フェムト秒レーザによる表面微細加工 | ジュンツウネット21

「フェムト秒レーザによる表面微細加工」  2010/10

キヤノンマシナリー株式会社 沢田 博司

はじめに

温暖化を防止し豊かな地球環境を保全するためには,低炭素社会を如何に実現するかが重要な課題となっている。2020年までに二酸化炭素の排出量を1990年比25%削減という中期目標が掲げられている。この中期目標を達成するためには,新たなエネルギー政策や社会システムの構築に加えて,自動車や産業機器におけるしゅう動部のエネルギーロスを低減することが必要となる。

そこで,しゅう動部品に表面テクスチャを形成することで潤滑剤の保持機能や流体潤滑膜の荷重負荷能力などを向上させ,トライボロジー特性の向上を図る研究が活発に行われている。

表面テクスチャの加工方法としては,機械加工,エッチング,サンドブラスト,レーザ加工など種々の加工法が用いられている。なかでも,フェムト秒レーザを照射することで自己組織的に形成されるサブミクロンオーダーの微細な表面周期構造は,規則性と方向性を併せもつことから,適切なパターニングを行うことで,さらに大きな効果を期待することができる。

本稿では,フェムト秒レーザによる周期構造形成とそのトライボロジー特性に及ぼす影響について紹介する。

1. フェムト秒レーザとは

フェムト秒レーザは,レーザパルスの持続時間をフェムト秒(1000兆分の1秒)のオーダーまで超短パルス化したレーザである。フェムト秒レーザではエネルギーが極めて短時間に被加工材料に注入され,熱伝導が起こる前に加工が進行する。そのため,熱的影響がほとんどない非熱的プロセスとなり,高精度・高品質な微細加工が実現できる。

また,レーザ光の吸収特性が光強度に依存する非線形効果を利用して,表面に全く損傷を与えることなく透明材料の内部のみを加工できるなど,これまでのレーザ加工にはない特徴を有している。なかでも,フェムト秒レーザを照射することで自己組織的に形成される微細周期構造は,様々な表面機能を示すことから注目を集めている。

2. フェムト秒レーザによる周期構造

加工しきい値近傍のエネルギー密度で直線偏光のフェムト秒レーザを基板に照射すると,入射光と基板の表面に沿った散乱光またはプラズマ波の干渉により,レーザの波長と同程度の周期間隔を持つグレーティング状の周期構造が自己組織的に形成される*1。このとき,フェムト秒レーザをオーバーラップさせながら走査させることで,配向性の高い周期構造を連続的かつ広範囲に拡張することが可能である。

回転するディスク状の試験片に対してこの方法を用いれば,リング状の領域にも周期構造を形成することができる。上記方法により形成した周期構造の様子を図1に示す。周期構造の間隔は約700nm,深さは約200nmである。周期構造は1本ずつ描画するのではなく,レーザを照射した領域全体に自己組織的に形成されるため,5,000~10,000本/秒という非常に速い加工速度で形成することができる。また,偏光方向による加工特性の違いから,周期構造は偏光方向に直交して形成されるため,偏光方向を変化させるだけで図2に示すように,通常の機械加工では得にくい様々な周期構造パターンを容易に形成することができる。

リング状領域に形成した周期構造
図1 リング状領域に形成した周期構造
放射状/代表的な周期構造パターン
放射状
同心円状/代表的な周期構造パターン
同心円状
スパイラル状/代表的な周期構造パターン
スパイラル状
図2 代表的な周期構造パターン

3. 周期構造のトライボロジー特性

3.1 しゅう動特性の向上

回転しゅう動する試験片に対し周期構造をスパイラル状に形成すると,大きな荷重負荷能力が得られる*2。リングオンディスク試験装置を用いて,純水中でしゅう動速度を段階的に1.2m/sから0.35m/sまで1分ごとに減速させながら調べた摩擦係数を図3に示す。周期構造を形成することで流体潤滑となり,摩擦係数が大きく低減されている。

リングオンディスク試験における摩擦係数の変化
図3 リングオンディスク試験における摩擦係数の変化

スパイラル状の周期構造では,一般的なミクロンサイズの溝深さをもつスパイラルグルーブ軸受よりも薄く高剛性な油膜が形成される。スパイラルパターンの溝深さを200nmおよび6μmとし,相対負荷容量を計算した結果を図4に示す。油膜厚さが薄くなると,溝深さ200nmの方が圧倒的に高負荷容量・高剛性となることがわかる。溝深さ6μmの場合,油膜厚さの減少にともなう負荷容量の増加が少ないため,負荷変動や振動により容易に2面間の接触が生じる。一方,溝深さ200nmの場合,油膜厚さが1μmから0.1μmに減少すると負荷容量は3桁増大するため,平面度の高いしゅう動面では2面間の接触をほぼ回避することができる。

