使用グリース分析による潤滑状態の把握 | ジュンツウネット21

使用グリースの分析について実例を交えて述べる。

協同油脂株式会社 並木 実  2008/6

はじめに

グリースは,基油(潤滑油),増ちょう剤,添加剤から構成される。これらの成分の組み合わせや配合割合により,異なる性質や特徴を有する様々なグリースを得ることができる。そして,これらのグリースは製鉄設備,建設機械,家電,自動車,鉄道など様々な分野の重要な潤滑個所に使用されている。近年,これら用途の機械や設備の小型,軽量化および高性能化により,グリースの使用条件はさらに厳しくなっており,グリースへの要求は年々厳しくなってきている。

これらの要求に対応するグリースを提供するためには,実際に使用されているグリースの状態を調査し,どのような潤滑状態であったか把握することが重要な要素の一つである。ここでは,使用グリースの分析について実例を交えて述べたい。

1. 使用グリース分析の目的と意義

使用グリースを見て,その劣化状態から,「このグリースは寿命ですか」,「あとどのくらい使えますか」と問われることがしばしばある。しかし,グリースそのものには寿命というものは存在せず,潤滑している機械部品が寿命に至ったときが,そのグリースの潤滑寿命となる。これはグリースが同じように劣化した場合でも,ある機械部品は潤滑寿命に至ってしまうのに対し,別の機械部品はまだ十分に使用できる場合がよく見られることに示される。また,機械部品によりその寿命となる損傷形態や原因も異なるからである。したがって,使用グリース分析の目的は,まず機械部品の潤滑状態の把握を行うこと,そして,その機械部品特有の寿命に対してこれに関わる点を調査し,潤滑寿命に対する考察を行うことである。

このような観点から,潤滑状態の把握は,主に機械部品材料の摩耗粉の定量を行う。材料が鋼であれば鉄分,黄銅製保持器を有する転がり軸受の場合は銅分,樹脂材料の場合は樹脂成分がグリース中に含まれるため,この成分分析を行い摩耗の状態を把握する。また,同様の分析で,錆やフレッチングなど,その用途特有の損傷に対して現状を調査する。

もう一つの目的は,グリースの劣化状態を見ることである。すなわち,何故上記の潤滑状態になったかをグリースの劣化状態を調査し考察する。このグリースの劣化状態の中では,ちょう度が最も重要な分析項目である。グリースは半固体状物質であり,図1に示すように,グリースが軟化・液状化や硬化・固化に至れば潤滑部にグリースが供給されなくなり,油膜が形成できず,潤滑寿命に至ってしまうからである。

グリースの潤滑寿命のプロセス

図1 グリースの潤滑寿命のプロセス

そして,このちょう度が何故このようになったかを必要に応じて,物理的要因(残油分や電子顕微鏡観察による増ちょう剤構造変化),化学的要因(赤外分光分析による酸化劣化),異物の混入(水分や,赤外分光分析による他物質混入)の分析を行い,調査する。

最近では,この点に着目した転がり軸受の潤滑寿命とグリースの劣化過程の研究が報告されている*1,*2。これらの分析で,ちょう度がこのようになった理由すなわち潤滑状態がこのようになった理由と,この潤滑個所の特異な環境や苛酷さを推察するのである。このような使用グリースの主な分析項目を表1に示す。

表1 使用グリースの分析項目と内容
分析項目
内容
潤滑状態 鉄分(材料の摩耗) 材料の摩耗粉量を定量分析することで,潤滑状態の把握を行う。鉄系材料の場合,鉄分。黄銅系材料の場合は銅分などの元素の定量分析を行う。摩耗粉量が少ないか多いか(潤滑状態が正常か何か異常があるか)は,その潤滑部品により異なる。
グリースの劣化状態 ちょう度 半固体状であるグリースの硬さ。グリースはこの半固体状であることで,たれ落ちしない,潤滑部へ流入するなどの特徴を有する。極端な硬化,軟化は,潤滑部への流入不足や漏洩から潤滑寿命に至るため,この変化は重要である。
外観 色,臭気,水,金属分などの異物の混入度合いを観察し,新グリースに比べ極端な変化が見られるか調査する。鉄分の混入によりグリースは黒色化したり,水分の混入によりグリースが乳化したり,遊離水が認められることがある。
残油分 グリース中の約80%以上は基油である。この油分の極端な減少により,グリースの硬化につながる。
透過型電子顕微鏡観察 グリースの半固体状を形成する増ちょう剤の切断,凝集などの変化を観察する。増ちょう剤繊維構造の変化は,ちょう度変化の要因となる。
赤外分光分析   試料物質に赤外線を照射し,その吸収から試料の構造を解析する。使用グリース分析では,グリースの酸化劣化,グリースの化学変化,水や酸化鉄,他物質の混入などが分かる。
水分 外部から混入した水分を定量する。水のかかる環境下で使用されるグリースでは必須項目。水の混入により,油膜形成の阻害,機械部品の錆や腐食,増ちょう剤の破壊などが懸念される。

