固体潤滑剤の最近の動向 | ジュンツウネット21

東京都立科学技術大学 広中 清一郎  2005/4

はじめに

軸受や歯車をはじめ機械・機器などのしゅう動部の多くに,また塑性加工などの潤滑においても,潤滑油やグリースは不可欠なものであるが,一方では,高温,真空,超クリーンなどの特殊環境や機械・機器の超小型化など液体潤滑剤が適用し難いトライボロジー・システムにおいては,しゅう動部表面自身に自己潤滑性をもたせるようなトライボ材料の開発や対策が必要である。

前者では,金属,プラスチック,セラミックスを基質として,これに固体潤滑剤の添加や,強化繊維やウイスカを充填した自己潤滑性を有し,機械強度などが向上したトライボロジー特性に優れる新しい複合材料の開発がある。また,後者においては,現在実用されているしゅう動部材表面に対してのトライボ表面改質がある。表面改質には,従来のイオン注入法などに替わって,近年セラミックコーティングをはじめ,DLC膜,CNx膜,固体潤滑剤積層膜などの基礎および応用研究が盛んに行われ,すでにセラミックコーティングとDLC膜においてはかなり実用化が進んでいる。

固体潤滑のもう一つの動向として,新しい固体潤滑剤の開発研究がある。新しい炭素材料としてフラーレン,カーボンナノホーン,カーボンナノチューブおよびクラスターダイヤモンドなどがあり,ナノカーボンの固体潤滑剤としての基礎および応用研究がある。その他の固体潤滑剤として複合酸化物(後述)やカーボン被覆SiO2 *1などの研究もある。

最近2年間(2003年5月,東京~2004年11月,鳥取)に4回開催されたトライボロジー会議(日本トライボロジー学会主催)の固体潤滑(剤)に関連する研究発表を調べると,次のようになる。

総発表件数920余りに対して,固体潤滑剤関連の発表は170 件余り有り,全体の約19%にも上り,トライボロジーにおける固体潤滑(剤)の重要性が再認識される。固体潤滑剤関係の中ではDLC膜に関するものが最も多く全体の三分の一あり,続いてセラミックコーティング,CNx(窒化炭素)膜やダイヤモンド膜を含めたカーボン薄膜,Agなどの金属系被膜,MoS2系被膜の順であり,これら表面改質トライボ被膜の発表が固体潤滑剤関係の半数以上を占める。このように固体潤滑のトライボロジーの主流は表面改質に関するもので,今後ますますこの分野の発展が期待される。一方,固体潤滑剤との複合材料化による研究発表もかなりあり,複合材料化による自己潤滑性材料の開発研究も進むものと思われる。

本誌「潤滑経済」の特集では,最近注目される軸受や歯車などへのプラスチック複合材料の応用例について,また基礎研究がかなり進み,実用化へと進展して来たDLC膜,CNx膜および固体潤滑剤積層膜など応用例について,それぞれ各論で解説される。本稿においては,その他のDLC膜,新しい固体潤滑剤や高分子複合材料に関連する基礎研究および応用例の幾つかについて述べることとし,詳細な動向についてはトライボロジー会議予稿集 *2~*5を参考にされたい。

1. DLC膜による表面改質

DLC膜は,その低摩擦性,耐摩耗性,高硬度,化学安定性,平滑性,低相手攻撃性など多くの優れたトライボロジー特性のために,これらの特性を利用してハードディスクや磁気ディスク・磁気テープなどのOA機器をはじめ,軸受,シール,電気・電子製品,水栓バルブ,工具・金型などへ応用されているが,更なる実用化に向けての広角度からの基礎研究が行われている。

DLC膜の成膜法は種々あり,例えば,イオンビーム蒸着法やイオンビームスパッタリング法などのPVD法,そして高周波プラズマCVD法や直流プラズマCVD法などのCVD法が採用され,また原料も様々でメタン,気化ベンゼンやトルエンなどの気体*6またはグラファイトなどの固体が用いられている。またDLC膜質にはa(非晶質)-DLCやH-DLC,またSi やTi などの金属含有DLCなどがあり,それぞれ特有の性質を示している。

