フェニルエーテル系(厳しい条件下で活躍) | ジュンツウネット21

ポリフェニルエーテルおよび二環以上のフェニルエーテルならびにフェニルチオエーテルのアルキル化合物とをフェニルエーテル系合成油と総称し,これらは一般に芳香環とアルキル基の2つのセグメントから合成され,芳香環セグメントは耐熱耐酸化性を,アルキルセグメントは物性の改良を担うものです。*1 ここでは,フェニルエーテル系合成油の潤滑油としての物性,性能および実用例と効果を紹介します。

Q1 フェニルエーテルの構造と特性を解説して下さい。

A1

1. フェニルエーテル系合成油の構造

芳香環セグメントだけで構成されるポリフェニルエーテルは,潤滑油としての実用上,四環以上の化合物が適しています。アルキル基が付与されている場合には二環であるジフェニルエーテルのアルキル化物でも粘度特性の良好な潤滑油の製造が可能であり,アルキル基の炭素数は,6~18のものが用途に合わせて選択されています。三環,四環のものでは,耐熱・耐酸化性のバランスから炭素数16,18のアルキル基が付与されたものが潤滑油として適した物性を持っています。以上のポリフェニルエーテル,フェニルエーテル,フェニルチオエーテルのアルキル化物の構造を表1に示しました。

表1 フェニルエーテル系合成油の構造
フェニルエーテル系合成油の構造

2. フェニルエーテル系合成油の特性

フェニルエーテル型合成油は芳香族ハロゲン化物とフェノール類のアルカリ金属塩とのUll-mann反応により合成されます。

また,アルキル化フェニルエーテルは塩化アルミニウムほかのルイス酸を触媒とし,αオレフィンとフェニルエーテルあるいはフェニルチオエーテルとのFriedel-Crafts反応により合成されます。ポリフェニルエーテルのエーテル結合がパラ位やオルト位でつながったものは融点が高く室温で液状のものはm-4P2Eと混合5P4Eだけであり,あらゆる有機液状化合物の中で最高の耐熱,耐酸化性を有しています。一方粘度指数が低く,流動点が高く,非常に高価などの欠点があります。

フェニルエーテルに適当な鎖長のアルキル基を付加させると,耐熱,耐酸化性は低下しますが,粘度指数,流動点,引火点,蒸気圧は著しく改善できます。*1

さらにアルキルジフェニルエーテル骨格のエーテル結合の酸素を硫黄とした,アルキルジフェニルチオエーテルは対応するジフェニルエーテル以上の酸化安定性があり,特にモノアルキルジフェニルチオエーテル(MADS)はアルキルナフタレン以上の酸化安定性を有しています*2。表23に物性および耐酸化性を示しました。

表2 フェニルエーテル系合成油の物理的性質
油種
側鎖炭素数
密度 g/cm3
動粘度 mm2/s
粘度指数
引火点 ℃
流動点 ℃
蒸気圧 Pa
MADE
C12,14
0.946
15
74
220
-55.0
<3×10-4
MADE
C16
0.943
22
104
234
-40.0
1.9×10-6
MADS
C16
0.957
25
135
234
-42.5
R1-3P2E
C16
0.988
60
84
280
-37.5
9.8×10-9
R1-4P2E
C16
1.014
243
32
308
-15.0
2.1×10-10 
 
HADE
C12,14
0.887
100
124
286
-40.0
<3×10-6
DADE
C12,14
0.908
56
104
266
-47.5
DADS
C12,14
0.914
122
105
302
-40.0
R2-4P2E
C16
0.952
410
90
334
-20.0
 
m -4P2E
1.167
125
-103
260
2.5
5.6×10-7
m -5P4E
1.200
266
-62
288
2.5
2.1×10-9
表3 フェニルエーテル系合成油の酸化安定性

 試験温度 150℃(JIS K 2514)
 ロータリーボンブ式酸化安定度試験

基油
RBOT寿命/min
C16,18-MADE
100
C12,14-MADE
100
C12,14-HADE
80
C18-MADS
1,860
C12,14-HADS
240
R1-4P2E
1,000
R2-4P2E
800
m -4P2E
>50,000
m -5P4E
>50,000

