MQL切削油剤の最近の動向 | ジュンツウネット21

MQL加工は,廃棄物を削減できるばかりか,加工性能も高いことから,環境対応であり,なおかつ高性能である加工方法といわれている。本稿では,MQL加工のメリットを述べるとともに,MQL切削油剤に必要な性能と,最適なMQL切削油剤を用いた時の適用事例を紹介する。

新日本石油株式会社 須田 聡  2004/4

はじめに

現在,生産加工分野では,労働衛生や環境への配慮,廃棄物の削減,生産効率の向上などの観点から,ドライ加工ならびにセミドライ加工技術が脚光を浴びている*1,*2。しかしながら,ドライ加工では,生産効率や加工品質の低下などの問題が生じることも少なくない。そこで,切削油剤の使用量をできるだけ減らそうとするセミドライ加工が現実的な環境対策技術として注目されており,その実用化の代表例が極微量潤滑(minimal quantity lubrication)システムによる切削加工,いわゆるMQL加工である。

MQL加工は,廃棄物を削減できるばかりか,加工性能も高いことから,環境対応であり,なおかつ高性能である加工方法といわれている*3。また,MQL加工では,極わずかな油剤で加工を行うため,最適な油剤を使用しないと十分な加工性能が維持できないことは容易に想像できる。したがって,MQL加工を発展させていくうえでも,MQL切削油剤の開発は非常に重要な役割を担っているのである。

本稿では,MQL加工のメリットを述べるとともに,MQL切削油剤に必要な性能と,最適なMQL切削油剤を用いた時の適用事例を紹介する。

1. 極微量潤滑(MQL)加工のメリット

MQL加工は極微量の切削油剤(約1~50mL/h)を多量の圧縮ガスとともに加工点に供給することで,その極微量の油剤により潤滑を行い,圧縮空気により切りくずの排出と加工点の冷却を行っている。MQL加工では,油剤が極少量のミストで供給されるため,MQL加工では従来の供給方法による加工より油剤の飛散が少なく,作業環境が大幅に向上する。MQL加工は,以下のような特長を備えている。

エンジン加工ラインでの消費電力内訳

エンジン加工ラインでの消費電力内訳

(1)切削油の年間使用量を従来の加工方法と比較して1/20~1/50程度に大幅に削減できる。
(2)切りくずに油剤がほとんど付着しないため,切りくずのリサイクル性が向上する。
(3)加工物に付着する油剤量が少ないため,加工後の洗浄工程を簡略化できる。
(4)工作機械の消費電力の大きな割合を占める切削油循環用ポンプが不要なため,大幅な消費電力の削減が可能である。
(5)水溶性切削油のような面倒な油剤管理を必要としない。
(6)廃油が発生しない。
(7)既存の工作機械にも設置することが可能である。

特に,図1の例に示されるように,切削油ポンプに関連する消費電力は約1/3を占めており,MQL加工を導入した場合はこの部分の消費電力削減による顕著なコストダウンが期待できる*4。したがって,MQL加工は環境に適合した加工方法であるばかりか,コストの面からもメリットの高い加工方法ということができるのである。

2. MQL切削油剤に必要な性能

MQL加工の開発初期には既存の切削油でも加工試験が行われたが,加工性能があまり良好でなかった*5。また,工作機械の外に排出された油剤ミストが作業環境や人体に及ぼす影響が懸念されたため,環境に優しい新たな油剤の開発が望まれた。このような背景から,MQL切削油剤は高い生分解率を有する植物油や一部のポリオールエステル類が用いられることとなった*6。

また,粘度の効果も考慮すべき問題である。 MQLシステムでは油滴粒子の粒径のコントロールが重要であり,粒径が大き過ぎると配管内に付着して切削点に油剤が供給されないこともある。特に,センタースルー対応機では,粒径が大きいミストは主軸で閉塞を起こしやすく安定なミスト供給ができなくなるため,より粒径が重要になってくる。一方,粒径が小さ過ぎるとミストが拡散してしまい切削点に対する油剤の付着量が低下する。したがって,油滴の粒径は2μm以下,平均して1μm前後になるように工夫されている*7。

油剤の物性からは,ミスト粒径は密度,粘度,表面張力によって決定され,機械的条件が一定な場合には,密度,粘度,および表面張力の値がいずれも小さいほどミスト粒径は小さくなる*8。ただし,一般に潤滑油基材の密度および表面張力の差異は小さいため,実質的には油剤の粘度がミスト粒径に対して最も影響する。このようなことから,MQL切削油剤はシステムに対応した適切な粘度を有する必要があり,通常は10~35mm2/s(40℃)程度のものが使用されている。

