工業用潤滑油と合成潤滑油 | ジュンツウネット21

コスモ石油ルブリカンツ株式会社 寺田 茂穂  2006/10

はじめに

工業用潤滑油はいろいろな分野で使用されているが,コストと性能見合いから使用可能であれば安価な方が優先して選択される傾向にあり,大部分は鉱油系潤滑油が使用されている。しかし,一部においては,近年の機械技術の進歩に伴い鉱油系で対応出来ない機器に対するための高性能潤滑油や,環境対応潤滑油及び難燃性潤滑油などで合成系潤滑油が用いられ,ユーザーに支持されている。本報ではこのような工業用潤滑油で使用されている合成系潤滑油について動向を交え紹介する。

1. 油圧作動油

油圧作動油は,工業用潤滑油の中で最も多く使用され,図1に示すように多くの種類が用途により使い分けられている。その中で,合成系油圧作動油は,難燃性と生分解性の2種類が一般的である。難燃性油圧作動油としては含水系と合成系の2つのタイプがあり,生分解性油圧作動油は,合成系と植物系油脂のタイプがある。

油圧作動油の種類

図1 油圧作動油の種類

2.1 難燃性油圧作動油

火源や熱源の近くで使われる油圧システムは火災の危険性が高く,難燃性油圧作動油が使用されるケースが多い。表1に代表的な難燃性油圧作動油と鉱油系油圧作動油の性能比較について示す。ひとくちに難燃性油圧作動油と言っても,タイプの違いによって長所や短所を持っており,ユーザーの要求に応じて使い分けされている。

表1 各種難燃性油圧作動油の性能比較の一例
 
含水系
合成系
鉱油系
水-グリコール
脂肪酸エステル
リン酸エステル
難燃性
排水処理性
潤滑性
安定性

難燃性油圧作動油の中では含水系が難燃性に最も優れ,またその中でも水-グリコール系油圧作動油が,油圧作動油としての必要な性能をバランスよく持ち,多くの油圧システムで使用されている。水-グリコール系油圧作動油の組成を図2に,代表性状の一例を表2にそれぞれ示す。水-グリコール系油圧作動油は,難燃性保持を目的に水を35~40mass%,増粘剤としては水溶性ポリマーであるポリアルキレングリコールを使用し油圧作動油としての適正粘度を持たせている。また,溶剤はエチレングリコール,ジエチレングリコール,プロピレングリコール及びジプロピレングリコールなどのグリコール類を用いて,水と増粘剤の相溶性,低温流動性及び潤滑性向上の働きをしている。その他に油性剤,防錆剤,アルカリ調整剤及び防食剤などの添加剤から構成される。水-グリコール系油圧作動油に関する技術動向としては,機器の高圧化に対する課題の一つである転がり疲労に関する研究*1,*2や疲労寿命が改善されたという報告例*3,*4などが挙げられる。また,排水処理性を改善した報告例*5,*6など,環境に対応した検討も見られる。また,最近ではメンテナンスの軽減や環境に配慮した廃油発生量の削減などから,水-グリコール系油圧作動油の更なる長寿命化についての要望もある。

水-グリコール系油圧作動油の組成

図2 水-グリコール系油圧作動油の組成

表2 水-グリコール系油圧作動油の代表性状の一例
 
VG46
密度(15℃) g/cm3
1.056
引火点(COC) ℃
なし
動粘度 mm2/s @40℃
48.0
pH
10.2
水分 %
40
流動点 ℃
-40.0以下
泡立ち性 24℃,mL
10-0
シェル四球試験 摩耗痕径 147N×1500rpm×30min
0.45

リン酸エステルは,着火しても自己消火性により継続燃焼することがなく,その上,潤滑性に優れることから,油漏れによる引火の危険性があり,更に高圧の油圧が必要とされる鉄鋼設備の連続鋳造機,熱間圧延設備及び火力・原子力発電のEHG(Electro
Hydraulic Gavernor)などで使用されている。リン酸エステルの原材料のフェノール類は,原料により石炭や石油から得られるタール酸より生成する天然系フェノール類と合成されたフェノール類がある。天然系フェノールを用いて合成したリン酸エステルが主流であるが,最近では合成系を用いたリン酸エステルも評価され始めている。