参考値
 流動パラフィン;30min
 ジアルキルベンゼン;48min
 ポリオールエステル;69min

Q2 代表的な使用例を紹介して下さい。

A2

3. フェニルエーテル系合成油の実用例

フェニルエーテル系合成潤滑油は鉱油に比べ高価であるという問題はありますが,前述のような耐熱・耐酸化・耐放射線性・低蒸気圧などの特性を活かして,種々の産業の特殊環境下での潤滑油として応用されつつあります。

(1)グリース基油

フェニルエーテル系合成油は耐熱,耐酸化性が高いために高温で使用されるグリースの基油に適しています。特にアルキルジフェニルエーテルは潤滑性に効果のある,アルキル基を有しているために耐熱グリースの基油として広く用いられています。

フェニルエーテル系合成油を含む各種潤滑油の曽田式四球試験機による潤滑試験結果を表4に示しました。この結果からアルキル基を導入したMADE,HADEは鉱油と同程度の潤滑性を示しました。フェニルエーテル系合成油ではアルキル基を多く有しているものの方が良好な結果が得られています*3。

表4 種々の潤滑油の四球試験

 回転数:750rpm,試験時間:30min,温度:室温

潤滑油(無添加)
試験球の平均摩耗痕径(mm)
1.0kgf/cm2
2.0kgf/cm2
C16,18-MADE
0.47
Welded
C12,14-DADE
0.33
0.75
mix-4P2E
0.80
流動パラフィン
0.54
Welded
タービン油
0.60
0.68
ジアルキルベンゼン
0.56
Welded
ポリオールエステル
0.64
0.97

転がり軸受においてグリースを用いた場合,高荷重,高温など使用条件が過酷になると金属表面の油膜形成が不足し,金属活性面に通常の転走面表面・表層のはく離とは異なる特異なはく離が生じ,この異常なはく離から生じる軸受寿命は計算寿命に比べ短寿命を示すことが報告されています(表5)*4。

表5 基油による軸受金属組成変化の有無
グリース成分
軸受寿命/h
組織変化の有無
基油
増ちょう剤
フェニルエーテル系
ポリウレア
>10,000
なし
エステル系
ポリウレア
500以下5個
あり
α-オレフィン
ポリウレア
500以下4個
あり
鉱油系
ポリウレア
500以下3個
あり

 軸受;63303LLH
 雰囲気温度;40℃
 ベルト張力;1620N
 内輪回転数;15500rpm,n=5
 グリース;ポリウレア(20wt%)グリース

この異常はく離は,グリースの分解による遊離水素の鋼組織内への侵入によって引き起こされる脆性はく離であると考えられています。基油を構成する原子間の結合エネルギの比較的大きいフェニルエーテル系合成油は通常のエステル油やα‐オレフィンオリゴマに比べて熱,酸化,放射線などのエネルギによる分解に対する安定性が高いためにこのような水素脆性化減少を低減できるとされています。表6に10MGyの線量を各種潤滑油に照射した時,放射線劣化によって発生するガス量を示します*5,6。

表6 放射線劣化によるガス発生量

回転数:750rpm,試験時間:30min,温度:室温

試料油 分子量 ガス発生量×10-4mol/g
C16-MADE
366
2.6
C18-MADE
422
5.2
C16-HADE
618
6.6
m-4P2E
338
5.2×10-2
m-5P4E
446
8.2×10-2
ジドデシルベンゼン
400
5.4
ジエステル
426
14.0
ポリオールエステル
640
17.7
α-オレフィンオリゴマー
564
24.4
ニュートラル油
400
14.1
流動パラフィン
400
17.8

芳香環のみで構成されているポリフェニルエーテルが最もガス発生量が少なく,アルキルジフェニルエーテルとアルキルベンゼンなどの芳香環を有しているものが,鉱油,エステル油,合成炭化水素油よりも格段に耐放射線性に優れていることがわかります。このことは,アルキルジフェニルエーテルが水素脆性化現象を低減できることを示唆しています。

(2)真空ポンプ油

油を用いる真空ポンプは,油回転真空ポンプに代表されるピストンやローターを動かして気体を排出する形式のものと拡散ポンプに代表される,油蒸気をボイラーから狭いすき間を通して噴射し蒸気の流れによって気体分子を排出する形式のものに大別されます。

油回転真空ポンプ油においては,低い蒸気圧,適正な粘度,乳化しにくい性質(抗乳化性),水と容易に分離する性質(水分離性)などが重要であり,拡散ポンプ油においては,低い蒸気圧,熱によって変質しないこと(耐熱性)や酸素と反応しにくい性質(耐酸化性)など化学的に安定であること,また放射線にさらされるような環境においては簡単に変質しにくい性質(耐放射線性)が要求されます。

