しゅう動面におけるテクスチャリングによるトライボロジー効果 | ジュンツウネット21

「しゅう動面におけるテクスチャリングによるトライボロジー効果」  2011/12

大豊工業株式会社 今井 紀夫

はじめに

近年,自動車産業では燃費向上への要求に対して,しゅう動部品のフリクション低減技術が求められており,低摩擦のしゅう動材料や潤滑剤,表面処理技術の開発が進められている。しゅう動表面に微細な凹凸を加工する表面テクスチャリングは,古くから利用されているが,近年では微細加工の技術向上に伴い,高精度な表面形状の加工も可能になっていることから,しゅう動特性改善の技術として注目されている。レーザー照射やショットピーニングによってしゅう動表面に微細なテクスチャを効率よく加工する技術も開発され,しゅう動特性への影響について研究が行われている*1,*2。

本稿では表面テクスチャの一般的な効果,およびテクスチャパターンの形態(溝,ディンプル等)の影響について述べる。

1. テクスチャの効果

表面テクスチャによって摩擦や摩耗が低下するメカニズムとして一般的に以下が考えられている。

(1)流体動圧効果

しゅう動面が平行かつ平滑な場合,2面間の流体膜には理論上圧力が発生しないが,表面の凹凸形状を制御することで,流体膜に正圧が発生し,しゅう動面を浮上させる力が発生する。正圧と負圧が同等になる凹凸形状でも,負圧部にキャビテーションが発生することで全体として正の圧力となり,浮上する力が発生する場合もある*3。しゅう動面が浮上することで,流体膜が確保され,摩擦や摩耗が低減される。表面形状による圧力発生の利用例として,スパイラル溝やヘリングボーン溝を付与した動圧軸受がある。

(2)流体保持効果

凹部に流体を保持することで,潤滑剤の供給が不足するしゅう動条件において,固体接触や凝着を防ぐ。

(3)摩耗粉の捕集

しゅう動の過程で発生した摩耗粉を凹部に捕集することで噛み込みを防ぎ,摩擦を低減する*1。

(4)なじみの促進

凸部が適度に変形あるいは摩耗しやすい形状を表面に付与することで,しゅう動初期に生じる接触を早期に回避し,流体潤滑への移行を促進する。実用例として,エンジン軸受内周面に微細な溝を加工したマイクログルーブ軸受がある*4。

テクスチャの設計要素には,パターンの形態,深さ,サイズ,間隔,面積率,配置,断面形状等があり,使用される条件と必要な効果に応じて適切なテクスチャを選択する必要がある。

今回は,テクスチャ設計要素の一例としてテクスチャパターンに着目し,上記(1),(2)の効果に与える影響について,基礎実験および計算解析で評価した。

2. テクスチャパターンの摩擦特性への影響*5

2.1 摩擦測定実験

代表的なテクスチャパターンとして,しゅう動方向に平行な溝,しゅう動方向に直交する溝,ヘリングボーン溝,四角形のディンプルについて,同条件下でのしゅう動特性を比較した。

実験は,テクスチャ形状以外による動圧効果を極力小さくするために,リングオンディスク型の試験機で行った。試験の概要図と試験片の仕様をそれぞれ図1表1に示す。ディスクは研磨仕上げ後,マスキングを行い,サンドブラスト加工によりしゅう動方向に沿ってテクスチャを付与した。加工したテクスチャパターンの写真を図2に示す。加工部の面積率は60%,深さは1μmで統一した。実験はオイルバス中で行い,所定の温度に加熱した潤滑油を循環させた。回転数は一定とし,荷重をステップアップさせて摩擦係数を測定した。試験条件を表2に示す。

試験方法
図1 試験方法
表1 試験片の仕様
試験片
材質
硬さ,HV
寸法,mm
粗さ,Rzjis
リング
SCM415
600
内径φ32
外径φ40
0.5μm
ディスク
S50C
700
50×50
0.2μm
(a)平行溝/テクスチャパターン
(a)平行溝
(b)直交溝/テクスチャパターン
(b)直交溝
しゅう動方向↓
(c)ヘリングボーン溝/テクスチャパターン
(c)ヘリングボーン溝
(d)ディンプル/テクスチャパターン
(d)ディンプル
図2 テクスチャパターン
表2 試験条件
荷重ステップ 50N(0.11MPa)/5min
回転数 1000rpm(しゅう動部の中心速度1.9m/s)
潤滑油 エンジンオイル 0W-20 SM
給油温度 80℃

各荷重ステップでの摩擦係数を図3に示す。

テクスチャパターンの摩擦係数への影響
図3 テクスチャパターンの摩擦係数への影響

ヘリングボーン溝は低面圧側において,他のパターンに比べて低い摩擦係数を示し,その後も低い摩擦係数で推移した。平行溝とディンプルは低面圧側では摩擦低下は見られなかったが,面圧が増加しても摩擦係数が上昇せず,テクスチャなしに比べて低い摩擦係数の推移を示した。直交溝は他のパターンに比べて高い摩擦係数で推移した。このように,凹部の面積率と深さが同じでも,テクスチャパターンの形態によって異なる摩擦特性を示した。

