水溶性切削油剤の最新動向 | ジュンツウネット21

水溶性切削油剤の最新動向について解説する。

ユシロ化学工業株式会社 細田 貢司  2008/3

はじめに

古代より,鉱油,油脂(動植物油),ワックスが潤滑(摩擦を減らすこと)に効果のあることが知られていた。また,19世紀中期~末期にかけて,「切削点に油や多量の水を注ぐことで,よく切れるようになる」という経験的知識を学問的・体系的に捉えようという試みが始まり,その進歩の歴史をたどることになる。天然の水や鉱油,動植物油などからスタートした切削油剤は,各種油剤の開発と実用化が推進され,用途に応じた多くの油剤が開発された。

オイルショック以降,経済性と安全性を重視した水溶性切削油剤が急成長を遂げ,この二十数年間における切削油剤の水溶性化率は約2倍に増大している。

一方,1990年代以降,環境問題が大きくクローズアップされ,工場の作業環境や廃棄物の環境汚染に注目が集まっている。ここでは,水溶性切削油剤の機能,環境問題および環境対応油剤の開発状況を紹介する。

1. 水溶性切削油剤の機能および成分

水溶性切削油剤のJIS分類,機能,成分および組成例を表1に示す。

表1 水溶性切削油剤の種類と組成
項目/種類(JIS分類)
エマルション(A1種)
ソリュブル(A2種)
ソリューション(A3種)
機能
成分
潤滑性 鉱油(合成潤滑剤)※
50~80(50~80)%
0~30(5~30)%
(5~30)%
脂肪油,脂肪酸
0~30
0~30
0~20
極圧添加剤
0~30
0~20
乳化・可溶化・浸透 界面活性剤
10~40
5~20
0~5
さび止め性 有機インヒビタ
0~5
5~10
0~20
無機インヒビタ
0~5
0~10
0~20
非鉄金属防食剤
1以下
1以下
1以下
さび止め,耐腐敗性 アルカリ(有機,無機)
0~10
10~40
0~20
耐腐敗性 防腐剤
1以下
1以下
1以下
消泡性 消泡剤
1以下
1以下
1以下
その他
0~10
5~40
20~50
適用加工例
非鉄,鋳鉄,鋼の切削加工(研削加工) 非鉄,鋳鉄の切削加工,鋼の研削加工 鋳鉄,鋼の研削加工

※シンセティック形切削油剤の場合は,鉱油の代わりに( )内に示す量の合成潤滑剤が使用される。

A1種は,水で希釈すると白濁した液となり,一般にエマルションと呼ばれる。鉱油や脂肪油などの水に溶けない成分と,それを乳化させるための界面活性剤とを主成分とする。水溶性切削油剤の中では最も潤滑性に優れており,鋳鉄,非鉄金属(アルミ合金,銅合金)および鋼の切削加工など,一般に潤滑性の要求される加工に使用される。極圧添加剤を含有するものは,鋼の低速切削などの重切削加工にも用いられる。

A2種は,水で希釈すると半透明もしくは透明液となり,一般にソリュブルと呼ばれる。鉱油や脂肪油よりも界面活性剤を多く含有する。浸透性や冷却性に優れており,鋳鉄,非鉄および鋼の切削・研削加工に使用されている。

A3種は,水で希釈すると透明液となり,一般にソリューションと呼ばれる。水溶性の無機塩などを主成分とする。優れた消泡性と冷却性を有するため,主として鋼の研削加工に使用されている。

なお,潤滑成分として,合成潤滑剤を使用したシンセティックあるいはオイルフリーと呼ばれる切削油剤がここ数年の間に多用されるようになり,A1種,A2種およびA3種に該当するものが市販されている。

水溶性切削油剤に適用される代表的な合成潤滑剤の内容は,ポリアルキレングリコールであり,合成品であることから分子量,水溶性の程度など,構造を自由に設計することが可能である。

