はじめに
永続的に発展する社会を目指す上で健康や環境に配慮した製品およびその製造工程が望まれている.当社では洗浄剤や洗浄技術を通して電気,自動車,機械といった様々なメーカーの製造現場における環境改善に対する取り組みの一翼を担ってきた.今回塗装およびインキの剥離・洗浄における取り組みを紹介したい.
1.塗料・インキの環境対応と剥離
20世紀中頃から高分子化学の発展に伴い色々な合成樹脂が開発,生産され様々な分野に応用されていった.塗料やインキにおいてもアクリル,ウレタン,エポキシ製の樹脂を用いた製品が汎用化されるようになった.しかしながら希釈剤としての有機溶剤が大量に使用され,揮発性有機化合物(VOC)による健康・環境の影響が問題になる.これに対処するため平成に入り塗料・インキはハイソリッド塗料・無溶剤塗料・水系塗料(インキ),植物油インキなどの環境対応*1へ移行していく.剥離・洗浄においてもフロン,塩化メチレンやシンナー等の有機溶剤からの代替が求められるようになる.当社は準水系剥離剤を開発,販売しこの要望に応えてきた.
2.剥離とは
剥離とは,塗装および印刷に使用する治具や不良品から塗料,インキを除去する作業のことを言う.塗装や印刷に使用される治具は,その工程において塗料やインキが付着する.しかし,本来の塗布対象ではないため,不均一で密着性も担保されていない.そのため,治具に付着した膜が剥がれ,塗布対象物に落ちると不良の原因になる.このような不良をなくすため,治具に付着した塗膜やインキの剥離・洗浄を定期的に行う(図1).また,製品に塗装不良や印刷不良が発生した場合も塗料・インキを剥離しリペアをすることがある.
塗装やインキの剥離の種類を大まかに分けると物理的剥離,熱的剥離,化学的剥離の3種類があり*2,各剥離方法とその違いは以下の通りである(表1).
表1 各剥離方法の比較
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(1)物理的剥離
物理的剥離には工具を用いる方法やブラスト法がある.工具による剥離はスクレーパーやハンマーを用いて手作業で行い,処理数が少ない場合に有効である.ブラスト法は,砂や金属粒子などを塗布面に打ちつけて剥離する.処理数が多い場合や対象が金属の大型被塗物の場合に利用される.物理的剥離は被塗物の変形や損傷が起きやすいというデメリットがある.
(2)熱的剥離
熱的剥離はトーチランプなどの火炎を塗布面に充て膜を分解し,急激な熱膨張で膜を浮かせて除去する方法である.そのため,被塗物が金属であればどんな塗料やインキ種でも除去可能であるが,火災の危険性や被塗物の材質に影響を与えてしまう.
(3)化学的剥離
化学的剥離は有機溶剤や酸,アルカリ等が配合された薬液を被塗物と接触させることで塗料やインキを剥離する方法である.薬液の液性や溶剤種を選択することにより,様々な塗料やインキ種を被塗物のダメージなく剥離することができる.また,薬液に浸漬させている間は作業者が他の作業が行えることもメリットである.
化学的剥離
3.1 メカニズム
化学的剥離には「膨潤剥離」と「溶解剥離」の2種類がある(図2).
膨潤剥離は薬液が塗物に浸透し,その後硬化膜が膨潤,体積変化を起こすことによって体積変化のない被塗物との間にずり応力が生じ,剥離に至ると考えられる.剥離した膜は液中に浮遊するので,薬液自体の成分変化が少ない.そのため,膨潤剥離タイプの薬液は剥離性の低下が少なく,液寿命が長いという特徴がある.
溶解剥離は溶剤に溶ける未硬化塗料やインキ,剥離液に配合されたアルカリや酸と反応し,分解する硬化膜にみられる現象である.剥離された膜は液中に溶解するため,膜の再付着が少なく仕上がりが良い.その反面,膜成分が液に溶け込むので液寿命は短い傾向にある.塗料やインキ種により異なるが,約数%の膜成分が混入すると大きく剥離性の低下が起きる.
3.2 溶剤系剥離剤と準水系剥離剤
従来から用いられてきた溶剤系剥離剤には,シンナーや塩素系溶剤に代表される環境負荷や人体への影響が大きい溶剤などが配合されている.シンナーの主成分であるトルエンは,神経系や臓器などへの健康被害が懸念される*3.また,引火性があるため,防爆設備が必要になる.塩素系溶剤でよく使用される塩化メチレンは,膜への浸透性が高く引火点もないことから非常に優れた溶剤である.しかしながら,発がん性の恐れや生殖毒性などの健康被害が確認されている*4.このような環境影響や健康被害を避けるため,大気汚染防止法や水質汚濁防止法で定める排出抑制値を遵守するとともに,労働安全衛生法が定める蒸気の発散原対策や作業環境対策等を行わなくてはならない.