2. 使用グリース分析の実例

以下に使用グリース分析の実例を挙げて説明する。

2.1 製鉄設備用使用グリース分析

製鉄設備には軸受起因のトラブルが多い*3。特に,連続鋳造設備(以下,連鋳機と呼ぶ)のセグメントロールの軸受は高温,高荷重,極低速回転,そして多量の冷却水がかかるといった過酷な条件下で使用されていることから,連鋳機におけるトラブルの大半を占めている*4。

近年,連鋳機のセグメントロールの軸受には,これらの過酷な条件下に耐え得るウレアグリースが用いられており*5,*6,潤滑剤としての改善*7がなされている。しかし,軸受寿命を全うする以外での軸受廃却率は0%となっていないのが現状であり,使用グリース分析からの潤滑状態の把握が重要となっている。

表2はある製鉄所における連鋳機のセグメントロールの軸受に使用されたグリースの分析結果の実例である。連鋳機は上述した通り過酷な条件下で操業されている。潤滑状態としては軸受の摩耗,発錆が懸念されるため,鉄分(摩耗粉または錆の混入)を確認する必要がある。また,軸受の発錆有無は,実際に現物を観察し確認をすることも必要である。

分析事例(1)において,鉄分は0.04%と小さく,潤滑状態は良好であり問題はない。

これに対して,分析事例(2)は鉄分が6.2%と非常に多く検出されており,軸受の観察結果からは錆が確認された。赤外分光分析や光学顕微鏡観察からも酸化鉄が認められたことから,この鉄分は軸受の錆が原因と推察される。

分析事例(3)では鉄分が1.8%と多く検出されており,同時に行った金属分析で,軸受鋼起因と考えられるクロム分が0.02%検出されていることから,この鉄分は軸受の摩耗と考えられる。グリースのちょう度変化は少なく,赤外分光分析から酸化劣化は認められないが,水分の分析から水が10%検出された。したがって,この摩耗は,軸受内に混入した水が油膜形成を阻害したことによるものと推察される。

また,分析事例(4)では,鉄分が5.4%と非常に多く検出されたが,クロム分は0.01%しか検出されなかったため,この鉄分は軸受の摩耗粉が主体でないことが分かる。光学顕微鏡観察などから,この鉄分は,主に鉄のスケールが外部から混入したものと推察された。これら水やスケールの混入からは,軸受シールの損傷などが考えられ,設備の点検の必要性を喚起した。

表2 使用グリース分析結果
 
使用グリース
新グリース
分析事例(1)
分析事例(2)
分析事例(3)
分析事例(4)
鉄分(mass%)
0.04
6.2
1.8
5.4
混和ちょう度
360
368
370
344
350
外観
褐色粘ちょう状
黒褐色粘ちょう状
灰褐色粘ちょう状
黒褐色粘ちょう状
淡褐色粘ちょう状
赤外分光分析 酸化劣化の吸収は認められない。 酸化劣化の吸収は認められない。
酸化鉄の混入が認められる。
酸化劣化の吸収は認められない。 酸化劣化の吸収は認められない。
水分(mass%)
0.20
16
10
1.7
クロム分(mass%)
0.02
0.01
軸受外観状態観察
異常なし
発錆が認められた
異常なし
異常なし