各シンセティックタイプの性能を従来エマルションとの比較で表2に示す。エマルション同士で比べてみても,浸透性,洗浄性,および耐腐敗性が高いことがシンセティックタイプの特長である。シンセティックソリュブルでも,エマルションに匹敵する潤滑性能を備えたものが増えており,マシニングセンタなどで実用化が進んでいる。

表2 シンセティック形切削油剤の性能(従来型エマルション対比)
 
種類
シンセティック
従来エマルション
諸性能  
エマルション
ソリュブル
ソリューション
潤滑性
浸透性(洗浄性)
冷却性
耐腐敗性
希釈液安定性
機械汚れ
抗乳化性
希釈液外観
乳白色
半透明
透明
乳白色
廃水処理性
有機材料に対する影響
ランニングコスト
 (表示)優れる ←  → 劣る

2. 切削油剤の環境問題

切削油剤の環境問題と切削油剤に対する課題

図1 切削油剤の環境問題と切削油剤に対する課題

切削油剤の環境問題と,切削油剤に求められる課題を整理して図1に示す。

切削油剤を取り巻く環境問題は,地球環境保護というグローバルな面と,加工現場に直面した作業環境の改善という2つに大別される。

地球環境の保護では,塩素,窒素およびPRTR対象物質などの有害物質の削減や,廃液処理性の向上ならびにロングライフ化による廃液量の削減など,環境負荷への低減が求められている。

一方,作業環境の改善には,ミスト抑制型油剤,腐敗劣化しにくい抗菌性油剤,そして機械周り汚れの低減など,加工現場の環境を改善する油剤が必要とされている。

これらの問題を改善するため,上記要求に応じた製品が種々開発され,環境負荷の低減に大きく寄与している。

2.1 ストックホルム条約への対応

ストックホルム条約とは,残留性有機汚染物質(Persistent Organic Pollutants:POPs)から人の健康と環境を保護することを目的とし,(1)PCB等の10物質の製造・使用,輸出入の禁止ないし制限,(2)非意図的に生成されるダイオキシン等4物質の削減等による廃棄物等の適正管理,を謳っている。2004年5月17日に発効。2007年3月現在,我が国を含む143ヵ国および欧州共同体が締結している。

このことから,油剤メーカーは,ストックホルム条約や今後規制対象になるような物質を含まない製品開発を行い,環境規制などに対応できるような体制の確立を行っている。

2.2 REACHへの対応

REACHとは,「Registration(登録),Evaluation(評価),Authorization(認可) and Restriction(制限)
of Chemicals(化学品)」の略であり,2007年にEUで施行され,2008年に運用開始予定の化学物質に関する新たな規制である。EUで流通する製品に含まれる,約3万種類以上の化学物質の毒性情報などの登録・評価を産業界に義務づける。これは,安全性が確認されていない化学物質をEU市場から排除していこうという考え方に基づいている。

油剤メーカーは,EU域内で製造する油剤,また,EUに輸出する油剤については,REACHに登録された化学物質で油剤を構成する必要がある。そのため,化学物質をREACHに登録した化学品製造メーカーからその化学品を購入して製造するか,もしくは油剤メーカー自らが,EU域内の製造業者および輸入業者(もしくは指定代理人)を通じて,化学物質の登録を行う必要がある。ただし,登録した事業者単位で化学物質の年間生産量または輸入量が1t未満であれば登録の必要はない。

このREACH制度での化学物質の登録,およびその危険有害性や環境へのリスク評価などには,取り扱い量によって規制レベルは異なるものの,予備登録後の本登録時,多大な労力と多額の費用がかかると考えられている。

REACHは,油剤メーカーだけで対応するのは困難であり,EU域内外の化学品製造メーカーとともに協力して対応していかなければならない。

2.3 塩素フリー油剤

切削油剤に使用される塩素系極圧剤は,主に低速切削において優れた加工性能を有することが知られており,ブローチ加工やタップ加工に多用されてきた。代表的な塩素化合物は塩素化パラフィンであり,塩素化パラフィンを含有する油剤を焼却すると毒性の強いダイオキシンを発生する可能性のあることが報告され,問題になっている。