半導体製造プロセスでは真空装置内でフッ素や塩素系の特殊ガスを使用することが多く,未反応ガスや微粒化した反応生成物が真空環境を作るための粗引き用油回転ポンプ内に排気されてきます。この結果,鉱油系の真空ポンプ油は混入物により劣化し,圧力の低下,過負荷によるポンプの故障,フィルタの目詰り,ポンプ内部の腐蝕などのトラブルを引き起こします。DADEは耐酸化性に優れていることから,耐活性ガス性の真空ポンプ油として広く使用されています。また酸化防止剤との組み合わせにより,いっそう寿命を延長できます。これらの効果は実機でも認められています。鉱油系との比較を図1に示しました。

プラズマエッチング装置
油回転真空ポンプ油の寿命比較
図1 油回転真空ポンプ油の寿命比較

また高真空,超高真空を作るための拡散ポンプは炭素数16,18のMADE,m-4P2E,m-5P4Eはこのような条件に適合しており,シリコーン油のように分解による不溶性の絶縁被膜を形成することがない*7ことも特長であり,電子・電気工業,理学機器,宇宙工業,原子力工業などの分野で使用されています。最も蒸気圧が低く,油の逆拡散の少ないm-5P4EはSEM,EPMA,AES,SIMSなどの表面分析機器およびMSの拡散ポンプ油としての最適のものといえます。

一方,半導体分野においては,半導体の高集積化とともにプロセスのドライ化が進展して久しく,ロータリーポンプに代わって,スクリュー型,ルーツ型等の形式のドライポンプが使用されるようになっています。これらは真空を作り出すための真空油は不要ですが,モーターを介してスクリュー等を回転させるためのギヤー,軸受の潤滑が必要であり,アルキルジフェニルエーテル系合成油,フッ素油が潤滑油として用いられています。潤滑性,シール性,メンテナンス費用,価格面等から,フェニルエーテル系が注目されています。使用個所の概略を図2に示します。

スクリュー型ドライポンプの概略図
図2 スクリュー型ドライポンプの概略図

(3)焼結含油軸受用潤滑油

粉末冶金法による焼結金属のような多孔性材料に潤滑油を含有させて外部からの給油を必要としない,いわゆる自己潤滑性軸受が幅広く使用されています。これらは電子機器やOA機器,自動車,精密機械ほかに使用され,機械の小型化,高速化に伴い使用条件が年々過酷になり,潤滑油の性能に対する要求も厳しくなってきています。焼結含油軸受はFe,Cu,Sn,Pb,Znその他の金属粉末を焼結成形したものに潤滑油を含浸させたものであり,油の潤滑性,低流動点,プラスチック・ゴムとの適合性,加水分解安定性,低蒸発量の他,近年特に潤滑油の耐熱,耐酸化性が重要視されており,アルキルジフェニルエーテルがその特性を活かし各用途への含浸油に応用されています。

極微量の潤滑油で高い信頼性が要求される用途,例えば,ファンモーター等の自動車電装部品,コンピュータに代表される情報機器に使用する軸受油等の基油として,MADE,DADEが優れた特性を持っています。

(4)高温用チェーン潤滑油

駆動装置としてチェーン類を備え,150℃以上で使用される機械,装置,例えば,ヒートセッター,テンタリングマシン,焼入炉,二軸延伸機,製パンオーブンでは,通常の潤滑油では燃焼,分解,酸化,重合等が起こり,スラッジ生成による消費電力の増加や乾燥状態になって摩耗,焼付きなどを引き起こします。

現在この種の機械の作業温度は,180~250℃であり,耐熱性・低蒸発量に優れた潤滑油が要求されており,性能・価格面でDADE,HADEが広く用いられています。

フェニルエーテル系合成油を含む各種潤滑油の熱安定度試験による外観変化と蒸発減量結果を表7および図3に示しました。この結果から非常に蒸発減量が少なく,耐熱性に優れているフェニルエーテル系合成油はチェーン潤滑油として適しており,ユーザーでのメンテナンス周期の延長,給油量の減少が可能となります。

