食品機械用潤滑剤のリスク管理と市場動向 を解説します。近年,食品の偽装表示に象徴されるような食を巡る様々な問題・不祥事が発生し,食に対する信頼が揺らぎ,食品の安全性に対する世の中の関心が高まっています。食品業界では,絶対的な製品の安全性の確保と,製品の安全性の市場への情報開示についての対応が急務になっています。
はじめに
近年,食品の偽装表示に象徴されるような食を巡る様々な問題・不祥事が発生し,食に対する信頼が揺らいでいると同時に,食品の安全性に対する世の中の関心が急激に高まっている。その中で,食品業界では,絶対的な製品の安全性の確保と,製品の安全性の市場への情報開示についての対応が急務になっている。
昔から異物混入は食品クレームの中で最も多いクレームの1つである。様々な対応策が取られている昨今ではあるが,まだまだ異物混入による食品リコールも後を絶たないのが現状である。
“徹底的な安全管理・品質管理”の対応策として,現在,食品工場では,様々な安全管理手法を導入し,あらゆる観点から厳しく見直しを図っているところである。
【代表的な安全管理手法】
○HACCP(Hazard Analysis and Critical Control Point)
○GMP(Good Manufacturing Practice)
○ISO 22000(食品安全マネジメントシステム:フードチェーン組織に対する要求事項)
○AIBフードセーフティ
以上のような安全管理手法を導入しながら,食品工場で使用している生産機械の潤滑剤(潤滑油およびグリース)にも安全性の高い食品機械用潤滑剤を採用する企業が増えてきている。
今回は,全世界で唯一,食品機械用潤滑剤を規定しているNSF(National Sanitation Foundation)の規格内容の概要と,食品機械用潤滑剤の新しい製造基準である「ISO 21469」,また食品機械メーカーの最近の動向を紹介する。
1. 食品機械用潤滑剤および熱媒体油の規格について
2010年4月現在のNSFが規定している登録内容(概要)は以下の通りである。
○H1:Lubricants with incidental contact
「偶発的に食品に触れる可能性がある箇所で使用できる潤滑剤」
原材料はFDAが規定する21CFR 178.3570に記載された物質およびGRAS物質のみを使用して製造された潤滑剤のことである。
○H2:Lubricants with no contact
「食品に触れる可能性がない箇所でのみ使用できる潤滑剤」
H1規格の条件は満たさないが,鉛化合物などの明らかに人体に有害である物質を含まない潤滑剤。
○H3:Soluble oils
「ソルブルオイル」
食肉などを吊るすフック,トロリーおよびそれらの類似器具の防錆用に塗布するオイル。原材料はFDAで規定している食用油(大豆油,コーン油等)やGRAS物質のみ使用して製造されたオイルである。
○HT1:Heat transfer fluids with incidental contact
「偶発的に食品に触れる可能性がある箇所で使用できる熱媒体油」
原材料はFDAが規定する21CFR 178.3570に記載された物質,172,182,184で規定された物質のみを使用して製造された熱媒体油のことである。
○HT2:Heat transfer fluids with no contact
「食品に触れる可能性がない箇所でのみ使用できる熱媒体油」
HT1規格の条件は満たさないが,鉛化合物などの明らかに人体に有害である物質を含まない潤滑剤。
○HX1:Lubricant ingredient(H1)
H1「偶発的に食品に触れる可能性がある箇所で使用できる潤滑剤」に使用できる原料・成分。
○HX2:Lubricant ingredient(H2)
H2「食品に触れる可能性がない箇所でのみ使用できる潤滑剤」に使用できる原料・成分。
○HX3:Lubricant ingredient(H3)
H3「ソルブルオイル」に使用できる原料・成分。
○HTX1:Heat transfer fluids ingredien(t HT1)
HT1「偶発的に食品に触れる可能性がある箇所で使用できる熱媒体油」に使用できる原料・成分。