ダイオキシンとは,2つのベンゼン環が,1つあるいは2つの酸素でつながった構造を持ち,ベンゼン環の水素原子のいくつかが塩素原子に置き換わった化合物の総称である。特に2,3,7,8-テトラクロロジベンゾダイオキシンには強力な発がん性や催奇性があると言われている。ベトナム戦争の「枯葉剤作戦」で用いられたフェノキシ系除草剤に不純物として混入し,奇形児や流産という悲劇を起こした元凶である。

ダイオキシンは,塩素を含有する切削油剤の廃液を,中規模焼却施設で低温焼却処理すると容易に発生することが懸念されており,塩素系極圧添加剤の使用が自粛される方向にある。1999年にダイオキシン類対策特別措置法が制定,また2000年にはJISが改正され,塩素含有切削油剤の規格が削除された。

塩素化パラフィンには,ダイオキシン以外にも次のような問題がある。

(1)1990年に米国のNTP(National Toxicology Program:国家毒性プログラム)が塩素分を60%以上含むC12の塩素化パラフィンに発がん性が認められたという研究結果*1を発表した。このレポートでは「ラットの餌に塩素化パラフィン(炭素数12,塩素量60%の塩素化パラフィンあるいは炭素数23,塩素量43%の塩素化パラフィン)を混合して飼育した結果,炭素数12,塩素量60%の塩素化パラフィンに発ガン性が認められた」という内容のものである。また,IARC(International-Agency for Research on Cancer:国際がん研究機関)では,C10~C13の短鎖塩素化パラフィンを発がん性が予想されるランクBに分類している。EUでは,2004年から,短鎖塩素化パラフィンを1%以上含有する金属加工油剤の使用を規制することになった。

(2)国内でも2005年2月にC11,塩素数7~12の短鎖塩素化パラフィンを化審法の第一種監視化学物質として規制されることになった。

(3)焼却時における酸性ガスの発生,工作機械や加工物のさびの原因,プラスチックやゴムに対する影響が強い。

(4)潤滑油の再生利用が困難である。また,焼却処理の際に焼却炉の損傷を防ぐために中和処理などの手間と費用がかかる。

このような種々の問題から,切削油剤の塩素フリー化が検討され,不水溶性切削油剤と同様,水溶性切削油剤においても,塩素系極圧添加剤を含有する油剤と同等以上の切削性能を有する油剤が開発されている。

図2に塩素フリー油剤と塩素含有油剤の加工実験結果を示す。

(a)添加剤単体の切削抵抗
(a)添加剤単体の切削抵抗

(b)添加剤単体の加工面粗さ
(b)添加剤単体の加工面粗さ

(c)併用時の切削抵抗
(c)併用時の切削抵抗

(d)併用時の加工面粗さ
(d)併用時の加工面粗さ

試験機 不二越製ブローチ試験機
工具 形状:サーフェスブローチ6枚刃
材質:SHK55
切込み:0.08mm/刃
被削材 SCr420H
切削速度 4m/min
評価項目 切削抵抗(主分力),加工面粗さ
記号
内容
Cl
塩素系添加剤
S
硫黄系添加剤
P
リン系添加剤
Sul
スルホネート系添加剤
E
脂肪油
O
鉱油
(1)各種添加剤のブローチ性能

水溶性切削油剤(エマルション)のブローチ性能
(2)水溶性切削油剤(エマルション)のブローチ性能

図2 塩素フリー形切削油剤のブローチ性能

2.4 PRTR対象物質の削除

生産現場では,様々な化学物質が使用されている。この化学物質が環境へ排出された場合の影響については未だ不明なものが多いことから,化学物質の使用を規制する今までの環境規制法では,十分な対応ができなくなってきていた。そこで,特定の化学物質を使用する事業者で自主的に管理を行い,環境への影響を低減することを目的に,PRTR法(Pollutant Release and Transfer Register)が制定された。

