PAG(ポリアルキレングリコール) 油圧作動液として長期の実績 | ジュンツウネット21

Q1 PAGを油圧作動液として用いた場合の利点についてお尋ねします。

A1

難燃性潤滑油として広く知られている水-グリコール系作動液に使用されるポリアルキレングリコール(PAG)は,エチレンオキサイド(以下EOと略記),プロピレンオキサイド(以下POと略記)等のアルキレンオキサイド(以下AOと略記)の付加重合によって得られるオリゴマーです。ポリアルキレングリコールの用途は現在,潤滑油の分野をはじめとして化粧品基材,消泡剤や化学品中間体などに使用されています。ポリアルキレングリコールの特徴は,EO,POの付加重合において,重合度を変化させることにより粘度を広範囲に変化させることができ,かつ,EO,POの重合比率を変えることにより水溶性から非水溶性のものまで合成可能となる点です*1。

ポリアルキレングリコールの構造については前述の通りですが,潤滑油用途には1価アルコールやエチレングリコールなどの多価アルコールにAOを付加重合させたポリアルキレングリコールが主に使用されています。また目的により末端水酸基を変性したジエーテル型ポリアルキレングリコールやエステル型ポリアルキレングリコールなども用いられます。ポリアルキレングリコールの種類と構造を表1に示します*2。

表1 ポリアルキレングリコールの種類と構造*2
 
出発原料(例)
構造
モノオール型 ブタノール,など RO-(AO)n-H (注1)
ジオール型 エチレングリコール,プロピレングリコール,など HO-(AO)n-H
トリオール型 グリセリン,ペンタエリスリトール,など R{-O-(AO)n-H }3

 注1) Rはアルキル基を示す。

以後は,ポリアルキレングリコール利用例としての水-グリコール系作動液についてその特徴や実用例,今後の動向を述べます。

1. 水-グリコール系作動液の歴史およびその用途

水-グリコール系作動液は1947年に米国で軍用に開発されたのが始まりです。国内では,1960年代から鉄鋼,自動車関連工場などで使用されるようになりました。しかしながら品質的には13.7MPa程度の圧力が使用限界とされていました。その後,水-グリコール系作動液の改良研究,油圧装置側からの対応,使用時における保守管理の充実などにより1970年代後半から20.6MPaあるいはそれ以上の高圧での使用に耐え得るものが製品化されました*3~*5。またサーボバルブへの適合性などの検討が進められた結果,従来リン酸エステル系作動油が主流であった連続鋳造設備をはじめ,工作機械や射出成形機などの広範囲な油圧装置に使用されています。

2. 水-グリコール系作動液の性状および性能

(1)組成と物性

図1*6,*7に一般的な水-グリコール系作動液の組成を示します。

水-グリコール系作動液の組成
図1 水-グリコール系作動液の組成

水,増粘剤および溶剤の三成分が鉱油系潤滑油の基油に相当します。35~45%の水は作動液の難燃性を付与するために含有されています。溶剤は水と増粘剤の相溶性や低温流動性および潤滑性向上の役割を担っています。一般にエチレングリコール,ジエチレングリコール,プロピレングリコールおよびジプロピレングリコールなどのグリコール類が用いられます。増粘剤は水溶性ポリマーが配合され作動液として適切な粘度を持たせています。水溶性ポリマーとしては,水溶性ポリアルキレングリコール,ポリビニルアルコール,ポリアクリルメタクリレート,セルロース系などがあります。しかしポリビニルアルコール,ポリアクリルメタクリレート,セルロース系は溶解性,加水分解安定性,せん断安定性などのいずれかに問題があるため使用例は少なく,一般的には水溶性ポリアルキレングリコールが使用されます*8。

