はじめに
昨今,ドイツの「インダストリー4.0」や,米国企業を中心とした「インダストリアルインターネットコンソーシアム(IIC)」など,IoT(Internet of Things;モノのインターネット)を活用し,自律的な生産活動が行われる「つながる工場(スマートファクトリー)」の実現を目指す動きが,世界的に高まっている.
ICT(情報通信技術)を活用した新たなモノづくりが活発化している時代で生き残るには,工場と工場が工程や生産ラインの単位で柔軟につながることでバリューチェーンを実現する「つながる工場」や,これまでにない効率とスピードでの意思決定が必要となる.
そこで,IoTを活用して,生産管理や品質管理の領域において企業間で連携し合うための仕組みづくりを進めるプラットフォームとして,2015年6月に「インダストリアル・バリューチェーン・イニシアチブ(IVI)」が設立された.本稿では,IVI設立の背景や,ワーキンググループ(W.G.)のこれまでの活動,今後の展望などについて紹介する.
1.IVI設立の背景
IVIは,2015年6月18日(木),法政大学デザイン工学部教授 西岡 靖之 氏を設立発起人の代表として,日本機械学会生産システム部門の「つながる工場」分科会が母体となり設立された.
自動車,電機,精密機械,造船,重機など様々な業種から,136社(製造業94社,非製造業42社),10団体,学術会員16名が参加している,162団体(学術会員を含む),会員数422名の組織となっている(2016年5月31日現在).IVIは,「ゆるやかな標準」というコンセプトのもと,日本の製造業のものづくりが,IoTを活用して他社と「つながる」ことで新たな価値を生み出すのに必要な場を提供している.
生産システムの領域を中心にIoTの活用が進んでいるドイツの「インダストリー4.0」やサービスの領域を中心にIoT化が加速している米国の「インダストリアルインターネットコンソーシアム(IIC)」を,そのまま日本のものづくりに導入することは,日本の製造業にとって困難であったり,必ずしもプラスにならないケースも出てくる.というのも,日本の多くの製造業では,他社と連携する文化が一般的ではなく,工場の内部の仕組みを外部に公開していない.
しかし,こうした習慣を続け閉じた世界だけで取り組みを進めていけば,IoT時代を迎え工場内部の機器やシステムが外部へとつながるようになるグローバルなモノづくりの中では孤立する恐れがある.
そこで,IVIでは,日本の製造業およびモノづくり現場が連携し合える,「ゆるやかな」場の提供を行っている.工場の現場で働く人たちが,自分たちの業務についてオープンにできる部分を持ち寄り,共通の部分を切り出し,標準化する.特に「つながる工場」のための「データ形式」の共通部分を持ち合い,「設備間」,「工程間」,「工場間」,「利用者間」という4つのレイヤーごとにつながった場合のメリットを追求していく(図1).参加している企業がそれぞれメリットを持ち帰り,社内の仕組みの中に取り入れて,実装する.また,そこで得られた成功事例を共有することで,リファレンスモデル(つながる工場の参照モデル)を強化していく.

図1 「つながる工場」事例*1
2.IVIの活動フロー
目的に応じた事業を行うための作業グループとしてワーキンググループが発足すると,活動の内容を表す業務シナリオが策定される.業務シナリオは,それぞれの企業において共通していると思われる現状や課題,解決手段,そして目指す姿を示したものとなる.ワーキンググループは,課題の設定,ソリューションの設定,モデルの具体化,検証・プロジェクトの設置まで最大12ヵ月活動を行い,アウトプットとしてリファレンスモデルを構築する.つながる工場の事例ともいうべきリファレンスモデルは,今後,個別の事情に応じて改編して利用されることを前提としている.実証実験の後は,プロジェクトが設置され,各社の固有の技術を付加してビジネス展開を図っていく.また,業務シナリオにICTツールを実装するためのひな形にあたる「IVIプラットフォーム」を策定していく.プラットフォームを通じて,関連する業務が連携し,必要なデータを伝えることが可能になる.現在,20のワーキンググループから10個のプラットフォーム候補が選出されている.
3.これまでの活動内容
活動初年度の2015年度からこれまで,20のワーキンググループが結成され,実証実験を行い,その成果を発表してきた(表1).これまで,「IVIシンポジウム-Autumn-」(2015年11月)や,「IVI公開シンポジウム2016-spring-」(2016年3月)にて,ワーキンググループ単体および4セッション(複数のワーキンググループ)の,活動内容・実証実験の成果が発表され,「IVI法人化記念シンポジウム」(2016年6月)にて,7つのワーキンググループの中から「IVIつながるものづくりアワード2016」として優秀な取り組み事例が選出されている.こうした成果の発表と同時に,次なるワーキンググループの設定や実証も行われていく.
