製造工場別に見る食品機械用潤滑油剤使用の傾向,食品機械用潤滑油剤を使用しているメーカーへのインタビュー,日本トライボロジー学会 F.G.L研究会の動きを解説する。
BSE問題をはじめ「食の安全」が叫ばれて久しい昨今,『潤滑経済』でも4年前からユーザーの意識改革,啓蒙・普及を念頭に食品用潤滑剤に関する特集を企画してきた。昨年からは日本トライボロジー学会でFGL(Food Grade Lubricants)研究会も設立され,ユーザーへのリスクハザードの啓蒙と潤滑油剤の選択など今後の更なる需要拡大が期待される。しかしながら,現状では食品機械用潤滑油(NSFなど)に対する定義や認識に差があるのも事実である。このままではメーカー,ユーザー共に混乱が生じることも予想されるため,今後はF.G.L研究会を中心に食品機械用潤滑油に対する統一した見解を広めていくことを期待する。
本稿では編集部が実際に食品製造現場への取材を行い,現場のリアルな声を読者の皆様にお届けできればと感じている。
製造工場別に見る食品機械用潤滑油剤使用の傾向 編集部
数ある食品製造現場の中で食品機械用潤滑油剤の高い採用率を誇っているのが「飲料製造工場」と「水産加工工場」と言われている。どちらも安全に対する意識が高いことはもちろん,設備の水洗いの頻度が多いため,使用している食品機械用潤滑油剤が流れてしまうという点が考えられる。
「飲料製造工場」の場合,製造している製品が缶製品なのか瓶なのか紙パックなのかという点で設備の違いがあるがここでは缶飲料を例に挙げる。缶飲料の製造ラインでは,缶に飲料を充填していく飲料充填機の定量シリンダー,缶巻締めライン(シーマロール軸受)などで使用される。シーマロール軸受は古い機械ではグリース潤滑,比較的新しい機械では油潤滑と若干の違いがあるが共に食品機械用潤滑油剤が使用されている。それから搬送ラインのチェーンでも多くの食品機械用潤滑油剤が使用される。この部分ついては,チェーンメーカー独自の潤滑油剤が使用されている場合が多いと言う。最後に分解清掃用浸透剤としての使用である。食品製造現場の多くの設備はステンレス製のものが多く,ステンレス特有のいわゆる「かじり」が発生し分解清掃の際の手間となっており,浸透剤が使用されるのだがそこでも安全性の高い食品機械用潤滑油剤が使用されている。
「水産加工工場」でも加工している食品は様々だが,ここでは練り物(蒲鉾,はんぺんなど)を生産している工場を例にとって説明する。「水産加工工場」の場合は原料を練りあげる混錬機をはじめ冷凍倉庫の台車や加熱殺菌ラインで食品機械用潤滑油剤が使用されている。加熱殺菌ラインなど,高い熱が発生する設備では良質のNSF H1グレードの油剤が使用されている。「飲料製造工場」と同様にここでも分解清掃用浸透剤としてのニーズも高い。
ほかにも「食品容器工場」を製造する際の射出成形機やブローマシーンでも食品機械用潤滑油剤は使用されている。代表的なものとしてお弁当などのプラスチック容器があるが,これらを成型していく際に発生する熱に耐えられるH1グレードの油剤が使用される。最近はフッ素系のグリースの伸びも顕著で今後注目される製品である。
インタビュー
実際に食品機械用潤滑油剤を使用しているメーカーの声 理研ビタミン株式会社
食品機械用潤滑油剤を実際に使用されている食品メーカーとして,今回は理研ビタミン株式会社草加工場の生産技術課長 佐藤 巖さんと,同じく生産技術課環境保全係長 寺田 明さんにお話を伺った。
理研ビタミン草加工場は,同社のエキス抽出・濃縮技術を活かし,日本最大のラーメンスープ工場として昭和43年にスタートして以来,草加工場は同社の食品部門を担う主力工場として着実に発展した。粉体・顆粒・液体の各工場では,コンピューター制御による最新鋭の設備を導入し,大規模なオートメーション化を実現している。また,食品衛生の技術を積極的に取り入れ安全でおいしい食品を製造している。現在は,粉末・顆粒のスープ・調味料・ミックス粉・液体のスープ・ドレッシング・つゆ・たれ・ソース類などの製品群を取り扱っている。
――草加工場でH1グレードの潤滑油剤を使用されるようになったのは,いつ頃からでしょうか。
佐藤:10年程前からです。現在では包装機やチェーンなどに使用しています。
寺田:最近の食品機械は潤滑油剤が混入しないような設計にはなっていますが,それでもリスクはゼロではありませんから。少しでも製品に触れる可能性が考えられる箇所に使用しています。現場で作業をする人間は,どの箇所が危険か,と言うのは分かっていますから。
――食品機械用の潤滑油剤を使用されるきっかけについてお話下さい。
寺田:チェーンなどは製品が流れるすぐ近くにありますから,多少包装についてしまったりということがありました。もちろん,中の食品には接触することはありませんが,何か良い方法はないかと考えていたところに,タイミング良く潤滑油剤を紹介され,採用になったのです。
