トライボロジー特性改善のための表面テクスチャリング | ジュンツウネット21

「トライボロジー特性改善のための表面テクスチャリング」  2010/10

東京理科大学 佐々木 信也

はじめに

環境問題への意識の高まりや製造業の国際競争力強化を背景に,輸送機械や産業機械などのさらなる熱効率ならびに信頼性の向上と高機能化および高付加価値化が求められている。

トライボロジーは,これらの課題解決を担う基盤技術であると同時に,他の容易な追従を許さないコア・テクノロジーとして,より高度な技術的要求への対応が求められている。トライボロジー・システムの開発に当たっては,コスト低減や性能向上はもとより,環境負荷の少ない摺動材料,潤滑剤および製造プロセスなどの採用が必須条件となっており,これらを同時に解決する手段として表面改質技術に寄せられる期待は大きい。

そもそも,構造部材として材料に求められる性質と,外部との境界を成す材料表面に求められる性質とは必ずしも一致せず,場合によっては相反する特性が求められることもある。そこで,表面に必要とされる性質を内部とは独立に付与し,機能の役割分担による材料全体での高性能化を図る手段として,表面改質は実に理に適った材料創製技術であると言えよう。一方で,表面改質技術は多岐にわたり,また目的は同じであっても技術体系の異なる手法間での性能比較などはあまり行われていないのが実情で,日進月歩の最新技術を網羅するような技術の体系化は進んでいない。

表面テクスチャリングは,図1に示したように表面改質技術の1つに位置付けられるが,これらの中でもっともシンプルであり,かついかなる場合にも必須となる表面処理プロセスと言える。特に表面形状や表面粗さは,機械部品の表面仕上げを規定する機械設計で,基本中の基本とも言えるパラメータである。工作機械などの案内面に施すきさげ加工やシリンダライナー内面のホーニング加工などは,古くからある表面テクスチャの代表的な例である。この他,シール面の表面仕上げなど,実用上必要不可欠となっている表面テクスチャリングは事例を挙げればきりがない。しかしながら,一般の機械設計論において,表面性状とトライボロジー特性との相関やその効果については,油膜パラメータΛを流体潤滑状態の指標として論じる程度に留まっているのが実状である。ここに,学術的知見と実用技術との間の乖離があると言えよう。

例えば,ものづくり現場の機械設計者や技術者らは,豊富な経験を踏まえたノウハウをもとに,対象とする摺動表面の最適な表面形状や粗さを決定し,必要とされる性能を持った製品を創り出している。しかしながら,トライボロジーの理論に基づく合理的な設計手法では,そのような経験則に基づいて作られた表面の性能を超えることはもちろん,表面テクスチャの指針すら提示できないというのが本当のところではないだろうか。ではなぜ,表面テクスチャリングは経験によるノウハウに大きく依存し,理論的な解明に基づく設計手法が確立されてこなかったのか。実はこの理論的な解明というものに,大きな誤解と盲点があったのではないかと考えている。

表面改質技術としてのテクスチャリング

図1 表面改質技術としてのテクスチャリング

最近,トライボロジー関連の国際会議や論文誌で,LST(Laser Surface Texturing)をはじめとする表面テクスチャリングに関する研究発表が増えている。これらの発表で多く目にするのが,商用コードによる数値流体解析(Computational Fluid Dynamics,CFD)法などの解析結果をもとに,安易にテクスチャ効果を論じたものである。このような流体解析手法は,スパイラルグルーブ軸受やレイリーステップ軸受などの,マクロ形状からなる動圧軸受解析の流れを汲むもので,もともとは理論的に裏付けられたものである。微細なテクスチャ形状に対しても,解析の前提条件を逸脱しなければ適用は可能である。ただし,流体解析用商用コードの普及とも相まって,境界条件も不明確なまま発生圧力を算出して単純にその大きさを比較したり,さらには安易にテクスチャの最適形状まで言及したりするものさえ散見されるのはいかがかと思う。

このような状況は,ものの本質を見失わせる一因となっているのではないだろうか。マクロ形状を有する動圧軸受とは異なり,ミクロな表面テクスチャでは流体潤滑に十分な動圧効果を発生する保証はなく,そもそも前提となる摺動条件が必ずしも完全な流体潤滑状態をもたらすものとは限らない。あろうことか,流体解析を裏付ける実験データを詳しく見ると,境界潤滑状態で実施された実験データをそのまま比較の対象としているような論文さえある。数値流体解析はマクロな視点での流体潤滑状態を前提としているにも係わらず,適用外の摺動状態において都合よく誤った解釈に用いられているのである。このような解析手法の乱用は,悪意はなくとも摺動状態をきちんと把握もしくは定義しないが故に起こるのであって,実際のトライボロジー現象を必要以上に複雑なものと印象付ける結果を招いているのである。