溝深さの違いによる負荷容量の比較
図4 溝深さの違いによる負荷容量の比較

薄い油膜を介してしゅう動することが望まれるメカニカルシールや工作機械のすべり案内などは周期構造の特徴を生かせる有力なアプリケーションである。

3.2 耐焼付き性の向上

周期構造は薄い油膜で大きな負荷容量を生じるため,焼付き防止に大きな効果が得られる*3。図5に示すように,深さ6μmの油溝を8本有するリング試験片に対し,油溝を中心に1mm幅の領域に油溝と直交した周期構造を形成した。純水中でしゅう動速度を0.24m/sから0.04m/sまで5分ごとに減速させながら耐焼付き性の評価を行った結果を図6に示す。油溝のみのリング試験片では,しゅう動速度を0.18m/sまで減速すると摩擦係数が急増し,焼付きを生じた。一方,周期構造を複合化したリング試験片では,しゅう動速度が0.04m/sで摩擦係数が増加したが焼付きには至らず,徐々に摩擦係数が低下する傾向を示した。

油溝と周期構造の複合化
図5 油溝と周期構造の複合化
周期構造の複合化による耐焼付き性向上
図6 周期構造の複合化による耐焼付き性向上

3.3 切削・塑性加工特性の向上

切削工具のすくい面に周期構造を形成すると,切りくずの凝着を大幅に抑制することができる。榎本ら*4は周期構造によりアルミニウムの凝着が通常工具の1/10程度に低減されることを明らかにした。

塑性加工における工具と素材との摩擦力の評価として,リング試験片を平行工具間で圧縮するリング圧縮試験(図7)が知られている。平行工具に周期構造を形成したところ,SUS304製リングを50%の高さまで塑性変形させる際の圧縮荷重が20%低減された。また,圧縮前後のリング内径比から塑性加工中の摩擦係数を求めたところ,周期構造を形成することで約30%の摩擦係数低減効果が認められた*5。

リング圧縮試験
図7 リング圧縮試験

3.4 薄膜の密着性向上

優れたトライボロジー特性を示すダイヤモンドライクカーボン(DLC,Diamond-Like Carbon)や生体親和性を大きく向上させるハイドロキシアパタイトなどの高機能薄膜が注目を集めているが,基材への密着性が十分とは言えず,高面圧下での使用において,はく離という致命的な問題が生じることから,実用化が順調に進んでいるとは言い難い。

しかし,基材への下地処理として周期構造を形成すると,密着面積の拡大や応力の分散・解放により薄膜の密着性を大きく向上することができる*6。SUS304の基板に1μm厚のDLC膜を成膜し,ピンオンディスク試験機を用いてDLC膜の密着性を評価した。その結果を図8に示す。鏡面基板では200Nの垂直荷重でDLC膜が激しくはく離を起こしているが,周期構造基板では500Nの垂直荷重に対しても目立った損傷は認められない。

基板/鏡面基板-ピン(200N):ピンオンディスク試験後のDLC コーティング
基板
ピン/鏡面基板-ピン(200N):ピンオンディスク試験後のDLC コーティング
ピン
(a)鏡面基板-ピン(200N)

基板/周期構造基板-ピン(500N):ピンオンディスク試験後のDLC コーティング
基板
ピン/周期構造基板-ピン(500N):ピンオンディスク試験後のDLC コーティング
ピン
(b)周期構造基板-ピン(500N)

図8 ピンオンディスク試験後のDLC コーティング

おわりに

フェムト秒レーザは平均出力が低く,フォトンコストが高いため,一般的な穴あけや切断加工では量産性やコスト競争力の面から産業応用は難しい。微細周期構造による機能表面形成は,これらの加工と比較してはるかに小さなエネルギー密度で高い付加価値が得られることから,フェムト秒レーザの大規模な産業応用に最も期待されている技術である。周期構造は,濡れ性制御や生体親和性向上など,ここで紹介した機能以外にも優れた表面機能を有している。

当社では,周期構造による様々な機能表面を簡便に形成することができる「機能表面形成装置 Surfbeat R」を開発し,受託加工にも取り組んでいる。この装置が,多くの方々のお役にたてれば幸いである。

〈参考文献〉
*1 沢田博司・川原公介・二宮孝文・黒澤宏・横谷篤至:フェムト秒レーザによる微細周期構造の形成,精密工学会誌,69,4(2003)554.
*2 沢田博司・川原公介・二宮孝文・森淳暢・黒澤宏:フェムト秒レーザによる微細周期構造のしゅう動特性に及ぼす影響,精密工学会誌,70,1(2004)133.
*3 沢田博司・二宮孝文・野口俊司・川原公介・平山朋子:平行すべり面の潤滑特性に及ぼす表面周期構造の影響,トライボロジスト,55,3(2010)192.
*4 榎本俊之・杉原達哉:ナノ-マイクロ構造を表面に有する切削工具の開発(切りくず耐溶着性の向上),日本機械学会論文集(C編),74,745(2008)2315.
*5 松井啓介・飯塚高志・高倉章雄・沢田博司・川原公介:フェムト秒レーザーによって形成された微細周期構造を有する工具の摩擦係数について,第56回塑性加工連合講演会講演論文集,(2005)299.
*6 沢田博司・川原公介・二宮孝文・森淳暢・黒田忠彦:レーザ誘起表面周期構造によるDLC膜の密着性向上,トライボロジスト,51,2(2006)180.

最終更新日:2019年8月20日