民間ジェット機に使用されているエンジン潤滑油は,軍用も含めて米軍規格MIL-L-23699Dに定められた性能規格を満たすもので,30年以上にわたって使用されており,タイプII オイルと呼ばれています。
ジャンボジェットのエンジン潤滑油
ジャンボジェット機にはどのようなエンジン油が使われていますか。また,その潤滑管理方法についても教えて下さい。
解説します。
近年飛行している民間ジェット機に使用されているエンジン潤滑油は,軍用も含めて米軍規格MIL-L-23699Dに定められた性能規格を満たすもので,30年以上にわたって使用されており,タイプII オイルと呼ばれています。
1. ジェットエンジン油潤滑油の歴史
航空機にジェットエンジンが搭載され,ジェット機として実用化されてからの歴史は短いのですが,第二次世界大戦以後,朝鮮動乱ではジェット戦闘機が実戦で飛び交い,その技術は軍事的な面で目覚ましく進歩しました。当初は,プロペラエンジン潤滑油同様,鉱油をベースとしたジェットエンジン潤滑油でしたが,ジェットエンジンの高性能化にともない油にかかる熱負荷は飛躍的に上昇し,鉱油をベースとするものでは到底耐えることができなくなり,タイプI オイルと呼ばれる合成油が登場することになります。しかしながら,ジェットエンジンの進歩はとどまることなく,マッハ3を超えるようなエンジンや,民間航空機で現在広く搭載されている推進効率の良い高バイパスレシオのエンジンの出現により,エンジン内部での高温にも耐え,熱分解して発生するカーボンを押さえられるようなタイプII オイルが開発されました。
2. ジェットエンジン潤滑油の役割
ジェットエンジンの詳細についてはその専門家に委ねるとして,ここではジェットエンジン潤滑油の役割について簡単に説明しましょう。
ジェットエンジンの主な構成要素は,図1のようにファン,圧縮機,燃焼室,タービンなどですが,これらのうちファン,圧縮機,タービンには回転軸と軸受があり,これらの軸受をはじめてとして内部のギア等もジェットエンジン潤滑油が潤滑しています。しかし,ジェットエンジン潤滑油の最も大切な役割はほかにあります。それは,エンジンの潤滑部分の過熱を防ぐための冷却です。一言でいえば,ジェットエンジン潤滑油の使命の95%は高温の潤滑部の熱管理にあるといっても過言ではありません。とくに,燃焼室に近い軸受や高温ガスが流れる部分を貫通している潤滑油のラインではコーキングと呼ばれるカーボンの生成堆積が起こりやすく,コーキングが発生するとエンジン内部の冷却が充分でなくなったり,潤滑油そのものの流れが阻害されたりして,さまざまな障害をもたらすことになります。
図1 ターボファン エンジン (P&W JT9D) 断面図 |
3. ジェットエンジン潤滑油に要求される性能
ジェットエンジン潤滑油は,他の潤滑油と同様,ベースオイルに添加剤を配合して作り上げられます。しかしながら,先に述べたように潤滑油として使用される条件がきわめて厳しいことが特筆されるため,その開発は膨大な時間と予算を必要とし,しかも優れたジェットエンジン油として市販されるまでには多くの課題を克服しなければなりません。このため,開発されたジェットエンジン潤滑油のベースオイルおよび添加剤の選択と配合は特殊なもので,企業秘密となっております。
ここで,ジェットエンジン油が航空機用として用いられるための一般的に要求される条件を挙げてみましょう。
(1)ジェットエンジンはきわめて大出力でありながら,コンパクトで出力当たりのエンジン重量が軽いことが要求されるため,潤滑油容量が極端に少ない。
ちなみにB747では4基のエンジンを搭載しているが,1基あたりの潤滑油容量は25~30L程度である。乗用車のエンジン油の容量が4~5Lであることを考えるとエンジン出力当たりの油量はきわめて少なく,しかも消費量が少ないので新油の補給量が少ない。したがって,最初に充填されたエンジン油は新油補給による置き換わりが少ないため,過酷な温度条件下で酸化が進むことになる。
このような条件下でも良好な性状を維持しエンジン内部を清浄に保つ潤滑油は,ベースオイル自体が酸化安定性および熱安定性に優れていることと,優れた添加剤によってこれらの要求される性能が強化されていることが必須となる。
(2)ジェットエンジンはきわめて高価であり,機体から取り降ろして整備工場でオーバーホールを行うと,エンジンのサイズにもよるが数千万円はかかるとみなければならない。
したがって,エンジンコアの重要な部品に使用限界時間があり,一定時間稼働後に行う定期オーバーホール(ジャンボジェットのエンジンではエンジン型式により差異はあるが,およそ1万3千~5千時間ごと)以外のジェットエンジン潤滑油に起因する突発オーバーホールが発生しないようなオイルでなければならない。
ジェットエンジン潤滑油は,ジェットエンジン回転体の中心部を潤滑しているため,潤滑油の性能不足による潤滑個所の不具合は,エンジンの整備工場でのオーバーホールに繋がりやすい。このため,酸化および熱分解によるエンジン内部の汚れや,コーキングに対して強いものでなければならない。このことは,ベースオイル自体が酸化ならびに熱分解しにくく,また,熱分解した場合にも潤滑部品の摩耗を促進するような硬質なカーボンを生成せず,フィルタで浄化されやすいものでなければならない。
このため,世界のジェットエンジン潤滑油メーカーは数社あるが各社ともベースオイルとしてエステルを使用している。さらに,オイルの酸化劣化を抑え,コーキングの発生を抑止するためには,いくつかの添加剤を加えてジェットエンジン潤滑油としての性能を強化している。
4. ジェットエンジン潤滑油の消費量と製造
ジェットエンジン潤滑油はこのように用途が限定された特殊製品であるため,日本国内で1年間に供給される総量は日本の航空機,外国から飛来する航空機,防衛関連さらには一部工業用に用いられる供給量を合計してもたかだか20万ガロン(800kL)程度であります。
したがって,世界中で常に一定の品質の製品を厳密な品質管理に基づいて製造するために,各ジェットエンジン油メーカーは1製造工場に特定して製造しています。