化学物質管理に係る政策と施策について | ジュンツウネット21

経済産業省 化学物質管理課  2004/12

はじめに

化学物質は国民生活や産業活動に不可欠な素材として幅広く利用されているが,個々の物質が持つ人の健康や環境へのリスクに関する知見は必ずしも十分に得られていない。したがって,化学物質を活用することで産業の活性化や生活の質的向上を図っていくためには,化学物質のリスクを把握し,そのリスクに応じた管理を行うことで人の健康や環境に対する化学物質の影響を適切にコントロールしていくことが必要になる。

このような観点から,経済産業省では,以下の事項を化学物質管理政策の課題として,化学物質の適正管理の促進に努めている(参考1)。

(1)化学物質管理政策を,その科学的・国際的な動向と整合
(2)我が国における審査・規制,自主管理,情報開示等の法的枠組を整備・運用
(3)その基盤となる科学的知見の充実と方法論の確立,及び国内外の産業,行政,市民等関係者におけるリスクベースの考え方や手法の浸透

化学物資管理政策体系

参考1 化学物資管理政策体系

1. 化学物質規制対策の推進

人や環境にとって有害な化学物質については,その製造・輸入等を規制する法的枠組みを整備するとともに,その枠組みに沿ってリスクを管理していくことが不可欠である。また,化学物質はその種類が膨大なこと,国際貿易等を通じて地球規模で移動する可能性があることから,規制対策に当たっては国際的に協調していくことが不可欠である。このような観点から,経済産業省では,以下の化学物質規制対策を講じている。

(1)法的規制による対応

1.化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(化審法)の適正な施行(参考2

本法は,難分解性の性状を有し,かつ人の健康や動植物の生息・生育に支障を生ずるおそれがある化学物質による環境汚染を防止することを目的としている。このため,我が国で新規に製造・輸入される化学物質については,有害性に関する事前審査を義務づける(年間約300件)とともに,長期毒性を有する化学物質等については,その製造・使用等を規制している。

また,化審法公布時点(1973年)に我が国 で製造・輸入されていた既存の化学物質については,国が安全性点検を推進している(分解性,蓄積性について2003年末まで1,410 物質の点検を実施)が,2003年5月に改正(2004年4月施行)を行い,今後は官民の連携によって行うこととなったうえ,環境に対する化学物質の影響やリスクに応じた審査・規制制度等を導入した。

003年改正化審法の体系(★:改正点)

参考2 2003年改正化審法の体系(★:改正点)

(2)国際的協調による対応

化学物質は,我が国だけでも約2万種類存在しているように,世界中では膨大な種類が流通している。また,化学物質は環境中への排出や国際貿易等を通じて地球規模で移動する可能性があるため,各国単独による化学物質管理政策には限界がある。仮に,特定の国が独自の化学物質管理規制を運用した場合には,化学産業の国際的展開や化学品貿易に対する障害になる可能性があることから,化学物質管理政策に当たっては国際協調を図ることが重要である。このため,我が国としては,1970年代から継続しているOECDの化学物質管理政策分野における国際協調活動や,個別課題に対応した国際条約の交渉等に積極的に参加するとともに,化学物質管理に係る国際合意の実施に向けた各種国内措置を検討・実施している。

1.OECD化学品プログラム

OECDでは,化学物質のテストガイドライン(標準試験方法集),GLP(優良試験所基準),新規化学物質の届出・審査等に関するルールを整備し,特に1990年代以降は,加盟国分担によるHPV(高生産量化学物質)の安全性点検(注),臭素系難燃剤等の個別化学物質のリスク管理,PRTR 制度の各国での導入促進等,リスクの評価・管理を中心とする政策協調に取り組んでいる。

(注)HPVの安全性点検:
 OECD加盟国の1ヵ国で年間1,000トン以上生産されている化学物質(約5,200物質)について,各国で分担して有害性情報の収集及びリスク評価を行うもの。我が国で流通している化学物質については,622物質がHPVに該当。
 本プログラムは,2004年までに1,000物質の初期評価を完了することを目標にしている。我が国では,経済産業省・厚生労働省・環境省と産業界が共同で点検作業を推進中。

2.残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約(POPs条約)

POPs条約は2001年に国連で採択(本年5月発効)され,POPs(残留性有機汚染物質[難分解性・長距離移動性・生物蓄積性・毒性を持つ])の製造・使用の禁止,廃絶,排出の削減等を規定している。我が国は,2002年8月に本条約を締結している。