DLC膜の摩擦特性は雰囲気の影響を受け*7,例えば空気,N2,O2および真空中で比較すると,N2や空気中で0.05レベルの非常に低い摩擦係数が得られている。水中においても,DLC膜はSUS304やSUS440Cに対して,室温から70℃において,0.1以下の低摩擦係数が得られている(図1)*8。

水中におけるDLC膜と種々の金属との摩擦特性

図1 水中におけるDLC膜と種々の金属との摩擦特性

また水中では,実用化に向けたDLC/高分子材料系の研究がある。水圧シリンダ用のシール材として用いられる超高分子量ポリエチレン(UHMWPE)の摩耗抑制対策のための相手材のDLC膜表面処理*9,人工関節の長寿命化のための基礎研究としてフレキシブルDLCコートしたUHMWPEの摩擦・摩耗*10の研究もある。

一方,塑性加工分野においても,DLC膜の優れた特性を生かして,また地球環境の点からも,無潤滑下のDLCコーティング工具によるドライ加工が検討され,年々実用化が現実のものとなっている。例えば,DLCコーティングダイスによるステンレス鋼板の無潤滑深絞り*11において,深絞り回数と成形品の表面粗さによい結果が得られ,また純Ti 板の無潤滑深絞り加工において限界絞り比の向上*12,アルミニウムの無潤滑切断や深絞りなどのドライ加工へのDLC膜の適用の大きな可能性を示唆している*13。またDLCコーティング工具によるAl 合金のドライ切削加工において,低摩擦で耐凝着性に優れたDLCコーティングでは,構成刃先の形成が抑制され,切刃の鋭利性が保持されることによって,加工表面品質が非常に向上して,ウェット加工と同等の切削性能が得られている*14

2. その他の表面改質

もう一つ最近かなり注目され,実用化が進んでいる表面改質がある。MoS2やグラファイトなどの固体潤滑剤を超高速度で金属表面にショットピーニングする技術を利用したWPC(Wonder press craft)処理が実用化されている*15,*16。さらに基礎研究としては,グラファイト粒子の金属表面への高速噴射による自己潤滑性表面層の創製*17,MoS2ショット処理による小型機器用すべり軸受*18,ピストン,シリンダへのWS2とセラミックスのWPC複合処理*19,および微粒投射による鉄系合金の表面層の表面改質*20などがある。

3. 高分子系複合材料

Al などの金属基複合材料*21,*22もあるが,ここでは高分子複合材料について触れる。高分子材料は金属やセラミックスと比較すると,トライボ材料として機械強度や耐熱性に劣るが,軽量,自己潤滑性,断熱性,電気絶縁性,成形性などに優れるために,電気・電子機器をはじめ多くの小型・軽量や複雑形状のしゅう動部品などに広く使用されている。一般に,高分子材料の問題点は強化繊維の充填や固体潤滑剤の添加による複合材料化によって改良されている。

基本的には,いずれの高分子材料もトライボロジー特性の向上という同様の目的なので,一例として著者らの研究成果を述べさせて頂く。図2 *23は,近年新しく開発された従来のポリアミドより吸水特性,耐熱性および耐薬品性などに優れるポリアミド9T(9T00A)にPTFE添加(9T02A)およびシリコン添加(9T03A)複合材料の例を示す。9T03Aで荷重依存性の非常に低い摩擦係数が得られている。

ポリアミド9T複合材料の摩擦係数の荷重依存性

図2 ポリアミド9T複合材料の摩擦係数の荷重依存性

図3 *24は,フェノール樹脂(PF)へのガラス繊維(GF)とグラファイト(Gr)添加による複合材料(PF/Gr/GF)化の例を示す。この複合材料化によりフェノール樹脂の耐摩耗性は著しく向上されているが,機械強度,摩擦特性,相手摩擦材(S45C)への攻撃性も著しく改良されている。

