自動車エンジン油の規格動向 | ジュンツウネット21

デグサ ジャパン株式会社 浜口 仁  2007/1

はじめに

地球温暖化対策など,自動車に求められる環境対策は年々厳しくなっており,これに伴ってエンジン油の規格も変遷をとげている。本稿では,エンジン油規格の変遷の歴史とその背景を振り返るとともに,最近の動きから将来動向を探る。

1. API サービス分類の歴史

20世紀初頭から自動車産業が発展を始めた米国では,1920年代(推定)にAPI(米国石油協会)がエンジン油規格SAを制定したのを皮切りに,自動車の進歩に合わせて最新のSM規格に至るまでAPI サービス分類を制定・運用してきた。これまでに制定された主なガソリンエンジン油分類を表1に示す。なお,ガソリンエンジン油の場合,呼称の1字目には「S」が用いられるが,これはサービス(Service)の頭文字である。

表1 ガソリンエンジン油のAPIサービス分類の歴史
分類
制定年
適用
特徴
SA
(1920年代)
軽負荷エンジン車 無添加油
SB
(1930年代)
軽負荷ガソリンエンジン車 耐焼き付き性,酸化安定性,腐食防止性を付与
SC
1964年
1967年型車まで デポジット抑制,摩耗防止性,防錆性を付与
SD
1968年
1970年型車まで 上記各性能を強化
SE
1972年
1979年型車まで 酸化安定性,熱安定性,防錆・防食性を強化
SF
1980年
1988年型車まで 酸化安定性,熱安定性,防錆・防食性を強化
SG
1989年
1991年型車まで 各性能を強化。ディーゼル性能(CC)も持つ
SH
1992年
1996年型車まで 要求性能はSG とほぼ同等。認定試験を導入
SJ
1997年
2000年型車まで 高温デポジット,ゲル生成などの抑制を強化
SL
2001年
2003年型車まで 酸化安定性,清浄性,動弁摩耗防止性の強化
SM
2004年
全てのガソリンエンジン車 熱・酸化安定性,使用油の低温流動性の強化

これらの変遷を見ると,1980年代(SG グレード以前)までは乗用車の高性能化に合わせてエンジン油にも高性能化が求められてきた背景がある。また,新しいサービス分類は,それ以前のサービス分類の要求をも満足する(backward compatibility)ことと,米国の自動車メーカーの品質保証には指定された分類のエンジン油を使用していることが条件となるため,米国においては新しいAPI サービス分類が導入されると,比較的短期間で市場の品質が新分類に置き換わるという特徴がある。これは,日本やアジアの各国で複数のサービス分類があたかも品質グレードの品揃えに利用されているのと対照的である。

一方,1990年代以降のAPI サービス分類(SH以降)は,後述するILSACの影響を強く受け,GF-1からGF-4に至る各ILSAC規格から,主に省燃費性能とリン分濃度の規定を除いた内容となっている。

次に,これまでに制定された主なディーゼルエンジン油分類を表2に示す。なお,ディーゼルエンジン油の場合,呼称の一字目には「C」が用いられるが,これは商用(Commercial)の頭文字である。

表2 ディーゼルエンジン油のAPIサービス分類の歴史(2サイクルを除く)
分類
制定年
適用
特徴
CA
(1940年代)
軽負荷ディーゼルエンジン車 軸受腐食防止性,リングまわり清浄性を有する
CB
1949年
軽~中負荷ディーゼルエンジン車 デポジット抑制性を強化
CC
1961年
中~高負荷ディーゼルエンジン車 高温デポジット・スラッジ抑制性を強化
CD
1955年
高負荷ディーゼルエンジン車 摩耗防止性,デポジット抑制性,酸中和性を強化
CE
1984年
過給式ディーゼルエンジン車 摩耗防止性,デポジット抑制性,酸中和性を強化
CF
1994年
予燃焼室式ディーゼルエンジン車  CDグレードに要求される各性能を強化。認定試験導入
CF-4
1990年
高性能ディーゼルエンジン車 CEグレードに要求される各性能と腐食防止性を強化
CG-4
1994年
高負荷ディーゼルエンジン車 低硫黄軽油用。スス分散性を強化
CH-4
1998年
米国1998年排気対策車 摩耗防止性,せん断安定性,スス分散性などを強化
CI-4
2002年
米国2002年排気対策車 EGR付きエンジンに対する適合性を付与
CJ-4
2006年
米国2007年排気対策車 排気後処理装置に対する適合性を付与

1930年代までは,ディーゼルエンジンにもSAグレードのエンジン油が適用されていたが,1940年代(推定)にディーゼル専用のCAグレードが制定されてからガソリンエンジン用とは区別された分類体系となって今日に至っている。これらの変遷を見ると,1990年代前半まで(CF-4以前)の分類はディーゼルエンジンの高出力化に合わせてエンジン油の熱安定性,清浄分散性などを強化してきた経緯がある。

