DLCコーティングの実用事例 | ジュンツウネット21

Diamond-Like Carbon(DLC)コーティングは,低摩擦,低摩耗,高硬度,平滑性および化学的安定性などの優れた特性を有することから,基礎研究から応用・実用化にいたるまで多くの検討がなされている。本稿では,DLCコーティングの特性について概観し,実用化動向について紹介する。

株式会社ジェイテクト 鈴木 雅裕  2010/4

はじめに

Diamond-Like Carbon(DLC)コーティングは,低摩擦,低摩耗,高硬度,平滑性および化学的安定性などの優れた特性を有することから,基礎研究から応用・実用化にいたるまで多くの検討がなされている*1~*4。特に,従来のセラミックス系硬質膜と異なり,低い摩擦係数を示す硬質膜であることから,固体潤滑膜および保護膜として産業分野で実用化が進んでいる。

DLCコーティングの処理には,化学蒸着(CVD,Chemical Vapor Deposition)法および物理蒸着(PVD,Physical Vapor Deposition)法によるプラズマ技術が用いられる。実用の量産技術としては,プラズマCVD法,イオン化蒸着法,スパッタ法,アークイオンプレーティング法が多くの処理メーカで採用されている。近年では,処理が困難であるプラスチック材料についてもDLCコーティングが可能であることが報告されており,機械部品のみでなく医療・食品分野などの応用展開用途が拡大しつつある。

DLCコーティングの応用先は,初期のスピーカの振動板,磁気テープなどから高信頼性が要求される自動車部品まで,DLCが有する多くの優れた特性を反映して多種多様である。今後,DLCコーティングへの期待,要求はますます厳しくなると考えられるが,本稿では,DLCコーティングの特性について概観し,実用化動向について紹介する。

1. DLCコーティング

ダイヤモンドおよびグラファイトに代表される炭素系材料は,古くからトライボロジー材料として幅広く活用されおり,近年では,フラーレン,カーボンナノチューブ,カーボンオニオンなどの炭素系ナノ材料も注目されている*5,*6。これら炭素系材料の中でDLCコーティングは,1971年にAisenbergらにより性質がダイヤモンドに非常に似たコーティングとして報告され,現在では,sp2結合とsp3結合の炭素を主体としたアモルファス構造を有する炭素膜として知られている*7。

sp3-sp2-水素三元相図

図1 sp3-sp2-水素三元相図*8

成膜方法によってDLCコーティング中のsp3結合成分,sp2結合成分および水素量が異なるため,得られる膜の特性も異なる。図1にsp3結合成分,sp2結合成分および水素からなる三元相図を示す*8。図に示すように,DLCコーティングには多くの種類が存在することが分かる。通常,膜中のsp3結合成分が多くなるほどダイヤモンドの特性に近くなり,逆にsp2結合成分が多くなるとグラファイトに近い特性を示すようになる。さらには,密着力向上,機能性付与などを目的として元素添加が行われることがあり,多種多様のDLCコーティングが存在する。そのため,実用化には用途に適合したDLCコーティングを選定することが非常に重要となる。DLCコーティングを科学的に定義し,定量的に分類することが産学官のプロジェクトとして進められており,今後のDLCコーティングの応用展開,実用化の観点からもその成果が期待される*9。

2. DLCコーティングのトライボロジー特性

DLCコーティングは,無潤滑条件下において低摩擦,耐摩耗性,低相手材攻撃性などの優れたトライボロジー特性を示すことが知られる。摩擦に関しては膜中の水素量の影響が議論されることが多く,図2に示すように,水素量の増加とともに摩擦係数が低くなる傾向がある*10。また,しゅう動雰囲気の影響も報告されており,真空,酸素およびアルゴン雰囲気などでは摩耗しやすい*11。

一方,油潤滑下においては,耐摩耗性,相手材攻撃性に優れるものの,DLCコーティング表面には添加剤の効果が得られ難い。そのため,金属表面などでは,潤滑油添加剤が有効に作用して添加剤の効果が得られるが,DLCコーティングでは,この効果を期待することはできないため,元素添加,水素フリー化など膜質観点からの検討がなされている*12。また,水を潤滑剤とする環境下においては,無潤滑下での特性を損なうことなく,優れた摩擦・摩耗特性を示すことが知られる*13。

DLCコーティングの優れたトライボロジー特性のメカニズムは,十分に解明されているわけではなく,DLC表面を水素,酸素,水酸化物などが表面被覆して表面の相互作用力を低下させて摩擦が低下すると考えられている*14,*15。DLCコーティングの特性詳細に関しては,書籍や解説などを参考にして頂きたい。

DLCコーティングの摩擦特性に及ぼす水素量の影響
DLC A:水素量25at.%,DLC B:水素量29at.%
DLC C:水素量37at.%,DLC D:水素量44at.%