フェノール樹脂系複合材料の耐摩耗性の荷重依存性

図3 フェノール樹脂系複合材料の耐摩耗性の荷重依存性

4. 新しい固体潤滑剤

(1) Sr-Ca-Cu-O系複合酸化物セラミックス

SrxCa1-xCuO2系複合酸化物のうち,Sr0.14Ca0.86CuO2は無限層状結晶構造をとり,油やグリースに添加した場合に低摩擦,高耐荷重能を示すことが著者らによって研究*25~*28 されている。さらにこの酸化物はエポキシ樹脂との複合材料化によってエポキシ樹脂に自己潤滑性を付与*29すること,また高温ネジ用潤滑剤*30としても市販のものより優れていることも示されている。

この酸化物の潤滑性を生かした薄膜化による表面改質として,原料のSr,Ca およびCuの有機金属化合物を用いてスピンコーティング法により成膜した薄膜のトライボロジー特性も検討されている*7。通常の常圧焼成温度より低い800~900℃において,Sr0.14Ca0.86CuO2を含むSr-Ca-Cu-O系の複合酸化物薄膜が得られ,無潤滑下のすべり摩擦において0.17レベルの比較的低い摩擦係数が得られている。

一方,新しい固体潤滑剤として合成したCaCuO2やCa2CuO3などの複合酸化物の耐摩耗性や耐荷重能についても検討され,基油の耐摩耗性を著しく向上させるとともに耐荷重能も約2倍向上させることから,潤滑油用の固体潤滑剤として期待される(図4)*32。

Falex試験による複合酸化物の耐荷重能

図4 Falex試験による複合酸化物の耐荷重能

(2) 金属二硫化物

遷移金属ジカルコゲナイドのMoS2やWS2はちょう密六方晶の薄片状で,層状結晶構造を有することから潤滑性に優れる固体潤滑剤として古くから汎用されている。最近,同じ金属二硫化物で二硫化スズ(SnS2)が合成されるようになり,固体潤滑剤として期待される。SnS2について,グリースへ添加した場合の摩擦,摩耗特性および極圧性がMoS2およびWS2と比較検討されている*33。SnS2の潤滑性能は,摩擦・摩耗特性はMoS2レベル,耐荷重能はMoS2より高く,WS2と同等以上の値を示すことが判明している。一例として摩擦特性と耐荷重能の比較を図5図6に示す。

金属二硫化物添加グリースの摩擦特性(Falex試験,290rpm,980N,6min,5mass%添加)-

図5 金属二硫化物添加グリースの摩擦特性
(Falex試験,290rpm,980N,6min,5mass%添加)

Falex試験における金属二硫化物グリースの耐荷重能

図6 Falex試験における金属二硫化物グリースの耐荷重能

おわりに

本稿では,2003年と2004年に開催された4回のトライボロジー会議の研究発表を中心に,ごく最近の固体潤滑(剤)の動向について概説した。機械・機器の高度発展に伴う精密化や高性能化,また小型化や軽量化,一方では,特殊環境使用や地球環境対応のための無潤滑化など,今後ますます固体潤滑(剤)がトライボロジーにおいて重要となり,更なる基礎および応用研究が不可欠となろう。ここ10年間の固体潤滑(剤)の動向については文献 *34~*40を参考にされたい。

 