一方,1990年代後半からは(CG-4以降),排出ガス規制の厳格化に対応してディーゼルエンジンの設計が変化する状況から,API サービス分類も新しい排出ガス規制の導入時期に合わせて制定されていることが分かる。

なお,1980年代までは米国では2サイクルの大型車用ディーゼルエンジンが製造されていたため,CD-IIやCF-2などの2サイクルディーゼルエンジン油分類が存在したが,1990年代以降の排出ガス規制に適応するとが出来なかったため,現在では4サイクルエンジンを対象とした分類のみとなっている。

2. 欧州のエンジン油規格の歴史

上述したAPI サービス分類は,エンジン油の性能・品質の尺度として広く国際的に利用されているが,国や地域によっては自動車の使用環境が異なり,また諸規制の違いなどから,安易に米国の規格をそのまま活用出来ない場合もある。

その一例が欧州で,1970年代の中盤からCCMC(旧欧州自動車工業会)がAPI サービス分類を部分的に活用しつつ,欧州独自の要求を織り込んだCCMC規格を制定した。CCMC規格にはガソリンエンジン油の「G」,ディーゼルエンジン油の「D」カテゴリーに加えて欧州の特徴であるディーゼル乗用車用エンジン油の「PD」カテゴリーが設定された。しかしながら,欧州各国の自動車メーカーの利害対立からCCMCは解散に追い込まれ,代わってACEA(欧州自動車工業会)が,基本的にはCCMC規格を踏襲したACEA規格を制定し,今日に至っている。

ACEA規格の変遷を表3に示す。制定当初は,ガソリンエンジン油の「A」,乗用車用ディーゼルエンジン油の「B」及び高負荷ディーゼルエンジン油の「E」の各カテゴリーに分類されていたが,2004年の改訂から新たに「A」と「B」のカテゴリーが個別ではなく,両性能を同時に満足するガソリン・ディーゼル兼用の乗用車用エンジン油として「A/B」カテゴリーとなったことと,新たに排気ガス後処理装置装着車に向けた「C」カテゴリーが登場した。

表3 ACEA規格の歴史
 
適用
乗用車・軽負荷商用車のカテゴリー
高負荷商用車のカテゴリー
 
ガソリン車
ディーゼル車
排気対策車*
1996
A1-96,A2-96,A3-96 B1-96,B2-96,B3-96   E1-96,E2-96,E3-96
1997
1998
A1-98,A2-96-2,A3-98 B1-98,B2-98,B3-98,B4-98 E1-96-2,E2-96-2,E3-96-2,E4-98
1999
E2-96-3,E3-96-3,E4-99,E5-99
2000
2001
2002
A1-02,A2-96-3,A3-02,A5-02 B1-02,B2-98-2,B3-98-2,B4-02,B5-02 E2-96-4,E3-96-4,E4-99-2,E5-02
2003
2004
A1/B1-04,A3/B3-04,A3/B4-04,A5/B5-04 C1-04,C2-04,C3-04 E2-96-5,E4-99-3,E6-04,E7-04
2005
2006

 *パティキュレート・フィルターや三元触媒を装着した車両

欧州においても,自動車性能の進歩や環境規制の強化に対応して規格の改訂がなされてきたが,ACEA規格の場合,2年ごとに見直すことが定例となっており,必ずしも米国のように排出ガス規制変更のタイミングのみが規格改訂のトリガーとなっているわけではない。

3. ILSAC エンジン油規格の歴史

API サービス分類は米国で制定され,国際的に普及しているエンジン油規格ではあるが,制定のプロセスに自動車メーカーの要求が間接的にしか反映されていなかった点と,不当品質表示に対するチェック体制が不十分であったことから,1990年代の初頭に日米の自動車メーカーが協力してILSAC(国際潤滑油標準化・認証委員会)を設立し,自動車業界のニーズをより前面に押し出したILSAC規格を制定した。このとき,欧州自動車工業会はACEA規格を運用している立場から,ILSACには参画しなかった。

ILSAC規格の変遷を表4に示すが,その設立経緯から,自動車の環境対策に対応することを主眼とした規格となっている。ただし,従来のAPI サービス分類の運用体制との連携にも配慮しており,両規格間の整合性をとりつつ進めている点が特長である。

