食品の基本は安全衛生であることは言うまでもなく,HACCPシステムにより,食品の安全衛生管理は,より高度なものに改善されつつありますが,これで十分ではありません。最近では環境問題もクローズアップされ,食品の生産から消費まで,トータルな安全衛生管理システムが求められています。
はじめに
消費者の食品に対する関心は,かつては量であった時代もあるが,近年では品質が重視されるようになり,新鮮で美味しいものを求めるようになった。その後,数々の食中毒事故や,農薬やダイオキシンなど化学物質,BSE問題もあり,品質に加えて安心・安全が社会の潮流となり,有機無農薬の青果物がもてはやされるようになったり,牛肉の輸入がストップしたりするなど,社会的な問題にもなっている。
食品の基本は安全衛生であることは言うまでもなく,弊社でも安心,安全,安価,安定(供給),味(美味しい)を「食品の5A」として,機械作りやシステム作りに反映するよう心がけてきた。現在ではHACCPシステムにより,食品の安全衛生管理は,より高度なものに改善されつつあるが,これで十分ということはない。
さらに最近では環境問題もクローズアップされ,食品の生産から消費まで,トータルな安全衛生管理システムが求められている。
本稿では,弊社の食肉加工機械を念頭に置いて,食品機械の安全衛生管理と潤滑油剤について述べたいと思う。
1. 食品製造工程と食品機械の関係
食肉の加工や弁当の盛付けなど,食品の製造工程の多くは,一部を除けば人海戦術による労働集約型がいまだに多く存在し,人の感覚や器用さに頼る作業が多いため,これまではなかなか自動化が進んでこなかった。
しかしながら,近年ではコストダウンのための省人化や,安定した労働力の確保,そして何より安全衛生対策のため,これら労働集約型の作業に対して,自動化の要望が徐々に増大し,ロボットメーカなどでも食品製造工程の自動化への取り組みを始めている。
特に安全衛生対策においては,一般的に人間は様々な菌を保有しており,食品に接することは好ましくないとされており,手指の消毒や毛髪の落下防止など,安全衛生管理には各社苦労をしている。
また人間が作業するということで,作業環境温度は菌が繁殖するのに都合の良い温度帯となってしまっていることが多い。
そこで製造工程を自動化することによって,安定した労働力を確保し,省人化によってコストを削減し,食品と人間との接触の機会を減らし,環境温度を菌の繁殖しにくい温度帯にすることによって,有害菌の発生や増殖を防ぎ,衛生管理をより確実なものにできるという考え方が出てきた。
さらに人間がいなくなれば,異物混入で上位を占める毛髪の落下も減らすことができる。
しかしながら製造工程の自動化が進めば,機械部品や潤滑剤の食品への混入の危険性は増すことになり,機械装置の管理を強化する必要が新たに生じる。機械加工は人間の作業より広範囲に食材のかすを撒き散らすこともあり,かつ複雑な形状の機械(図1)は,付着した食材を完全に洗い落とすのが困難なものになるため,機械の洗浄はこれまで以上に手間の掛かる作業になってしまう。
図1 豚もも肉除骨機「ハムダス」
当然,機械が増えれば潤滑油の使用量も多くなり,メンテナンス作業も煩雑となる。さらに,大量の潤滑油を洗い流してしまうことになり,環境面での配慮も必要となる。
このように食品製造工程への食品機械の導入は,安全衛生管理をより複雑なものにしてしまうことにもなりかねないので,食品製造工程への自動機械の導入に当たっては,食品製造会社と食品機械製造会社の緊密な連携が必要となり,HACCPシステムなどにより,発生する危害の予測を徹底しなければならない。
2. 食品機械メーカとしての安全衛生管理への取り組み
前項で述べたように,食品製造工程への食品機械の導入は,かえって安全衛生管理を困難なものにしてしまう可能性があるので,食品機械メーカとしては,顧客の考え方を十分に反映し,簡単でかつ効果的な安全衛生管理が行えるよう,基本となる洗浄作業に十分配慮した機械装置やシステムの設計を行なわなければならない。
弊社などでの具体的対策例を挙げると,まず機械部品の材質は,錆びにくく薬剤にも強いステンレス材を主に使用している。モータなど,購入品によってはステンレス仕様のものが無いこともあるが,そういう場合は極力カバーを設けるなどの対策を施す。
次に機械部品には曲面を取り入れ,食品のかすを洗い落としやすくするとともに,洗浄後の水切れを良くして菌の繁殖を防止する。
機械部品の結合では,溶接を用いる場合には全周溶接として隙間をなくし,食品のかすを含んだ水が隙間に入らないようにしたり,ボルトを用いる場合には,緩んでも落下しないよう,下向きに締めこむようにしている。
特に食品の搬送ライン上では,ボルトなど機械部品の落下は,即異物混入となるので,機械部品の構成には特に念入りな検討が必要となる。
潤滑剤については,洗浄による流出が機械としての性能を低下させ,時には故障に至ったり,落下による異物混入となることなど,いくつか重大な問題を抱えており,含油軸受けを用いたり,厳重なシール構造としたりするが,軸受けやモータのトラブルを完全に無くすことはできないでいる。
