メンテナンスにおける最近の話題 | ジュンツウネット21

玉川大学 似内 昭夫  2004/5

はじめに

メンテナンスにかかわる最近の話題として,(社)日本トライボロジー学会の第一種研究会「メンテナンスアクションプラン研究会」の活動を中心にまとめて示す。

1. メンテナンスにおける問題

最近のメンテナンスを取り巻く環境についてはこれまでもつどつど紹介してきたので,ここでは問題となる点に絞って述べてみたい。
 ここにきて産業界も長期の低迷から脱し,自動車を始めとして,業績が上向きになってきているようである。しかしかってのように,余裕を持った生産体制にあるのではなく,かなり絞り込まれたコスト管理の下での生産体制にあることは変わりなく,このことは今後も継続して行くことは間違いないであろう。そのことを考えると生産の場でコスト削減の第一候補になるのは,相変わらずメンテナンスに関わる費用であることも,今後の傾向として考えられる。

その結果生産の場におけるベテラン技術者の退陣とそれに伴うメンテナンスの低下,メンテナンス技術断絶といった,メンテナンスに関わる問題が山積してきているのが現状ではないだろうか。生産の場では実際の評価は生産が優先されて,メンテナンスはあくまでもサポート的な存在としてしか評価されない,社会におけるメンテナンスの地位向上を図る必要を感じる。

もう少し別の観点からメンテナンスを取り巻く環境を見てみると,地球環境に対する環境問題の深刻化,ストックされた社会資本の維持の問題,生産設備の老朽化,生産コストのミニマム化,そして安全の追求などがメンテナンスのあり方に対して大きな影響を示している。これらのことから,いかに有効なメンテナンスを実施するかが重要な課題であることがわかる。

特に最近の特徴的なことは,生産あるいは工業技術における事故の多さである。石油備蓄タンクの火災,タイヤ工場の火災,大型客船の製造現場における火災,ロープウエイのゴンドラの落下,大型車のハブの破損事故,バターへの金属粉の混入,など例を挙げるときりがないくらい,まさに枚挙にいとまがないくらい日常茶飯事化している状況である。これらのことは正にメンテナンス軽視の結果を見せつけられていると考えるべきである。

上記の例の中には,いやあれはメンテナンスではないよ,設計の問題だよ,あるいは製造の問題だよ,という部分も含まれていると考える人もいると思う。しかしこれからのメンテナンスは単にできた物をどのようにメンテナンスするか,というような狭小な領域にとどめて考えるのではなく,製品の一生涯におけるコスト(LCC)をいかに最小に抑えることができるか,という観点で考えなければならない。著者はメンテナンスをその製品の企画・設計の段階からLCCを最小に抑える技術と考えており,設計はもちろんのこと,据付・運転から廃棄に至る全ての工程にわたって対象となるものと考えている。

このような観点でメンテナンスを見た時,最近のメンテナンスに対する軽視ははなはだしく,その結果としての多くの事故が発生している。そのような報告を見るにつけメンテナンス分野の活性を図る必要性が痛感されている。

このような観点で,メンテナンスの活性のためのアクションプラン策定を狙って活動したのがメンテナンスアクションプラン研究会(通称MAP)であった。

2. MAPの活動

MAPの活動は,(社)日本トライボロジー学会第一種研究会として平成14年からスタートした。設立時に考えられたメンテナンスの現状における課題は

(1)メンテナンスに対する社会の認識の低さ
(2)メンテナンスの経済効果の未検証とそのアピール不足
(3)各企業におけるメンテナンス専門技術者の高齢化とその後継者の欠如
(4)上記(3)に伴う技術の断絶
(5)トライボロジー技術の成果のメンテナンスへのフィードバック不十分
(6)メンテナンスそのものあるいはメンテナンストライボロジーの学問体系の未確立
(7)メンテナンスの教育システムの未整備
(8)アウトソーシングに対するメンテナンスの対応のあり方の未検討

などがあった。

MAP研究会設立の趣旨は,以下のとおりである。研究会のメンテナンスに関する考え方が述べられているので原文をそのまま引用して紹介してみたい。(以下学会へ提出した設立趣意書より引用)

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トライボロジーの起源であるJost報告にあるようにメンテナンスはトライボロジーにとってその実用性の上で非常に重要な領域である.

(中略)
 今回提案した「メンテナンスアクションプランを考える会」は,本学会としてメンテナンスをどのように考えてゆくかを含めて,メンテナンスの今後のあり方を検討するものである.この活動は,メンテナンスを取り巻く環境がこのところ大きく変わりつつあり,その影響を受けて生産におけるシステムそのものも変わりつつあることを念頭においたもので,このような変化は本学会としても看過できない数多くの問題を含んでいると思われる.そのような立場で,メンテナンスを取り巻く環境の急激な変化にトライボロジーの立場からの対処を検討することは,トライボロジー学会としては重要なアイテムの一つであると考える.

