1.求められる有害化学物質の削減
特定フロン,1,1,1-トリクロロエタン(以下エタン)全廃を成し終えた日本の産業用洗浄の現場では,「PRTR法(化学物質排出把握管理促進法)」で「第一種指定化学物質」に定められた有害性の高い化学物質の削減に取り組んでいる。「ISO14000認証取得」や「グリーン調達」に積極的に取り組む企業が増加し,「環境報告書」を発刊する企業も広がっている。中小企業が主体の部品製造業の洗浄現場においてもその傾向が顕著に現れている。
1.1 洗浄現場のPRTR法指定物質
現在,金属加工油の脱脂洗浄で最も多く使われている洗浄剤は,不燃物であり洗浄力・乾燥性に優れ,洗浄設備も安価なトリクロロエチレンや塩化メチレンなどの塩素系溶剤である。しかし,これら塩素系溶剤はPRTR法で第一種指定化学物質に定められているだけでなく,「有機溶剤中毒予防規則」,「大気汚染防止法」,「水質汚濁防止法」等多くの規制を受けることから,優先的削減物質として掲げる企業が多くなっている。
一方,これまで環境適用型といわれてきた代替洗浄剤の中にもPRTR法の指定化学物質を含む物がある。また,2004年度から届出の対象事業者が「年間取扱量5t以上」から「1t以上」に変更になっている。
これらの化学物質を使用する企業には,使用方法や管理方法が適正であること,排出量が基準内であることに加えて,情報開示や地域住民とのリスクコミュニケーションが強く求められていることから,ISO14000の認証を取得している企業や準備中の企業は,指定化学物質を含まない代替洗浄剤への転換を急ピッチに進めている。
1.2 新たな課題として課せられた揮発性有機化合物(VOC)の排出抑制
2004年2月,中央環境審議会は,浮遊粒子状物質(SPM)および光化学オキシダントによる大気汚染の防止を図るため,これらの原因物質の一つである揮発性有機化合物(VOC)の排出抑制のあり方について意見具申を行い,工場・事業場等の固定発生源からのVOC排出を抑制するための「大気汚染防止法の一部を改正する法律案」が提出され,5月19日(水)原案のまま成立し,5月26日(水)公布された。
法案の概要は,(1)法規制と事業者の自主的な取組との適切な組み合わせ(ベスト・ミックス)による効果的なVOCの排出抑制という考え方を,初めて法律に位置づける。(2)法規制の対象施設(VOC排出施設)に対して,排出口における排出濃度基準の遵守を義務付ける。(3)VOC排出施設の設置について,都道府県への届出を義務付ける。(4)法規制は,VOCの排出量が多い施設を対象とする。この場合,事業者の自主的な取組が促進されるよう十分配慮する。法規制の対象となる具体的な施設としては,以下の6つの施設類型を念頭に置いて検討することとされている。
- 塗装施設及び塗装後の乾燥・焼付施設
- 化学製品製造における乾燥施設
- 工業用洗浄施設及び洗浄後の乾燥施設
- 印刷施設及び印刷後の乾燥・焼付施設
- VOC(ガソリン等)の貯蔵施設
- 接着剤使用施設及び使用後の乾燥・焼付施設
今後の予定としては,(5)改正法の公布後2年以内の政令で定める日から施行する。 (6)VOC排出施設(規制対象施設)の指定や排出基準の設定等については,改正法の公布後,中央環境審議会大気環境部会等において検討を行うとされており,現時点では,猶予期間や対象事業者については明示されていない。
上述考えに沿って具体的施設の選定,施設ごとの裾切り指標及びその数値,排出濃度基準値等の政省令の内容を決めるための,具体的なデータ取得を目的として対象施設でのVOC排出濃度実測調査が,8月上旬から開始される予定である。
削減目標は,我が国全体の固定発生源から排出されるVOC排出量を2000年度に比し3割程度削減することが一つの目標と考えられている。
なお,現時点でのVOC規制の対象物質は,メタンを除く揮発性有機化学物質となっている。
表1 工業用洗浄剤に含まれるPRTR法指定化学物質の例 (日本産業洗浄協議会調べ)
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〈資料-1〉大気汚染防止法改正の概要
I 改正大防法(VOC排出抑制制度)の概要
(1)VOC(揮発性有機化合物)の定義
揮発性有機化合物とは,大気中に排出され,又は飛散した時に気体である有機化合物(浮遊粒子状物質及びオキシダントの生成の原因とならない物質として政令で定める物質を除く。)
(2)規制対象施設(揮発性有機化合物排出施設)
揮発性有機化合物排出施設とは,工場又は事業場に設置される施設でVOCを排出するもののうち,その施設から排出されるVOCが大気の汚染の原因となるものであって,VOCの排出量が多いためにその規制を行うことが特に必要なものとして政令で定めるもの