水-グリコール系作動液は,水を含有することにより鉱油系とは異なる添加剤が配合されます。具体的には油性剤,防錆剤,アルカリ調整剤,防食剤などの添加剤が用いられます。油性剤には脂肪酸のアルカリ金属塩やアミン塩などが用いられます。蒸発した水によるさびを防ぐためにアミン系の気相防錆剤などが添加されており,作動液のpHを高め,鉄を不動態域とするためにアルカリ調整剤が添加されます。防食剤は主に銅の腐蝕防止を目的としています*9。

以上のような組成を持つ水-グリコール系作動液は鉱油系作動油に比べ異なった物性を持ち(図2)*7,このため油圧システムへの影響をあらかじめ定量的に把握し,設計上の対策を施す必要があります。表2に一般的な水-グリコール系作動液の性状を示します。

水-グリコール系作動液の物性上の特徴
図2 水-グリコール系作動液の物性上の特徴(鉱油系作動油との比較)
表2 水-グリコール系作動液の一般性状
 
水-グリコール系作動液
外観
緑色透明
密度 15℃,g/cm3
1.056
動粘度 40℃,mm2/s
48
粘度指数
180
pH
10.2
予備アルカリ度
19
水分 mass%
40
流動点 ℃
-40.0以下
あわ立ち性 24℃,mL
10-0
圧縮率 68.6MPa 20℃,MPa-1
2.93*10-4
比熱(20℃) kJ/kg・K
3.3
熱伝導率 W/m・K
0.43
蒸気圧 50℃,Pa
6.3*103

(2)難燃性

我が国で現在,工業用として一般的に使用される難燃性作動油は,リン酸エステルや脂肪酸エステルを基油とする合成系と水-グリコール系,W/Oエマルション系,O/Wエマルション液などの含水系とに大別されます。

作動油の火災に対する危険性としては,加圧された作動油が配管の損傷などにより霧状に飛散した場合と,作動油が漏洩・滴下した場合が考えられます。このような状況を想定して作動油の難燃性は種々の試験法により評価されています。表3に各種作動油の難燃性試験結果を示します*10。

表3 各種作動液の難燃性評価試験結果*9
 
引火点(℃)
高圧噴霧点火
ホットマニホールド
パイプクリーナ(回数)
試験法
JIS K 2274
機振協法
MIL-F-7100
MIL-F-7100
水-グリコール系
なし
着火せず
発火せず
66
W/Oエマルション系
なし
着火せず(注1)
発火せず
50
リン酸エステル系
230~280
連続燃焼せず
発火せず
80
脂肪酸エステル系
260~312
連続燃焼せず(注1)
発火
27
鉱油
150~270
連続燃焼
発火
3

 注);条件,銘柄によって点火する。

近年では噴霧状での難燃性を評価する高圧噴霧点火試験が重要視されており,この試験において水-グリコール系作動液は着火せず優れた難燃性を有しています。

(3)安定性

水-グリコール系作動液は,鉱油系作動油と同様,油圧ポンプのしゅう動部や軸受部,リリーフ弁や油圧シリンダなどにおいて熱履歴やせん断を受けます。水-グリコール系作動液は増粘剤として使用される水溶性ポリマーの熱酸化劣化やせん断により,その粘度が低下する場合があります。したがって使用されるポリアルキレングリコールについても熱・酸化やせん断に対して安定であることが望まれています。

(4)耐摩耗性

耐摩耗性に関しては,シェル四球摩耗試験,ファレックス試験およびチムケン試験などの実験室的試験で評価されますが,油圧機器の複雑な潤滑状態を忠実に再現することは困難です。したがって作動液の耐摩耗性は,油圧ポンプを用いた耐久試験により最終的に評価されるのが一般的です。一例としてベーンポンプ,ピストンポンプでの評価結果を図3*7に示します。水-グリコール系作動液は油圧機器の選定により,20.6MPaあるいはそれ以上の高圧での使用に耐え得る潤滑性を有しています。