メンテナンスを取り巻く環境の変化としては,例えば,経済停滞やグローバリゼーションなどにより,コスト削減,生産のフレキシビリティを上げるために,生産システムそのもののアウトソーシング化も進行している。メンテナンスの中でも本会に最も関連の深い潤滑油管理は,従来は石油メーカーの技術者の無料サービスとして実施されることが多かったが,今後はそれは難しくなりその有料化が進行している。このような状況下で,メンテナンスそのものが今後どのようになってゆくのか? またメンテナンスの活性化の一つと考えられる,従来の“受身のメンテナンス”から“攻めのメンテナンス” への転換はどのようにすべきかなど,“生産の場におけるメンテナンスの色々な面におけるレベルアップを如何に継続させるか”という課題にぶつかる。問題点を整理したものを参考図に示す.

今回申請した研究会は,以上のようなメンテナンスに関する課題をクリヤするAction Planを作ることを目的として活動する.

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3. メンテナンスに関する資格制度について

MAP研究会スタート時には課題として教育制度,技術の伝承,データバンクなど色々なものが上げられたが,具体的なアウトプットが必要であろうと考えられて,中心課題を

  1. メンテナンスに関する資格制度
  2. メンテナンスの経済効果と攻めのメンテナンスのアピール

の二つに絞り込んだ検討を行った。

前述のようにメンテナンスの社会的な位置づけの低さを払拭するために,メンテナンスに従事する技術者がプライドを持つことが一つの方策であろうと考えられる。そのためにも,メンテナンスに関する資格制度を構築し,メンテナンス技術者のステータスを上げることが有効なことと考えられた。

メンテナンスに関する資格制度については,以下のような現状である。
 潤滑管理,潤滑技術に関しては国家資格として機械保全技能士(機械系)があり,また機械保全技能士(設備管理)がメンテナンスの資格としてある。これらはどちらかというとテクニシャンの資格であり,メンテナンス技術者の資格というわけではない。今回狙いとしている資格制度はメンテナンス技術者の社会的なステータスとなりうる資格であり,最終的には資格保有者がメンテナンスに関わるコンサルティング業務を行えるレベルまで想定している。

一方海外におけるメンテナンス関係の資格としては,アメリカにおける下記の二つの資格制度が目につく。

(1)米国トライボロジー学会の資格制度
 米国トライボロジー学会(Society of Lubrication and Tribologist:STLE)では1993年からCLS(Certified Lubrication Specialist)とOMA(Oil Monitoring Annalist)I,IIの二つの資格制度をスタートさせている。詳細については同会のホームページに紹介されているのでご覧頂きたい。たとえばCLSの試験項目は潤滑基礎,歯車,軸受,油圧,空圧,シール,潤滑剤の製造,潤滑剤の貯蔵・取り扱い・適用・輸送,金属加工,潤滑方式,潤滑剤の管理,などが挙げられておりメンテナンスの主要な部分がカバーされている。

(2)International Council of Machine Lubricantの資格制度
 International Council of Machine Lubricant(ICML)は2000年に設立された米国のNPO団体である。同会でもラボにおける潤滑分析とフィールドの潤滑油分析を体系化しそれぞれLaboratory Lubricant Analyst(LLA)とMachine Lubricant Analyst(MLA)および Machine Lubrication Technician(MLT)を運営している。これらの対象項目についても前記CLSなどと大差なく,ほぼ同等(LLAはラボ的な項目に偏っているので多少違いがある。)のものと考えてよい。

STLEおよびICMLのこれらの資格制度は米国ではすでに数千人規模の認証実績があり,米国だけではなく南米,オーストラリア,韓国等にも展開している。

海外でメンテナンス(主に潤滑管理)に関する資格制度が少しずつ浸透している,このような状況で,日本においても同等の資格制度の設立が急がれている。

4. ISOの診断技術者資格制度

上記のような状況の下,ISOではTC108のSC5として「機械の状態監視と診断」(Condition Monitoring and Diagnosis of Machines)が設置されている。このたび(社)日本機械学会ではこのSC5の日本における資格制度の設立を目指して同会の中に技術開発支援センターの下に「機械状態監視資格認証事業部会」を設置した。SC5が対象としている状態監視法および診断法には振動診断,潤滑診断,サーモグラフィによる診断などがあり,機械学会ではとりあえず振動診断の資格制度を確立し,この6月に第一回の認証試験を行うことになっている。

MAPでは,SC5の潤滑診断の認証を目指して,同事業部会の中に潤滑診断技術者の認証委員会を立ち上げた。これは機械学会とトライボロジー学会のコラボレーションであり,学会活動の一つの新しいパターンと考えている。

