はじめに
金属材料は構造物,自動車,機械,電子部品等多岐多様な用途に使われている.その製造工程においては防蝕や防汚,加飾目的でメッキ,塗装,コーティングといった表面処理,あるいは固定や構造強化の目的で接着,接合の処理が施されることが多い.表面処理や接着,接合を行う上で,必要特性を満たすための重要な因子に密着性がある.従来から密着性の向上には,脱脂を目的としたシンナー等の溶剤や洗浄剤による処理が行われてきた.またアンカー効果を期待したブラスト処理による表面の粗化やプラズマによる親水化処理が行われることもある*3.
当社はこれまで精密洗浄剤メーカーとして,ガラスに対してコーティング剤の密着性を高める処理剤の開発を行ってきた.また近年は,この技術を応用して金属を対象とした密着性を向上させる処理剤の開発に取り組んでいる.本稿では密着の原理を解説し当社が開発した密着性向上が期待できる表面処理洗浄剤であるHDM-1の紹介を行う.
1.ぬれ性について*4
固体表面がある液体で「ぬれる」かどうかは,その液体が付着(密着)するかを決定する上で重要な要素となりうる.
固体の表面に液体を1滴落としたとき,液体が拡がって表面を覆うとき「ぬれる」といい,拡がらず玉のようになってしまうときには「ぬれない」という.「ぬれ」の現象は,固体の表面の性質と液体の表面の性質によって大きく変わってくる.
固体表面上の液体が図1に示すような状態を示したとき,三つの矢印で示す方向の力関係が釣り合っているので,式(1)が成立する.
rS=rSL+rLcos・θ …………式(1)
rS:固体の表面張力
rL:液体の表面張力
rSL:固体/液体の界面張力
θ:接触角
式(1)をヤングの式と呼び,接触角θによってθが0°のときは完全にぬれた状態である.θが 0°<θ<90° のときは部分的にぬれた状態,90°≦θ<180° のときはほとんどぬれない状態である.
2.金属の表面自由エネルギー(表面張力)と表面状態
金属に限らず最表面に露出する原子は,内部の金属原子に比べて過剰なエネルギーを有している.バルク中のある1個の分子に着目すると,周辺分子との間には「分子間力」が働いている.このため,分子同士は互いに引き合うが全体としては打ち消し合っているためバルクに存在する分子は比較的安定的である.一方,表面に存在する分子は,バルク側の分子だけでなく,大気中の分子との間にも分子間力が働いている.バルク側の分子の密度が圧倒的に高いため表面に存在する分子は,常に内部に引き込まれた状態である.この結果,表面を縮めるような張力(表面張力)が働いているように見える.またバルク分子は,周辺分子と分子間力で引き合い相互作用することによってエネルギーを下げている.しかし表面分子は,大気側に相互作用の相手が少ないため,その分エネルギーが高くなっている.この表面分子がもつ過剰なエネルギーが「表面自由エネルギー」となる(図2).一般に液体の表面張力に対して固体の表面張力は表面自由エネルギーと呼ばれることが多い.
金属の表面自由エネルギー(表面張力)は固体の状態で測定するのは難しいため加熱溶融し液体金属として測定する(表1).融点の高いものほど表面張力の値も大きく,数百~数千mN/mに達する(プラスチック材料は40mN/m前後である).固体金属は液体金属より原子間距離が近いのでさらに大きな値になると考えられる.清浄な金属表面は高エネルギーで図1の rS>>rL となるので多くの液体でぬれることになる.しかしながら実際の金属表面においてはぬれない問題が多く発生し,これが密着不良の原因となっている.この理由としては,金属表面は表面自由エネルギーが極めて高いため酸化被膜が形成され,その上に有機物の吸着層や吸着水の層で覆われ安定化されているからである(図3).
表1 液体金属の表面張力*5
(rL:mN/m)
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3.金属材料のぬれ(密着性)を高める上での問題点
本来の金属表面は高エネルギーでぬれ性が高いが,前述したように,酸化被膜や吸着水,有機物質の影響を受けぬれが低下する.特に金属の場合は表面自由エネルギーの高さから表面の吸着物の層が厚く,ガラス等のセラミック材質に比べ本来の金属表面を露出させる精密洗浄の難易度が高い.例えばガラスを空気中に放置させた場合,水の表面接触角は50~60°程度であるが,SUSやアルミといった金属の場合は90~100°程度にもなる.
この状態は疎水表面といってもよい.洗浄するにあたっては洗浄剤そのものがぬれ広がり難く,本来のぬれ性の高い金属表面を出すのは難しいと考えられていた.
