3月26日(金)~28日(日)の3日間,東京ビッグサイト(東京都江東区)で「第37回東京モーターサイクルショー」(主催:東京モーターサイクルショー協会)が開催された。
今回,同展で注目されたのが,「HMEOC(High Quality Motorcycle Engine Oil Conception)」構想に基づいた二輪車用省燃費エンジン油であり,乗用車用エンジン油と同様に二輪車用エンジン油も省燃費やCO2の削減が至上命題となり,低粘度化の潮流となっている。
本稿では,HMEOCとは何か,また二輪車用エンジン油の将来展望について報告する。
1. 二輪車用エンジン油の動向
乗用車用のエンジン油は地球環境保護の観点から,省燃費,エミッション性能維持の要求に対応するべく,低粘度化や低フリクション化および低リン化の動向にある。
乗用車の規格としては,1990年にアメリカのビッグ3と日本の自動車工業会が協同で,ILSAC(International Lubricant Standardization and Approval Committee)を設立し,エンジン油における要求性能などの規格を制定し,性能を満たすオイルが市販されてきた。また,さらなる省燃費性能への要求が厳しくなる中,ILSACは2010年10月にガソリンエンジン油のGF-5規格の市場導入を予定している。
過去に二輪車のエンジン油には乗用車用のエンジン油が転用されてきたが,近年は二輪車専用油の開発も行われている。特に,乗用車用エンジン油の低粘度化が進む中,二輪車用エンジン油には摩耗量やピッチングの増加,クラッチすべりなどの懸念があることから,自動車工業会の二輪車ワーキンググループは1996年に低粘度化,低フリクション化の影響をまとめSAE(Society of Automotive Engineers)への論文を発表した。また,1998年に二輪車用4サイクルエンジン油規格をJASO(Japan Automobile Standards Organization)として制定し,1993年より運用していた2サイクル油JASO規格のオンファイルシステムを活用し,1999年に4サイクル油JASO規格のオンファイルシステムの運用を開始した。
さらに,2003年に二輪車の主要市場である,韓国,中国,ベトナム,タイ,マレーシア,インドネシア,フィリピンのアジア7ヵ国(翌年にインドが参加)において,主な石油会社や二輪車の販売店などを招集し,二輪車用エンジンの構造やエンジン油への要求項目,エンジン油の規格動向を解説し,二輪車用エンジン油の啓発活動を開始した。
なお,現在は,SAE Steering Committee for Asia(以下,SAE Asiaと略称)委員会において,性能確認された二輪車用エンジン油を拡大展開するために活動を継続している(表1)。
表1 SAE Asia Steering Committee活動の経緯
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2. 省燃費オイルの推進
これまでホンダは,SAE Asiaを母体にアジアのエンジン油品質改良の活動を継続してきた。また,2005年以降においては,環境保護を背景としたCO2排出量低減のための10W-30粘度グレードエンジン油の拡大を目標として活動してきた。
しかし,熱帯地域では高粘度油の使用が常識となっており,アジア諸国で使用されているオイルの多くは経済的な事情から安価なモノグレードや20W-50といった高粘度オイルが主流を占めてきた(図1)。
ホンダのSAE Asiaでの発表によると,現在アジア各国で使用されている高粘度オイルが10W-30のオイルに切り替わることにより,アジア全体で年間122万kLのガソリン消費量削減につながるという(表2)。
1,220,000kL gasoline will be saved, if you used 10W-30 engine oil instead of 20W-40.
10W-30 Engine oil will be conformed to motorcycles without approved oils.
Every one should use 10W-30 engine oil for all motorcycles.
低粘度オイルの市場改善には,二輪車エンジン油の要求を明確に提示した例としてメーカーによる純正油の展開が重要であるが,二輪車エンジン油における純正油の市場占有率は10~20%程度と言われていることから,これだけでは全ユーザーをカバーできない。したがって,一般に市販されている石油メーカーブランドで二輪車の性能が確認された低粘度オイルの普及が欠かせないとの考えから,二輪車のトップメーカーであるホンダが中心となり,2008年にHMEOC(High Quality Motorcycle Engine Oil Conception)を創造し,推進を開始した。HMEOCエンジン油とは,JASO規格を含む二輪車の要求性能を満たしながら二輪車として現在許容される低粘度の10W-30を達成したエンジン油である。
3. HMEOCの要求性能
二輪用エンジン油には,以下のような性能が要求されている。
(1)クラッチ性能
(2)ギアなど高荷重部位を含んだ潤滑性能
(3)空冷エンジン対応の耐熱性能
(4)燃費向上
(5)その他の性能の確保
これらのエンジン油の開発には,二輪車用エンジン油の技術と潤滑油添加剤技術が不可欠なことから,ホンダが中心となりSAE Asiaに提案し協力者を募集,ホンダをチーフに,日本ルーブリゾール,シェブロンジャパン(オロナイト),エボニック デグサ ジャパンといった添加剤メーカーが技術協力先として加わり,ホンダ二輪車エンジン油技術の投入を行い,その後各国の石油会社の協力やローカルホンダからの課題提起などを配慮しつつ修正作業等を行ってきた(図2,図3,図4)。
本田技術研究所は技術支援を行う
石油会社は10W-30エンジン油の拡大展開に協力する 図2 10W-30 Engine Oil Promotion手順 |
まず,二輪車用エンジン油の要求性能を満たしたホンダの純正油が販売され,同等の性能が確認されたHMEOCのエンジン油を拡大展開しようという構想を提案の結果,2010年からアジアの国営石油企業,トタル,パノリンなどのブランドによりHMEOCマーク(図5)が表示されたオイルの販売が開始された。
図5 ホンダが提唱するHMEOC マーク。
環境保護のためのCO2低減の新風を吹き込み,二輪車用エンジン油の新潮流を創り出す構想の旗印となり得るか?
