環境規制と切削油剤 | ジュンツウネット21

国際的な環境保護に対する取り組み,環境規制問題などと環境対応型切削油剤の現状について解説する。

ユシロ化学工業株式会社 奥川 道彦  2007/3

はじめに

産業革命以来200年,人類は目覚しい経済発展を遂げたが,そのかたわらで酸性雨,オゾン層破壊,地球温暖化・砂漠化の促進,異常気象の頻発など地球環境に著しい変化をもたらしてきた。今や地球環境は置き去りには出来ない危機的な状況にあり,今後の経済発展は持続可能な地球環境の保護・再生を考慮したものでなければならないというのが国際的な共通認識である。

ここでは,国際的な環境保護に対する取り組み,環境規制問題などと環境対応型切削油剤の現状について述べる。

1. 環境保護に対する国際的取り組み

環境問題について世界で初めての大規模な政府間会合が持たれたのは,1972年6月,スウェーデンのストックホルムで開催された国連人間環境会議(United Nations Conference on the Human Environment)である。「かけがえのない地球(Only One Earth)」をキャッチフレーズとし,114ヵ国が参加した。「ストックホルム会議」とも呼ばれる。

地球サミット(国際環境開発会議)とは,人類が地球環境問題と真剣に向き合わなければならないとの決意を示すきっかけとなった国際会議といえるもので,1992年,ブラジル・リオデジャネイロで開かれた。

地球サミットには,世界およそ170ヵ国からのべ4万人を超える人々が集い,「持続可能な開発」をキーワードに地球環境問題と開発問題を取り上げた史上最大の国際会議であり,京都議定書の前身である気候変動枠組み条約が締結された会合であった。

このサミットでは,「環境と開発に関するリオ宣言」,「森林に関する原則声明」,「アジェンダ21」という3つの文書が合意された。「アジェンダ21」は,「環境と開発に関するリオ宣言」で定められた諸原則を実行するための21世紀に向けての行動原則である。

「気候変動枠組条約第3回締結国会議(COP3)」(地球温暖化防止京都会議)は,1997年12月に京都で開催された。この会議では,地球サミットで採択された気候変動枠組条約の目的を達成するために議定書(京都議定書)が採択された。先進国などに対し,二酸化炭素など6つの温室効果ガスの排出を1990年比で,2008年~2012年に一定数値(日本6%,米7%,EU8%)を削減することを義務付けている。

京都議定書では,「クリーン開発メカニズム」(Clean Development Mechanism:CDM),「共同実施」(Joint Implementation:JI),「排出権取引」(Emission Trading:ET),という3つのメカニズムが導入された。この3つを総称して「京都メカニズム」という。

2000年に,最大排出国である米国(36.1%)が経済への悪影響と途上国の不参加などを理由に離脱。結局,京都議定書は2005年2月16日に米,豪抜きで発効した。

2. 環境規制

2.1 PRTR法「特定化学物質の環境への排出量の把握等および管理の改善の促進に関する法律」

PRTR(Pollutant Release Transfer Register)法は,事業者による化学物質の自主的な管理を促進し,環境の保全上の支障を未然に防止することを目的に1999年に制定され,PRTR制度とMSDS制度が導入された。

i)PRTR制度
 PRTR制度は,人の環境や生態系に有害な恐れのある化学物質について,事業所からの環境(大気,水,土壌)への排出量及び廃棄物に含まれての事業所外への移動量を,事業者が自ら把握して国へ届け出るとともに,国は届け出データや推計に基づき,排出量・移動量を集計し公表するものである。

ii)MSDS制度
 MSDS(Material Safety Data Sheet) 制度は,事業者による化学物質の適切な管理を促進するため,対象化学物質を含有する製品を他の事業者に譲渡または提供する際には,その化学物質の性状及び取り扱いに関する情報(MSDS)を事前に提供することを義務付けるものである。これにより,MSDSを受け取る事業者は,化学物質の適切な管理を行うために必要な情報を得ることが出来る。