合成系脂肪酸エステル油圧作動油の基油としては,ポリオール(多価アルコール)と脂肪酸とにより得られるネオペンチルポリオールエステルが使用されているのが一般的である。
 表3に合成系脂肪酸エステル油圧作動油の代表性状を示す。引火点が高く,熱・酸化安定性及び潤滑性に優れることや,油圧機器材料との適合性が鉱油と類似することから一般産業機械の油圧機器に導入されている。製鉄所などでは鉱油系油圧作動油に比べ難燃性に優れる脂肪酸エステルを使用することで防火対策の一助とするケースがある。

表4に,各種油圧作動油の高圧噴霧試験結果を示す。噴霧状での難燃性の評価では鉱油が連続燃焼するのに対し,リン酸エステルや脂肪酸エステルは,燃え難い結果を示した。また,水-グリコール系油圧作動液は着火せず最も優れた難燃性を有している。

表3 合成系脂肪酸エステル油圧作動油の代表性状一例
 
VG46
VG56
密度(15℃) g/cm3
0.922
0.928
引火点(COC) ℃
296
304
動粘度 mm2/s @40℃
46.4
58.2
mm2/s @100℃
9.41
11.0
粘度指数
193
185
流動点 ℃
-50.0
-30.0
酸価 mgKOH/g
1.0
1.1
色(ASTM)
L1.0
L1.0
表4 各種油圧作動油の高圧噴霧点試験結果
油煙
評価結果
水-グリコール系油圧作動油 着火せず
脂肪酸エステル系油圧作動油 着火するが継続燃焼せず
リン酸エステル系油圧作動油 着火するが継続燃焼せず
鉱油系油圧作動油 連続燃焼
 
【試験方法:機械振興協会法】
○噴霧圧力 6.86MPa
○着火点 プロパン炎

2.2 生分解性油圧作動油

最近では,環境保護などの観点から,森林の土壌汚染や,海岸,河川,湖や地下水の近くの水質の汚染の予防を目的として,生分解性油圧作動油に対するニーズも高まり,主に建設機械や農業機械などでの要望が多い。生分解性油圧作動油の使用はヨーロッパを中心に拡大してきているが,日本においても,通称グリーン購入法(国等による環境物品等の調達の推進等に関する法律)の施行など国や自治体での採用が始まり,また民間企業においてもエコロジーを企業理念とし環境にやさしい物品の購入を推進し始めている状況である。生分解性は,潤滑油基油のタイプや構造に大きく影響される。鉱油やPAO(Poly-Alpha-Olefin)などの炭化水素系基油と比較し,脂肪酸エステル,植物系油脂及びPAG(Poly-Alkylene-Glycol)は,生分解率が高いことから生分解性の基油として使用されている。現状では,安定性に優れる合成系脂肪酸エステルが主流として使用されている。

表5に(財)日本環境協会・エコマーク事務局の「生分解性潤滑油」のエコマーク認定基準と当社商品の試験結果を示す。また,国内の規格動向としては,2004年に(社)日本建設機械化協会により「建設機械用生分解性油圧作動油(JCMAS
P 042(2004))」の規格が制定されている。更に2007年春を目処にオンファイルシステムの構築が検討中である*7。

表5 生分解性油圧作動油のエコマーク認定試験結果
試験法
エコマーク認定基準
コスモテラフルード
VG46
VG56
【生分解性試験(OECD301 B法)】
活性汚泥に試験油100ppmを添加し,28日間振とう後のBOD*減少率を評価
60%以上
95%
64%
【生態影響試験(急性毒性試験)】
規定濃度に希釈した試料油中でヒメダカが,24℃,96時間後に50%死亡する時の濃度
100mg/L以上
100mg/L以上
100mg/L以上

