUTHIER ら TCP Fe3(PO4)2,(PO4CxHy)n
森ら Tri-oleyl phosphite リン酸鉄

塩素系添加剤の作用機構は,鉄表面で熱分解し,塩化鉄(FeCl2,FeCl3,FeOCl)の潤滑膜を形成し,その層状構造により摩耗・焼付きを防止するとされています*3。

耐摩耗性や耐焼付き性に影響を与える因子として,潤滑膜の性質や添加剤による金属表面の平滑化等があります*5,*6。また,添加剤の反応性という点からは以下のことが言われています。添加剤の反応性と摩耗の関係は図3 *7の概念図で示されます。

極圧剤の反応性と摩耗
図3 極圧剤の反応性と摩耗

反応性が増すと凝着摩耗は減少しますが,それが高すぎると金属表面が腐食され,いわゆる化学摩耗を増加します。このため,その反応性が適切であることが必要です。一般に焼付き防止のためには高い反応性が有効ですが,摩耗防止のためには反応性が高すぎないことが必要であり,耐摩耗性と耐焼付き性が相反する例が少なくありません。

3. 添加剤自身が分解・重合して潤滑膜をつくるもの

図1c
 図1cのように添加剤が分解重合して固体潤滑表面膜を形成し,この膜が下地金属に比べてせん断されやすいため,摩擦,摩耗を低減します。ジアルキル(またはアリル)ジチオリン酸亜鉛(Zn-DTP)が代表例です。Zn-DTPは耐摩耗性,耐焼付き性だけでなく,酸化防止性,腐食防止性等を有し,いわゆる多機能添加剤として使用されるものです。その作用機構は,鉄表面へ吸着したのち,熱分解によりアルキル基からオレフィンを発生するとともに硫化水素,メルカプタンあるいはアルキルサルファイドを発生し,次いで硫黄,リン,亜鉛を含む無機性のポリマーの潤滑膜を形成し摩耗防止作用を行います。さらに過酷な条件ではポリマーが分解し,硫化鉄,リン酸鉄を形成し焼付き防止作用をします*7。一般に不安定なZn-DTPほど大きな耐荷重能を示しますが,化学摩耗を促進し,耐摩耗性は劣るとされています*8。Zn-DTPの安定性に及ぼす炭素鎖の影響は,

sec-alkyl < primary-alkyl < aryl

の順です。

4. 固体潤滑剤のへき開による摩擦低減

図1e
 層状格子構造を有する二硫化モリブデンやグラファイトは,金属表面に吸着して金属間の接触を妨げると同時に,図1eのように滑り方向と平行して容易にせん断されて摩擦,摩耗を低減します*1。せん断力の小さい添加剤ほど摩擦も小さくなります。

<参考文献>
*1 星野道男:潤滑,29,2 (1984) 91.
*2 E.S.Forbes,et al:ASLE Trans.,16 (1973) 50.
*3 倉知祥晃:潤滑,28,2 (1983) 131.
*4 F.T.Barcroft,et al:Trans,ASME,J.Basic.Eng.,87 D (1965) 761.
*5 寺内喜男:潤滑,28,2 (1983) 78.
*6 岡部平八郎,益子正文:トライボロジスト,34,5 (1989) 322.
*7 上田亨,小西誠一 共著:潤滑油の基礎と応用,コロナ社,(1992)
*8 桜井俊男編著:新版石油製品添加剤,幸書房,(1986)

アーステック



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最終更新日:2021年11月5日