グリースの最近の動向 | ジュンツウネット21

グリース潤滑に関する技術の革新は年ごとに進み,グリースの潤滑性能アップへの要求はますます厳しくなってきており,グリース潤滑技術の大きな飛躍が期待される。本稿では,基礎研究の最近の動向と全般的な技術の動向について述べる。

東京都立科学技術大学 広中 清一郎  2004/7

はじめに

グリース潤滑は油潤滑に比べてグリースの飛散や流落が起こり難く,異物の混入を防止し,シール構造が簡素で保守管理が容易であることから,自動車用,鉄道用,鉄鋼製造・建設機械・農耕機械などの工業用機械・機器の軸受,歯車,等速ジョイント(CVJ),鉄道分岐器などの潤滑において,安全作動と長寿命化,騒音および振動の抑制などに欠かせない潤滑剤である。

最近の機械・機器の高性能化や小型化・軽量化,マイクロマシンなどの新しい機器の出現,宇宙環境やクリーン環境などの用途の拡大,地球環境の保護対策などとグリース潤滑に関する技術の革新は年ごとに進み,グリースの潤滑性能アップへの要求はますます厳しくなってきており,グリース潤滑技術の大きな飛躍が期待される。
本稿では,基礎研究の最近の動向と全般的な技術の動向について述べる。

1. 最近の研究動向

最近2年間の国内におけるグリースに関する基礎研究をトライボロジー会議予稿集(2002.10~2004.5の4回)とトライボロジストを調べて見ると,実用上ではグリースは汎用されているにも拘わらず意外と少ない。3回のトライボロジー会議における総研究発表件数が約870件に対してグリース関係はわずか18件で,導電性グリース*1,鉄道分岐器用生分解性グリース*2,グリース潤滑への新しい固体潤滑剤の添加効果*3~*5などである。グリースの極圧性を向上させるための新しい固体潤滑剤として合成二硫化スズ(SnS2)*3が検討され(図1),従来からのMoS2やWS2よりも低濃度添加から効果が認められ,グリース用の極圧剤として期待される。図2はグリース用耐摩耗剤としての最近注目されている新ナノ炭素材料のカーボンナノホーン(CNH)の研究結果を示す*5。熱処理CNHは同じ炭素材料の汎用グラファイトやクラスターダイヤモンド(CD),グラファイトクラスターダイヤモンド(GCD)よりも耐摩耗性に優れている。また最近2年間のトライボロジストで発表されたグリースに関わる研究論文はわずかに著者ら*6による複合酸化物Sr0.14Ca0.86CuO2/グリース系の高温用ネジ潤滑剤の研究と武士俣ら*7,*8のプラスチック歯車のグリース潤滑に関する論文のみである。

グリースの極圧性向上用の新しい固体潤滑剤

図1 グリースの極圧性向上用の新しい固体潤滑剤*3

グリース用の炭素系固体潤滑剤の耐摩耗性

図2 グリース用の炭素系固体潤滑剤の耐摩耗性*5

グリース研究会(日本トライボロジー学会,第2種研究会)では,三十余年にわたって日本の主要グリースメーカーとユーザー(軸受,鉄道関係)によるグリース潤滑とグリースの寿命に関する共同研究が共通のグリースおよび軸受,共通の2種類の寿命試験機を用いて行われ,その研究成果を2年に1度まとめてトライボロジスト (日本トライボロジー学会誌)に報告されている。最近の研究報告は,“劣化グリースと新品グリースとの混合によるグリース寿命に関する共同研究報告”*9,および“グリース寿命に及ぼす酸化防止剤の影響とその劣化過程に関する共同研究報告”*10がある。これらの研究報告は,グリースの実用のための基礎研究に関するもので,例えば後者*10は,グリース寿命に及ぼす酸化防止剤の添加効果とその寿命に至るまでのグリースの性状変化を静的条件での鋼板薄膜試験の結果と寿命試験機結果からグリースの劣化過程を検討している。また同研究会では,現在の研究会委員が中心となって“潤滑グリースの基礎と応用”という本を編纂中で,今秋に刊行される予定である。

一方,JST(Japan Science and Technology Cooperation)の検索による1989年から2000年の12年間におけるグリースの研究は約230件あり,その研究内容の割合が図3*11に示される。最も多いものはグリース組成に関するもので,合成基油系グリースやポリウレアグリースなどのグリースの耐酸化性や耐熱性,および潤滑性能の向上や新しいトライボロジー機能の付与などに関するものである。次いでグリースの劣化や寿命に関するグリース潤滑のメンテナンスに関するものも多い。また地球環境対策用の生分解性グリースの研究が10%と増加している。

報告類の分類(1989~2000)

図3 報告類の分類(1989~2000)*11

増ちょう剤に関しては総合的なグリース特性に優れることから,全世界的にリチウム石けんグリースが50%を超えている*12。日本では耐熱性グリースとしてのポリウレアグリースが12%を占め,他国より非常に多いのが注目される。

2. グリース潤滑の技術動向

前述の主要グリース関係会社から成るグリース研究会の共同研究を除いて,最近のグリースの基礎研究報告はさほど多くはないが,トライボロジーのあらゆる分野でグリースは不可欠な潤滑剤であり,機械・機器の高性能化,厳しい条件下使用の対応,地球環境対策など,年々グリースに対する要求性能は高まりつつある。図4はグリース潤滑の技術動向とグリースに求められる性能 *13,*14を示す。その主な技術動向は,次の5項目に大別され,機械の高性能化と使用条件の過酷化(高温,高速度,高負荷,長時間運転)に対応するためのグリースの潤滑性,耐熱性,耐酸化性などのレベルアップ,長時間の無給脂潤滑を可能にするための油種の統一とこれに伴うメンテナンスの軽減,グリース適用によるシール機構の簡素化からの機械の小型化や軽量化の実現,廃グリースの削減や生分解性グリースによる環境負荷の軽減などがある。これらはグリースの性能の向上とともに機械の長寿命化に直結し,省エネルギー,省資源,地球環境対策に欠かせないグリース性能である。