表面テクスチャによって改善を期待する効果が,どのようなメカニズムに起因するものなのか。また,どのような摺動状態でその効果が発現するのか。まずは,これらの点を明確にした上で,表面テクスチャリングを考えることが重要である。

このような観点から本コンテンツでは,トライボロジー特性改善のための表面テクスチャリング技術について概観する。また,先の述べた流体潤滑理論に基づく表面テクスチャ効果については,同志社大学 平山 先生に詳しい解説をお願いした。さらに,トライボロジー分野における表面テクスチャリング関連技術の今と今後の動向を知る上で,フェムト秒レーザを用いた最新の表面微細加工技術,実際の摺動要素への表面テクスチャの応用例について,産業界で実績のある方々に解説を頂いた。

1. 表面テクスチャリングの効果

摺動特性を考えた場合,表面テクスチャリングに期待される主な効果としては,以下の3つが挙げられる。

(1)動圧の発生
(2)摺動面への潤滑油の供給
(3)異物の排出やトラップ

もう少し広く見ると,表面の濡れ性や流体抵抗の変化なども,テクスチャリングがもたらす効果として知られている。ただし,これらは定性的な一般論であって,定量的に予測ができるのは,流体潤滑下で発生する一部の動圧のみである。これが理論的な解明に限界をもたらす原因であるとともに,どうしてもテクスチャリングのデザインをノウハウに頼らざるを得ない状況を生み出している。しかしこれで済ましては,学術とエンジニアリングとの溝は埋まらない。

図2に示したような一般的なストライベック線図で考えれば,各種トライボ要素の摺動表面のほとんどは,流体潤滑以外の潤滑状態での摺動が余儀なくされることを認識すべきである。これまでは,表面テクスチャリングは流体潤滑領域で機能するものと認識されてきたが,乾燥摩擦や混合潤滑を含む広義での境界潤滑状態においてこそ,表面テクスチャリング効果の発現が期待されることになる。前記の3つの効果についても見方を変えれば,境界潤滑状態で摺動する表面にテクスチャを施すことにより,より良好な潤滑状態である流体潤滑域に近づけために有効に機能するものと捉えることもできよう。テクスチャ効果が期待される潤滑状態,そしてその発現のメカニズムを明らかにすることによって,テクスチャ表面の設計指針を確立し,表面改質の1つとして技術の体系化を図っていく必要がある。

ストライベック線図における各種トライボ要素

図2 ストライベック線図における各種トライボ要素

このような中,“なじみ”という切り口から表面テクスチャリングの効果を解明しようとする足立らの試み*1は,まさに学術的なアプローチから合理的に現実解を導くための方策として,その展開が期待されるものと言えよう。“なじみ”に着目することの重要な点は,最初に創製したテクスチャが摺動プロセスを経る過程で変化すること,そして安定状態に至った表面状態(テクスチャ)こそが,改善効果をもたらすメカニズムを担うということを明確に認識することにある。ある摺動条件下において安定状態に至ったテクスチャこそが“なじんだ表面”であり,このときのテクスチャとは,単なる物理的な形状を意味するのではなく,化学組成やその表面近傍における空間分布の状態を包括したものを意味する。

初期の表面状態が,摺動後の摩擦状態に及ぼす影響の一例*2を紹介する。図3は初期の表面粗さが異なるSUJ2ディスクを用いたときの,往復動ボールオンディスク摩擦試験における摩擦係数の経時変化を示したものである。ボールの直径は10mmで,材質はディスクと同じSUJ2焼入れ鋼を用いた。実験に用いた試験機はSRV摩擦試験機で,潤滑油には30μLのPAOを供給し,摩擦条件は振幅1mm,振動数50Hz,温度50℃,摩擦時間60分とした。ディスク表面の粗さは,エメリー紙とダイヤモンド砥粒を用いた研磨によって調整した。表面粗さがRa0.0031μmの場合は,試験時間ととに摩擦係数は上昇し,約0.180で値が安定した。一方,Ra0.0375μmと表面粗さが若干大きい場合には,時間とともに摩擦係数は低下し,約0.125の低い値で摩擦係数は安定した。摩擦後の表面粗さは,ともに初期の値よりも大きくなったが,2つのディスクの粗さの優劣は逆転した。