これらの分析事例のように,使用グリース分析によって機械部品の異常が感知されれば,事前に点検し,様々な対処を取ることが可能となり,トラブルを回避できるのである。

2.2 鉄道用使用グリース分析

近年,鉄道車両主電動機は誘導電動機化による高速化,保守期間延長の要求から,潤滑剤であるグリースの役割は大きくなっている。これに伴い,鉄道車両における主電動機軸受用グリースについても,劣化とその判定法*8や劣化過程*9の研究が報告されている。使用グリースの分析は,表3に示す鉄道総合研究所殿が定めた項目と管理基準値*9を考慮して判定する。このうち潤滑状態を把握する上で,円筒ころ軸受の黄銅製保持器の摩耗を判定する銅分が重要である。転動体より軟らかい材料である黄銅製保持器の摩耗は設計上のものであり,軸受の使用には問題がないが,何らかの異常の起こり始めを感知できる。

表3 分析方法と管理基準値*9
項目
試験方法
主電動機用グリース管理基準値
金属分 ICP法
鉄分 0.5%以下
銅分 0.3%以下
ちょう度 拡がり法
150~350
油分離率 n-ヘキサン抽出法
30%以下
オレイン酸酸価 赤外分光分析法
5%以下
酸化防止剤残存量   赤外分光分析法
規定なし

図2*9は,鉄道車両主電動機の円筒ころ軸受における使用グリースのちょう度と油分離率の関係を表したものである。これらは銅分がいずれも0.1%以下と小さく,潤滑上は異常のないグリースであるが,グリースの硬化は走行距離に対応した遠心力起因の油分離によることが示されている*9。実際に銅分が増加したグリースは,一段と硬化が進んでおり,残油分が少なくなっているのに加え,酸化防止剤残存率から割り出した平均使用温度が高いことが分かる。すなわち,高温で離油が促進され,グリースが硬化,グリースの供給が不足するようになって黄銅製保持器の摩耗が始まったという構図が描ける。

Relation of Penetration vs.Oil Separation

図2 Relation of Penetration vs.Oil Separation*9

おわりに

これまで述べてきたように,使用グリース分析は,機械部品の潤滑状態の把握と,何故そのような状態になっているかを推定し,把握することができるため,物言わぬ機械の代弁者として,地味ではあるが非常に重要な役割を担っている。

最近,潤滑剤の使用環境はますます厳しくなってきており,これを満足させるために,グリースの性能に負うところが大きくなっている。我々グリースメーカーにとっては,これら使用グリース分析の結果を考慮しながら,グリースの性能を高め,目的に応じたグリースを提供していくことが常日頃からの課題である。

 
<参考文献>
*1 日本潤滑学会鉱油系グリースの寿命とその劣化過程に関する研究会:“鉱油系グリースの寿命とその劣化過程に関する共同研究” トライボロジスト,第37巻,第8号(1992),619-623
*2 大貫 裕次:“A Fundamental Study on Degradation Process of Urea Greases Based on Synthetic Fluids” NLGI SPOKESMAN, VOL.70,NO.3,JUNE(2006),17-23
*3 岡本 謙:“使用環境改善による軸受の信頼性向上” メインテナンス,No.243 WINTER(2005),36-41
*4 瀬良 泰三,佐藤 裕二,岡本 謙,中島 聡:“連続鋳造設備の高信頼性技術” JFE技報,No.11,4(2006)
*5 遠藤 敏明,木村 浩,森内 勉:“ウレア系グリース増ちょう剤OUDMの構造解析” トライボロジスト,第35巻,第5号(1990),343-348
*6 遠藤 敏明:“Current Trends in Diurea Greases in Japan” ELGI EURO GREASE, November/December(1997),25-40
*7 並木 実,鹿子島 毅:“Development of Grease for Continuous Casting Machines-Achievement in Bearing Life Extension” NLGI SPOKESMAN, VOL.71,NO.6,SEPTEMBER(2007),27-36
*8 鈴木 八十吉:“使用グリースの劣化とその判定法” 潤滑,第15巻,第7号(1970),439-453
*9 大澤 久幸,岡庭 隆志:“Lubrication of Japanese Bullet Train Traction Motor” NLGI SPOKESMAN, VOL.62,NO.10,JANUARY(1999),22-27
 

最終更新日:2017年11月10日