 図2 DLCコーティングの摩擦特性に及ぼす水素量の影響*10

3. DLCコーティングの応用

3.1 自動車部品,機械部品

自動車部品へのDLCコーティングの応用展開には,信頼性の確保,量産性および低コスト化など,生産面からのアプローチがなされてきた。その結果,電磁クラッチ,バルブリフター,ピストンリング,燃料噴射ポンプ,ショックアブソーバ,シャフト類などで実用化されている*16。多くの場合,これらの部品は,潤滑油環境下での利用が想定されている。例えば,電磁クラッチには,量産性に優れたプラズマCVD法で得られるSiを含むDLCが採用されている。DLC-Siが油潤滑下において高摩擦係数で安定し,速度に対する摩擦の正勾配特性を活用するとともに,DLCの優れた耐摩耗性および相手攻撃性の低さにより部品全体として,小型化,高容量化,低コスト化が達成されている(図3)*17。また,バルブリフターには,アークイオンプレーティング法で処理した水素を含まないDLCコーティングが採用されている。水素を含まないDLCは,境界潤滑下で低い摩擦係数を示すことが見いだされており,過酷な境界潤滑環境下となるバルブリフターの摩擦損失抑制のために実用化されている*18。さらに,この水素を含まないDLCコーティングの場合,グリセロールモノオレアート(GMO,Glycerol-mono-oleate)を摩擦調整剤として添加するとさらに摩擦を低下させる効果が見いだされており,DLCコーティング用の添加剤の開発が期待される。また,これらの機械的な目的の他,高級車用のカードキーに,意匠および耐摩耗の観点からもDLCが実用化されている。

DLC-Siのμ-V特性

図3 DLC-Siのμ-V特性*17

その他,DLCコーティングが採用されている機械部品には,温水混合栓,織機部品,ポンプ部品,ころ軸受などが知られている。温水混合栓は,昔からDLCコーティングの製品化例として知られており,DLCの水潤滑下における優れたトライボロジー特性を利用している。従来はグリース潤滑が採用されていたが,DLCを採用することでグリースなしでも操作性に優れた温水混合栓が実現されている*19。織機部品であるおさ羽は,織機の糸が高速でしゅう動する部品であり,糸の多様化により,SUS材に摩耗(糸溝)が発生して問題となっていた。平滑で高硬度の特性を有するDLCコーティングの採用により,摩耗が抑制され生産効率が向上している*2。可変容量型傾斜式ピストンポンプおよびころ軸受には,潤滑不良によるフレッティングおよび焼付き対策のためにDLCコーティングが採用されている*20。

3.2 金型,工具

金型への応用は,DLCコーティングの平滑性,高硬度,低摩擦特性を利用して古くから知られている(表1)*21。近年では,軟質金属用の金型に処理することで耐凝着性に優れた金型としてドライ加工が注目されている。また,CD,DVDに代表される光ディスク用鏡面金型には平滑性に優れたDLCを処理可能であるイオン化蒸着法が採用されている*22。DLCコーティングの金型への採用に関しては,除膜および再コーティングを考慮したリサイクルシステムなども提案されている*23。このような使用方法は,高価な金型だけでなく,様々な分野への応用展開方法として今後注目される。

表1 金型工具への応用例*21
加工種類
被加工材
適用製品例
曲げ加工 アルミニウム・ハンダメッキ・リン青銅 リードフレーム・端子
スピニング加工 アルミニウム アルミ缶・スプレー缶・コンデンサーケース
引き抜き加工 アルミニウム・銅 感光ドラム・ラジエータパイプ
深絞り加工 アルミニウム アルミニウム容器
引き抜き・せん断加工 アルミ・リン青銅・銀銅Ni 合金 印刷板・部品・接点材料
粉末成形加工 アルミナ・フェライト・超硬合金 セラミックス部品・コア・スローアウェイチップ
モールド成形加工 ガラス・プラスチック 非球面レンズ・小型コネクター・CD-R・DVD-R

工具に関しては,耐凝着性を利用して切削油なしのドライ加工が可能なアルミ合金用工具として実用化されている*24。このDLCコーティングの結果,ドライ加工が可能になっただけでなく,長寿命化,加工精度向上,切削エネルギーの低減など多くの効果が得られている。

3.3 電子部品

1980年代にDLCコーティングの高弾性率が利用されたスピーカ振動板が商品化されている*25。その後,磁気テープ,VTRシリンダおよびハードディスクなどの電子機器関連の部品にDLCコーティングの平滑性,潤滑性,高硬度の観点から採用されている。また,DLCコーティングは摩耗発塵が少ないため,これら電子機器部品の半導体製造装置のチャック部などにも採用されている。