表面粗さの違いによる摩擦係数の経時変化への影響

図3 表面粗さの違いによる摩擦係数の経時変化への影響

このように初期の表面粗さが摩擦挙動に影響を及ぼすことは,潤滑下での摩擦試験ではよく経験するところである。その原因は,表面粗さの違いによる摩擦面への潤滑油の供給しやすさにあるものと考えられる。すなわち,なじみ過程における表面粗さによる潤滑環境への影響が,その後の安定状態の摩擦挙動を大きく支配するということである。したがって,なじみを伴う摺動条件では,摺動プロセスにおける表面テクスチャの変化とその役割を考慮した上で,初期のテクスチャを考えなければならない。また,森ら*3によって指摘されているように,このような境界潤滑下での表面テクスチャの効果として,摺動表面で起こるトライボケミカル反応および反応生成物の形成に大きな影響を及ぼすことにも注意を払う必要がある。

2. マルチスケール・テクスチャリング

実際のトライボロジー要素は,運転状況によって潤滑状態が変化するとともに,なじみ後に続く安定状態にあってもその表面は変化を免れない。特に境界潤滑状態においてテクスチャリング効果を発現させるためには,あらかじめ初期のテクスチャが変化することを織り込んだ表面設計が必要とされる。トライボロジー挙動は,表面の極微小な領域での特性によっても支配されるため,テクスチャリング表面の設計に当たっては,表面の形状および組成の空間分布をナノ・マイクロからマクロレベルまでの連続したスケールで扱うことも重要な視点である。

このように,それぞれのスケールレベルで支配的となるトライボロジー現象を階層的に捉え,それぞれに対応したテクスチャを統合することによってトータル性能の向上を図るというものが,筆者らの提案したマルチスケール・テクスチャリングの概念である。

テクスチャリングの単位スケールとその創製方法を図4にまとめた。近年の加工プロセスや材料創製技術の進歩によって,SAMやナノコンポジットといったナノスケールの表面制御から,ナノインプリントやLIGAプロセスのようなサブミクロンスケールの表面構造創製プロセス,レーザや電子・イオンビームなどによるミクロンレベルの高エネルギー加工プロセス,そしてサンドブラストや化学エッチング,精密機械加工といった低コスト・高効率プロセスを比較的容易に組み合わせて用いることも可能となっている。中でもレーザ加工は,高密度エネルギーの制御性が良く,また電子ビーム多イオンビームのように高真空環境を必要としないことから,今後の利用が拡大するものと考えられる。近年のレーザ技術の進歩は目覚ましく,高出力化,短波長化,短パルス化,高パルス周波数化,長寿命化,高効率化といった新しい機能と性能を有した様々な製品が,市場に次々と提供されていることがその理由である。それぞれの特徴を生かした複数のレーザの組み合わせにより,マルチスケールをカバーする複合加工も可能になりつつある。

表面テクスチャリングのスケールと加工プロセス

図4 表面テクスチャリングのスケールと加工プロセス

いずれにしても,対象とするトライボ要素に適したマルチスケール・テクスチャを設計し,これを具現化するための加工方法の開発も同時に求められることになる。

マルチスケール・テクスチャリングで中心となるのは,数μm~サブmmオーダーのテクスチャ構造になると考えられる。この寸法域では,現状のLST法が1つの有力な表面加工方法となる。LST法によるトライボロジー特性改善については,Etsionらの一連の研究*4~*6があるが,率直なところ彼らの論文に関しては納得しかねる点も多いと感じている。そのため,ここでは筆者ら研究データをもとに,LST法によるトライボロジー特性改善の一例*7を紹介したい。この研究は焼結製窒化けい素セラミックスの水潤滑特性向上を目的として,表面にLST法によりディンプルパターンを形成し,その影響を調べたものである。窒化けい素や炭化けい素などのシリコン系セラミックスは,トライボケミカル反応によって摩擦表面にシリコン水和物を形成し,これによって水中で優れた低摩擦特性がもたらされるとされている*8,*9。しかし,摩擦開始直後や高荷重・低摩擦速度領域では,水和物による低摩擦効果が発現し難いため,これを改善するための方策が模索されてきた*10。

