油中潤滑用ICF―表面テクスチャリングと水素フリーICF― | ジュンツウネット21

「油中潤滑用ICF―表面テクスチャリングと水素フリーICF―」  2010/10

ナノテック株式会社 平塚 傑工,今井 健雄

はじめに

DLC(Diamond like Carbon:ダイヤモンドライクカーボン)薄膜は,炭素が主な原料のカ-ボン膜の一種で,低摩擦性と高硬度を特徴とする。

DLC薄膜の本格的な研究の歴史*1は世界的に見ても30年と短いが,近年,産業面で飛躍的に活用されている。例えば,半導体製造ライン,自動車製造ラインへの導入,家電,ITなどへの応用が挙げられる。

このようにDLC薄膜の用途は拡大しているが,DLC薄膜の物性が有する各種特性の明確な分類はまだ行われてはいない。例えば,水素を含有するDLC薄膜(a-C:H,ta-C:H),含有しないDLC薄膜(ta-C,Sputtered C),短距離秩序的にはグラファイト構造(sp2結合)を多く有するDLC薄膜,ダイヤモンド構造(sp3結合)を多く有するDLC薄膜があり,RobertsonらによりDLC薄膜を3元図分類することが提唱され,多く利用される概念となっている*2。このような違いが各種特性に影響し,結果として産業用途に大きく関わる。さらなる工業的利用の発展のためには,構造制御とそれに対応した応用用途の開発が重要となる*3。

1. DLCから進化した高機能膜ICF

DLC薄膜の用途拡大に伴い,単に硬質で摩擦係数が低い「ダイヤモンドライクカーボン」という呼称では,その機能を捉えきれなくなってきた。このため,DLC薄膜の特性を物性により分類することが切望されている。すなわち,定義付けによるDLC薄膜の活用は,産業機器のエネルギーロスの低減,高効率産業機器の開発,産業機器の長寿命化による資源の節約などの新規用途および応用が可能となる。この定義付けを明確にするために新たにDLCを大きな枠組みで捉えたICF(Intrinsic Carbon Film:真性カーボン膜)がある。

ICFは,ダイヤモンドからグラファイトおよび水素を含んだポリマーライクカーボンまでを含み,従来のDLC薄膜も含まれる大きな概念である。DLC薄膜の構造を定義した平面的な概念図では,DLC薄膜にH(水素)以外の元素がドーピングされた場合は考察できない。そこで図1に示すように,これらのカーボン膜の概念図*4をおむすび型(三角柱)構造とし,その厚み方向をドーピング元素量と考える。ICFは,平面構造全体でありカーボンの構造を制御することやICFにドーピングを行うことで各種の用途に合わせた機能を付与できる。

CFの概念図

図1 ICFの概念図*4

本稿では,新型装置による水素フリーICFと特殊表面処理によりテクスチャ構造を付与した基板の油中潤滑における摩擦特性の事例を示す。

2. 新型装置による水素フリーICF

筆者らは,新しいプラズマ生成技術により水素を含有しないICFを開発した。アーク法は,ドロップレットが多く,フィルタードアーク法では成膜レートが低いという問題があった。また,従来のマグネトロンスパッタリング法では,低硬度のa-C薄膜しか成膜できない。

そこで筆者らは,新たに平和電源(株)と共同開発した特殊大電流電源を用いて超高密度プラズマを生成し,新しい成膜法を開発した。カーボンターゲットにおける放電状況を図2に示す。通常の放電よりも高密度プラズマを生成しカーボンイオンによる膜質制御を可能にした。

カーボンターゲットにおける放電状況

図2 カーボンターゲットにおける放電状況

本装置により,表面が滑らかで,高硬度の水素を含有しないICFの作製を可能にした。用途は,自動車部品やガラスレンズ金型,ハードディスク用保護膜まで,幅広く利用可能である。

3. 油中潤滑用ICF

テクスチャ構造および水素を含まないDLCが同様に油中の摩擦係数低下に影響があることが知られている*5,*6。

当社では,独自の表面処理により表面にマイクロクラックを生成させることが可能である。本表面処理と通常のDLCおよび新型装置による水素フリーICFコーティングの摩擦特性を比較検討した事例を示す。

SUS304を基板とし前述の独自の表面処理(non coating/SUS304 Texture)を施したものとSUS304基板(non coating/SUS304),そしてSUJ2を基板とし通常のDLCコーティング(DLC/SUJ2)を施したものと水素フリーICFコーティング(H free-ICF/SUJ2)を施したものの2組についてボールオンディスク摩擦摩耗試験を行った。SUS304基板とSUS304基板にテクスチャ構造を付与する表面処理を施したサンプルの表面画像を図3に示す。なお,潤滑油にはオレイン酸を主成分とする油を用いた。

non coating/SUS304
non coating/SUS304:SUS304基板サンプルの表面画像
 
non coating/SUS304 Texture
non coating/SUS304 Texture:SUS304基板サンプルの表面画像
図3 SUS304基板サンプルの表面画像