 *生物化学的酸素要求量

2. スクリューコンプレッサー油

スクリューコンプレッサー油で合成系が使用される理由としては機器の小型化や高圧化により潤滑油への熱負荷が増大する傾向にあることや,メインテナンスの軽減及び環境に配慮した廃油発生の削減などのために,潤滑油側からの耐熱性向上及び長寿命の対応が必要となっているためである。

実機におけるオイルの使用期間については,従来の鉱油系で約3,000時間程度である。最近では,鉱油系でも高性能の基油(グループIII)が出現し,期間を延長している例もある。また,合成系スクリューコンプレッサー油においては,6,000~12,000時間と非常に長期間使用されるケースもある。合成系スクリューコンプレッサー油に用いる基油として,PAOが一般的である。図3に,鉱油系と合成系コンプレッサー油(PAO)のラボ試験による加速試験(修正ISOT試験)結果を示す。本試験は,空気吹き込み量10L/hとし,その他の条件はJIS K2514に準拠し実施した。評価したサンプルは,鉱油系及び合成系とも市場品をそれぞれ用いた。鉱油系が100時間で酸価が急上昇し寿命に達しているのに対し,合成系は,鉱油系の約3倍の寿命を示した。実機でも,本試験と同様に合成系が優れていることを確認した。PAO以外の合成系としては,ジエステルやポリオールエステルなどのエステル類や,アルキルナフタレンに関する検討例などが見られる。また,PAOの使用例としては,食品機械用潤滑油の基材に使用されている例などが見られる。

修正ISOT試験結果

図3 修正ISOT試験結果

3. ギヤー油

工業用ギヤー油に要求される基本的な性能としては,厳しい潤滑条件下にあるギヤー歯面を保護することにより焼き付きを防止し,摩擦や摩耗を低減することである。その他にギヤーから発生する熱や音の低減,ギヤー歯面間の振動や衝撃の吸収,腐食やさびの防止,異物の排除などが挙げられる。このような要求に対応するため,工業用ギヤー油は,高粘度基油に添加剤としてS-P系極圧添加剤や有機モリブテンや固体潤滑剤などが添加されている。

表6 各種合成系ギヤー油の性能比較一覧表
 
鉱油系
PAO系
POE系
PAG系
潤滑性
粘度指数
安定性
低温流動性
水分離性

合成系ギヤー油として用いられる代表的な基材としてはPAO,POE(Poly-Ol-Ester)及びPAGなどが挙げられる。表6に鉱油との性能比較一覧表を示す。合成油は,その種類により異なった性能を持ち,各合成油の特徴を生かした用途に使用されている。PAO及びPOEは,熱・酸化安定性に優れることから,長寿命油として用いられる。PAOについては,温暖化防止策としてのCO2発生削減のためのクリーンな代替エネルギーとして注目されている風力発電用ギヤー油として使用されている例がある。POEは,高温のチェーンやチェーン無断変速機*8などでの検討がされている。PAGは,粘度指数が非常に高く,高温での油膜保持性に優れることから以前よりウォームギヤーに使用されている。

おわりに

合成油を用いた工業用潤滑油で使用される代表的な油種について述べた。鉱油系でカバーできない性能として,長寿命化,難燃性及び生分解性を挙げた。今後,法規制などの更なる整備などにより高性能で環境にやさしい合成系潤滑油がますます普及されることを期待する。

 

<参考文献>
*1 R. Tourret & E. P. Wright, Performance Testing of Hydraulic Fluids, IP London, Chapter 13(1977)
*2 D, V. Culp & R. L. Widner, SAE Paper, 770748(1977)
*3 公開特許公報,平1-318088(1989)
*4 公開特許公報,平4-106196(1992)
*5 白倉幹夫:油空圧技術,39(9),55,(2000)
*6 特許公開:平5-271683など
*7 編集部:潤滑経済,5,(2006)46
*8 大條義彦:潤滑経済,12,(2002)13

 

最終更新日:2017年11月10日