○HTX2:Heat transfer fluids ingredien(t HT2)
HT2「食品に触れる可能性がない箇所でのみ使用できる熱媒体油」に使用できる原料・成分。
2. 食品機械用潤滑剤の新しい製造基準「ISO 21469」
現在のNSF登録に関しては,書面による使用原料の申告が規定される内容に合致していれば登録されるシステムである。つまり,潤滑剤メーカーの製造過程・ラインに関しての規定は何も存在していなかったため,市場に流通する製品品質のバラツキなどに対しては対処不可能であった。
こうした中で「ISO 21469」という新しい食品機械用潤滑剤の製造基準が2008年よりスタートしている。
「ISO 21469」の認証システムでは,食品機械用潤滑剤の製造に関して,
○原材料の検証(成分のチェックとNSF規定に合致しているかの確認)
○製品製造工程の確認(GMP/GHP規範との照合)
○リスクアセスメントの実施と改善確認
などの細部にわたり,高度な品質管理を規格化したものである。
したがって,書面によるNSF登録から,さらに一歩踏み込んだシステムであり,製造工程から運搬に至るまでのリスク管理が徹底されるため,製品の品質と安全性が保証されることとなる。
2010年4月現在,このISO 21469を取得した潤滑剤メーカーは全世界で5社のみである。いずれも自社が扱う食品機械用潤滑剤の品質と安全性を保障することは,「食品機械用潤滑剤を使用するユーザーの品質向上にも繋がる」という大きなポリシーを持つ企業であることが言える。今後,潤滑剤メーカーでのISO 21469取得が広がることを期待する。
NSF H1登録とISO 21469認証マーク
3. 食品機械メーカーの最近の動向
冒頭で述べた通り,既に食品工場では食品機械用潤滑剤の使用が広がる一方,食品機械用潤滑剤を採用する食品機械メーカーも増加している。
食品を製造する機械であるがために,異物混入に対しての厳しい設計は当たり前のことではあるが,その対策の1つとして潤滑剤対策が挙げられる。
潤滑剤に対しての考え方の優先順位は,(1)潤滑剤を使用しない,(2)潤滑剤が漏れない・触れない対策をする,(3)偶発的接触が許される潤滑剤を使用する,という順序になる。しかし,上記(1),(2)の対策をすべての箇所に実施することは非常にコストのかかることであり,徹底することは非常に困難なのが実情である。また,漏れない・触れない対策を実施できたとしても,潤滑剤混入のリスクは,潤滑剤を使用している限り100%防げたとは言い切れない。したがって,さらなる安全性を確保していくためには,上記(3)の「偶発的接触が許される潤滑剤を使用する」ことが重要になってくるのである。
海外では,特に欧州において,EHEDG(European Hygienic Engineering & Design Group:欧州衛生工学・設計グループ)が,食品の加工および包装における衛生促進を共通の目的として,機器製造業者,食品会社,研究教育機関および公衆衛生機関などによって1989年に設立されており,衛生工学の観点から「食品機械のあるべき設計」,「食品製造ラインのあるべき設計」についてガイドライン化している。そして,2008年には同EHEDGの協力を得て,日本食品機械工業会内にEHEDG JAPANが設立され,食品機械の衛生設計を促進し,食品事故をなくすことを目的とし,活動をスタートさせている。現在38のガイドラインについて段階的に翻訳作業中で,翻訳が終了後,ガイドラインの提供および説明会開催などのサービスを拡張していく動きがある。
4. まとめ
昨今の食のトラブルを受け,日本国内でも「食の安全」を目指した食品安全を担当する行政組織の設立が具体的に検討されており,関係当局も海外の動向を踏まえ,近い将来,何らかの指針が示されるものと推測される。
今後,食品工場では原料調達,製造から流通までのすべての工程における品質・安全性の確保がますます厳しく求められるのは明らかである。
今,重要なのはH1潤滑剤を社会的に認知してもらい,その必要性を理解してもらうことである。
食品工場で使用される食品機械用潤滑剤とは,人の口に入る可能性のある「潤滑剤」である。我々潤滑剤メーカーも,高い倫理感が必要な製品を扱っているという自負がますます求められている。