2.2 ダイオキシン法

2000年1月,ダイオキシン類特別措置法(いわゆるダイオキシン法)が施行された。国の目標は,2002年には1997年に比べて排出量を9割削減することである。

ダイオキシンとは,図1に示す分子中に塩素を含有する3種類の化合物(ポリ塩化ジベンゾダイオキシン,ポリ塩化ジベンゾフラン,コプラナーポリ塩化ビフェニール)の総称で200種類以上の異性体がある。ポリ塩化ジベンゾダイオキシンの中で,2,3,7,8に塩素が付加した2,3,7,8四塩化ジベンゾダイオキシンは,その毒性がフグ毒のテトロドトキシンの10倍,青酸カリの1万倍。そして,サリンと比べても10倍もの毒性を持ち,合成毒では史上最強の猛毒といわれている。

ポリ塩化ジベンゾダイオキシン
ポリ塩化ジベンゾダイオキシン(1)

ポリ塩化ジベンゾフラン
ポリ塩化ジベンゾフラン(2)

コプラナーポリ塩化ビフェニール
コプラナーポリ塩化ビフェニール(3)

図1

このダイオキシンが合成されたのは,歴史的には1872年にドイツで作られたのが最初だが,現状は塩素化合物を含有するゴミなどの燃焼過程で偶然に発生している。また,ベトナム戦争でアメリカ軍によって散布された枯葉剤にも,製造過程でダイオキシンが副生成物として含まれていた。

焼却温度が800~900℃の高温で燃やすことで,ダイオキシンの発生を減少させられるが,こうした高温で焼却出来る施設はまだ少ない。

2.3 環境ホルモン問題

1996年3月に米国で出版されたシーア・コルボーンらの著書“Our Stolen Future”(邦題「奪われし未来」,翔泳社刊)において,生態系における生殖異常の例が数多く報告され,内分泌撹乱作用をもつ化学物質が環境にどの程度存在し,私たちがこのような物質にどの程度曝されているのかなどについて研究を進めていかなければならないことを警告した。

「環境ホルモン」とは,生体の成長,生殖や行動に関するホルモンの作用を阻害する性質を持っている化学物質のことで,正確には「内分泌撹乱化学物質(Endocrine Disrupting Chemicals,あるいはEndocrine Disruptors)」と呼ばれている。

現在,内分泌撹乱化学物質として70種類に及ぶ物質が疑われているが,これらの中には,ダイオキシン類,界面活性剤の成分であるノニルフェノールなど切削油剤と関連する化学物質が含まれている。

2.4 環境マメジメントISO14000シリーズ

1992年の地球サミットの前後から,「持続可能な開発」の実現に向けた手法の一つとして,事業者の環境マネジメントに関する関心が高まってきた。ICC(国際商工会議所),BCSD(持続可能な開発のための経済人会議),EUなど,様々な組織で検討が開始された。

こうした動きを踏まえて,ISO(国際標準化機構)では,1993年から環境マネジメントに関わる様々な規格の検討を開始した。これがISO14000シリーズと呼ばれるものである。

ISO14000シリーズは,環境マネジメントシステムを中心として,環境監査,環境パフォーマンス評価,環境ラベル,ライフサイクルアセスメントなど,環境マネジメントを支援する様々な手法に関する規格から構成されている。

2.5 海外の規制(表1

(1)ELV指令(End-of-Life Vehicles)
 ELVとは,使用済み自動車・廃車のこと。指令の内容は,2007年1月以降の新規販売車両について,鉛,水銀,六価クロム,カドミウムの使用が原則禁止される。使用済み自動車から発生する,廃棄物による環境汚染の防止を目的としている。

 また,使用済み自動車の処理コストをユーザー負担とせず,全額または多くを自動車メーカーの負担とし,使用済み自動車の回収・解体・リサイクルまたは処理を適切に行うシステムを作ろうというもの。