溶剤系剥離剤に代わる剥離剤として準水系剥離剤がある.特徴は大気汚染防止法のVOC物質や労働安全衛生法の有機溶剤中毒予防規則(有機則)に非該当の高沸点溶剤を主成分とし,環境や人体の影響に考慮している点である.また,引火点が出ないように水を配合しているので,火災の危険性が少ない(表2).そのため,近年,溶剤系剥離剤から準水系剥離剤への代替を目指す企業が増えている.
表2 準水系剥離剤と溶剤系剥離剤の比較
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準水系剥離剤の剥離力は,溶剤系剥離剤と比べて劣る傾向にある.その剥離力を補うため,加温やバブリング,超音波といった物理力を併用することが望ましい.また,準水系剥離剤には水濯ぎ工程も必要となる.高沸点溶剤を配合しているため,乾燥が遅いので剥離剤を水で置換した後,エアブローを用いて乾燥を行う.このように準水系剥離剤は剥離工程の工夫が必要であるが,溶剤系剥離剤のようなVOCの排出や引火の危険性がないため,環境や人体の影響が少なく安心・安全に使用できることが魅力である(図3).
4.当社剥離剤
当社の剥離剤は硬化および未硬化の塗料・インキに対応できるラインナップを用意している(表3).いずれも水を含んだ準水系剥離剤で,労働安全衛生法の有機則,大気汚染防止法のVOC物質,消防法の危険物に非該当の製品である.
表3 当社剥離剤の紹介
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硬化塗料用のライフクリーンL-01は高沸点溶剤を使用しているので,60℃程度まで加温しても常温のシンナーや塩素系溶剤よりも蒸発量が少なく薬液の補充量を削減できる(図4).また,未硬化塗料用のライフクリーンGTで環境対応型のアクリルウレタン塗料を洗浄した場合,シンナーよりも剥離時間が短く剥離力も持続する(図5).
このように当社では環境対応だけでなく経済性にも優れた薬液を販売している.
5.防錆剥離促進コート剤
当社では剥離剤に加え防錆剥離促進コート剤「ライフクリーンRP-C」を展開している.RP-Cの使用方法を図6に,コートの有無による塗膜剥離の違いを図7に示す.
治具をRP-Cに浸漬させ,常温で30分ほど乾燥させることにより被膜を形成する.被膜形成後は,通常通りの治具として使用できる.剥離段階において当社のライフクリーンL-01やゼロクリーンP-03を使用することにより剥離・洗浄時間の短縮効果がある.
剥離・洗浄時間が短縮できるメカニズムとしては,RP-Cの被膜が当社剥離剤に溶解しやすい設計になっているため,被塗装物とRP-C間の界面破壊が容易に起こり,塗膜が離脱しやすくなる.またRP-Cの塗布により被塗布物の表面が平滑化されアンカー効果が起こりにくいことが挙げられる.
6.製造釜用洗浄剤
当社では塗料やインキメーカー向けに,製造釜用洗浄剤としてセミクリーンOT,セミクリーンOT-Sの2製品を販売している.セミクリーンOTは配合成分がすべて水溶性であるため濯ぎが容易である.セミクリーンOT-Sは非水溶性の成分を一部配合している.洗浄力がセミクリーンOTより優れている場合が多い.2製品ともに引火点がなく有機則にも非該当であるため安全性や環境に考慮した製品になっている.
7.今後の取り組み
今後,塗料はますます環境に考慮したものになることが予想される.剥離剤もより一層の環境考慮を目指さなければならない.当社としては研究段階ではあるが剥離剤の終末における二つの取り組みを行っている.一つは二酸化炭素排出量の削減である.二酸化炭素は地球温暖化の原因となり,国際的に削減の取り組みがされている.剥離剤は産業廃棄物として焼却処理されることが多い.当社では廃棄時におけるCO2の排出量が半減できるような剥離剤の開発を進めている.もう一つはリサイクルである.リサイクルできるようなマテリアルを使用した剥離剤の開発およびリサイクルシステムの構築を目指した取り組みを行っている.
おわりに
これまで,塗装やインキの剥離,剥離剤の現状と当社の環境対応型準水系剥離剤について説明してきた.今後,塗料や印刷方法の進歩,環境に対する関心の高まりに伴い,剥離剤や洗浄剤に対する要求事項も変化していくと考えられる.当社は今後も時代の変化に対応した剥離剤や洗浄剤の開発を行っていく.
<参考文献>
*1 坪田実:よくわかる最新塗料と塗装の基本と実際,秀和システム(2016)p.171-204
*2 鶴田清治 他:わかりやすい塗装のすべて,技術書院(1979)p.354-357
*3 緒方正名 :トルエン障害に関する検討,産業医学,vol.23(1981)p.3-32
*4 健康影響評価検討委員会 他:ジクロロメタンの健康影響について,大気学会環境誌,vol.32(1997)p.113-127
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