自動車用バイオマス燃料の将来展望 *1 | ジュンツウネット21

2005年末に環境省内に「エコ燃料利用推進会議」が設置され,今後のバイオマスの熱利用と輸送部門での利用の可能性と普及方策について具体的な検討が行われた。その報告書の内容を紹介しながら,自動車用のバイオ燃料の将来を展望する。

早稲田大学 大聖 泰弘  2006/11

はじめに

今や地球温暖化は,化石燃料の大量消費に起因するきわめて深刻な環境問題となっている。わが国では,このような化石燃料への依存を抑制して持続可能な循環型社会の実現を目指す基本政策の一環として再生可能なバイオマスを原料とする燃料の利用が有望視されている*2。特にわが国の運輸部門では,温室効果ガス排出量全体のおよそ2割を占め,全面的に石油に依存し,石油消費量全体の約4割を占めているのが現状である。

このような背景のもとに,2005年末に環境省内に「エコ燃料利用推進会議」が設置され,今後のバイオマスの熱利用と輸送部門での利用の可能性と普及方策について具体的な検討が行われた*1。そこでこれに関わった立場から,その報告書の内容を紹介しながら,私見を含めて自動車用のバイオ燃料の将来を展望してみたい。

1. バイオマスの利用の必要性と意義

2005年4月,2010年度に1990年度比で温暖化効果ガス6%の削減を目指す京都議定書目標達成計画が閣議決定され,表1に示すようにバイオマスの熱利用とバイオマス由来の輸送用燃料を含む各種の新燃料・エネルギーの導入の見通しが示されている*3。バイオマス関連の目標値は必ずしも高い数値とはいえないが,これを第一歩とし,中長期にわたる普及シナリオとその推進策を示すべきであり,今後の世界的な石油の消費拡大や昨今の価格高騰などの対策としても,バイオマス系燃料の導入の必要性が一段と高まっているといえよう。

表1 京都議定書目標達成計画における2010年度の新エネルギー対策の導入見込み
区分
導入量(原油換算万kL)
太陽光発電
118
風力発電
134
廃棄物発電+バイオマス発電
585
太陽熱利用
90
廃棄物熱利用
186
バイオマス熱利用
308
(輸送用燃料におけるバイオマス由来燃料)
(50)
未利用エネルギー
5
黒液・廃材など
483
合計
1,910

このような再生可能な燃料への移行の意義としては,「温室効果ガスの排出削減」に止まらず,「多様な燃料の利用によるエネルギーセキュリティの改善」,「廃棄物を含めた資源の循環的利用の推進」,「地域で生産される資源エネルギーの同地域での有効利用(地産地消)とそれによる地域の環境と経済の好循環」,「バイオマスの生産・利用による水資源や景観などの国土保全」,更には「そのような取り組みの情報や技術の供与を通じた途上国への国際貢献」が挙げられる。その普及・拡大に当たっては,これらの複合的な効果を評価する必要がある。

2. 自動車用のバイオマス燃料の種類と特性

自動車用燃料としては,安全でエネルギー密度が高く,単独あるいは従来の燃料に混合して使える液体燃料であることが好ましく,そのような要件を満たすバイオマス燃料として,ガソリンや軽油の代替または混合可能な特性から有望視されているバイオエタノール,ETBE,BDF,BTLについて以下に説明する。

2.1 バイオエタノール

ガソリン代替の燃料としてはバイオエタノールが最有力である。原料としては,サトウキビやトウモロコシ,規格外の小麦やコメなどの糖分や澱粉質のほか,最近では間伐材や建築廃材,農業廃棄物などのセルロースも利用可能で,いずれも最終的には発酵技術により生産される。わが国では3年前に容積で3%までの濃度(E3と呼ぶ)であれば,既販車でも問題ないことが確認されて,利用可能となっている。現在,6地域(北海道十勝地区,山形県新庄市,大阪府堺市,岡山県真庭市,沖縄県の宮古島と伊江島)において,バイオエタノールの製造,3%混合ガソリン(E3)の流通・利用に係る実証事業が展開されている*1。

今後は,10%混ぜたE10の普及が目標となる。車両技術としては,オクタン価が高い利点の反面,燃料系統の金属腐食の防止やゴム系材料での浸み出しや劣化の防止,排出ガスの悪化抑制などの対策を講じる必要があるが,技術面とコスト面で大きな障害はないと見られる。なお,燃料供給側では,水分の混入によってガソリンとエタノールが相分離するのでその対策を講じなければならない。

ブラジルは世界最大の生産国であり,サトウキビを使って年間約1,200万kLを生産し,現在E20の利用が義務付けられている。2004年には240万kLの輸出実績があり,今後も大幅な増産のポテンシャルを持っている。