3.4 食品,医療

PETボトルへの成膜技術

図4 PETボトルへの成膜技術*26

DLCコーティングの優れたガスバリア性を利用してPETボトルなど飲食容器への実用化がなされている*26。PETボトルなど容器の内面にDLCを処理することで容器内の食品および飲料の品質劣化を妨げることが可能となる。PETボトルなどの材料にDLCコーティングするためには,成膜条件の最適化が必要であり,成膜速度の速いアセチレンを用いてRFプラズマにより数秒で成膜されている(図4)。

DLCコーティングは,人体と同じ炭素と水素から構成されており,生体適合性に優れるため,医療分野への展開も期待されている*28。また,抗血栓性にも優れていることが報告されており,メスハンドル,注射針などの医療道具の一部にはDLCコーティングが採用されている。医療関係に関するDLCコーティングは,特にヨーロッパで進んでおり,医療用ステント,人工関節なども検討されており,今後さらなる応用展開が期待される。

3.5 その他製品

従来,DLCコーティングは,機械の内部などの目に見えにくい場所での応用展開が多かった。しかしながら,近年ではDLCコーティングの身近な製品への応用展開が増加している。その多くの目的は,耐摩耗,耐傷性および耐食性の付与とともに意匠的な意味合いが強く,腕時計,ライター,髭剃り刃,理容用はさみなどに採用されている。また,釣り具,ゴルフクラブ,テニスラケット,ダーツ,ダイビング用品,アーチェリー部品など趣味の製品にも採用されつつある。これらは,DLCコーティングの特性とともに,意匠性および高級感を付加したものであり,今後,このような意匠の観点からもDLCコーティングの応用展開が広がっていくと思われる。

おわりに

本稿では,DLCコーティングの実用事例を中心に実用化動向を紹介した。DLCコーティングは,トライボ材料として環境問題,省資源などに貢献することが可能であり,ますますしゅう動部品への展開が広がると想定される。また,医療,食品分野においても注目されており,さらには,意匠などの観点からも用途の拡大が期待される。今後,DLCコーティングは,キーテクノロジーの1つとして実用化が促進されると思われる。DLC実用化の拡大には,特性を十分に活用するために,産学官連携の上で研究成果および技術成果をまとめ,DLCの分類および設計指針の提案が必要であり,今後の展開を期待したい。

 

<参考文献>
*1 斎藤 秀俊 監修 :DLC膜ハンドブック,NTS(2006)
*2 鈴木 秀人,池永 勝 編:事例で学ぶDLC成膜技術,日刊工業新聞社(2003)
*3 池永 勝 監修:高機能化のためのDLC成膜技術,日刊工業新聞社(2007)
*4 大竹 尚登 監修:DLCの応用技術,シーエムシー出版(2007)
*5 広中 清一郎:月刊トライボロジー,2(2009) 36
*6 大澤 映二,森 誠之:月刊トライボロジー,2(2009) 39
*7 S. Aisenberg and R. Chabot:J. Appl. Phys., 42(1971) 2953
*8 J. Robertson:Mat. Sci.& Eng., R 37(2002) 129
*9 NEDO平成18年度成果報告書,DLCの特性とその測定・評価技術の標準化に関する調査(2007)
*10 M. Suzuki, T. Ohana and A. Tanaka:Diam. Relat. Mate., 13,11-12(2004) 2216
*11 鈴木 雅裕,渡辺 俊哉,田中 章浩,古賀 義紀:トライボロジー会議予稿集,(2003-5) 261
*12 加納眞:まてりあ,43,10(2004) 823
*13 大花 継頼:NEW DIAMOND, 21, 2(2005) 6
*14 A. Erdemir:Tribology International 37(2004) 577
*15 森 広行,高橋 直子,中西 和之,太刀川 英男,大森 俊英:表面技術,59,6(2008) 401
*16 鈴木 雅裕:トライボロジスト,54,1(2009) 34
*17 安藤 淳二,中西 和之:トライボロジスト,52,2(2007) 120
*18 大原 久典:トライボロジー会議,(東京 2009-5) 235
*19 桑山 健太:トライボロジスト,42,6 (1997) 436
*20 中瀬 拓也:フルードパワーシステム,40,4(2009) 220
*21 西口 晃:工業材料,56,9(2008) 18
*22 西口 晃:トライボロジスト,54,1(2009) 28
*23 野村 博郎:工業材料,56,9(2008) 58
*24 岡部 勝:NACHI-BUSINESS news,1(2003) 1
*25 鈴木 哲也,児玉 英之:NEW DIAMOND,設立20周年記念特別号,(2006) 30
*26 上田 敦士,中地 正明,後藤 征司,山越 英男,白倉 昌:三菱重工技報,42,1(2005-1) 42
*27 長谷部 光泉,上田 芳人:ニューダイヤモンドフォーラム平成20年度 第1回セミナー(2008) 47

 

最終更新日:2017年11月10日