はじめに
フラットパネルディスプレイ(FPD)製造における洗浄工程はガラス基板の受入れ後,金属膜の成膜前後,カラーフィルター(CF)-アレイ基板の貼り合わせ前などの工程で多数存在する.そのため,清浄な表面の定義が製品,部材,工程により様々で一様でない.洗浄工程で要求される清浄な表面とは次工程の品質(歩留まり)が保証され,製品としての信頼性が保証されるレベルを指す.除去すべき汚れを正しく定義し,汚れの形態,材質などを見極めた上で汚れに合った洗浄剤を選定しなければならない.洗浄剤の種類には,水系および準水系洗浄剤または炭化水素系洗浄剤などがある*1.また,洗浄方法としては,超音波洗浄,枚葉式ブラシ洗浄,ジェット水流洗浄などがあるが,いずれも低泡性の洗浄剤が求められている.
金属部材の洗浄目的は,脱脂,研磨,指紋除去などによって表面に付着している汚れを取り除き,所要の表面に調整することである.洗浄は防蝕や防汚目的でめっき,塗装といった表面処理の効果を十分にするための準備手段である.さびの発生原因となる酸,塩の除去のほかに,湿気凝集のもとになる吸湿性のごみなど取り除く必要がある.精密加工された面においては,手で触れたことで金属面に発汗物の残渣を残し,さびを発生させることになる*2.
当社は精密洗浄剤メーカーとして,精密ガラス・金属部材用中性洗浄剤を開発してきた.本稿では,パーティクル(粒子)汚れの除去力を高め,油汚れも除去できるセミクリーンM-LXを紹介する.
1.中性洗浄剤とアルカリ洗浄剤
界面活性剤を主成分とする中性洗浄剤は次の特長を有する.(1)金属部品などの部材への腐食や樹脂への影響が少ない,(2)洗浄剤自身の安全性が高く,取り扱いが容易である.金属の種類の中には,鉄やステンレスのようにアルカリに腐食しにくい金属があるものの,アルミニウムや亜鉛などの両性金属や銅・真鍮のようにアルカリに弱く,腐食(変色)しやすい金属がある.代表的な金属の腐食限界pHを表1に示す.
表1 各種金属の腐食限界pH*1
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したがって,このような金属を用いた工業部品や金属膜をもつアレイ基板やCF基板を洗浄する場合には,金属の腐食が少ない中性領域で使用する中性洗浄剤が望ましい*1.ただし,当社にはメタスマスク基板を洗浄可能な弱アルカリ洗浄剤があるため,一概には言えない.
樹脂の種類のうち,加水分解性の官能基をもつアクリル樹脂やポリカーボネート樹脂などはアルカリ洗浄剤により劣化しやすい傾向がある.アクリル樹脂やポリカーボネート樹脂に荷重をかけた状態でアルカリ洗浄剤の原液を一定時間接触させたところ,ひび割れや変色が生じたという報告もある*3.
粒子汚れの洗浄の場合,洗浄対象から汚れを脱離させることと脱離した汚れを洗浄表面に再付着させないことが必要である.再付着の抑制には,アルカリビルダーや界面活性剤の添加による粒子表面への電荷付与が有効である.粒子間に生まれる静電斥力により,汚れ粒子が効果的に分散し,洗浄対象に再び付着しにくくなる*1.
2.非イオン界面活性剤と曇点
水溶性界面活性剤の種類には非イオン界面活性剤,陰イオン界面活性剤,陽イオン界面活性剤,両性界面活性剤がある.非イオン界面活性剤の代表的なものにポリエチレングリコール型がある.親水基の大きさで,親水性と疎水性のバランスを変えることが容易に行える.洗浄剤に用いる場合には,除去対象物に合わせて,そのバランスを調整し,洗浄力をコントロールできる.
ポリエチレングリコール型非イオン界面活性剤特有の性質に曇点(cloud point)を生ずることがある.曇点とは,非イオン界面活性剤の水への溶解性が変化する温度のことである(濃度などにより変わる).曇点より高い温度になると難溶性になり,白濁や分離が起きる.白濁が起きても曇点以下になると再び溶解する.
ポリエチレングリコール型非イオン界面活性剤が水に溶けるのは,ポリエチレングリコール鎖に水分子が弱く結合(水素結合)し,水和するためである(図1).
水溶液の温度が上がると水和度が減少し,親水基と疎水基のバランスが疎水性に傾く.曇点に達するとミセル溶解が困難となり,界面活性剤が分離する*4.
3.ぬれと表面張力
洗浄対象から汚れを脱離させるためには,まず,洗浄液が汚れをよくぬらす必要がある.これは洗浄液と洗浄表面,汚れとの接触面積を大きくするためである.ぬれを良くするには,低表面張力の洗浄剤を選定することが有効である*1.また,洗浄時の温度を上げることでも表面張力は下がる(表2).これは食器洗浄を行うときにお湯を使ったほうが汚れがよく落ちる要因の一つである.