また,ミスト状になった油剤が工作機械内部などに付着して劣化すると,切りくずの堆積や摺動部分の固着など作業環境を悪化させる可能性が指摘されていることから,油剤は容易に酸化劣化して粘着性の物質に変化しないことが望ましい。植物油は,生分解性を有し,入手しやすいという理由でMQL加工の開発初期から用いられてきたが,酸化安定性が低く粘着物質に変化しやすい特性を有しており,この粘着質に切りくずが固着しトラブルに至るケースもあった。図2はこの特性を簡易的に調べた薄膜酸化安定性試験結果である。植物油系MQL切削油剤と比較して筆者らの開発した生分解性を有する合成エステル系MQL切削油剤であるユニカットジネンMQL,ユニカットジネンMF32は分子量変化が小さく,べたつき感で判定した粘着性物質の生成もないことがわかる。

薄膜酸化安定性試験結果
条件/アルミシャーレ上5g,70℃×168h過熱後,GPC分析

図2 薄膜酸化安定性試験結果

以上の結果より,環境への配慮,作業性の面から合成エステル系油剤がMQL加工には適することが明らかとなった。表1に,筆者らの開発した合成エステル系MQL切削油剤“ユニカットジネンシリーズ”の一般性状と安全性に関するデータを示す。

表1 ユニカットジネンシリーズの一般性状と安全性データ
 
ユ二カットジネンMQL
ユ二カットジネンMF32
密度 g/cm3 @15℃
0.95
0.96
動粘度 mm2/s @40℃
19
32
引火点 COC ℃
250
265
流動点 ℃
<-45
-20
全酸価 mgKOH/g
0.02
0.60
生分解性  
 (CEC)%
100
100
 (OECD-B)%
72
69
急性経口毒性(LD50  
 OECD 401
5000mg/kg以上
 OECD 423
2500mg/kg以上
急性吸引毒性(LC50
 OECD 403
5.06mg/L以上
5.10mg/L以上

3. 切削性能

MQL加工では,従来のウエット切削の場合よりもさらに少量の油剤で加工を行うことから,切削油基油自身の潤滑性が重要になる。また,硫黄系や塩素系添加剤などは,環境適合性や生分解性の面から従来油のように多量に添加することは望ましくない。さらに,水溶性切削油に使用されるアミン系添加剤などの高塩基性の添加剤は,ミスト化した場合の安全性に不安がある。したがって,MQL油剤には基油単独での高い切削性能が求められる。

以下に,ユニカットジネンシリーズの加工性能を評価した結果の一部を示す。

3.1 タッピング加工(ネジ穴加工)

タッピング加工は使用油剤の違いにより加工性能の差が出やすいことから,従来より切削油の選定に用いられている。そこで,タッピング加工での加工性能の比較を,切削タップによるタップ加工時のトルク曲線を積分して求まるタッピングエネルギーで行った*6。 図3に,タッピング加工における加工性能評価結果を示す。

S25C材の加工では,ユニカットジネンシリーズは,通常給油加工とほぼ同等の切削性能を示しており,スチール材の加工では,極微量の油剤であっても十分に加工点で潤滑作用を示していることが明らかとなった。また,同じエステル油の中でも若干ではあるが切削性能は異なっており,植物油系MQL油よりユニカットジネンシリーズの方が良好な切削性能を示している。その理由として(1)粘度による潤滑性の違い,(2)エステルの構造による潤滑性の違いが考えられ,筆者らの検討ではその構造が潤滑性のうえで最適であったと考えられる結果が得られている*6。

AC8A材での比較では,ユニカットジネンシリーズを用いたMQL加工はアルミ加工で実績のあるシンセティック系水溶性切削油を用いた通常給油加工とほぼ同レベルであることから,一般的なアルミ加工において十分代替可能であると考えられる。ただし,加工性能を重視したエマルション系水溶性切削油と比較した場合,若干加工性能が低くなっていることから,厳しい条件の加工では更なる最適な油剤開発や加工時のMQL供給量を増やしたり,MQL専用工具やコーティング工具との併用などのアルミ加工に対する最適化検討も必要と考えられる。

タッピング試験による加工性能評価結果
条件/
 工具:M8 Nut Tap(φ=8mm)
 下穴径:6.8mm
 ワーク:JIS S25C steel,AC8A Aluminum Alloy
 切削速度:9.0m/min
 標準油:Di-iso Decyl Adipate(DIDA)
 MQL:Air 0.2MPa,Oil 15mL/h,外掛けノズルタイプで供給

図3 タッピング試験による加工性能評価結果

3.2 エンドミル加工

MQL加工の最大の特長は,極微量の油剤によって摩擦界面の潤滑を維持するところにある。エンドミル加工では刃先が断続的に切削を行っているため,非切削時に極微量の油剤でも加工点に供給されやすく,比較的MQLの効果が出やすいと考えられる*9。