3.国際貿易の対象となる特定の有害な化学物質及び駆除剤についての事前のかつ情報に基づく同意の手続に関するロッテルダム条約(PIC条約)

PIC 条約は1998年に国連で採択(本年2月発効)され,化学物質の危険有害性に関する情報が乏しい国への輸出によって,その国の人の健康や環境への悪影響が生じることを防止するため,輸出国は特定の有害物質の輸出に先立って輸入国政府の輸入意思を確認し,必要に応じて化学物質に関する情報を相手国に通報したうえで輸出を行うこと等を規定している。我が国は,本年6月に本条約を締結している。

2. 事業者による自主管理の推進

化学物質には有害性は判明しているが,人の健康や環境への悪影響との因果関係が必ずしも判明していないものが数多くある。このような化学物質については,法規制による製造・輸入等の制限よりも,事業者自らが取り扱い実態に即して管理活動を改善・強化することの方が効果的かつ効率的と考えられる。このような観点から,経済産業省では,事業者による自主管理の促進に向けた以下の対策を講じている。

(1)特定化学物質の環境への排出量の把握等及び管理の改善の促進に関する法律(化管法)の適正な施行(参考3

本法は,事業者による化学物質の自主的な管理の改善を促進し,環境の保全上の支障を未然に防止することを目的としている。このため,事業者に対し,(1)事業所からの排出量等の把握・国への届出(PRTR制度)とともに,(2)対象となる化学物質等を他の事業者に譲渡する際に,その物質の性状及び取り扱いに関する情報の提供(MSDS制度)を義務づけている。

国は,PRTR制度に基づき届け出られたデータ等を集計し,化学物質の排出実態を公表している(平成14年度の結果については,本年3月に公表済み)。また,同法律の円滑な運用のため,国は事業者による化学物質管理指針の遵守状況調査,化学物質排出量等算出マニュアルの充実,化学物質排出量等のデータ分析等を実施している。

化学物質排出把握管理促進法(PRTR制度)の体系

参考3 化学物質排出把握管理促進法(PRTR制度)の体系

(2)自主管理計画のフォローアップ(有害大気汚染物質)

大気汚染防止法の改正(1996 年)に伴い,有害大気汚染物質の排出の把握と抑制が事業者の責務とされた。経済産業省・環境省は,ベンゼン等12物質の排出抑制を目的とした産業界による自主管理計画及びベンゼンに係る地域自主管理計画の進捗状況についてフォローアップを実施し,その結果を審議会に報告している。

このような産業界の取り組みにより,1999~2002年の間で有害大気汚染物質の排出量は49%削減された。2004年度は,第2期自主管理計画(2001~2003年)による実績の最終と りまとめを行う予定である。

(3)リスクコミュニケーションの支援

化学物質のリスクの適切な管理のためには,関係者が相互に関連情報の要求・提供,意見交換を通じてリスクに関する認識を共有し,各自の取り組みについて相互に理解を深めること(リスクコミュニケーション)が重要になる。このような考え方は,化管法において,PRTR 制度対象化学物質等の管理に関する事業者の責務にも反映されている。また,個別事業所からの化学物質の排出(大気・水)による事業所周辺環境の影響を予測する環境濃度計算モデルの開発・普及を行うとともに,事業者の責任である化学物質管理指針の遵守状況を調査している。

なお,改正化審法で導入された,中間物等の新規化学物質の製造・輸入を認める事前確認・事後監視制度も,製造・輸入事業者がユーザーと十分なコミュニケーションを図ることが前提となっている。

(4)化学品の分類及び表示に関する世界調和システム(GHS)の実施に向けた検討(参考4

GHSとは,化学物質の危険有害性(現在26項目)の分類基準と表示内容(ラベル及びMSDS)を国際的に調和させることで,(1)危険有害性に関する情報の理解の促進,(2)危険有害性に関する試験・評価作業の重複の回避を図るものである。国連では2008年まで,APEC加盟諸国では2006年末までの実施を目指している。我が国では,化管法のMSDS等をGHSと整合することが必要となるため,現在,GHSに関係する省庁と国連のGHS小委員会に出席している専門家等で構成する関係省庁連絡会議を,2001年から開催し,GHS小委員会の対処方針の検討,GHS文書の翻訳作業,国内実施方法の検討等を行っている。

