合成系グリース(どのような用途に向くか)
合成系グリースとは,合成潤滑油を基油に用いたグリースであり,現在,自動車,鉄道,鉄鋼,家電などの様々な分野で使用されています。合成系グリースは,高温安定性,低温始動性,潤滑性に優れることから,長寿命が要求される装置には必要不可欠な存在となっています。特に最近では,鉄鋼のような大型軸受よりも電算機に用いるスピンドルモータのような小型軸受や家電製品などのニッチな領域に対して,開発,実用化が多く進められる傾向にあります。
ここでは,合成系グリースの特性を解説し,最近の動向と今後の展望について簡単に述べます。
Q1 近年,高性能の合成系グリースが造られているそうですがどのような特性がありますか。
1.合成潤滑油について
合成潤滑油は,鉱油と対比された言葉であり,化学合成された潤滑油をすべて含んでいます。表1*1は,グリースの基油として用いられる鉱油と各合成潤滑油の特性を比較したものですが,それぞれの潤滑油の分子構造によって特長が左右されています。つまり,合成潤滑油は鉱油では得られない特性を化学合成によってカバーするものであり,その特性や用途によって合成油を使い分ける必要があります。現在の主流,PAO(ポリ‐α‐オレフィン)やエステル油,アルキルジフェニルエーテル油であり,高温下において長寿命を必要とする装置に多く使用されています。
表1 各潤滑油の特性比較
◎:優れている ◯:良好 △:普通 ✕:不良
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2.増ちょう剤について
国内で最も多く使用されている増ちょう剤はリチウム石けんですが,合成潤滑油との組み合わせでよく使用されるのはジウレアです。これは,高温下における安定性を考慮した結果であり,ジウレアは耐熱性,酸化安定性,せん断安定性に極めて優れ,高温環境下において基油を長期間保持することができるためです。表2*1に各ウレアグリースの特長を示します。
表2 ウレアグリースの特長
*記号:増ちょう剤量のみ多い順。その他は良好順 |
合成系グリースが多く使用される装置は密封軸受などの追加給脂ができない所であり,グリースに耐漏洩性や低トルクを要求することが多いことから芳香族アミンを使用したジウレアが多く採用されています。図1は加熱環境下において,ジウレアの原料であるアミンの種類と構成比率によるウレアグリースの増ちょう剤の構造変化を調査したものですが,脂肪族系アミンの比率が多くなるほど増ちょう剤の繊維が細く長くなり,また脂肪族系アミンの比率が多いほど高温下で増ちょう剤が破壊していることがわかります。したがって,高温下での基油の保持力を上げるためには芳香族系アミンの比率を多くする必要があります。ただし,芳香族系アミン100%では,高温下において硬化という問題が生じるため,脂肪族系アミンとの最適な組み合わせが必要となります。また,最近では欧米で高温用増ちょう剤として主流であるリチウムコンプレックスが国内で徐々に使用されるようになってきました。リチウムコンプレックスは,増ちょう剤として従来使用されてきた脂肪酸に他の有機酸を組み合わせて複合石けんとしたもので,リチウム石けんに見られるような結晶転移点がないため,基油の保持力を向上させることができ,高温環境下で十分使用することができます。リチウムコンプレックスグリースは現在,製鉄機械や主電動機用軸受などで使用されています。
芳香族アミン:100%
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芳香族アミン:80%
脂肪族アミン:20% |
芳香族アミン:50%
脂肪族アミン:50% |
芳香族アミン:20%
脂肪族アミン:80% |
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新グリース | ||||
100℃×8日 | ||||
140℃×8日 | ||||
180℃×8日 | ||||
220℃×8日 | ||||
図1 各ウレアグリースの熱劣化による増ちょう剤の変化
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3.増ちょう剤と合成潤滑油の組み合わせによる特性
表3*2および表4*2に増ちょう剤と合成潤滑油の組み合わせによる使用条件の適合性を示します。
表3 一般的な合成系高温用グリースの組成
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表4 増ちょう剤と基剤の組み合わせによる使用条件の適合性
*耐油性:耐ゴム,耐樹脂,耐金属 |
温度を基準として考えると200℃までの使用環境では,ウレア増ちょう剤とエステル油の組み合わせが最も有効と考えられますが,エステル油は耐油性と耐水性に劣り,また高粘度油が多く存在しないことから,実際にはPAOやアルキルジフェニルエーテル油に添加剤を加えたウレアグリースが多く使用されています。
200℃以上の使用環境では,フッ素油とPTFEを組み合わせたフッ素グリースが多く使用されています。フッ素グリースは非常に高価ですが,不燃性や高粘度指数といった特長から主に塗装ラインなどで使われています。また,低蒸気圧で化学的に安定であることから真空環境下にも多く使用されています。
Q2 合成系グリースの実用例をご紹介下さい。
4.ユーザーニーズの最近の動向
(1)鉄鋼業界における最近の動向
鉄鋼業界はグリースの使用量が多く,例えば一製鉄会社において年間約2000トンものグリースが使用されています。しかし,その大半は鉱油を基油としたグリースであり,その中で合成系グリースが占める割合は1%にも満たないと言われています。鉄鋼業界において合成系グリースは,主に電動機用軸受に使用されており,同軸受の交換周期延長に寄与しています(表5)。
表5 鉄鋼設備に使用される合成形グリース