最近グリースに求められる動向

図4 最近グリースに求められる動向*13,*14

特に21世紀は産業分野を問わず,一般社会においても地球環境の保護が最優先され,環境対策が産業の発展とともに人類存亡に対する大きな義務・負荷となって来ている。グリース技術においても環境対策はどの性能にも増して重要視されるべきであり,その対策の一つとして生分解性グリースの開発が進んでいる。また各種産業で多用されるグリースのほとんどは焼却処分されているが,農耕機械や建設機械など野外で使用されるグリースの一部は地中に流出して土壌を汚染する危険がある。

ここで生分解性グリースについて概説してみる。グリースは自動車を始め,鉄道,農耕機械,建設および土木機械などの軸受,歯車,シール,シャーシ,ジョイント,鉄道分岐器などの開放系の潤滑に適用されることが多く,これらで使用されるグリースは潤滑系外に漏洩した場合に,生分解性が重要となる。また密封系でも不慮の事故による漏洩対策の一つとしても生分解性が必要となる。

生分解性グリースは生分解性潤滑油と同様に微生物により分解されやすい成分を主体にするもので,OECD法やASTM法では生分解率が60%以上のものと規定されている。生分解性グリースの基油としては植物油系と合成エステル系とに大別される。基油の生分解性は,菜種油などの植物油,合成エステル,鉱油,ポリグリコール,PAO,アルキルジフェニルエーテルの順で低下し,生分解性と潤滑性や熱・酸化安定性とは必ずしも一致しない。植物油は潤滑性や生分解性に優れるが,熱・酸化安定性が低い。一方,合成エステルは耐熱性に優れるが,コスト高の難点もある。また増ちょう剤の生分解性では12-ヒドロキシスレアリン酸リチウム系が高く,ウレア系が低い。優れた生分解性グリースの開発には,グリース成分の生分解性,潤滑性,熱・酸化安定性,コストなどの点を考慮して行われるべきである。
 なお生分解性グリースについての詳細は解説*15~*18を参照されたい。

3. おわりに

誌面の関係で,各工業分野の個々のグリース潤滑には触れず,最近のグリース(潤滑)の全般的な動向について,基礎研究面と応用技術面からごく簡単に概観した。トライボロジーにおいてグリース潤滑は不可欠な潤滑剤であるために,今後ますますグリース(潤滑)技術の研究は重要であり,今後一層進展するであろう機械性能のレベルアップ,また宇宙機器,半導体製造装置,マイクロマシンなどの超精密機器用のグリース潤滑,および真空,高温,放射線,クリーンなどの特殊環境におけるグリース潤滑に十分対応するためには多大な基礎研究に基づいたグリース潤滑技術の開発が切望される。

鉄道用グリース*19,宇宙機器用グリース*20,その他建設機械や産業ロボット用グリースなどの工業用グリース*21,事務機用グリース*22の技術動向については各解説を参考にされたい。

 

<参考文献>
*1 傳寶功哲,中 道治:トライボロジー会議予稿集,(2003-5)235
*2 曽根康友,鈴木政治,木村 浩,近藤信也:トライボロジー予稿集,(2003-11)445
*3 宮本隆介,小林克則,広中清一郎,渕上 武:トライボロジー会議予稿集,(2004-5)113
*4 小林克則,広中清一郎,鈴江正義,太田善郎:トライボロジー会議予稿集,(2003-5)295
*5 小林克則,広中清一郎,梅田一徳,田中章浩,飯島澄男,湯田坂雅子,鈴木雅裕:トライボロジー会議予稿集,(2003-5)297
*6 鈴木雅裕,太田善郎,広中清一郎:トライボロジスト,47(6),(2002)498
*7 武士俣貞介,佐久田博司,日比野稔,角田さやか,篠原健一:トライボロジスト,48(10),(2003)866
*8 武士俣貞介,佐久田博司,岡庭隆志,篠原健介,三浦 哲:トライボロジスト,48(12),(2003)998
*9 日本トライボロジー学会グリース研究会:トライボロジスト,47(3),(2002)184
*10 日本トライボロジー学会グリース研究会:トライボロジスト,49(3),(2004)234
*11 小松崎茂樹:トライボロジスト,47(1),(2002)2
*12 NLGI:Grease Production Survey Report(1998)
*13 藤浪行敏:出光技報,44(1),(2001)53
*14 増田和久:出光トライボレビュー,No.24,(2001) 1512
*15 持田 康:潤滑経済,No.411,(2000)16
*16 木村 浩:トライボロジスト,45(11),(2000)796
*17 曽根康友,鈴木政治:潤滑経済,No.423,(2001)7
*18 小宮広志:潤滑経済,No.449,(2003)30
*19 曽根康友,鈴木政治:トライボロジスト,47(1), (2002)34
*20 吉井保夫:月刊トライボロジー,No.193,(2003)34
*21 清水健一:トライボロジスト,47(1),(2002)15
*22 木村 浩:トライボロジスト,47(1),(2002)40

 

最終更新日:2017年11月10日