表1 ワーキンググループ一覧(2015年度結成)*2,*3,*4
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活動報告は,国内のみならず世界へ向けても行われている.2016年4月,世界最大のBtoB向け産業技術の専門展示会「ハノーバー・メッセ2016」(ドイツ,ハノーバー)にて,西岡理事長により「日本版インダストリー4.0の取り組み」として活動内容が紹介されたほか,「第7回アジアIoTビジネスプラットフォーム」(フィリピン・マニラ)でもIoTの活動内容をアジアへ向けて発信している.
3.1 IVI公開シンポジウム2016-spring-
複数のワーキンググループが連携した成果は,セッションごとに,2016年3月10日(木),虎ノ門ヒルズフォーラム(東京都港区)にて開催された「IVI公開シンポジウム2016-spring-」にて発表された.
【セッション1】
つながる工場のネットワークの実現によって,設備,調達,生産,販売,物流,サービスの分野で,以下の点で企業同士が連携する姿が見えた.
- 設備トラブル情報を企業間でつなぎ,経験値を共有することで素早い改善アクションが可能になる
- 遠隔地のアフターサービスがリモート化され,スピードアップする
- 中小企業同士が1つの企業のようにつながり,モノづくりを充実させる
- 物流情報をクラウドサービスで安く,早く在庫をコントロールできる
- サプライチェーンのトラブルに各企業が素早く対応できるようになる
【セッション2】
IoTやクラウドを活用した新たな生産ラインマネジメントに取り組んだ.生産設備のデータ収集,寿命監視,故障予知およびトラブル復旧に向けた運用シミュレーションについて実証実験の成果が報告された.
【セッション3】
設計,製造,サプライヤー,顧客をつなぐプラットフォームに関する課題解決について,企画設計と生産準備間が連携する「BOM連携」,生産準備と生産がつながる「設計変更」,販売・物流と顧客間が連携する「個別受注」,サプライヤーと調達がつながる「需要と調達」,調達と生産の間の「生産連携」の5つのテーマに取り組んだ.
【セッション4】
現場起点・人が中心という視点で,ものづくりの流れと業務の流れをつなげる取り組みを行った.ライン作業員・管理者・保全員・品証・生技の業務の革新について取り組み内容が発表された.IoTを使ったロボットの利活用,生産設備の稼働状況を見える化し無駄を削除する,データ連携による品質保証(不良品の早期発見,未然防止),人と設備の共働工場における働き方の標準化(匠の技術のデジタル化),実績データによる製造知識の獲得に取り組んだ.
3.2 IVI法人化記念シンポジウム
2016年6月17日(金),東京ビッグサイト(東京都江東区)にて「IVI法人化記念シンポジウム」が開催された.同シンポジウムは,ものづくりのこれからを見据えた新たな取り組みを着実に実施していくために,「一般社団法人インダストリアル・バリューチェーン・イニシアティブ」として再出発することを記念して実施され,「IVIつながるものづくりアワード2016」の表彰および受賞ワーキンググループによるプレゼンテーションが行われた.20のワーキンググループがリファレンスモデルの作成を行い,一次審査結果を勝ち抜いた7つのワーキンググループの中から,最優秀賞,優秀賞(4件),特別賞(2件)が選出された.以下に,受賞したワーキンググループと,その活動内容を紹介する.
【最優秀賞:「中小企業を中心とするつながる町工場」(今野製作所ほか9社)】
町工場同士の連携を試みた.小規模企業向け情報連携ソフトウェア「コンテキサー」を基盤に,金属加工業3社が,引き合い情報を共有し,役割分担や納期を素早く検証し,不得手な領域を補い合う.
【優秀賞:「人と設備の共働工場における働き方の標準化」(トヨタ自動車ほか6社)】
工作機械にセンサーをつけ,機械加工の良品条件を計測し,データベースに取り込む.これにより,低スキルの作業者でも難しい加工を再現できる.こうして,優れた技能者がもつ「匠の技」のデータベース化を図った.
【優秀賞:「想定外の状況に対応可能なMES」(デンソー,他10社)】
想定外の事象が発生した場合,変更情報の共有・影響の特定・生産指示を即座に行える仕組みを作るため,量産直前で仕様変更が発生した場面を想定して業務シナリオを作成する.仕様変更に対する納期回答を行う際に発生する関係部門との調整を,仮想大部屋で効率化し,そこで確定した変更後の設計・生産技術・品質データがMESのインプット情報となる仕組みを構築することで,想定外の状況に対応できるMESを実現する.
【優秀賞:「現物データによる生産ラインの動的管理」(パナソニック,横河電機他11社)】
現状では最適と思われる生産プロセスが生産技術者や製造の暗黙知により決められていることも多い.また,人や設備がボトルネックとなり,生産のパフォーマンス低下がみられるケースもある.こうした現状の解決を目指して,理想とする生産ラインの状態を動的管理で維持するため,人間の活動を含めた計画・実行業務のシナリオを具体化.
【優秀賞:「企業を超えて連携する自律型MES」(小島プレス工業ほか9社)】
ソフトバンクの人型ロボット「ペッパー」などを活用し,設備の稼働状況をカメラで,現場責任者と発注側に伝え,情報共有を促す仕組みの実証実験を行っている.