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また,高温用途では焼結パレット台車用車軸軸受に使用されており,高温下において耐摩耗性に優れるグリースを選択することで同装置の保全周期延長を可能としました。今後鉄鋼業界では,熱間圧延機周辺で使用される難燃性グリースや高炉周辺で使用される極圧グリースなどの要求が高まると思われます。前述したように使用量はわずかですが,極限環境下においてはまだまだ需要はあるものと推察されます。特に高温環境下における問題が多く残されているため,粘度指数が高く,優れた潤滑性を持った基油の適用個所は多く存在するものと考えられます。
(2)陸上輸送機械における最近の動向
陸上輸送機械である自動車,鉄道などには,ジウレアを増ちょう剤とした合成系グリースが使用されています。例えば,自動車の電装品・エンジン補機用軸受であるオルタネータ軸受は,回転数が18000min-1,軸受温度130℃前後となり,高温,高速条件下での長寿命グリースが要求されていました。そこで,高温安定性に優れるPAOやアルキルジフェニルエーテル油を基油に,増ちょう剤をジウレアとしたグリースを採用することで同軸受の長寿命化に大きな成果を上げています*3。今後,ますます陸上輸送機械に合成系グリースが使用されるものと思われますが,高温,高速化,長寿命化および高い信頼性を得るためには,それを支える高性能な合成油の開発が不可欠と考えられます。
(3)ODD,HDD用スピンドルモータにおける最近の動向
ODD(Optical Disk Drive),HDD(Hard Disk Drive)用スピンドルモータに使用される軸受は,ころがり軸受である玉軸受とすべり軸受である焼結含油軸受や動圧流体軸受があります。スピンドルモータは5400min-1から10000min-1以上の領域で使用され,使用される潤滑剤には低トルク,耐摩耗性に加え,回転精度などが要求されます。玉軸受にはNLGI No.2~4号のグリースが使用され,特に低トルクと低蒸発性および低飛散性が要求されるため,粘度が低いPAOやエステル油が基油に使用され,グリースはクリーンルームで製造されます。また,グリース中に存在する粒子の大きさによって音響に影響することから,使用されるグリースは丹念にロール処理が行われています*4。一方,焼結含油軸受には合成潤滑油のみが多くの場合使用されますが,回転精度の向上を狙って微量の増ちょう剤を添加した液状グリースが使用される場合もあります。ころがり軸受,すべり軸受のいずれの場合も,油膜をいかに維持できるかが課題であり,特に低速回転時での油膜形成が問題となっています。増ちょう剤との組み合わせとしては,低粘度油とリチウム石けんおよびジウレアが一般的ですが,バッテリの寿命を考慮すると低温時の回転性能が優れるものが最適であり,今後は低温特性に優れ,低蒸発性であるエステル油の使用が増加するものと考えられます。
(4)家電製品における最近の傾向
家電製品には,ヒンジ,ダンピング,樹脂歯車,開閉トレーなどの部分に合成系グリースが使用されています。特に家電製品の材料として多く用いられる熱可塑性樹脂との相性が重要とされています。家電製品には耐衝撃性,寸法精度の面からPC樹脂やABS樹脂およびPC/ABSアロイが多く使用されており,使用するグリースにはこれらの樹脂を犯さないことが要求されます。図2に示す1/4楕円法で耐樹脂性を評価した結果,比較的耐樹脂性に優れていると言われるPAO系ウレアグリースでも70℃の雰囲気でPC樹脂およびPC/ABSアロイで不合格となりました(表6~8)。
図2 クラック発生点の歪量測定方法 |
表6 ABS樹脂の耐グリース性試験結果
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表7 PC樹脂の耐グリース性試験結果
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表8 PC/ABSアロイの耐グリース性試験結果
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また,フッ素グリースに耐摩耗剤として使用されるリン酸エステルを2%添加したものは,ABS樹脂およびPC/ABSアロイでは合格したものの,PC樹脂では臨界歪み1.3%を超えることはできませんでした。このように今後合成系グリースは潤滑性に加え,耐樹脂性も考慮した製品でなければならなくなり,使用する添加剤も耐樹脂性を考慮して選ぶ必要があります。
5.合成系グリースの今後の展望
合成系グリースの大半の性能は,基油である合成潤滑油の性能に依存しています。つまり,今後の合成潤滑油の開発動向に左右されるといっても過言ではありません。現在,国内における合成潤滑油は国産品と輸入品の2種類があり,PAOにおいてはほぼ100%輸入品といってよい状態にあります。合成潤滑油および合成系グリースが使用される環境はニッチな領域が多く,エンジン油や生分解性油などの数量が得られる市場以外では海外の合成潤滑油メーカーはあまり勢力的に開発を行っていないのが現状です。したがって,今後の合成系グリースの展望は国内合成潤滑油メーカーの分子設計による新規製品の開発に大いに期待がかかるところです。各石油メーカーやグリースメーカーおよび軸受メーカーなども長寿命化や環境を考慮した合成系グリースの開発に傾注するものと思われますが,産業界全体が価格以上に性能を真正面から正当に評価する日がくれば,合成系グリースもその用途が広がるものと確信しています。
表9 参考資料
1/4楕円臨界歪み値と耐薬品性は,一般論として下記のような関係がある。
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<参考文献>
*1 長野克己:MT,No.17,(1999)2
*2 (株)潤滑通信社:MT,No.17,(1999)2
*3 小宮広志:月刊トライボロジ,No.146,(1999)10
*4 岡村征二:月刊トライボロジ,No.146,(1999)10