※上記「政令」は,事業者が自主的に行うVOCの排出・飛散の抑制のための取組が促進されるよう十分配慮して定める。
(3)施策等の実施の指針
VOCの排出・飛散の抑制に関する施策その他の措置は,排出規制と事業者が自主的に行う取組とを適切に組み合わせて効果的な排出・飛散の抑制を図ることを旨として実施されなければならない。
(4)規制の内容
- 排出口濃度規制
排出基準は,揮発性有機化合物排出施設の排出口から大気中に排出されるVOCの濃度について,施設の種類及び規模ごとの許容限度として,環境省令で定める。 - 施設の届出義務
都道府県知事(又は政令で定める市の市長)に揮発性有機化合物排出施設を届け出る。 - 計画変更命令
都道府県知事は,届出された施設が排出基準に適合しないときは,その届出を受理した日から六十日以内に,施設の構造の変更等を命令。 - 排出基準の遵守義務
揮発性有機化合物排出施設からVOCを大気中に排出する者(揮発性有機化合物排出者)は,排出基準を遵守しなければならない。 - 改善命令
揮発性有機化合物排出者施設から排出されるVOCの濃度が排出基準に適合しないと認めるときは,揮発性有機化合物排出施設の構造の改善等を命令。 - 濃度の測定義務
揮発性有機化合物排出者は,環境省令で定めるところにより,濃度を測定しその結果を記録しておかなければならない。
(5)事業者の責務
事業者は事業活動に伴うVOCの大気中への排出・飛散の状況を把握するとともに排出又は飛散を抑制するために必要な措置を講ずるようにしなければならない。
(6)国民の努力
何人も,日常生活に伴うVOCの大気中への排出・飛散を抑制するように努めるとともに,製品の購入に当たってVOCの使用量の少ない製品を選択すること等によりVOCの排出・飛散の抑制を促進するよう努めなければならない。
(7)緊急時の措置
都道府県知事は,大気の汚染が著しくなり,人の健康又は生活環境に係る被害が生ずるおそれがある場合として政令で定める場合(オキシダント注意報レベル)に該当する事態が発生したときは,その事態を一般に周知させるとともに,揮発性有機化合物を排出し,若しくは飛散させるものであって,大気の汚染をさらに著しくするおそれがあると認められるものに対し,揮発性有機化合物の排出・飛散の量の減少について協力を求めなければならない。
〈資料-2〉中央環境審議会「揮発性有機化合物(VOC)の排出抑制のあり方について(意見具申)の骨子」(2004年2月3日に中央環境審議会大気環境部会において取りまとめ)
1.VOCの排出抑制の必要性
(1)浮遊粒子状物質及び光化学オキシダントに係る大気汚染の状況は依然として深刻。
(2)自動車NOx・PM法の基本方針では「2010年度までに3大都市圏において浮遊粒子状物質に係る環境基準をおおむね達成する」という目標を設定。
(3)オキシダントについては,注意報等がしばしば発令。これを一定程度改善することが当面の課題。
(4)自動車排出ガスについては,1974年以来,炭化水素(主要なVOC)の排出規制を数次にわたって強化。
(5)欧米各国でも,90年代半ばまでには,VOCを法で規制。
2.VOCの排出抑制の目標と時期
(1)VOC排出総量を2010年度比で3割程度削減するのが一つの目標。
(2)目標の達成期限は,自動車NOx・PM法基本方針の目標を勘案して,2010年度を目途とする。
3.VOCの排出抑制制度
(1)法による規制と事業者の自主的取組とを適切に組み合わせた手法により,効率的にVOCの排出抑制を実施する。
(2)法規制は基本的シビルミニマムなものとする。すなわち,一施設当たりのVOCの排出量が多く,地域環境への影響も大きい施設に,法規制を適用。具体的には,以下の6種類の施設類型を念頭に置いている。
- 塗装施設及び塗装後の乾燥・焼付施設
- 化学製品製造における乾燥施設
- 工業用洗浄施設及び洗浄後の乾燥施設
- 印刷施設及び印刷後の乾燥・焼付施設
- VOCの貯蔵施設
- 接着剤使用施設及び使用後の乾燥・焼付施設
(3)規制方法については,排出口における排出濃度規制を適用するとともに,施設の設置を自治体に届け出る制度を設けるため,所要の法整備を図る。
(4)規制対象以外からのVOCの排出については,事業者の自主的取組による創意工夫を尊重して,費用対効果が高く,柔軟な方法で排出削減を行う。
2.産業用洗浄剤のVOC排出抑制の現状と問題点
「1999年度 洗浄剤販売量」及び「洗浄剤の将来予測」については,財団法人地球環境産業技術研究機構新規冷媒等プロジェクト室からの受託事業として日本産業洗浄協議会が調査を行っている。洗浄剤販売量の調査結果は,調査時期がフロン・エタン代替洗浄事業に一定の決着をみた時点であるものの,特に中小企業領域とされる金属部品加工の脱脂洗浄においては,トリクロロエチレンや塩化メチレンなどの塩素系溶剤への回帰傾向を特徴としている。しかし,洗浄剤の将来予測では,塩素系溶剤は減少傾向にあると予測され,その代替洗浄剤としては炭化水素系洗浄剤へのシフトが示されている。実際に,当該分野で使用されている塩素系溶剤は減少傾向にある。