建設機械の生分解性油や油圧作動油,自動車用や二輪車の潤滑油専門メーカーであるパノリン(スイス)では,昨年から「4T MOTO SYNTH 10W30」をヨーロッパ地域で販売開始した。また今年3月には,日本で2年前からパノリンの輸入代理店になっている,二輪・四輪の部品・用品販売商社の岡田商事が高性能・省燃費シンセティックオイルとして販売を開始した。低粘度による省燃費が向上しており,またCO2排出低減など「HMEOCの省燃費構想」に適合していることでユーザーに対する信頼性にマーク表示が一役を担っている(図6)。
<4T MOTO SYNTH 10W-30>
高性能・省燃費シンセティックオイル
JASO:MA,荷姿:1L
街乗り~レースまで幅広い用途に対応する高性能・省燃費オイル。優れた熱安定性・せん断安定性により,高温時のオイル性能の低下を防ぎ,エンジン本来の性能を引き出す。また,高い潤滑性能と保護性能を長期間持続するので,大切なオートバイを守る。
◇問い合わせ先:岡田商事(株) TEL 03-5473-0371
また,トタル・ルブリカンツ・ジャパンでは,「エルフ モト 4 マキシテック 10W-30」(図7)を欧州では1月,日本でも4月に販売を開始し,今後インドやブラジルでの販売を予定している。10W-30の省燃費型化学合成油であることから,従来の一般的な10W-40粘度のオイルと比較して約5%の燃費が向上しているという。
<MOTO 4 MAXI TECH 10W-30>
新世代・省燃費化学合成テクノロジーオイル
JASO:MA,API:SJ,荷姿:1L×18,20L
従来の一般的な10W-40 粘度のオイルと比較して約5%燃費を向上。優れた保護性能により高温下でも摩耗とデポジットの発生を抑え,エンジンを保護。優れた流動性とせん断安定性,クラッチの摩擦係数による動力の伝達効率を高め,操作性を向上。触媒付き車両に適合。
◇問い合わせ先:トタル・ルブリカンツ・ジャパン(株) TEL 03-5562-5930
4. 今後の課題や展望
エンジン油は性能や要求を熟知した二輪車メーカーと技術構築ができる石油会社が協力して開発してきた。しかし,技術内容などは規格に開示できないものが多いため,共同作業の場が必要である。
二輪車のエンジン油では10W-40等が一般的に使用されており,高粘度のものがまだまだ多い現状であるため,今後省燃費オイルでの信頼性や燃費効率の良さをどのようにアピールしていくかが鍵である。
そこで,SAE Asiaでは,現在二輪車ユーザーや関係先に,地球環境を意識した省燃費オイルの必要性や特徴などをわかりやすく説明したプロモーションビデオを作製し,二輪ショップなどで流すなど,さらなる協力者を求めた活動を続けている。
異常気象などにより世の中が地球環境を意識し,エネルギーの効率や地球温暖化対策などを考えていく中,万が一10W-30のオイルに技術的な問題が発生した場合,すべての10W-30が駄目という烙印が押されることを避けるため,テクニカルな面での情報公開やサポートをしたいという。
また,今後はHMEOCをベースとした共同作業の場を活用し,将来的な要求の変化に対応していきたい,としている。
今回取材にあたり,多大なるご協力を頂いた(株)本田技術研究所 二輪R&Dセンターの赤木 正俊 様,広瀬 純孝 様,日本ルーブリゾール(株)の高木 健之 様,シェブロンジャパン(株)の曲渕 次郎 様,エボニック デグサ ジャパン(株)の浜口 仁 様に深く感謝申し上げます。