ヘリングボーン溝の摩擦が低い理由として,後述する流体動圧効果の差によって,流体膜厚さが大きくなり,流体潤滑状態が維持されたことが考えられる。高面圧側では,実験で直交溝とヘリングボーン溝の摩擦係数が上昇したのに対して,ディンプルと平行溝は比較的高面圧まで上昇が見られなかった。これは凹部での潤滑油の保持効果によるものと考えられるが,面積率と深さが同じ凹部で結果に違いが生じた理由として,平行溝およびディンプルは凹部がしゅう動面の端部まで連通していないため高面圧時に潤滑油が流出しにくいことが考えられる。

なお,しゅう動部表面の表面観察およびプロファイル測定を行った結果,試験前後で目立った摩耗や変形は見られなかったことから,今回の実験では摩耗粉の捕集やなじみの促進といった効果は小さいと考えられる。

2.2 流体潤滑計算

低面圧側での摩擦係数に違いが生じた理由として,流体の動圧効果の違いが考えられることから,レイノルズ方程式を用いた計算解析を行い,各パターンの効果を比較した。計算は実験のしゅう動部分の一部(図1)を正方形の平行平面で近似したモデルを用いた。各テクスチャの凹凸形状をすき間厚さ分布として設定し,流体膜の圧力と摩擦力を求めた。負圧下限は潤滑油の飽和蒸気圧とした。計算モデル,計算条件をそれぞれ図4表3に示す。

計算モデル
図4 計算モデル
表3 計算条件
計算サイズ 4mm×4mm
しゅう動速度 1.9m/s
流体粘度 11mPa・s
圧力境界条件 X方向端部:周期境界条件
Y方向端部:P=0Pa
負圧下限:Pmin=-1.013×105Pa

なお,本モデルではテクスチャなしと平行溝では圧力が発生しないため,計算は行っていない。

計算で得られた面圧(平均圧力)と摩擦係数の関係を図5に示す。へリングボーン溝の摩擦係数は他のパターンに比べて低く,0.5MPa付近までは実験と近い値を示した。この結果から,実験では0.5MPa付近までは流体潤滑状態であり,それ以上の面圧で混合潤滑へ移行したと予想される。直交溝とディンプルの摩擦係数は,0.1MPa以下では実験値と計算値が近い値になるが,面圧の上昇に伴い実験値の方が高くなった。このことから直交溝とディンプルは0.1MPa付近で混合潤滑へ移行したと考えられる。

摩擦係数計算結果
図5 摩擦係数計算結果

面圧と流体膜厚さの関係を図6に示す。同面圧の場合,ヘリングボーン溝はディンプルや直交溝に比べて流体膜厚さが大きい。このことからヘリングボーン溝では流体潤滑状態の維持および流体のせん断力低下により,実験の摩擦係数が低く推移したと考えられる。

流体膜厚さ計算結果
図6 流体膜厚さ計算結果

同じ流体膜厚さ(2.5μm)におけるヘリングボーン溝とディンプルの圧力分布を図7に示す。ヘリングボーン溝は中央部分で圧力が高くなっており,平均圧力は0.41MPaとなった。一方,直交溝,ディンプルはほぼ均一に圧力が発生しており,平均圧力はそれぞれ0.11MPa,0.12MPaとなり,ヘリングボーン溝に比べて小さい値となった。

(a)ヘリングボーン溝/圧力分布計算結果
(a)ヘリングボーン溝

(b)直交溝/圧力分布計算結果
(b)直交溝

(c)ディンプル/圧力分布計算結果
(c)ディンプル
図7 圧力分布計算結果

直交溝やディンプルは各凹凸周辺で正圧と負圧が対称な圧力分布となっており,負圧が下限以下となった場合に平均圧力が正となる。流体膜厚さがある値以上では圧力の増減が小さいため負圧が下限まで至らず,正圧と負圧が相殺されて平均圧力が0となり,荷重を支えることができない。一方,ヘリングボーン溝では中央部で流れがぶつかることで圧力が増大し,常に正圧が大きくなる圧力分布となっている。この場合,流体膜厚さが大きくても平均圧力は正となり,一定の荷重を支持することが可能である。この結果,ヘリングボーン溝は他のパターンに比べて同面圧における流体膜厚さが大きくなる。

まとめと今後の課題

代表的なテクスチャパターンについて,基礎実験と計算解析により摩擦特性を比較し,以下の結果が得られた。

(1)ヘリングボーン溝は圧力発生が大きく,低面圧側での摩擦が低い。
(2)ディンプルや平行溝は高面圧側における摩擦増加が抑制できる。

今回は比較的低面圧で,十分な潤滑油が存在する場合についてテクスチャの効果を評価したが,実際にはより厳しい条件のしゅう動面も多く存在する。低速,高面圧,貧潤滑といった条件下では十分な流体動圧効果が得られず,同じテクスチャ形状でも今回と同様の効果は得られない可能性がある。また,材質や条件によっては摩耗や塑性変形によって形状が変化する場合もあり,これらを考慮した表面テクスチャの設計が必要となる。

〈参考文献〉
*1 沢田,川原,二宮,森,黒澤:精密工学会誌,70,1(2004)133-137
*2 宇佐美,星野,石田:機素潤滑設計部門講演会講演論文集2008(8),167-168
*3 益子,仙波,伊東:潤滑,18,1(1973)35-44
*4 熊田,橋爪,木村:トライボロジスト,43,6(1998)456-461
*5 今井,加藤:トライボロジー会議予稿集(2011-5)313-314

最終更新日:2019年8月20日