PRTR法で,第1種指定化学物質として354種,第2種指定化学物質として81種が指定されている。さらに,第1種指定化学物質のうち,発がん性が明らかな12物質については,特定第1種指定化学物質として指定されている。特定第1種指定化学物質は,製品中に0.1wt%以上,その他の第1種指定化学物質は,1.0wt%以上含む場合に,その製品について,MSDS(Material Safety Data Sheet,化学物質安全性データシート)の交付とともに,指定化学物質の環境への排出量および廃棄物としての移動量を報告する義務がある。第2種指定化学物質を含む製品については,MSDSの交付のみ必要である。詳しくは,環境省のホームページなどを参照していただきたい。

PRTR法で指定された化学物質は使用禁止物質ではないとはいえ,大気汚染や水質汚濁など環境への負荷が大きいと判断された物質であることから,使用しないことが望ましい。このことから,油剤メーカーは,PRTR法での指定物質を含まない製品を開発している。

2.5 アミンフリー油剤および窒素フリー油剤

水溶性切削油剤に含まれている窒素化合物の代表は,アミン(アルカノールアミン)およびその誘導体であり,これらは防錆,腐敗の抑制,pHの維持および乳化などの多くの機能を有し,水溶性切削油剤の主要な成分として多用されてきた。また,1980年代後半に,アミンを多用したバイオスタット形と呼ばれる耐劣化性に優れる油剤が完成すると,腐敗防止は防腐剤依存形からアミン依存形に変化してきた。その他にも種々の窒素化合物が,防腐剤,防食剤および界面活性剤などとして利用されている。

水溶性切削油剤の廃液は,一般的に凝集処理と活性汚泥などの組み合わせによって,規制値以下の水質に処理され河川に放流される。しかし,界面活性剤やアルカノールアミンは,化学的処理(凝集処理)や物理的な処理では廃液中から除くことができないので,水質汚濁(富栄養化,COD,BOD)の原因になりやすい。

一方,焼却すれば窒素酸化物(NOx)を生成する可能性があり,酸性雨の原因にもなるので,環境に対する影響が強く懸念される物質である。

現在,大幅にCOD値を減らし,かつ富栄養化の原因となる窒素含有量ゼロを目指す油剤として,アミンを含まない油剤(以下,アミンフリー油剤と称す)および窒素化合物を使用しない油剤(以下,窒素フリー油剤と称す)が開発されており,さらに高性能化を図ることにより環境負荷の低減に大きく寄与するものと思われる。

窒素フリー油剤について,凝集処理後のCOD値,BOD値を評価した結果を表3に示す*2。その結果,窒素フリー油剤のCOD,BOD値は,従来型油剤と比べ極端に低いことがわかる。

表3 窒素フリー油剤の廃液処理性
 
試料
窒素フリー形エマルション 20倍希釈液
汎用エマルション 20倍希釈液
項目  
処理条件 硫酸バンド(mg/L)
10,000
4,500
炭酸ナトリウム(mg/L)
3,500
1,350
高分子凝集剤(mg/L)
10
10
処理水の性状 外観
無色透明
無色透明
pH
7.0
7.0
COD(mg/L)
104
1,100
BOD(mg/L)
25
1,000
窒素分(mg/L)
1>
450

おわりに

1990年代以降,オゾン層破壊,地球温暖化,砂漠化の促進,異常気象などの地球規模の環境変化が顕著になり,環境問題が大きくクローズアップされた。そのため,油剤メーカーは,環境に対して積極的に対応しながら,製品の高品質化やコスト低減に貢献してきた。

今後,化学物質に対する管理,規制はさらに強化されていくと予測される。そのため,進展する環境問題に対応すべく,環境対応型切削油の充実を図ることが油剤メーカーとしての使命であると考える。

 

<参考文献>
*1 National Toxicology Program:Technical Report Series No.305Toxicology and Carcinogenesis Studies of Chlorinated Paraffins(C12,60%Chlorine),1986
*2 潤滑油協会:「潤滑油環境対策補助事業報告書」(2005)p.131
 

最終更新日:2017年11月10日