ILSAC規格は,現状ではガソリンエンジン油のみが対象であり,規格呼称に用いられている「GF」はGasoline Fueledの略称である。

表4 ILSAC規格の歴史
分類
制定年
適用粘度グレード
省燃費試験法
省燃費性能の持続性
リン濃度
GF-1
1992年
全てのSAE粘度グレード
Seq. VI
要求なし
0.12%wt.以下
GF-2
1997年
0W-X,5W-X,10W-X
Seq. VI-A
要求なし
0.10%wt.以下
GF-3
2001年
0W-X,5W-X,10W-X
Seq. VI-B
要求あり
0.10%wt.以下
GF-4
2004年
0W-X,5W-X,10W-X
Seq. VI-B
要求あり
0.08%wt.以下

4. 日本のエンジン油規格の歴史

日本では長年にわたってAPI サービス分類が広く用いられてきたが,分野によっては日本の排出ガス規制が世界で最も厳しいケースも発生し,またエンジン技術,自動車の運転条件なども欧米とは異なる点も多いため,日本独自のエンジン油規格の必要性が生じつつある。

一方,二輪車のようにすでに日本製の車両がグローバルに輸出または現地生産されている車種もあり,日本がエンジン油規格について世界をリードしていく必要性が高まってきた。

そこで,1993年に二輪車用小型2サイクルエンジン油規格が,1998年には二輪車用4サイクルエンジン油規格が,2000年にはディーゼルエンジン油規格が自動車技術会と自動車工業会ならびに石油連盟の協力によりJASO規格としてそれぞれ制定された。

日本のエンジン油規格の変遷を表5に示す。

表5 日本のエンジン油規格の歴史
油種
分類
制定年
概要
改正年
改正の内容
二輪2サイクル
FA
1993
2サイクル油の基本性能を規定
2003
廃止
FB
潤滑性,低スモークを強化 変更なし
FC
低スモーク,排気系閉塞を強化 変更なし
FD
2003
高温清浄性を強化。低灰分
-
-
二輪4サイクル
MA
1998
クラッチ摩擦係数高
2006
リン濃度を規定
エンジン油性能変更
MB
クラッチ摩擦係数低
MA1
2006
MAの摩擦係数細分化(低)
-
-
MA2
MAの摩擦係数細分化(高)
ディーゼル
DH-1
2000
EGR対応。動弁摩耗防止性強化
2005
動弁摩耗項目追加
DH-2
2005
排ガス後処理装置対応(大型用)
-
-
DL-1
同上(乗用車用)。低SAPS油

5. エンジン油規格をめぐる今後の動向

これまで,日米欧のエンジン油規格の歴史を概観してきたが,近年の地球環境問題への対応,資源保護への要求の高まりから,エンジン油への要求は今後ともより厳しくなっていくことが予想される。

ガソリンエンジン油の分野では,ILSACが現状のGF-4規格の後継であるGF-5規格の検討を進めている。新規格の主な変更点は,より高度な省燃費性能及びその持続性と,排気対策装置への適合性,更にはエンジン油としての腰の強さ,すなわち熱・酸化安定性や摩耗防止性の強化が狙いとされている。GF-5規格の市場への導入時期は,2010年型車が生産開始となる2009年の第4四半期が目標となっているが,省燃費性能を評価するSequence VI試験を始め,多くのエンジン試験が新たに開発される予定であり,これまでの進捗状況から見ると2010年後半の市場導入が現実的であるとの見方もある。本稿執筆時点におけるILSAC GF-5の概要を表6に示す。

表6 ILSAC GF-5規格の概要
要求性能
主な評価項目
試験方法
低温腐食防止性 Ball Rust Test
軸受腐食防止性 銅鉛軸受減量 Sequence VIII
高温スラッジ抑制 新規項目 未定
低温スラッジ抑制 従来のスラッジ Sequence VG
高温デポジット抑制 285℃デポジット TEOST MHT
ピストン清浄性 加重ピストンデポジット Sequence IIIG
使用油低温粘度 低温ポンピング粘度 Sequence IIIG
or ROBO Test
酸化安定性 オイルシックニング Sequence IIIG
摩耗防止性 カム・リフタ摩耗 Sequence IIIG
動弁系摩耗防止性 スカッフィング摩耗 Sequence IVA
排気触媒適合性 硫黄・リン濃度 GF-4と同じ
リン分の揮発性 ESCIT
省燃費性 新油の省燃費性 Sequence VID
省燃費の持続性
ターボ保護性能 コーキング TEOST 33
オイル消費抑制 蒸発性 GF-4と同じ
粘度特性 低温・高温粘度 SAE J300
せん断安定性 使用油の粘度 Sequence VIII
空気巻き込み抑制 新油・使用油の空気巻き込み HEUI Test
消泡性 泡立ち、泡安定性 GF-4と同じ
ゴムシール適合性 体積、強度変化 CI-4と同じ
フィルター閉塞抑制 フィルター閉塞率 GF-4と同じ
均一性・混合性 分離発生の有無 GF-4と同じ
複合燃料適合性 錆防止性 未定
乳化性 未定