油圧ポンプ試験におけるポンプ部品の摩耗量
図3 油圧ポンプ試験におけるポンプ部品の摩耗量

(5)材質との適合性

鉱油系作動油で使用される油圧機器のほとんどが水-グリコール系作動液でも使用可能ですが,一部の材質には問題があるので機器の選定にあたっては注意が必要です。

金属材料については鉄や銅合金などは使用可能ですが,亜鉛,カドミウム,マグネシウムなどの金属は腐蝕しやすく,油性剤と反応して不溶性物質の生成原因となるので使用は避けなければなりません。

シール材は一般にNBR(ニトリルゴム)が使用可能です。ウレタン系は加水分解を受けるため使用できません。またフッ素系の一部も高温で使用できないものもあります。

塗料についてはグリコール類による塗料の膨潤作用が大きく溶出するため,作動液と常時接触する部分では適合するものはほとんど見当たりません。外面塗装ではエポキシ系,ビニール系など使用可能なものがあります。

Q2 PAGの排水処理性と作動液以外の用途に関してご説明願います。

A2

3. 今後の動向―廃水処理性

日本の工業地帯は湾岸に面している場合が多く,水質汚濁防止法による一般排水基準よりも厳しい条例や総量規制が実施されていることが多くあります。一般的に水-グリコール系作動液は,油圧系統から漏洩し,廃水に混合した場合,凝集沈殿法や活性汚泥法などの通常の廃水処理方法ではCOD(化学的酸素要求量)成分を除去することが困難となります。これは作動液中に溶剤や増粘剤として水溶性のグリコール類やポリアルキレングリコールが配合されているためです。このため現状では活性汚泥法や吸着法および膜分離などを組み合わせて処理する必要があります。

近年,水-グリコール系作動油の廃水処理性を向上させる対策として,グリコール類の配合割合を少なくしたり,廃水処理が可能なグリコール類を配合するなどの方法が検討されています。これらの方法に基づき調整した試作油の1%水溶液について凝集沈澱処理を行った前後のCOD値を図4に示します。試作油1は水溶性のグリコール類や水溶性PAGを極力減らした水-グリコール系作動油であり,試作液2は水に難溶なグリコール類やPAGで調整した含水系作動油です。試作油はそれぞれ,一般に市販されている水-グリコール系作動油に比べ処理前後のCOD値が低下しており,特に試作油2は約90%のCOD値の削減が可能となります*11,*12。

作動液の凝集沈殿処理性
図4 作動液の凝集沈殿処理性

ポリアルキレングリコール利用例としての水-グリコール系作動液の特徴や性能,今後の動向について述べました。最後にPAGは水-グリコール系作動液以外にも潤滑油基材としての用途があり,鉱油との相溶性の点,基材単独では熱・酸化安定性に劣るなどのいくつかの短所を除けば,粘度指数が高く,せん断安定性に優れ,耐荷重能も同程度の粘度の鉱油に比べて優れるなど数多くの利点を有していることを付け加えておきます*1。

<参考文献>
*1 古瀬和夫,“潤滑” 第32巻 第2号 (1987) 95~99
*2 梅原尚也,“潤滑経済” 1999年9月号1部 (1999) 16~20
*3 G.M.G.Blanpain:Conf.Fluid Power Equip.Min.Quarrying Tunnelling,(1974) 145
*4 下山善久,“油圧技術” 18,9(1979) 61
*5 谷川友彦,“油圧技術” 18,3(1979) 52
*6 白倉幹夫,“油空圧技術” 2000年9月号 (2000) 6~10
*7 白倉幹夫,“油空圧技術” 2000年3月号 (2000) 6~10
*8 岩宮保雄,“潤滑” 第32巻 第8号 (1987) 534~539
*9 渡辺佳久,大西輝明,“トライボロジスト” 第42巻 第7号 (1997) 534~539
*10 岡部平八郎,山口惇監修,“作動油ハンドブック”,(1985) 139
*11 特許公開 平5-271683ほか
*12 渡辺佳久・山田大輔・斉藤隆・細谷愼一郎:トライボロジー会議予稿集,(1994-10) 53

アーステック



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最終更新日:2021年11月5日