潤滑油製品は,鉱物油系のパラフィン系ベースオイルを主原料とすることが多い。本稿では,特にアジア圏の最近のベースオイル事情と今後について概説する。
はじめに
潤滑油製品は,鉱物油系のパラフィン系ベースオイルを主原料とすることが多い。鉱物油系のパラフィン系ベースオイルにはいくつかのカテゴリーがあり,グループ I と呼ばれるベースオイルが現在世界的に最もポピュラーなベースオイルである。
一方で近年,自動車用潤滑油を中心にグループ II およびグループ III ベースオイルのニーズが高まってきている。これらベースオイルは品質ごとに需要動向が大きく変化しており,今後もそれを的確に把握することが重要である。
本稿では,特にアジア圏の最近のベースオイル事情と今後について概説する。
1. ベースオイルの分類と品質
APIでのベースオイルの品質は表1に記載のとおり,グループ I からグループVに分類される。
表1 API分類によるベースオイルの分類
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1.1 グループ I ベースオイル
世界的にも最もポピュラーな溶剤精製タイプのベースオイルで,原油由来の原料を溶剤で分離精製する方法で生産される(図1)。日本では昭和40年代に建設されたプラントが多い。

図1 グループ I ベースオイルの製造方法(例)
1.2 グループ II ・III ベースオイル
グループ II ・III ベースオイルは図2に示すように,水素化処理を基本としたプロセスで製造されるため硫黄分が少なく,飽和分が多い。とりわけグループ III ベースオイルは,原油由来の原料を潤滑油に適した分子構造に分解・改質することで得られ,温度による粘度変化が少ない(粘度指数が高い)のが特徴である。