米国ではトウモロコシの利用が主流であり,E10対応が車両側に義務付けられ,数州ではE10の利用が義務化されている。石油の消費抑制の観点から,2005年に包括エネルギー政策法が成立し,バイオマス燃料の導入も重点施策に挙げられている。その一環として,ゼロから高濃度までの任意の混合比で運転可能なフレキシブルフュエルビークル(FFV)の使用を推進する動向もあり,わが国のメーカーも輸出用にFFVの開発を進めている*4。

2.2 ETBE(Ethyl Tert-Butyl Ether)

バイオエタノールとイソブチレンからETBEを合成した上でガソリンに混合する方法もある。オクタン価向上効果があり,エンジンへの悪影響はほとんどなく,EUですでに低濃度で混合されている事例がある。石油連盟では,精油所内で取り扱え,相分離の心配がないことから,2010年度を目処に7%混合することを目指す方針を表明している*5。これにより,全体のガソリン需要量の20%に対してETBEを混合することで,原油換算で21万トンのバイオマス導入量に相当するとしている。ただし,ETBEは化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(化審法)の第二監視化学物質であるため,今後経済産業省と事業者間で2年かけて行われる長期毒性に関する検討の結果を待つ必要がある。なお,イソブチレンは石油連産品であり,これを使ってETBEを無制限に高濃度で混ぜることには問題があろう。

2.3 バイオディーゼル(BDF: Bio Diesel Fuel)

軽油代替の燃料としては,菜種油やパーム油あるいは各種の廃食油などの植物油をメタノールで脂肪酸メチルエステルとしたものである。わが国では,京都市,上越市,藤原町,紀伊長島町などにおいて,主に廃食用油を原料として地域で製造し利用されている*1。一般家庭から回収した廃食用油を原料とすることを基本とし,効率的な回収体制の整備と量的規模の拡大が課題とされている。また,100%BDFとBDF混合軽油の燃料品質の確保が重要であるが,5%程度であれば既販車でも問題なく利用可能であり,この程度の混合を想定した規格が近々決まる予定である。

なお,EU内では菜種油やひまわり油を主な原料としてこの程度の濃度での利用がすでにドイツやフランス,イタリアなどで実施されており,2004年にはEU全体で217万kLの生産実績がある。また,2010年に輸送用にバイオマスを5.75%導入する目標値がEU指令で提示されており,BDFが中心となるものと予想される。

2.4 バイオマス合成軽油

各種のバイオマスを高温でガス化し,Fisher-Tropsch法などで合成して液体燃料とする方法があり,BTL(Biomass To Liquid)と呼ばれ,図1に示すような行程で製造される。また,植物油と軽油原料を混合して水素化精製した軽油代替燃料の製造方法も研究開発されている。これらの事例を表2に示すが,BTLでは軽油の他,ナフサや灯油も生成され,一部をイソ化することにより圧縮着火性(セタン価)を調整出来る。バイオマス原料の生産を含めたバイオマスリファイナリー(Biomass Refinery)として,BTLの量産化を実現しようとする試みもあり,長期的な視点から規模の効果を生かした本格的な実用化が期待される方法といえよう。

バイオマスからの液体燃料(BTL)の合成

図1 バイオマスからの液体燃料(BTL)の合成

表2 Biomass-to-Liquidの製造試行例
国名
プロジェクト名・品名
実施機関
計画(実施)年次
日本 トータルBTLディーゼル製造技術の開発 産総研バイオ研究センター
2005~2011年度
植物油脂類(パーム油20%)の水素化分解による燃料油転換 新日本石油(株)
トヨタ自動車(株)
2005年~
ドイツ Sunfuel Choren社
すでに商業化
フィンランド NExBTL Neste Oil 社
実施中
EU バイオ化学変換と熱化学変換の統合バイオマス・リファイナリー Biofuels in the European Union - A Vision for 2030 and beyond (BIOFRAC)
2006年~
CHRISGAS: Clean Hydrogenrich Synthesis Gas EUプロジェクト
2004~2008年
米国 バイオマス・リファイナリー
Industrial Bioproducts:. Today and Tomorrow
エネルギー省
2003年~

3. バイオマス燃料の導入と普及拡大の目標

今後,2030年までのバイオマス燃料の導入,普及拡大に向けた目標とそれを達成するための施策について述べる*1。

3.1 2010年の目標

先述したように2010年における原油換算で50万kL導入することが見込まれているが,これは輸送用燃料全体約8,600万kLの約0.6%に相当する。これまでの国内のバイオエタノールとBDFの地域実証事業などの進捗状況から,両者の導入量の合計は3.6~4.6万kLにとどまるものと予想され,上記の目標達成のためには,その差分45~46万kLを輸入量で賄うか,ETBEも併せて利用する必要があろう。