【特別賞:「設備ライフサイクルマネジメント」(矢崎部品,他6社)】
製造設備の導入から廃棄までのトータルコストパフォーマンスの向上を目的とする.生産工程を構成する設備間に寿命差がある場合や,設備寿命と製品寿命に差がある場合など設備ライフサイクルにおける課題を検討.IoT活用などによって新たな価値を作る設備ライフサイクルマネジメントの手法を検討し,課題解決のための提案を行う.
【特別賞:「保全データのクラウド共有とPDCA」(NECほか7社)】
設備の表示器をウェブカメラで撮影し表示内容をデータ化することで,各設備の状況をクラウドで共有し,現場の外から監視できる仕組み.古い設備もIoT対応にすることができる.
4.2016年度の活動
2016年度は,「ビジネス連携支援」,「ゆるやかな標準化」,「プラットフォーム整備」,「ご当地版!IVIセミナー」,「イベント・シンポジウム」,「海外パブリシティ」といった事業を行っていくほか,「業務シナリオ集」,「連携の手引き」,そして「『つながる工場』に関するホワイトペーパー」といったIVIの活動を伝える報告書の提供も行っている.
「ビジネス連携支援事業」では,本年度新たにノミネートされた課題・テーマについて,10月の公開シンポジウムまでに業務シナリオの定義を行い,その後,実証実験を実施していく.現在,12カテゴリー・21テーマのリファレンスモデル作成を計画している(表2).
表2 2016年度のワーキンググループ一覧(暫定)*5
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「プラットフォーム整備事業」では,10のプラットフォーム候補を「ゆるやかな標準」,「しなやかなインフラ」,「したたかな実装」をキーワードにIT専門のサポート企業と協力しながら,参加企業の強みがいかせるように事前設計していく.
「ご当地版!IVIセミナー」は,中小製造業のIT化を目的として,2016年8月5日(金),6日(土)に静岡,9月2日(金),3日(土)に神戸,10月7日(金),8日(土)に富山にてそれぞれ開催される.セミナーでは,参加者が持ち寄った現場の課題について議論し,結果を出すことを通して実践的な技能を体得する体験型のセミナーとなっている.定員は各20名で,参加費は無料となっている.
「業務シナリオ集」は,各業務シナリオを解説し,それぞれの特徴と,技術的な優位性を示したもの.IoTで工場がどのように変わるか,そのためにどのような技術が用いられているかを理解できるものとなっている.
「連携の手引き」では,ゆるやかな標準の具体的で,技術的な側面を一般の工場の担当者でもわかるように解説.ゆるやかな標準の教科書的として,その手法を普及させるためのツールとして位置付けられている.
「『つながる工場』ホワイトペーパー」は,ゆるやかな標準のコンセプトおよびその具体的な実現例によって,IVIのアプローチをわかりやすく解説するとともに,海外の動向との比較なども行いながら総括.英語版も同時に作成し,対外的な発信も行っていく.
5.今後の展望
IVIは,米独のIoT推進機関との連携を進めている.米電気電子学会(IEEE)にIoTの規格づくりで協力するため,今後,IEEEの作業部会「P2413」に実証実験で得た知見を提供していく.作業部会「P2413」の取り決めは,国際標準化機構(ISO)と国際電気標準会議(IEC)が参考にするとされている.
2016年4月末にドイツで開催された世界最大級の産業見本市「ハノーバーメッセ」にIVIのメンバーが参加し,現地の産学官のIoT推進団体「プラットフォームインダストリー4.0」と協議を開始している.
また,西岡理事長は,「ドイツ技術科学アカデミー(通称:アカテック)のヘニング・カガーマン会長と会見し,日本とドイツのインダストリー4.0の研究開発で連携を進めていくことに合意している.
IVIは,新たに設置した「プラットフォーム委員会」が中心となって,そのユーザーがおかれた環境のカテゴリーごとにプラットフォームの要件を整理する.「プラットフォーム委員会」は,実証実験の際に,プラットフォーマーが自社に有意な仕組みに誘導しないよう,ルールを決め,監督することを目的としている.
<参考文献>
*1 Executive Foresight Online―日立製作所,IoT×経営日本版インダストリー4.0が「ものづくり」を変える(西岡 靖之 氏),http://www.foresight.ext.hitachi.co.jp/_ct/16935426
*2 IVI公開シンポジウム(2016.3)資料,「IVI今後の取り組み IVIプラットフォーム計画」
*3 IVI公開シンポジウム(2016.6.17)資料,「2016年度ビジネス連携委員会 業務シナリオWG(暫定)」
*4 IVIプレスリリース(2016.5.31)
*5 IVIプレスリリース(2016.6.17)
*6 IVI公開シンポジウム(2016.6.17)資料,「ご当地版!IVIセミナー」
*7 IVI公開シンポジウム(2016.617)国際展開レポート発表資料
*8 IVI公式HP,https://www.iv-i.org/