図2 グループ II ・III ベースオイルの製造方法(例)
日本でグループ II ベースオイルは,2社にて一定量生産がなされている。グループ III ベースオイルは3社が生産しているが,原材料や装置上の制約などにより,生産量は国内全体需要から見ると1割にも満たない程度である。
2. 潤滑油製品の動向
2.1 自動車関連潤滑油の動向
近年,潤滑油の主要品目である一般乗用車用エンジンオイル,ATF,CVTFにおいてグループ II,III に分類されるベースオイルのニーズが高まっている。理由は下記の3点があげられるが,今後もさらにこれら製品の品質に対する要求が高まることは必至であり,先進国においては,自動車関連ベースオイル需要はグループ I からグループ II および III へ移行することが確実視されている。
一方,中国などにおける自動車用エンジン油の上位規格品の普及は,先進国に比べかなり遅れているのが実情である。
以上より,先進国においてはグループ II ・III ベースオイルの需要増加,その他エリアにおいてはグループ I ベースオイル需要の増加が起こるものと思われる。
i )省燃費対応
カーメーカーの環境対応が進む中,エンジン油は省燃費性に優れた規格(API:SM,ILSAC:GF-4など)を取得した低粘度のSAE 0W-20や5W-30エンジン油を指定する車が増加している。省燃費規格をクリアする低粘度エンジン油は,低温特性が優れ,温度による粘度変化の少ない高粘度指数のベースオイル(グループ III)が必要とされる。
ii)長寿命化
環境対応(廃棄物削減)に対する要求から,エンジンオイルの長寿命化が進んでおり,硫黄分が少なく,飽和分の多い安定性の高いベースオイル(グループ II および III)の必要性が高まっている。
iii)トランスミッション油の高性能化
トランスミッションに使われるATF,CVTFに対する要求性能も環境対応の動きの中で年々厳しくなっている。長期安定性のほかに,最近では省燃費性も要求されており,安定性があり高粘度指数のベースオイル(グループ III)の必要性が高まっている。
2.2 工業用関連潤滑油の動向
工業用潤滑油の用途は,機械用,金属加工用およびグリース用と多岐にわたるが,添加剤配合量が比較的多いことから,それらの溶解性に優れたグループ I ベースオイルの使用が主流である。近年では,油圧作動油,空気圧縮機油および電力用タービン油分野において,省エネルギーおよび長寿命性タイプへの品質的要求が高まっており,グループ II および III ベースオイルを採用することが有効であるとされている。
また,工業用ギヤー油や軸受油などの分野では,非常に厳しい条件で使用される場合として合成油のニーズがある。
2.3 船舶用関連潤滑油の動向
ブラジル,ロシア,インド,中国(BRICs)の経済成長を背景に,2010年まで新造船建設ラッシュが続くと見込まれている。それに伴う世界の船舶用潤滑油需要は,2009年までに約20%増加すると予測されている。
船舶用潤滑油の原料となるグループ I ベースオイルの高粘度グレード品(500SNおよび150BS)のニーズが非常に高く,安定的供給が重要な課題となっている。
3. アジア圏のベースオイル事情
3.1 アジア圏の潤滑油需要
表2にアジア各国の潤滑油需要の推移を示す。表2に見られるとおり,1995年~2000年にインドネシア,タイをはじめとするASEAN地域においては経済危機による消費量減退が見られるが,2000年以降は回復し,2005年までにアジア圏合計で20%の高い伸び率を示している。
表2 アジア各国の需要推移
(単位:万kL/年)
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マクロ経済指標であるGDP成長率も2005年,2006年と軒並み高い数字を示している。GDP成長率をもとにアジア圏の2010年の潤滑油需要を予測したものが表3である。
表3 アジア地域の2010年需要予測(当社予測)
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2007年以降も,2006年の想定GDP成長率を適用し,需要量を推定した。
注目すべきは中国である。2005年時点でも日本の約2倍の需要であったが,2010年までに,さらに日本1国分の潤滑油需要の増加が見込まれる。近い将来,世界で1,2を争う潤滑油消費国になることは間違いなく,同じく急速な発展が見込まれるインドと併せ,将来は世界潤滑油消費の数十%を占めることが予想される。アジア圏の潤滑油需給に与えるインパクトは計り知れない。
日本をはじめ潤滑油需要が安定している地域もあるが,アジアの新興国において,経済発展に伴うモータリゼーションの進展により潤滑油消費の持続的成長が見込まれ,アジア地域は引き続き高成長市場としての位置づけとなる。
しかし,昨今の世界的景気悪化を受け,中長期的には上記内容へ収束すると予想されるが,その達成に数年のタイムラグが生じる可能性も否定できない。
3.2 アジア圏のベースオイル製造能力
表4に示す通り,現在の世界のベースオイル生産はグループ I が主流であり,グループ II ・III は限定的である。特徴的なのはアジア・オセアニア地域におけるグループ III の生産能力が大きいことである。これは韓国の3社(SK,S-Oil,GS-Caltex)が全世界のグループ III ベースオイルの供給元となっているためで,全グループ III ベースオイルの約半分の量を供給している。
表4 全世界のベースオイル生産能力*1
(単位:万kL/年)
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次に,アジア圏に目を移すと,表5に示す通り,主流はグループ I であるが,韓国のグループ III ベースオイルとシンガポールのグループ I および II ベースオイルの生産能力が際立っている。韓国のグループ III ベースオイルについては前述の通りであるが,シンガポールは,メジャーの主力製油所(ExxonMobil,Shell)が進出しており,アジア圏のベースオイルをカバーする輸出拠点として位置づけられている。
表5 アジア圏各国のベースオイル生産能力*1
(単位:万kL/年)
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3.3 ベースオイルプラントの新設・拡張計画
表6 アジア地域のベースオイル生産能力
(単位:万kL/年)
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2006年以降に8件のグループ II ,III ベースオイルプラントの新設・拡張の計画がある。2010年までのアジア圏内のベースオイル生産能力は表6のように想定される。グループ III ベースオイルは大幅な能力増であるが,米国,欧州への輸出も視野に入れた設備投資と推定される。
3.4 最近のベースオイル需給状況
現在,世界的な景気悪化によりベースオイル需要の減退感が強まり先行きは不透明であるが,2008年前半までは以下の理由によりベースオイル需給はタイトな状況であった。
(1)アジア圏の経済成長による大幅な需要増加
(2)軽油マージン拡大によるベースオイルの減産
(3)2008年の米国ハリケーンの影響による米国への応援出荷
(4)2008年夏までの原油価格の先高感による断続的な仮需
3.5 中長期的ベースオイル需給状況
主なベースオイルサプライヤーの定期修理が終了し,前項で挙げた新設プラントが稼働する2008年後半以降はベースオイル供給量が増えるため,需給状況は緩和すると想定される。
しかし,先進国を除くアジア圏では自動車用潤滑油の最新規格への移行が遅れており,グループ I ベースオイルは不足する可能性がある。特に高粘度品は,グループ II および III ベースオイルの製造設備では大量生産が難しいため,引き続き逼迫することが予想される。また,欧米でのグループ I ベースオイルプラントの閉鎖が影響する可能性もある。
グループ III ベースオイルについては,カタールなどで大規模に新設されるGTL装置から得られるベースオイルとの競合が予想される。現段階ではGTLベースオイルのアジア市場での競争力が不明であるが,アジア圏の需給に2010年以降影響を与える可能性は高い。
4. 最近のベースオイルの価格動向
図3は,過去3年間のグループ I ベースオイル価格(ICIS※1,CFR East Asia※2)を原油価格と比較したものである。大きくはベースオイル価格と原油価格は連動するが,需給要因によりスプレッドは増減する。現在は原油価格とベースオイル価格のスプレッドが拡大している。

図3 ICIS CFR E.ASIAとDUBAI原油価格推移(掲載につきICIS承認済み)
おわりに
世界的な景気悪化を背景にベースオイル需要は一時停滞すると思われるが,新興国を中心とした中期的な経済拡大は,アジア圏のベースオイル需給にますます大きなインパクトを与えると予想される。
今後,下記のような需給・価格動向を左右する出来事が多く,今後とも市場を注視していく必要がある。
- アジア地区での大幅な能力増強
- 欧米におけるグループ I ベースオイルプラントの閉鎖
- GTLベースオイルの出現
- グループ I からグループ II またはグループ III ベースオイルへのシフト状況
※1 ICISとは
「Independent Commodity Information Service-London Oil Reports」の略称で,石油石化製品の週間価格などを提供する組織。消費者・生産者・トレーダーの聞き取り調査による売り手買い手双方の確定取引価格より算定する。ベースオイルの国際取引価格の指標となっている。
※2 CFR East Asiaとは
日本・韓国・台湾・中国への到着価格。
<参考文献>
*1 「Lubes & Greases」2005年8月号
*2 エネオステクニカルレビューvol.48 P.104-108(2006)