また,最近は排出抑制技術の展開も活発である。特に炭化水素洗浄装置は,密閉容器下での減圧蒸気洗浄を特徴とする「真空乾燥」が普及しており,旧来の「熱風乾燥」に比して顕著な排出抑制(推定1/10以下)を達成している。なお,それぞれ事情は異なるが,全ての産業用洗浄剤は大気への排出量は抑制傾向にあると言っても過言ではない。それぞれの特徴を以下にコメントする。
(1)塩素系溶剤
大気汚染防止法などの各種規制遵守及び企業の自主削減により,洗浄設備外への排出を抑えるための改造を施す企業が増えている。また,国産の洗浄機はその機能がより高く設計されており,洗浄機の更新=排出抑制の関係にある。
(2)炭化水素系洗浄剤
洗浄メカニズムから言って,安定した品質管理のためには蒸留再生機の設置が必須条件となり,その蒸気を利用した蒸気洗浄/真空乾燥技術が確立された。価格的に割安感のある機種が増えたことからも急速に普及し,1990年代後半には温風乾燥システムの洗浄機を逆転し,現在の新規導入洗浄機の6~7割以上が蒸気洗浄となっているものと推測される。
(3)フッ素系洗浄剤
揮発性が高く,高価であるため,ランニングコスト低減を目的に密閉構造の洗浄機で使用されるのが一般的である。
(4)臭素系洗浄剤
1‐ブロモプロパンは,暴露基準が25ppm以下と定められていることから,作業者が暴露しないように専用の密閉構造式洗浄機で使用するように,洗浄剤メーカーがユーザーに求めている。
表2 需要分野別・VOC成分別使用量の推計結果
注:標準VOC 含有率は水系洗浄剤は20%,準水系洗浄剤は90%と設定した。 |
エタン・フロン代替として開発された産業用洗浄剤は,使用する洗浄機を新設する必要があることから,上述の通り,結果的に VOC排出抑制につながっている。しかしながら,揮発性の高い(=沸点の低い)工業用溶剤を洗浄剤に転用しているものについては,専用の洗浄装置を使用しないケースが多く,排出抑制がなされていない。また,エタン代替で無洗浄化技術として開発された速乾性加工油は,金属加工部品の製造工程において全量が大気中に排出されており,何らかの対策を講じなければならない。
*洗浄剤として転用されている主な工業用溶剤
シンナー,ベンジン,イソプロピルアルコール,ヘキサン,アセトン
3.日本産業洗浄協議会のVOC排出抑制へ取り組み
産業用洗浄剤の選択の際には,「公害防止=エコマテリアル」という観点だけでなく,「再資源化」,「省エネルギー」にも配慮した商品を選び,経済活動との両立を目指さなければならない。日本産業洗浄協議会では,化学物質に本来「悪い化学物質」と「良い化学物質」の区別はないとの観点から「ハザード管理からリスク管理へ」との思想で,化学物質の高度管理技術の確立と啓蒙を行っている。特に2002年からは,新エネルギー・産業技術開発機構(NEDO)のEVABAT(経済的に実行可能な最良利用可能技術)の確立検討に参画しており,2004年度は洗浄現場の塩化メチレンの削減技術のデータベース化に取り組む予定である。
EVABAT評価に基づいたリスク削減とは,洗浄工程で使用する削減対象化学物質の利用状況を把握し,その化学物質のリスクによる評価と対策技術導入にかかるコストを総合的に評価することによって,各事業者の条件に応じた最適な対策技術を抽出するというものである。抽出される対策技術は,個々の状況に応じて変わるため,固定的な技術を定めて推奨するといった考え方ではない点が画期的である。
4.最先端を行く日本の代替洗浄技術
繰り返しになるが,産業用洗浄剤の環境問題は代替洗浄剤だけでは解決できない問題である。それぞれの代替洗浄剤にベストマッチする洗浄機を導入し,作業性や経済性との両立を果たさなければならない。蛇足ではあるが,日本のエタン及び塩素系溶剤からの転換技術は世界の最先端を行っている。2004年度も1月19日から2月27日の日程で行われた有限責任中間法人オゾン層・気候保護産業協議会(JICOP)主催の「オゾン層保護対策・代替技術セミナー」では,専門家の講義や研究所及び工場見学などの研修に,中国,インド,ブラジルなど13ヵ国15名が参加している。
また,途上国支援として韓国や中国から技術供与も求められており,韓国企業への技術指導や,上海で8月26~28日に開催された「2004中国国際洗浄フォーラム及び展示会」で第2回中日洗浄技術交流会を行っている。
表3 1,1,1-トリクロロエタン貿易統計 輸出 単位:トン
出典:クロロカーボン衛生協会調べ |