<参考文献>
*1 小林克則,広中清一郎,鈴江正義,太田善郎:J.Ceram.Soc.Japan, 112(4),210-213(2004)
*2 トライボロジー会議予稿集,東京,(2003-5)
*3 トライボロジー会議予稿集,新潟(2003-11)
*4 トライボロジー会議予稿集,東京(2004-3)
*5 トライボロジー会議予稿集,鳥取(2004-11)
*6 鈴木雅裕,広中清一郎,豊嶋秀幸,野老山貴行,田中章浩:表面科学,25(4),232-237(2004)
*7 鈴木雅裕,渡辺俊哉,田中章浩,古賀義紀:トライボロジー会議,東京,261-262(2003-5)
*8 長田明久,岩井邦昭,広中清一郎,鈴木雅裕,田中章浩:材料技術研究協会討論会要旨集,59-60(2004-12)
*9 竹村秀樹,菊谷功,鶴信幸:トライボロジー会議,新潟,199-200(2003-11)
*10 竹市嘉紀,中東孝浩,田中祥和,合山進二,西山 淳,上村正雄:トライボロジー会議,東京,271-272(2003-5)
*11 野口裕之,村川正夫,片岡征二,基 昭夫,平16 塑加春講論,251-252(2004)
*12 村川正夫:塑性と加工,46(528),48-51(2005-1)
*13 古閑伸裕,劉志国:塑性と加工45(526),922-926(2004-11)
*14 福井治世,沖田淳也,森口秀樹,井寄秀人:トライボロジスト,49(6),509-517(2004)
*15 特開平11-131257
*16 荻原秀実,自動車技術,56(2),43(2002)
*17 梅田一徳,石渡正人,月田盛夫,塚本美貴生,田中章浩,広中清一郎:トライボロジー会議,東京(2003-5)
*18 平山朋子,石田 尚,菱田典明:トライボロジー会議,東京,331-332(2003-5)
*19 山田智亮,河内優樹,北原時雄,田邊明,平綿勝彦,下平英二:トライボロジー会議,鳥取107-108(2004-11)
*20 西川宗和,宇佐美初彦,藤井賢二:トライボロジー会議,東京289-290(2003-5)
*21 後藤穂積,井口貴彦:トライボロジー会議,新潟,59-60(2004-11)
*22 宮島敏郎,本田知己,岩井善郎:トライボロジー会議,東京,75-76,79-80(2004-5)
*23 林 成亮,川上正義,広中清一郎:トライボロジー会議,東京,87-88(2003-5)
*24 川上正義,広中清一郎:トライボロジー会議,新潟,531-532(2003-11)
*25 鈴木雅裕, 佐々木雅美, 広中清一郎: J .Ceram.Soc.Japan,106(8),808-810(1998)
*26 鈴木雅裕,広中清一郎,佐々木雅美,村上敏明:材料技術,17(3),110-118 (1999)
*27 鈴木雅裕,泉 和博,広中清一郎,佐々木雅美:J.Jpn.Prol.Inst.,43(4),249-256(2000)
*28 M.Suzuki, S.Hironaka : Proc.Int.Tribo-logy Conf.,Nagasaki,2000, 1151-1152(2000)
*29 鈴木雅裕,広中清一郎:材料技術,20(6),293-298(2002)
*30 鈴木雅裕,太田善郎,広中清一郎:トライボロジスト,47(6),498-504(2002)
*31 鈴木雅裕,小林克則,広中清一郎:表面科学,24(3)181-186(2003)
*32 M.Suzuki, S.Hironaka : Material Technology, 20(6),305 -64)310(2002)
*33 宮本隆介,小林克則,広中清一郎,渕上 武:トライボロジー会議,東京,113-114(2004-5)
*34 広中清一郎:潤滑経済,No.385,2-4(1998)
*35 広中清一郎:潤滑経済,No.398,1-4(1999)
*36 広中清一郎:潤滑経済,No.408,34-38(2000)
*37 広中清一郎:トライボロジスト,45(12),882-887(2000)
*38 広中清一郎:潤滑経済,No.422,2-6(2001)
*39 広中清一郎:潤滑経済,No.433,2-6(2002)
*40 広中清一郎:潤滑経済,No.446,11-15(2003)

 

最終更新日:2017年11月10日