このISOにおける,潤滑技術者資格は現在のところ“機械診断技術者(メンテナンストライボロジー,カテゴリー I ,II,III,IV)”と呼称される。カテゴリー I ~IVは資格の階層を意味し,I が最も下位の資格で,IVが最上位の資格である。ISO案における各カテゴリーの考え方は次のようである。

(1)カテゴリーI
 現場のオペレータとして,決められたルールに則って作業できる。簡易型の分析機器を操作し分析できる。また管理記録をPCに入出力できる。ただし,分析あるいは試験結果の評価には責任を持たなくてよい。

(2)カテゴリーII
 現場での潤滑装置の点検,サンプリング,決められた方法での簡易分析の実施あるいは監督ができる。試験結果の分析・評価ができる。

(3)カテゴリーIII
 現場において,決められた手順で潤滑管理,使用油の定期分析および分析法の選択と立案ができ,高度な分析機器を使用することができる。現場における人員を含めた運転コストを理解でき,意見を述べることができる。訓練生の指導ができる。

(4)カテゴリーIV
 全ての機械の潤滑管理が実施でき,部下を監督することができる。特殊な分析機器を操作でき,かつその分析の意味が理解できる。現場での問題解決のために技術と知識を有し実行できる。部下に対して教育・指導・助言が行える。

資格の要求項目については表1に示すようなことが求められる予定である。予定というのは,現時点でまだISOの規格として,このあたりのことが確定しておらず,これからであるので予定といわざるを得ない状況にあり,表に示したものは,草案として示されたものである。

表1 ISO18436-4(2001.6)資格要件
Lubrication Specialist
I
II
III
IV
経験年数(年)
1
2
3
4
必須訓練時間(hr)
40
60
58
140
試験問題数
150
150
150
150
試験時間(hr)
2
3
4
5
合格点
70
70
70
80

なお知識用件としては,診断の基礎的知識,潤滑剤に関する知識,潤滑剤による診断知識,機械要素に関する知識およびメンテナンスに関する知識,データ処理に関する知識などが求められる予定である。

メンテナンスに関するISOの資格制度の構築は現在草案つくりの段階で停滞しており,今後急速に結審する見込みはない。日本トライボロジー学会としては,MAPの提言を受けて学会の委員会としてメンテナンスに関する委員会活動をしてゆくことになると思われる。その場合には,日本としてメンテナンスのあり方を明確にし,日本独自の資格制度を作り上げることが先行するようになると考えられる。ISOとしての資格制度が提案された場合,日本の資格制度がISOの資格制度を包含する形のものになると思われる。

5. メンテナンスの経済効果および攻めのメンテナンスに関するMAPの提言

メンテナンスの経済効果を企業の経営者層や事業所の責任者の方々に訴えることにより,メンテナンスの有効性を認識してもらえるものと考えられる。それによってメンテナンスの活性化を図る有効な手段となりうるものと考え,今回のMAPの活動のもう一つの柱として,メンテナンスの経済効果をいかにアピールするか,という課題に取り組んでみた。またメンテナンスを積極的に展開することによって,生産におけるトータルのコストを引き下げることができるメンテナンスを攻めのメンテナンスと呼び,攻めのメンテナンスのあり方,事例の発掘にも力を注いだ。その結果は次に示す数編の報告書の形で提示され,今後の展開を待っている。これらは経済効果のアピールあるいは攻めのメンテナンスのアピールの具体的な形にはなっていないので,今後具体的なアピールの形にまとめ直し,社会へ提言してゆきたいと考えている。

(1)メンテナンスの経済効果のストーリー
(2)製造業(社会資本)におけるメンテナンスの経済効果
(3)安全保障におけるメンテナンスの経済効果
(4)石油精製工場におけるメンテナンスの経済効果
(5)自動車工場におけるメンテナンスの経済効果事例
(6)食品工業用潤滑剤の法規制の提言
(7)潤滑系メンテナンス企業の活性化のための具体的提言

なお,これらの報告書は日本トライボロジー学会の会誌トライボロジストの50巻4号に収録される予定であることを付け加えておく。

おわりに

2年間にわたるMAPの活動は一応幕を閉じるが,これまでに述べてきたように,最初に考えていた色々なものを提言の形でまとめられずに幕を閉じることになってしまった。したがってMAPとしてはもう一年延長してフェーズIIとしてやり残したことを中心に再挑戦する予定である。特にメンテナンスの経済効果,攻めのメンテナンスについては不完全燃焼であるので,改めて社会にメンテナンスの経済効果をアピールできるような具体的な提言を行えるようにしてみたいと考えている。

また資格制度については,今後は日本トライボロジー学会の事業として日本機械学会とのコラボレーションで作業を進める予定である。関心のある方々はウオッチされるようお願いする。

 

最終更新日:2017年11月10日