佐藤:うちは天然素材を多く利用するため,それ以前より食の安全性に積極的に取り組んできました。しかし,当時は食品機械用の潤滑油剤の存在は知りませんでしたから,機械に対する影響などを考えながら少しずつ使用を開始していきました。
――導入までにご苦労などはありましたか。
佐藤:特にありませんね。現場の人間の意見が尊重されるという社風のおかげもあってか,すぐに導入となりました。
寺田:そこで誰かから反対があれば,ひょっとしたら使用に至っていなかったかもしれませんが,安全・安心な製品を届けようという現場の意識が統一されていたので,障害はありませんでした。
――食品機械用の潤滑油剤を使用することによって,何か変化はありましたか。
寺田:機械自体のメンテナンスなどは特に変化はありません。以前から,少しでも混入のリスクの考えられる箇所は潤滑油を使わずに,部品を早期に交換することで対応していました。H1潤滑油剤を使用するようになってからは,多少部品の寿命が延びているかもしれませんが。
佐藤:食品機械用潤滑油剤を使用するようになり,「安全・安心な食品を」という意識の高まりと共に,精神的に余裕を持って生産に取り組むことができるようにはなりました。ただし,今は消費者の方の食の安全に対する意識がかなり高くなっていますので,食品機械用の潤滑油剤を使用していたからといって100%安心ということにはなりません。どれだけチェックを厳しくしていても,消費者の方の目は厳しくなっていますから。それに,偶発的な接触が許されていても,要は潤滑油剤ですから。細心の注意を払い作業を行うという点に変わりはありません。
――今後の展望などお聞かせ下さい。
佐藤:消費者の方の意識が高まっているとは言っても,まだ製造設備などについてのお問い合わせはないようです。ですが,このまま意識がさらに高まり,原材料や衛生管理だけでなく,製造過程の機械についてまで目を向けられるようになれば,日本中の食品工場全体で食品機械用潤滑油剤が使用されることになるのではないでしょうか。
――本日はお忙しい中,ありがとうございました。
日本トライボロジー学会 F.G.L研究会の動き (社)日本トライボロジー学会F.G.L研究会 主査 齋藤 美也子
日本には,食品製造用の薬品・化学物質については個々に規格が存在するものの統一されておらず,食品工場用潤滑油に関わる規格,法令などは一切存在しない。これは,食の安全という視点からも由々しき問題である。そこで,食品工場用潤滑油をテーマとして研究,規格案の作成,さらに法制化に向けたアクションプランを作成するため,2005年4月,F.G.L(Food Grade Lubricants)研究会が発足した。
1.2005年F.G.L研究会活動のあらまし
2005年4月22日の事実上の旗揚げ大会は,主査,幹事を含め39名の盛況のうちに開かれた。
筆者は,以前所属していたMAP研究会で潤滑油の専門家である学会の先生方や業界の諸先輩の食品製造関係の潤滑油に対する認知度の低いことから「自分でやるしかない」との思いに駆られて走り始めてしまったことを思うと,22日は感慨深いものがあった。
当日発表した初年度の活動内容は以下のようなものであった。
2.2005年度の活動方針
(1)潤滑油供給会社や食品製造業界,食品機械メーカーの現状調査を実施し,現状分析とそのまとめ。
(2)国内の食品工場用潤滑油の市場動向の調査を実施し流通量の把握。
(3)FOOMA などの展示会にF.G.Lとして展示や,セミナーを実施。
(4)HACCP関係者や消費者運動との連帯。
の4項目を決めた。
また,今後の活動の進め方については,二つのワーキンググループに分け,それぞれに分担し調査,分析をすることとした。
WG-1は,NSFとの連帯を図り,市場調査,海外の情報収集。
WG-2は,国内のユーザーや機械メーカーへの啓蒙オープンセミナーやユーザーの声を聞くなど。
FGL参加者は二つのグループのいずれかに必ず所属し,「それぞれの目的達成に努力する」と全会一致で決まったのである。
3.方針と実際のギャップ
5月からはじめた活動の第一歩のつまずきは,まず身内から起こった。
活動方針(2)の調査で,食品工場用潤滑油の 流通実数については現在までいずれの機関の資料にもない,ならば,まずF.G.L参加企業から,との考えから各社の年間販売量を金額でなく「量」で,F.G.L内部資料として収集したらとのメンバーの意見から実施することとした。
無記名,分類はオイル,グリス程度で可,相当緩やかなものなので各社からはすぐに回答があるものと考えたのだが,結果は惨憺たるものであった。
筆者は責任もあり,一応提出したが幹事の顔は日を追って曇ってきた,データが集まらないのである。
WG-1,WG-2のリーダー会で打診をすると,やはりこれは実現性が薄いものであることが判ってきた「言うは易く,行うは難し」の典型的な結果となった。