表面に付与したディンプルには,摩耗粉のトラップによるアブレシブ摩耗の抑制と,蓄積した水和物を摩擦面に適度に供給する効果が期待される。ディンプルの直径,深さ,配列方法,面割合をパラメータとして,様々なパターンをLST法により形成し,広範にわたる摺動条件のもとで影響を調べた。本実験のLST法には,グリーン光YAGレーザ(波長532nm,出力7W@30kHz)とガルバノヘッドからなる微細加工装置を用いた。図5に示したように,ディンプル形状のテクスチャを施した表面では,軸受特性数の小さい領域(低速・高荷重域)において研磨面に比べ摩擦の低減効果が確認された。なお,テクスチャリングの効果は,単に流体潤滑膜における動圧発生効果のみによるのではなく,境界潤滑状態における表面のなじみや摩耗粒子の捕捉効果,さらには摩擦表面におけるトライボケミカル反応の促進によってもたらされるものと考えられる。特に,ディンプル形状を施した摩擦表面では,ディンプル内で負圧によるキャビテーションが発生していると予想されることから,今後はキャビテーションの生成・消滅に起因するソノケミストリー効果も考慮する必要があると考えている。

LST法によるディンプルテクスチャと窒化けい素の水潤滑特性の改善効果

図5 LST法によるディンプルテクスチャと窒化けい素の水潤滑特性の改善効果

おわりに

日本トライボロジー学会の研究活動の一環として,2009年度,第3種研究会「テクスチャリング表面のトライボロジー研究会」が設置された。現在,登録会員数は50名を超え,2009年度は名古屋,東京,仙台で3回の研究会が開催され,いずれも盛況のうちにテクスチャリングに関する議論や情報交換が活発に行われた。また,トライボロジー会議2010 春(東京)では,シンポジウムセッションとして基調講演4件を含む18件の研究発表が行われ,発表会場には80名近い聴講者が集まり活発な議論が行われた。これらを踏まえ,2010年9月14日(火)~17日(金)に開催されたトライボロジー会議2010 秋(福井)においても,シンポジウムセッションが行われた。

この研究会では,トライボ要素の表面設計方法の体系化を目指し,最新の精密加工技術によって可能となった新しい表面テクスチャリングもさることながら,一般的な表面仕上げ手法による表面粗さや表面形状にも焦点を当て,表面テクスチャとトライボロジー特性との関係を広い範囲で調査,分析することを目的に活動をしている。1年あまりの活動期間ながら,テクスチャリングが様々な目的や用途,手法によって開発・利用されている実態も確認され,取り組むべき課題も明らかになってきた。

今後,表面テクスチャリングの体系化と設計指針の確立を目指して研究開発を進める上で,「テクスチャリング表面のトライボロジー研究会」の役割はますます重要になると考えている。ご関心のある方は,奮ってご参加いただきたい。

〈参考文献〉
*1 足立幸志:“なじみの視点から見た表面テクスチャの効用”,トライボロジー会議予稿集(東京)2010-5,F21(2010)361-362
*2 山口一馬,坪井涼,佐々木信也:“境界潤滑下における鋼の往復動摩擦特性に及ぼす表面粗さの影響”,トライボロジー会議予稿集(東京)2010-5,F30(2010)369-370
*3 中村貴洋,久保朋生,七尾英孝,森誠之:“表面形状によるトライボ化学反応と摩擦特性の制御(第四報)”,トライボロジー会議予稿集(東京)2010-5,F25(2010)359-360
*4 A. Kovalchenko, O.Ajayi, A.Erdemir, G. Fenske and I. Etsion:“The effect of laser surface texturing on transitions in lubrication regimes during unidirectional sliding contact”,Tribology International, 38(2005)219-225.
*5 G.Ryk and I.Etsion:“Testing piston rings with partial laser surface texturing for friction reduction.”,Wear, 261(2006)792-796.
*6 L.Rapoport, A.Moshkovic, V.Perfilyev, ILapsker, G.Halperin, Y.Itovich and I.Etsion:“Friction and wear of MoS2 films on laser textured steel surfaces”,Surface & Coatings Technology, 202(2008)3332.3340.
*7 H.Yamakiri, T.Kurita, N.Kasashima, S.Sasaki:“Laser surface texturing of silicon nitride under lubrication with water”,Tribology International(to be published)
*8 T.E.Fisher & H.Tomizawa:“Interaction of tribochamistry and microfracture in the friction and wear of silicon nitride”,Wear 105,1-2(1985)29-45
*9 S.Sasaki :“The effects of surrounding atmosphere on the friction and wear of alumina, zirconia, silicon carbide and silicon nitride”,Wear, 134(1989)185-200
*10 X.Wang, K.Adachi, K.Otsuka and K.Kato:“Optimization of the surface texture for silicon carbide sliding in water.”,Applied Surface Science, 253 (2006)1282.1286.

最終更新日:2019年8月20日