ディーゼルエンジン油の分野ではAPI CJ-4(開発コード:PC-10)の市場導入が2006年10月より開始されたばかりであり,次世代規格(PC-11?)の検討はまだ始まっていないが,米国では2010年前後にディーゼル排出ガス規制の一層の強化が予定されており,これに合わせて新規格の検討が行われることは確実である。

なお,米国のオンロード用軽油の硫黄分は,2006年6月より大半が15ppmとなっている。しかし,一部の地域とオフロード用軽油は依然として500ppmのものが2010年までは流通することが予想され,場合によってはアルカリ価の低いCJ-4が使用出来ず,一世代前のCI-4プラス(CI-4をベースに,せん断安定性とEGR使用エンジンにおけるスス分散性を改良した規格)を適用せざるを得ない状況が続くものと思われる。API CJ-4の概要を表7に示すが,9種類のエンジン試験と,8種類の実験室評価が要求されており,開発に要するコストが極めて高いことが懸念されている。

表7 API CJ-4の概要
試験の種類
要求性能項目
試験方法
試験時間
燃料油硫黄分特徴
エンジン試験 アルミピストン清浄性,オイル消費 Caterpiller 1N
252Hrs.
500ppm
ピストン清浄性,オイル消費(多気筒) Caterpiller C-13
500Hrs.
15ppm
ススによる粘度上昇 Mack T-11
200Hrs.
500ppm
リング,ライナー,軸受摩耗,オイル消費 Mack T-12
300Hrs.
15ppm
動弁系摩耗,フィルター詰まり,スラッジ Cummins ISM
200Hrs.
500ppm
動弁系摩耗 Cummins ISB
350Hrs.
15ppm
ローラーフォロワ式動弁系摩耗 GM 6.5-L RFWT
50Hrs.
500ppm
空気巻き込み性 Navister EOAT
20Hrs.
500ppm
酸化安定性 Seq. IIIG or IIIF
100/80Hrs.
15ppm
ベンチ試験 排気後処理装置への適合性 SAPS規定
-
-
消泡性 ASTM D 892
-
-
蒸発性 ASTM D 5800
-
-
ゴムシールとの適合性 ASTM D 7216
-
-
高温高せん断粘度 ASTM D 4683
-
-
腐食防止性 ASTM D 6594
-
-
せん断安定性 ASTM D 7109
90Cycles
-
使用油の低温ポンピング粘度 Mack T-11A 後油
180Hrs.
500 ppm

欧州では,乗用車用エンジン油規格の見直しが2007年に,高負荷ディーゼル用エンジン油規格の見直しが2008年に予定されており,「A/B」カテゴリーを減らし「C」,「E」カテゴリーを充実することと,旧態化しつつある各種エンジン試験の改訂が見込まれている。ACEA規格の検討状況を表8に示す。

表8 ACEA 規格(2008年改訂)の検討状況
カテゴリー
予想される変更点
Ax / Bx
カテゴリー種類の大幅な削減
動弁系摩耗評価法の更新(OM602A → OM646)
清浄性基準の変更(M111の合格基準引き上げ)
燃費基準の変更(C1につきM111の合格基準引き上げ)
ピストン清浄性基準の変更(VWTDI の合格基準引き上げ)
ターボチャージャーデポジットの評価試験追加
Cx
現状のカテゴリーを維持。
他の変更点はA / Bカテゴリーと同じ
E2
カテゴリーの廃止
E4
ボアポリッシング評価法の更新(OM441LA → OM501)
動弁系摩耗評価法の更新(OM602A → OM646)
E6
E4と同じ変更
リング,ライナ,軸受摩耗評価法の更新(Mack T-10 → T-12)
スス分散性,フィルター閉塞評価法の更新(Mack T-8E → T-11)
E7
E6と同じ変更
動系摩耗,フィルター詰まり評価法の更新(Cummins M11 → ISM)

日本のエンジン油規格については,表5に示したように,JASO 2サイクル油規格が2003年に改訂されたのに続き,ディーゼルエンジン油規格が2005年に,また二輪4サイクル油規格が2006年に改訂されたので,当面は現状の規格体系で推移することが予想される。ただし,ディーゼルエンジン油については,欧米と同様に,日本においても排出ガス規制の強化が2010年前後に行われる見通しであり,これに向けた次世代規格の検討が必要となろう。

おわりに

数多くのエンジン油規格が林立する現況にあって,それぞれの歴史や経緯を解説することを試みた。近年の規格が環境問題への対応を主眼として,めまぐるしく変化している状況を理解いただければ幸いである。

最後に,この分野に対する日本の貢献が顕著になりつつあり,また国際社会とりわけアジア各国からの期待が高まりつつあることを付記して本稿のまとめとしたい。

 

最終更新日:2017年11月10日