(2)RoHS指令(Restriction of the use certain Hazardous Substances in electrical and electronic equipment)
 RoHS指令とは,電気・電子機器に含まれる特定有害物質の使用制限で,2006年7月1日からEU市場に投入される電気・電子機器が,鉛,水銀,六価クロム,カドミウム,ポリ臭化ビフェニル(PBB),ポリ臭化ジフェニルエーテル(PBDE)を含有することを禁止している。廃電気・電子機器の3R推進を目的として2005年8月に発令された「WEEE(ダブルトリプルイー)指令」と対になる。

(3)WEEE指令(Waste Electrical and Electronic Equipment)
 WEEE指令は,電気・電子機器廃棄物に係わる指令であり,その内容は廃棄電気・電子機器の環境汚染に対する予防が最優先項目となっている。廃棄物の処分を減らすための3R(Reduce,Reuse,Recycle)を目的としている。この指令は,2005年に適用され,各メーカーが費用負担を行い,それ以前に販売された製品に関しては,コストが発生した時点のシェアなどによって回収,リサイクル費用負担を行う。電気・電子機器における特定有害物質の使用制限を目的とする「RoHS指令」と対になる。

(4)Reach(Registration, Evaluation and Authorization of Chemicals)
 2007年にEUで施行され,2008年に運用開始予定の化学物質に関する新たな規制のこと。EUで流通する製品に含まれる,約3万種類の化学物質の毒性情報などの登録・評価・認定を産業界に義務付ける。これは安全性が確認されていない化学物質を市場から排除していこうという考え方に基づいている。

(5)GHS(Globally Harmonized System of Classification and Labelling of Chemicals)
 2003年7月に国連からGHSという化学品の分類及び表示に関する世界調和システムの勧告がなされた。GHSは世界的に統一されたルールに従って,化学品の危険有害性の種類と程度によって分類し,その情報を一目で分かるようにラベル表示及びMSDSを提供したりするシステムである。

 GHSの目的は,化学物質及び混合物に固有の危険有害性を特定し,危険有害性に関する情報を取り扱い関係者(消費者,労働者,輸送担当者,緊急時対応職員など)に伝え,人の健康と環境保護の強化を図ろうとするものである。

表1 EUにおける化学物質規制
ELV指令(使用済み自動車に関するEU指令) 自動車のリサイクルに関する指令。2007年1月以降に販売される自動車は原則として,Cd,Pb,Hg,Cr6+の使用が禁止される。
RoHS指令(電機・電子機器に含まれる特定有害物資の使用制限に関するEU指令) 2007年7月以降に販売される新しい電機・電子機器にCd,Pb,Hg,Cr6+,PBB(ポリ臭化ビフェニル),PBDE(ベンタ臭化ジフェニル)の使用が原則禁止される。
Reach(化学物質の登録及び評価と許可) 2008年に運用開始予定の化学物質に関する新たな規制。EUで流通する製品に含まれる化学物質の毒性情報などの登録・評価・認定を産業界に義務付ける。

3. 環境対応型切削油剤の動向

3.1 塩素フリー油剤

塩素化パラフィンに代表される塩素系極圧添加剤は,コストパフォーマンスに優れる添加剤として不水溶性・水溶性切削油剤に多用されてきた。しかし,塩素化合物を燃焼した際に発生が懸念されるダイオキシン問題の提起,ダイオキシン法の制定を受け,塩素系極圧添加剤に替わる新たな化合物や合成潤滑剤などの探索,既存の硫黄系添加剤などとの併用により塩素フリー油剤が開発された。現在塩素フリ―化率は90%を超えているが,工具材質やコーティング皮膜の開発もあり,近い将来には塩素系切削油剤は姿を消すものと推測される。

3.2 窒素フリー油剤

水溶性切削油剤中には,主要な構成成分として窒素化合物が含まれている。水溶性切削油剤に含まれる代表的な窒素化合物はアミン(アルカノールアミン類)であり,アミンはクーラントのさび止め性,腐敗防止,pH維持などや界面活性剤(乳化剤)としての役割も担う非常に重要な成分である。アミン以外にも防腐剤,防食剤,界面活性剤などとして窒素化合物が使用されている。