そのため,強い密着性を得たい場合はブラスト処理やプラズマ処理により表面の粗面化や有機物の除去を行う必要があった.ブラスト処理は複雑な形状のものに対しては処理が難しく処理後,投射材を除去する手間が発生する.またプラズマ処理はオゾンが発生するため,排気設備が必要な点や処理幅が狭いので,長尺の材料を処理するのは難しい点が導入への障害になっている.
4.表面処理剤HDM-1について
HDM-1は前章で述べた技術課題を克服した金属用の水系の表面処理剤である(表2).金属表面に付着している汚染物を除去することにより,金属表面をむき出しにし,高い自由エネルギーによってぬれ性を高めることにより密着性を向上させることが可能である.適用材質は鉄,アルミニウム,銅,チタン,ニッケル,クロム,亜鉛等様々な金属で,主な使用実績は,SUS,銅,アルミ,リン酸亜鉛皮膜への表面改質がある.メッキや塗装,コーティングの密着性向上を目的とした処理剤として使用していただいている.また有機物の除去性に優れていることから,後工程に密着性改善を必要としない金属材料へも脱脂洗浄剤として使用することが可能である.使用方法は10%程度を目安に希釈し,一般的な水系の脱脂洗浄剤と同様の工程で処理が可能である.浸漬・超音波浸漬,シャワー洗浄等を併用した処理をすることにより洗浄と表面改質が同時に行える(表3).
表2 HDM-1の仕様
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表3 HDM-1の適用工程例
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5.HDM-1に表面のぬれ性効果
HDM-1の効果を確認するため一般的なアルカリ脱脂液とHDM-1を10%に純水で希釈し,アルカリ脱脂液は60℃,HDM-1は25℃にて一般構造用圧延鋼材であるSS400を各液にそれぞれ5分間つけ置き後,30秒×2回のシャワー濯ぎを実施した.続いてドライヤーで乾燥を行った後接触角測定および全面ぬれ性確認を行った.一般アルカリ脱脂剤を用いても接触角は多少低下したが全面ぬれ性試験ではハジキが多数見られた.一方HDM-1処理品は接触角が一桁台まで低下し全面が均一にぬれることを確認した.
上記のデータからHDM-1処理によって従来のアルカリ脱脂液では除去できなかった有機物層が除去できていると考えられる.プラズマ処理と比較しても接触角一桁台は同等とみなすことができる.ダインペンを用いた試験でも,70mN/Nのインクを塗布できるため,処理後で表面自由エネルギーが大きく向上したとみなすことができる.また湿式処理であるため金属全面を同時に均一処理できることもポイントである(図4).
6.HDM-1処理後の樹脂密着性
HDM-1処理によって自由エネルギーが向上した表面の,塗料や接着剤の密着性の効果を確認した.SUS304をシンナー脱脂したものとHDM-1処理したものにそれぞれ塗装を施し,クロスカット試験を行った結果である.HDM-1処理品はシンナー脱脂品に比べ明確に欠陥数が減少しており,自由エネルギーの向上に伴う樹脂密着性改善効果が確認された(図5).
図6はシンナー処理,一般アルカリ脱脂処理,HDM-1処理したそれぞれのSUS304同士を接着剤でつなぎ,JIS K6850引張せん断接着強さ試験を実施した結果である.アルカリ脱脂処理はシンナー処理に比べて多少接着力は高くなる傾向はあるが,HDM-1処理品はアルカリ脱脂処理品の2倍近いせん断強さが確認された.前記二つの試験結果から,「金属表面が持つ本来の表面自由エネルギーを発現させる」というコンセプトにおいて開発されたHDM-1は塗装やコーティングの密着改善に寄与することが確認できた.
7.まとめ
金属表面処理や接着・接合を行う上で重要な因子となる密着性向上の理論と当社の高機能表面処理洗浄剤であるHDM-1の紹介を行った.本稿が金属部品加工を行う上で,一助となれば幸いである.当社は今後も「界面化学技術」を利用した新規技術や新製品の開発を積極的に行い,ユーザーの発展に貢献していきたいと考えている.
<参考文献>
*1 白井正樹:コンバーテック,Vol. 564,No. 48(2020)
*2 今野光三:潤滑経済,No.657(2019)
*3 森川務,中出卓男,桜井昌幸:表面技術,Vol. 58,No. 5(2007)
*4 荻野圭三:表面の世界,裳華房(1998)p.33~44
*5 荻野圭三:表面の世界,裳華房(1998)p.31
*6 礒山永三:近畿アルミニウム表面処理研究会会誌,117,1(1986)
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