図4にSUS304基板2種,図5にSUJ2基板2種のサンプルの試験開始から終了までの摩擦係数の結果,および試験条件を示す。また,各サンプルの摩擦係数の平均を表1に示す。

SUS304基板2種の摩擦係数の比較

図4 SUS304基板2種の摩擦係数の比較
SUJ2基板2種の摩擦係数の比較

図5 SUJ2基板2種の摩擦係数の比較
表1 平均摩擦係数
Sample name Friction Coefficient
non coating / SUS304 0.116
non coating / SUS304 Texture   0.107
DLC / SUJ2 0.093
H free-ICF / SUJ2 0.061

SUS304基板(non coating/SUS304)とSUS304基板に表面処理を行い,マイクロクラックを生成させたサンプル(non coating/SUS304 Texture)を比較した場合,マイクロクラックテクスチャを生成させたサンプルの潤滑油中の摩擦係数がより低くなることが図4表1からわかる。

次に,SUJ2基板に通常のDLCコーティング(DLC/SUJ2)と水素フリーICFコーティング(H free-ICF/SUJ2)を施したサンプルを比較した。図5表1から通常のDLCでは潤滑油による摩擦係数の低下の効果が見られなかった。しかし水素フリーICFの摩擦係数は従来のDLCコーティングを大きく下回った。フィルタードアーク法で生成された水素が含有されていないDLCについても,同様にオレイン酸を含む潤滑油の環境下では非常に低い摩擦係数を示すことが知られている*6。

4. グリッドインデンテーション技術

硬さは表面の重要な機械的性質の1つであり,トライボロジー特性に影響を及ぼす最も重要な因子の1つでもある*7。ここでは,硬さ試験の中のインデンテーション法を用いたグリットインデンテーションについて紹介する。

含有物が1種類存在する金属表面の硬さを測る場合,図6上図のように含有物をまたぐような大きな荷重(h>dI)でサンプル表面の硬さを測定したときは,その金属と含有物の総合的な硬さとなりヤング率のピークも1つになる。

グリッドインデンテーションの概要(h:押し込み深さ dI:含有物のサイズ)

図6 グリッドインデンテーションの概要
    (h:押し込み深さ dI:含有物のサイズ)

しかし,図6下図図7のように同じ範囲を微小な荷重(h<dI)でグリッド状に測定する場合はヤング率にピークが2つできる。この時のピークの割合が測定範囲表面での金属と含有物の割合であり,ピーク時のヤング率の値とその割合から,図6上図の総合的な硬さに近い値を求めることが可能である。

グリッドインデンテーションの例(Ti64-10TiC alloy)

図7 グリッドインデンテーションの例
(Ti64-10TiC alloy)

図8のサンプルの場合は式(1)より以下の値となり,総合的なヤング率213GPaと近い値となった。

グリッドインデンテーションでの測定結果

図8 グリッドインデンテーションでの測定結果

175GPa×64%/100+301GPa×36%/100=220.36GPa …(1)

この手法は,微小領域での硬さを測定するのと同時にマクロ的な硬さも推測することができることから,テクスチャ構造の硬さ測定への応用も有効と考える。

おわりに

本稿では,SUS304基板に独自の処理を行うことにより表面にマイクロクラックテクスチャを生成させたサンプルとSUS基板,SUJ2基板に水素フリーICFコーティングを施したサンプルと通常DLCコーティングを施したサンプルの2組において,それぞれオレイン酸潤滑下でボールオンディスク摩擦摩耗試験を行った。その結果,テクスチャ構造,および水素フリーICFがオレイン酸潤滑環境下で摩擦係数低下に影響することが示された。それぞれ単独でもある程度の効果があるが,テクスチャ構造,水素フリーICFの両方を同時に施すことにより,さらなる摩擦係数低下が期待できる。しかし,すべてのテクスチャ構造が摩擦係数低下に影響を与えるわけではなく,最適なテクスチャの設計が必要となる。

〈参考文献〉
*1 中森秀樹:ペトロテック,Vol.28,NO.3,(2005),p152~155
*2 A.C.Ferrari,J. robertson,Phys.rev.,B,61,(2000),p.14095
*3 斎藤秀俊:DLC膜ハンドブック,エヌ・ティー・エス,(2006),p200~206
*4 岩木正哉:NEW DIAMOND,vol.4,No.1,(1997),p.67
*5 安丸尚樹,宮崎健創,木内淳介:月刊トライボロジー,No.237,(2007)
*6 加藤眞:潤滑経済,No.536,(2010),p15
*7 佐々木信也:潤滑経済,No.511,(2008),p13
*8 CSM GAZETTE,vol.2 11.2008

最終更新日:2019年8月20日