これらの窒素化合物は廃液を処理する際,化学的,物理的処理では処理が難しく,排水中のCOD,BOD値の問題や,河川の富栄養化などの環境への負荷を及ぼす。また,廃液を焼却処理する場合には,窒素酸化物(NOx)を生成する可能性がある。

このため,アミンを含まないアミンフリー油剤や窒素化合物を含まない窒素フリー油剤が開発されている。アミンフリー油剤,窒素フリー油剤は低COD・BOD,非鉄金属(アルミニウム,マグネシウム,銅など)に対する影響が小さいなど好ましい特性も多いが,反面さび止め性,耐腐敗性などは従来型の油剤には及ばないところもあり,これらの改善が今後の課題となる。

3.3 PRTR対応油剤

PRTR法で指定された化学物質は使用禁止されているわけではないが,環境負荷が大きいので使用しないことが望まれる。

切削油剤には表2に示したような指定物質が腐敗防止,さび止め性・pH維持性付与,乳化剤などの目的で使用されていた。しかし,現在は各油剤メーカーともにこれら指定物質を含まない製品を開発し市場展開している。

表2 切削油剤に関連する第1種指定化学物質
政令番号
化学物質名
16
2-アミノエタノール
109
2-(ジブチルアミノ)エタノール
160
2-(ジノルマルブチルアミノ)エタノール
304
ホウ素及びその化合物
307
ポリオキシエチレンアルキルエーテル(炭素数12~15)
308
ポリオキシエチレンオクチルフェニルエーテル
309
ポリオキシエチレンノニルフェニルエーテル
346
モリブデン及びその化合物

3.4 その他の環境対応方法

i)ロングライフクーラント,シンセティッククーラント
 環境負荷を低減する手法として,廃油・廃液の削減も有効な手段の一つである。この観点から長寿命型のクーラント,シンセティッククーラントの開発が進められている。このようなクーラントは,従来の油剤に比べ耐腐敗性に優れ,更液周期を延長することが出来るので,環境負荷の低減が可能になる。

 シンセティック油剤とは「鉱物油などの天然成分の代わりに化学合成された潤滑成分(合成潤滑剤)を適用した油剤」と定義される。必要な特性に合わせて各種の合成潤滑剤を選択出来ることから,それぞれの特長を生かした製品が開発されている。耐腐敗性に優れ,機械周りが汚れにくいといった特長を有している。

ii)ドライ加工,MQL加工
 機械加工現場では,高能率,高品質を目指し大量の切削油剤が使用されてきた。しかし,昨今の環境問題から,大量消費が問題視されるようになってきた。そのため,工作機械メーカーや機械加工現場においては,ドライ加工や極微量(数~数十mL/h程度)の切削油剤をミスト供給して使用するMQL(Minimal Quantity Lubrication)加工の実用化が検討され,実用化されている。しかし,これらの加工では切りくず処理,冷却性の問題,ミストによる健康障害に対する懸念など解決すべき課題も多い。

4. 今後の展望と課題

オゾン層破壊,地球温暖化・砂漠化の促進,異常気象など地球規模の環境変化が顕著になるに従って,人々の環境に関する関心が高まってきている。その結果,「地球に優しい」,「環境に優しい」というキャッチフレーズの製品がもてはやされる傾向にある。切削油剤の分野においても,環境負荷の更なる低減を目指した製品やシステム開発は不可欠の課題といえる。環境負荷物質そのものの削減はもちろんのこと,環境への排出を抑制する手段となる更なる長寿命化の実現や3Rに適した製品の提案などもその一つである。

廃棄物ゼロを目指した新しい切削油剤の開発は油剤メーカーに課せられた使命だが,物資の使用規制は切削油剤の基本特性の維持を困難にする側面を有しており,その意味では,ハードを含めた加工システムの開発も必要になると思われる。

 

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