これは,未だメンバーの中に「呉越同舟」の感があることは正直言って否めなく,また,FGLとして何ができるか,何をやるべきかがはっきりと掴めていないための行き違いから発生したもので,研究会の結束と団結に何の懸念も起こらなかったのは幸いだった。
かえって,方針の転換を早め,その後の活動に弾みをつけるよい結果とさえなった。
4.WGの行動計画
WG-1は,まずNSF文書の正確な訳文に着手することとした。
それは,WG-1の会議でもしばしば議題として取り上げられた問題で,例えば,食品工場用潤滑油のグレードであるH1の解釈一つをとっても,今までの訳文には関係各社の数と同じ数だけの訳文が存在するといっても過言ではないのが実情だったからである。要は,自社に都合の良い「訳文」がカタログや配布資料に記載されていたのである。
中には,あたかも可食であるかのように表現するものさえ現れていた。
F.G.L研究会の基本的な目的は,食品工場用潤滑油の啓蒙と普及であり,そのためには正しい認識と理解を得られるような文書であり資料でなくてはならない。
その結果,F.G.L独自の訳文が加入メンバーの所属する企業の資料やカタログに統一された文書で記載されれば,食品工場用潤滑油の日本における用語標準の「芽」が生まれたことになる。
WG-2では,2005年度の活動の一部を加入メンバーの基礎教育を重点目標とした。
メンバーには10年以上,中には数十年を,食品工場用の潤滑油に関わってきた人もいるが,その他の企業に属するメンバーの中には基礎的な部分の理解が必要な人も多く,基礎講座にはWG-2のリーダーの方々の努力が大であった。
5.WG-1の活動の活動
WG-1は,NSFホワイトブック(NSF発行,食品工場用化学品リスト)の前文翻訳に入った。
科学的な外来文書の翻訳は,文学書の翻訳と異なり,全体の雰囲気ではなく一つ一つの意味の確かさを,日本語として違和感のない聞きなれた言葉で正確に伝達することが最重点であるため,一つの表現に対して各人各様の日本語が飛び交い,一行の訳に優に30分は掛かるということもあった。
その結果,一応のたたき台はでき上がり2005年度の納会,2006年3月17日にWG-1のリーダーから全員に配布された。
未だ完成とは言えないので,2007年3月に,F.G.Lの正式文書として発表するべく現在も進行中である。
6.WG-2の活動
WG-2の9月に開催された会議では,機械メーカーへの啓蒙,宣伝を目的として日本食品機械工業会から大村氏を講師に迎え講演をお願いした,講演の内容は工業会の事業としてFOOMA(食品機械工業展)の開催,食品機械関係のJIS規格の作成や改正,安全衛生の各種研究事業,人材育成,産学交流事業,海外視察や国際事業の展開などの工業会の事業活動についての説明をされた。
ちょうど,NSFの矢野 氏が来日していたのでこの機会に,NSFについての理解が充分とは言えない会員のために,成り立ちから現在までの概要の説明と,海外,特にアジアの動向は興味深いものがあった。
また,今後NSFに食品工場用の潤滑油を登録したいと希望する会員所属企業のため登録の実情と運用についてのアドバイスと,NSF内部のWGについての説明があった。
最後にISO21469についての解説があり,現在の登録制度ではカバーしきれない潤滑油の組成の安全性に踏み込んだ問題が浮上してくることの説明があった。
7.特筆される活動について
2005年度にWG-2の活動で特筆されることは,リーダー会議の席上で,どこか一つの「県」で食品工場用潤滑油のアンケート調査を実施してみないか,との話題からサブリーダーが,試験的に実施した静岡県の調査結果が興味深い結果を提示してくれたことである。
調査の内容とその結果をグラフにしたものを,表1に示す。
表1 FGL(食品機械用潤滑油)に関するアンケート結果
2005年11月22日 食品研究会にて実地 回答数:18名(配布数80枚)
6:ご回答いただいた業種 7:いただいたご意見 |
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グラフを参照していただきたい。
回答率の22.5%は,この種の調査としては良いほうである。
図1の知っているか,ではすでに使っているのを併せて,概略3分割されている。知っているが使っていないのを加えると60%はすでに認識があるということは,F.G.L研究会としては望ましい結果である。
図2の必要か,は85%の回答が必要であると回答している。
しかし,図5の採用検討になると,図2の解らないと必要性を感じないが,ほぼ同率である。そこで,図4の説明希望の有無を見ると,資料があれば欲しいと図5の検討したいと,価格次第では検討したい,の二つがイコールで繋がると分析される。
この調査から,前述のように興味ある推考が広がったことから,各地域で同様の調査を展開することになった。
2006年度は,初年度に一部の地域で行った実態調査を広域に広げ,本格的な調査を実施することと,併せて食品工場用潤滑油の用語の統一規格案の作成を目指して活動を行っていく。