2003年7月に以下の内容を国連にて合意
(1)化学物質,調剤(混合物),金属及び合金について,物理化学的危険性(16項目)及び人の健康や環境生物に対する有害性(10項目)の各々の危険有害性の強さ(度合い)に応じていずれのレベルに該当するかを分類する基準を世界で統一。
(2)安全データシート(SDS)の記載内容,危険有害性の強さを表示するラベルの内容(絵表示,注意喚起語,危険有害性の性質と程度を表す文言他)を定めることにより,情報伝達(hazard
communication)のルールを世界で統一。
(3)原材料の製造・輸入者から消費者までを本システムによる危険有害性情報の伝達の対象とする。
期待される効果
 1.危険有害性の情報伝達に関して誰もが理解できるシステムを確立し、人の健康及び環境生物の保護を推進。
 2.化学物質の試験・評価の重複を回避。
 3.危険有害性が正しく評価されている化学物質の国内外取引を促進。等
 
実施スケジュール(国際合意)
 APEC:可能な限り2006年末までに実施(2002年5月 APEC貿易大臣会合)
 WSSD:2008年までに完全実施(2002年8月 持続可能な開発に関する世界サミット(WSSD))
 国連:2008年までに実施(2003年7月 国連経済社会理事会)
参考4 化学品の分類及び表示の世界調和システム(GHS)(Globally Harmonized System of Classification and Labelling of Chemicals)

3. リスク管理基盤の整備

化学物質によるリスクを適正に管理していくためには,科学的知見に基づく評価手法を用いてリスクを正確に評価することが不可欠である。また,化学物質の有害性やリスク等に関するデータについては,事業者や国民等が効果的に活用できるようにデータベース化していくことも必要である。さらに,得られたデータを活用しながら確実にリスクを削減する技術を開発することも重要である。このような観点から,経済産業省では,化学物質総合評価管理プログラム(参考5)等を通じて,化学物質のリスク管理に関する基盤の整備に向けた以下の対策を講じている。

(1)化学物質の有害性等に関するデータの収集・評価・新たな評価手法の開発

化学物質のリスクを把握するためには,人や環境への有害性と曝露量が必要になる。この一環として,化学物質の特性(分解性,蓄積性等)や有害性(長期毒性等)に関するデータを実験や文献調査を通じて収集・評価している。さらに,その情報を用いて,化学物質の構造式から分解性などを予測する方法やラットの遺伝子を用いて予測する方法等,正確・迅速・低コストな評価方法の開発を行っている。

(2)化学物質のリスクに関する評価手法の開発

化学物質のリスクを把握するためには,リスク評価手法を開発することが必要になる。このため,環境モニタリングにおける測定データ等から環境中の濃度分布を推測する数理モデルを開発するとともに,このモデルで評価した人の摂取や環境への曝露結果と,上記(1)で評価した化学物質の有害性とを統合した化学物質のリスク評価手法の開発を行っている。

(3)有害性情報・リスク評価のための知的基盤整備

上記(1)や(2)等で得られた化学物質の有害性やリスクに関するデータ,化学物質の有害性やリスクの評価手法等については,事業者や国民等が効果的に活用できるように分かりやすく整理した形でデータベース化している。また,これらのデータはインターネット等を通じて一般に広く公開している。

(4)化学物質のリスク削減技術の開発

化学物質によるリスクを着実に削減していくために,製造工程における有害な化学物質の回収・再利用技術や,このような化学物質を使わない新たな反応プロセス技術の開発,難分解性の有害化学物質を分解・無毒化する技術の開発等を行っている。

 目的
環境と調和した健全な経済産業活動と安全・安心な国民生活の実現を図るため、化学物質のリスクを総合的に評価し、適切に管理する社会システムを構築する。
 
 目標
2006年までに化学物質のリスクの総合的な評価を行い、リスクを評価・管理する技術体系を構築する。化学物質のリスクに係る国民の理解増進のための基盤及び国が規制等の施策を講ずる手段として、化学物質のリスクの総合的な評価管理を行うための手法を確立するとともにリスク削減に関する新規プロセス、手法の開発、併せて知的基盤技術を整備する。

化学物質総合評価管理プログラム

参考5 化学物質総合評価管理プログラム

おわりに

化学物質の適正管理については,2020年までに世界中で適正管理を達成することが国際的に合意されている(持続可能な開発に関する世界首脳会議(WSSD): 2002年8月に南アフリカのヨハネスブルグにて開催)。

経済産業省としては,引き続き,(1)化学物質規制対策の推進,(2)事業者による自主管理の推進,(3)有害性評価・リスク評価基盤の整備に関する各種施策を通じて上記目標の達成を図っていくことで,安心・安全な社会の構築に努めていくこととしている。

 

最終更新日:2017年11月10日