抜本的な対策の一つとして,水を駆動源とした水圧駆動方式のアクチュエータが開発され,弊社でも試験的にチキンの加工機械に応用している。これらのアクチュエータは水を潤滑剤としても利用しているので,たとえ漏れても安全であり,丸ごと洗浄しても潤滑剤の流出を気にする必要も無く,給油作業も不要であって,運用面や安全衛生管理面では非常に有利な機械要素である。
しかし製作が難しくコストが掛かる上,耐久性にも改善の余地があり,普及するまでには時間が掛かりそうである。(図2)
これ以外にも主要部を自動洗浄する機能を持たせ,洗浄工程の負担を軽減するなどの措置をとることもある。
図2 水圧駆動モータ
このように,具体的対策を機械装置に施す以外には,HACCPシステムによる安全衛生管理の方法を学び,必要に応じて顧客を指導できる体制を整えることも必要であろう。
いずれにしても食品製造工程の安全衛生管理システムは,食品機械メーカだけでも,また食品製造メーカだけでも構築できるものではなく,相互の信頼関係に基づいた協力体制が必要である。
3. 食品機械における潤滑油剤の位置付け
食品機械も機械に変わりはないので,その機能を十分に発揮させ,良好な状態を長く維持するためには,摺動部や軸受けの潤滑剤のメンテナンスは欠かせない。求められる機能も一般的な潤滑剤と同じである。
しかし一方で,食品に付着したり,洗浄により洗い流されたりするため,安全かつ衛生的という要件を満たさねばならず,そのためには人体や環境にとって有害な添加物は排除されなければならないから,若干特性が悪くなることは許容しなければならない。
また,使用環境には水分が多く存在するので,完全に水分をはじくか,さもなければ交じり合ってもある程度の潤滑性能は維持する必要がある。
さらに潤滑剤自体が菌の温床になってはならず,かつ付着した食品のかすは,洗浄作業によって容易に除去されなければならない。
このように食品用潤滑剤は,潤滑剤として多くの性能や機能を要求される一方,安全衛生管理上の制約も多く,どのような性状を備えていれば良いのか,はっきりした結論はまだ出ていないというのが実情であろう。
幸いNSFによって,食品機械に使用できる潤滑剤が多く登録されており,この中から潤滑剤メーカと相談して,使用環境や目的に適合したものを簡単に選び出すことができるので,実際に使ってみてその特性について十分検討する必要があろうかと思う。そしてその情報を潤滑剤メーカにフィードバックして,改善改良を促すことも大事である。
4. 食品機械のメンテナンスと潤滑管理
食品機械も工作機械と同じく,基本的には同様のメンテナンスを施す必要があるが,食品機械は安全衛生管理のため,あるときは薬剤を使い,あるときは温水で,さらに高圧水まで使用して念入りに洗浄されるので,潤滑剤が流されたり,電気的なトラブルの元となってしまう。
さらに温水を使用すると,たとえばモータや防水カバーを施したケース状の機器では内部に結露が起こり,徐々に水がたまって電気的な故障の原因となったり,内部からシャフトの軸受けのグリスを流してしまい,機械的な故障の原因となったりすることもある。
原則としては,毎日の洗浄作業後に,必要に応じて注油すればよいのであるが,機械が自然に乾燥するには相当な時間を要するし,隙間に入り込んだ水分は,分解でもしなければ乾かすことができない。
自動機械の普及が十分でない現状では,一般的に食品加工業者は機械のメンテナンスに不慣れなため,適切な処置がとれないことも多い。弊社のモモ肉脱骨機「トリダス」(図3,図4)においても,初期の頃には無給油状態で運転されたことによるトラブルが多く発生している。
このように,食品機械の潤滑管理は困難な作業であり,潤滑剤メーカと食品機械メーカの連携も必要と感じている。
現在では,近年発生した食中毒やBSE,残留農薬問題によって,安全衛生に対する意識が非常に高揚し,食品加工工程における多くの改善改良が厳しく行われるようになったことは,喜ばしいことである。
図3 もも肉脱骨機「トリダス」
図4 「トリダス」筋切カッター部
5. 今後の食品機械の方向性
今後食品の製造工程は,さらに自動化が進んでいくと考えられ,近い将来ロボットが大量に導入されるようになるかもしれない。(図5)
理想的な姿の一つは,完全な自動化によって,製造工程の温度管理を行い,微生物制御を可能にすることである。そうすれば洗浄工程を簡略化することができ,洗浄による機械へのダメージも軽減できるが,食品加工工程の現状を見る限り,相当時間が掛かると思われる。
図5 多関節ロボットによるコロッケの
トレー詰めテスト風景
したがって当面の間,洗浄によって確実に安全衛生管理を行うということになろうが,食品加工機械においては,分解洗浄を行うなど,徹底した管理が実施されるものと思われる。
そのために,食品加工機械は,必要に応じて容易に分解でき,洗浄性が良く,組み立てやすい構造であり,かつ取り扱いを容易にするため,極力軽量化する必要があると考える。
いずれにしても,より良い安全衛生管理を行うためには,食品製造メーカ,食品機械製造会社,そして各要素機器メーカが協力して食品製造システムの構築にあたることが重要である。
以上食品機械の安全衛生管理と潤滑剤について,雑駁に述べてきたが,安全衛生管理はこれで終わりということはない。自分自身も一消費者という立場で,より確実な安全衛生管理システムの構築に向けて,努力していきたいと思う。
〈参考文献〉
潤滑経済,No.437(2002)
細貝祐太郎,松本昌雄,新食品衛生学要説第5版(2004)