3.2 2020年の目標

原油換算約200万kLのバイオマス燃料の導入を目指す。これは燃料消費量全体が現状から約2割削減されたと仮定した場合の輸送用燃料全体の約3%に相当する。レギュラーガソリンのE3化と一部E10化,更にハイオクガソリンのETBE添加により,ガソリン需要量全体の約2/3にバイオエタノール(原油換算約110万kL)を導入することとし,このうち約60万kLの国内生産量を確保する。この時点で既販車の一部はE10対応済みとなっており,引き続き車両側のE10対応化を進める。

軽油については,需要量全体の約1/3にBDFを混合またはBTLなどを導入する。これらの燃料は原油換算約90万kLに相当する。BDFやBTLなどは各種廃棄物や森林資源など国内バイオマスからの生産を最大限確保することとし,アジア地域などからの輸入と併せて必要量を確保する。

3.3 2030年頃の目標

原油換算で約400万kLのバイオマス燃料の導入を目指す。この時期には自動車自体の燃費改善が更に進み,保有台数の減少や自動車の利用の合理化と相まって燃料消費量が現状から5割程度削減されるものと想定すると,この値は自動車用燃料全体の約10%に相当する。

ガソリン需要量すべてについてE10化すると,バイオエタノールは原油換算で約220万kL必要となる。各種廃棄物やエネルギー資源作物,森林資源の活用による国産バイオエタノールの供給を最大限確保し,ブラジルやアジア地域などからの輸入と併せて必要量を確保することが必要となる。

軽油については, 需要量全量に対してBDFの混合やBTLなどを導入する量は原油換算約180万kLとする。このためには,国内バイオマスからの生産を最大限確保することとし,アジア地域などからの輸入と併せて必要量を確保しなければならない。

4. 今後の施策とまとめ

以上,バイオマス燃料の自動車での利用可能性と普及目標について展望した。自動車による大気汚染問題は,2010年までに排出ガス規制の強化と自動車交通対策によって,概ね解決されるものと予想され,それ以降は,温暖化抑制とエネルギー対策により重点を置いた施策へと移行すべきであろう。

具体的には,従来車の低燃費技術の普及に加えて,現存の技術に代替する動力システムや燃料・エネルギーの利用技術の開発を進める必要があり,ハイブリッド車や電気自動車,燃料電池自動車,更には,ここで論じたバイオマス燃料の利用が対象となる。特にバイオマス燃料は,従来燃料と混合して利用でき,車両側も供給側も技術的な対応が容易である。従って,現有のインフラがそのまま利用出来るので,燃料・エネルギー政策にも柔軟性を与える点で有用であり,低燃費技術もそのまま生かされる点も好ましい。

今後は,上述した目標を想定して,原料生産,製造,輸送,貯蔵,消費にわたる総合的な環境特性や,税制面での支援を含めたコストと経済性,利便性,その他の様々な副次的効果に配慮した上で導入を図ることが望まれる。また,燃料製造・供給事業者や自動車メーカーなどの関係業界が連携し,更に関係自治体や地域の農林業,企業,NPOなどの参加を得て,適切な役割分担を含めた計画的な取り組みを持続的に推進しなければならない。

なお,長期的には国内生産の強化に加えて海外からの導入が不可欠であり,長期契約に基づいた一定の水準の安定的な輸入量を確保する必要がある。特にアジア地域において,わが国の支援と協力によって適切な環境配慮を行いつつ,バイオマス燃料の生産と普及を計画的に推進し,生産地域での利用を促すとともに,わが国に安定的に輸入する可能性についても検討すべきであろう。

資源に恵まれないわが国にあって,自動車の燃料・エネルギーの利用に関わる技術面で諸外国を先導することで,技術立国としての発展とグローバルな貢献をなし得ることはいうまでもない。

 

<参考文献>
*1 バイオマス日本総合戦略:http://www.maff.go.jp/biomass/index.htm(農水省)
*2 輸送用エコ燃料の普及拡大について(環境省・エコ燃料利用推進会議 2006年5月):http://www.env.go.jp/earth/ondanka/conf_ecofuel/rep1805/index.html
*3 京都議定書達成計画の閣議決定について:http://www.env.go.jp/press/press.php?serial=5937(環境省2005年4月)
*4 トヨタ自動車資料:http://www.toyota.co.jp/jp/news/06/Jun/nt06_027.html(2006年6月)
*5 石油連盟資料:http://www.paj.gr.jp/paj_info/press/2006/20060118.html(2006年1月)

 

最終更新日:2017年11月10日