表7 各種潤滑油の熱安定性

 試験温度 170℃(JIS K 2540)
 潤滑油熱安定度試験

試料油
外観変化
6日
20日
30日
C16,18-MADE
C12,14-DADE
流動パラフィン
タービン油
ジアルキルベンゼン
ジエステル
ポリオールエステル

 :変化なし :ビーカー気相壁に固形物付 :完全固化

各種潤滑油の蒸発量
図3 各種潤滑油の蒸発量

 試験温度 180℃(JIS K 2540)
 潤滑油熱安定度試験

(5)耐放射線用潤滑剤

フェニルエーテル系合成油は前述のように優れた耐放射線性を有しており,原子力関連の潤滑油,グリース基油として応用されています。

潤滑油の用途としては油圧機器に用いる作動油が主流となり,ポリフェニルエーテルは高放射線レベルの個所には最適ですが,流動点および粘度が高いことが問題になる場合があり,油圧作動油として適した物性を持つものとしてはm-4P2EとMADEの混合物があります*8。グリースはコントロールバルブ,メカニカルスナッバー,ホットセル内でのマニュプレータなどに使用されます。この場合増ちょう剤の種類によってその耐放射線性は著しく変化することがあり,使用に当たってはこの点を十分考慮する必要があります。

(6)次世代耐熱基油

アルキルフェニルエーテルおよびアルキルフェニルチオエーテルは芳香環を持つ構造上の特徴から耐熱性,低蒸発性,耐酸化性,耐放射線性に優れており,パソコン機器のCD-ROMドライブのスピンドル軸受油,ICチップの冷却ファンモータの軸受油,ハードディスク用の動圧軸受油として注目されています。これらの用途は消費電力の低下や省エネルギを目的に潤滑油の低粘度化が要求されています。

HADEにMADSを併用することで耐熱性,低蒸発性,耐酸化性を維持あるいは向上した低粘度油の作成が可能となります。各種混合油の混合比率および物性と熱安定度試験による蒸発減量と全酸価変化結果を表8および図4に示しました。

表8 HADE/MADS混合油の混合比および物理的性質
油種
混合比率(%)
  密度 g/cm3 動粘度 mm2/s 粘度指数 引火点 ℃ 全酸価 mgKOH/g 流動点 ℃
HADE
MADE
MADS
40℃ 100℃
HADE
100
0.894
102.2
12.57
117
220
0.00
-40.0
LB-68
82
18
0.904
67.37
9.39
118
244
0.00
-42.5
LB-32
43
57
0.923
21.11
5.56
111
232
0.00
-50.0
ADES-68
80
20
0.910
67.93
9.47
118
258
0.04
-42.5
ADES-32
38
62
0.943
32.29
5.53
108
230
0.10
-47.5
各種潤滑油の蒸発減量
図4 各種潤滑油の蒸発減量

 試験温度 150℃(JIS K 2540)
 潤滑油熱安定度試験

これらの基材は耐熱性,低蒸発性,低温特性が望まれている上記用途以外に自動車用グリース基油の開発に期待できます。

ポリフェニルエーテルは使用温度が250℃以上にも耐えるため,ガスタービン油,ジェットエンジン油,超耐熱断熱エンジン油などへの応用が期待されています。

分子中のアルキル基や芳香環の量の調整や,アルキル化物の精製により,酸化安定性,高温時における蒸発量,低温特性と耐熱性の両立など性能の調整が可能なため,用途に応じた作り分けをすることができます。これらの合成油は,フェニルエーテル系本来の機能が損なわれない範囲でほかの合成油と併用して使用される場合も多くありますが,今後ますます多様化する潤滑油への要求機能に対応するためにフェニルエーテルの構造や機能を活かした分子設計が望まれています。

 

<参考文献>
*1 八木・赤田:ペトロテック,8,8 (1985)
*2 日本特許出願公告 昭58-208392 (1983)
*3 山本次男・豊田信義・八木徹也,石油学会誌,22,38 (1979)
*4 日本特許出願公開 平3-250094 (1991)
*5 中西・荒川・早川・町・八木,原子力学会誌,25,217 (1983)
*6 中西・荒川・早川・町・八木,原子力学会誌,26,718 (1984)
*7 佐久間,潤滑,20,7 (1975)
*8 日本特許出願公開 昭59-100197 (1984)

ブルカージャパン ナノ表面計測事業部

アーステック



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最終更新日:2021年11月5日