表2 各温度の水の表面張力
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4.中性洗浄剤「セミクリーンM-LX」について
セミクリーンM-LXは,当社の従来中性洗浄剤に比べて,曇点を上昇させ,パーティクル(粒子)の除去力を高めた中性洗浄剤である(表3).中性タイプのため,アルミなどアルカリで腐食しやすい金属にも使用することがきる.用途はガラス基板・フォトマスク基板・アルミ基板などの金属の各種精密部品の洗浄である.パーティクル汚染は次工程での不良の原因となり,歩留まりに直接影響するので,工程改善につながる.泡が立ちにくく,消泡が速いため泡が発生しやすい枚葉式ブラシ洗浄にも使用可能である.軽度の油分除去効果もある.金属イオン原料を使用していないため,金属残渣が大きく影響する洗浄工程にも有効である.化学物質に関する主な法規制である労働安全衛生法,化管法,毒劇法,消防法には非該当である.
表3 セミクリーンM-LX の仕様
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5.パーティクル汚れの除去力
セミクリーンM-LX(以下M-LX)のパーティクル除去試験は疑似汚れを用いて行った.有機物の疑似汚れとしてポリスチレンラテックスパウダー(以下PS粒子),無機の疑似汚れとしてアルミニウムパウダー(以下Al 粒子)を使用した.除去力は表面パーティクルスキャナー(YPI-MN・(株)山梨技術工房)によるパーティクルの分布図と平均径0.5,1,2μmの粒子数の変化率で評価した.
ガラス板およびアルミニウム板に付着させたPS粒子およびAl 粒子の除去試験をそれぞれ行った.除去試験の前にパーティクルが一定量付着したガラス基板を用意した.40mm×50mmの無アルカリガラス板を当社アルカリ洗浄剤「セミクリーンGE-5」の20%希釈液に浸漬させ,10分間の超音波洗浄(44kHz・40℃)を行った.リンス(脱イオン水),乾燥後にPS粒子分散液を噴霧し,パーティクル数を測定した.次に作成した試験片をM-LXの5%希釈液に浸漬させ,1分間の超音波洗浄(44kHz・35℃)を行った.リンス,乾燥後にパーティクル数を測定した.従来中性洗浄剤についても同様に行った.その結果,0.5,1,2μm粒子において,いずれも除去率はM-LXの方が高いことを確認した(表4).アルミニウム板には25mm×50mmのAl-Mg合金(A5052P)を用いた.事前のアルカリ洗浄は行わずに同様の除去試験を行った.その結果,0.5μm粒子において除去率はM-LXの方が高いことを確認した(表5).ガラス板およびアルミニウム板に付着させたAl 粒子の除去試験も同様に行った.その結果,ガラス板に付着させた0.5μmAl 粒子およびアルミニウム板に付着させた0.5,1μmAl 粒子において除去率はM-LXの方が高いことを確認した.
表4 ガラス板に付着させたPS粒子の除去試験結果
※測定装置上,同じ測定箇所に異なる粒子サイズがる場合,より大きい粒子をカウントする.洗浄後のほうが0.5μm 粒子が多い結果となった. |
表5 アルミニウム板に付着させたPS粒子の除去試験結果
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前章で述べたように,粒子汚れの分散性(再付着防止性)において中性タイプはアルカリタイプに比べて,アルカリ効果による粒子表面への電荷付与がないので不利ではあるが,M-LXは中性洗浄剤でありながら,粒子汚れ(特に粒子径が小さい汚れ)の除去性を向上させた.
6.M-LXと曇点
M-LXと従来品中性洗浄剤の曇点を表6に示す.前章の試験では両方の洗浄剤の曇点以下の温度で行ったが,M-LXを温度のみ60℃に変更して,ガラス板上のPS粒子除去試験を行った.その結果,35℃の試験と比べて0.5~2μm粒子においていずれも除去率が向上し,0.5μmは51.3%,1μmは71.2%,2μmは83.1%であった.35℃の5%M-LX希釈液の表面張力は31.3mN/mであり,60℃の表面張力は29.3mN/mであった.つまり,温度を上げることで汚れへのぬれ性が向上し,除去率が高まったと思われる.
表6 各希釈濃度の曇点
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7.まとめ
中性洗浄剤により精密ガラスや金属部材を機械洗浄する上で重要な因子となる表面張力と曇点の理論と当社の精密ガラス・金属部材用中性洗浄剤「セミクリーンM-LX」の紹介を行った.本記事が精密部品を製造する上で,一助となれば幸いである.当社は今後も「界面化学技術」を利用した新製品の開発を積極的に行い,ユーザーの発展に貢献していきたいと考えている.
<参考文献>
*1 技術情報協会:ウェット・ドライプロセスによるLCD,PDP,有機EL,微細配線,光ディスク,光学素子・部品の(超)精密洗浄と洗浄度評価(2005)
*2 青谷薫,長坂秀雄:金属表面工業全書 17,槙書店(1971)
*3 表面技術協会:金属表面技術 28(9)(1997) 477-478
*4 吉田時行:界面活性剤ハンドブック 新版,工学図書(1987)
*5 飯田修一ほか:新版物理定数表,朝倉書店(1978)
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