図4にMQL加工におけるエンドミル試験での切削抵抗を示す。ユニカットジネンシリーズを用いたMQL加工時の切削抵抗は,硫黄系添加剤を含む不水系切削油(S=2mass%)で通常給油加工したものやドライ加工(エアーブローあり)よりも低いという結果を得た。このことから,潤滑性能の高い極微量の油剤が的確に加工点に到達し,良好な潤滑効果を示していることがわかる。

エンドミル加工における加工性能評価結果
条件/
 Side milling,Down cutting
 ワーク:JIS S55C steel
 工具:Carbide endmill φ10
 切削速度:60m/min
 送り:0.1mm/tooth
 Axial cutting depth:4.0mm
 Radial cutting depth:1.0mm
 MQL:Air 0.2MPa,Oil 15mL/h,外掛け供給

図4 エンドミル加工における加工性能評価結果

表2は切削距離25mの時の工具逃げ面摩耗幅を示したものである。MQL加工の摩耗幅は,不水溶性切削油で通常供給加工したものより小さくなっている。これは,大量の切削油が加工点に供給される通常加工の場合,エンドミル加工のような断続切削では切削時の刃先温度は高温となり,一方非切削時には油剤で急に冷やされる状態を繰り返すため工具は熱的な衝撃を受けやすいが,MQL加工では非切削時に過剰な冷却がないため熱的な衝撃を受けにくく,工具摩耗の減少につながったものと考えられる。

表2 エンドミル試験における逃げ面摩耗幅(25m切削時)
加工方法
油剤
逃げ面摩耗幅 μm
MQL加工
ユニカットジネン MQL
150
MQL加工
ユニカットジネン MF32
170
通常給油加工
不水溶性切削油
290
ドライ加工
350
(切削距離10mの時)

また,MQL加工の加工性能が高い一因として,加工点でエステルが効果的に被削材新生面と工具表面に吸着して,潤滑膜を形成して加工抵抗を低くしているとともに,MQLのキャリアガスである空気に含まれる酸素がエステルの吸着をさらに促進していることによると考えられている *10。したがって,極少量の油剤であっても従来の加工と同等,もしくは同等以上の加工が行えるものと思われる。

現在,エンドミル加工を中心とする金型加工やエンジンのクランクシャフトのオイル穴加工,コンロッド加工などでは,MQL加工は環境に優しく,コストダウンに直結し,さらに高効率であることが明らかとなり,多くのメーカーにおいて生産ラインで実用化されている。さらに,加工量が多いエンジンや駆動系部品などの加工でもMQL加工の適用が広がりつつある*4。

おわりに

MQL加工が短期間で実用化されたのは,MQL加工用切削油の発展だけでなく,同時に工具や,MQL装置,工作機械の大幅な進歩があったためである。ただし,現在部品加工では,マシニングセンターを用いて複合加工を行うことが増加していることから,そのうちの一部の加工に MQL加工の適用が困難なだけで,その加工全体にMQL加工の導入が難しくなる。

したがって,今後は,“どのような加工までMQL加工が対応できるか”,“どのような材料まで加工できるのか”という, MQL加工の適用範囲を拡大する検討が重要になってきている。筆者らも,水ミストにより冷却性を向上させ,難削材などの加工性能を向上させた油膜付き水滴加工法(Oil on Water Cutting)用切削油“ユニカットジネンMF24W”*9や更なる環境対応と効率化を目指し,工作機械のMQL加工油とすべての潤滑油を統合した生分解性マルチファンクション油“ユニカットジネンMFF”*10を開発した。

今後もセミドライ油剤の継続的な開発を行いつつ,最適な工具形状やコーティング技術,加工条件,ならびにミスト供給方法の開発を組み合わせることで,MQL加工(セミドライ加工)をより高度なレベルに引き上げ,従来の加工以上の総合性能が出る加工方法を確立し,更なる高効率・高精度なエコマシニングを実現していきたい。

 

<参考文献>
*1 F. Klocke, et al., Annals of the CIRP, Vol.48, No.2(1999) 515
*2 F. Klocke, Annals of the CIRP, Vol.46, No.2(1997) 519
*3 稲崎一郎, 機械技術, Vol.48, No.11(2000) 40
*4 中西克司,精密工学会中国四国支部講習会テキスト「環境対応加工技術」(2003) 1
*5 佐藤潤幹他,日本機械学会論文集(C編),Vol.62,No.604 (1996) 4696
*6 S. Suda,. et al., Annals of the CIRP, Vol.51,No.1(2002) 95
*7 鈴木繁, 機械技術, Vol.47, No.5(1999) 43
*8 小松富士夫, 潤滑経済, Vol.6(1995)P6
*9 笹原弘之, 精密工学会誌, 66(1)80(2000)
*10 T. Wakabayashi, et al., CIRP, Vol.52, No.1(2003)61
*11 河田圭一, 精密工学会誌, Vol.69,No.9,(2003)1342
*12 S. Suda,. et al., Proceedings of the international conference on leading edge manufacturing in 21st century(2003)107

 

最終更新日:2017年11月10日