金属表面処理における皮膜形成法には,めっきや陽極酸化などの湿式法に対して,乾式法として物理的方法と化学的方法があります。物理的方法(PVD)は真空めっきと呼ばれ,真空蒸着,スパッタリングやイオンプレーティングが含まれます。化学的方法は化学気相析出(CVD)で表面処理の分野では化学蒸着法という呼称が一般的です。
蒸着とは
金属表面の皮膜形成方法に蒸着という方法があるそうですがそれはどんなものですか。この蒸着皮膜と潤滑油との関係についてもご教示下さい。
解説します。
金属表面処理における皮膜形成法には,めっきや陽極酸化(アルマイト)などの湿式法に対して乾式法として物理的方法と化学的方法があります。これらの方法は新しい材料の開発方法として現在着目されています。
物理的方法(PVD)は真空めっきと呼ばれていて,大気圧よりも低い圧力の気体でみたされた空間中で金属,無機化合物あるいは有機物の薄膜を作成する技術を総称していてこの中に真空蒸着,スパッタリングやイオンプレーティングが含まれています。また,電気めっきあるいは無電解めっきに代表される湿式めっきに対抗して乾式めっきとも呼ばれています。
電気めっきでは,めっきしたい元素のイオンを含有する水溶液中での電気化学反応で行われるのに対して乾式めっきでは真空中で原子あるいは分子の大きさにばらした,皮膜をしたい材料の気体を被処理物(基板)表面にとばすことによって行われます。つまり,基板を気体がとんでくる位置におくと,その気体の原子あるいは分子が基板表面で冷却され液体状態をへて皮膜となるわけです。この際,気化した原子,分子の酸化防止あるいは直進性向上のために不必要な気体分子の残留を防ぐ必要があり通常10-7~10-13Torr(真空度の単位)の高真空が使用されます。この方法では気体状態で皮膜が作られることから気相めっきとも呼ばれています。
そこでもう少し詳しく述べてみますと,
(1)真空蒸着法
この方法は真空を利用するほかの方法にくらべコストが低く作業が容易なため,もっとも一般的な皮膜形成法です。
この方法は丁度,冬期部屋の中で湯わかしから蒸発する水蒸気が窓ガラスを曇らすのと原理的には同一と考えられます。つまり,材料の酸化等による感染を防止するために真空となった容器を使用し,皮膜にしたい材料を加熱蒸発させ,その蒸気を基板表面に凝結させて皮膜とするわけです。真空度は10-4~10-5Torrで真空蒸着装置は図1のような構成になります。
図1 真空蒸着装置の構成 |
(2)スパッタリング法
スパッタリング法とは,原子,分子,あるいはイオンが固体表面(ターゲット)に衝突することで生じる固体形成物質の放出現象のことで,皮膜形成分野ではこれによって放出された粒子が基板表面に付着し,皮膜となる過程も含めてスパッタリングと呼ばれています。本来,スパッタリングは真空蒸着での蒸発に相当し,あくまでも粒子の放出現象をさしています。身近な例では,古い蛍光灯の両端ソケット部が黒くなる現象です。真空度は10-2~10-3Torrで直流スパッタ装置は図2のとおりです。
図2 直流スパッタ装置 |
(3)イオンプレーティング
この直流放電方式は,苛酷な条件で使用されるボールベアリングの耐摩耗性,潤滑性を向上するために,NASAのMattoxによって1963年に開発された技術で,真空蒸着にくらべて非常に高い密着度がえられますが,イオン化率(イオン/蒸発原子)が低く,ガスイオンの衝突頻度が大のため基板の温度上昇が激しく,ガスイオンによるエッチイング量が多いため,皮膜の生成速度が小さいという問題があります。真空度は10-3~10-4Torrで,図3はイオンプレーティング装置の基本を示すものです。
図3 直流型イオンプレーティング装置 |
これに反し,化学的方法は化学気相析出(CVD)で表面処理の分野では化学蒸着法という呼称が一般的でありその歴史は古く,1880年頃にランプ用カーボンフィラメントの補強被覆のために研究され,20世紀に入ってからはチタン,ヂルコニウムなどの高純度金属の精錬法として着目され,CVDが耐熱性,耐摩耗性物質のコーティングの手段として注目されるようになったのが1935年頃です。金属あるいは炭化物,窒化物などの広範囲の物質をCVDによって合成し今日の発展の基礎をつくり,1950年に工業的に実用化が開始され,1960年に宇宙開発用の特殊複合材料や原子力材料の開発にも応用されるようになり今日に至っています。
この方法は,化学反応により金属および化合物皮膜の析出を行うもので,この化学反応は基板と気相の界面における触媒的接触反応を通じておこさせる必要があり,表1はCVDの典型的な化学反応の例です。
表1 CVD法
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さて,蒸着皮膜と潤滑の関係ですが各種蒸着についての用途面から考察してみると次のとおりになります。
1.PVDの中の真空蒸着の応用例としては装飾,光学,電気通信その他であり防錆・防食,耐熱性,導電性,絶縁性などで,直接潤滑とはあまり関係がありません。
2.PVDの中のスパッタリングの応用としては代表的な用途としてエレクトロニクスの分野で,機械・化学分野では金属材料の耐摩耗性,潤滑性を向上する目的で使用されています。潤滑性としてはMoS2,耐摩耗性としてはCr,Pt,Taが用いられています。
3.PVDの中のイオンプレーティングの応用としては防錆・防食,装飾,電気材料,耐摩耗用として用いられていて,耐摩耗用としてはTiN,TiCなどが用いられています。
4.CVDの応用としては耐摩耗性,耐熱性,耐食性,絶縁性,装飾,光吸収性として用いられ,耐摩耗用としては切削工具,機械部品,金型などに対し,TiC,TiN,Al2O3,TiB2,WC,SiC,BNなどのCVD膜が用いられています。切削工具に用いられるCVDの皮膜厚さは米国の場合は5~10μmでありわが国の場合は10μmです。