- Q1.作動油の分析結果を潤滑管理に活用する方法についてお尋ねしたいのですが,まず耐摩耗性作動油の歴史と問題点について教えて下さい。
- Q2.分析結果から作動油の汚損劣化の程度をどう判断するか実例でご説明下さい。
Q1 作動油の分析結果を潤滑管理に活用する方法についてお尋ねしたいのですが,まず耐摩耗性作動油の歴史と問題点について教えて下さい。
1. 作動油の歴史と背景
油圧作動油は1950年代に油圧システムが導入されて以来,これに対応すべく並級潤滑油から無添加高度精製潤滑油,添加R&O作動油と様々な変遷を経て改良されてきました。
1960年代には油圧システム系の高圧化が進んだため,耐摩耗性が要求されるようになり,この要求を満たす作動油の一つとしてジチオリン酸亜鉛を添加した作動油が開発されました。
これは,亜鉛含有量が700ppm程度でいわゆるHigh Zincタイプのものでしたが,1970年代にはサーボバルブの使用が増加し,スプール固着やスラッジ発生のトラブルが増大しました。
このため,シンシナティミラクロン熱安定度試験のような試験法も考案され種々検討された結果,油圧作動油の熱安定性は大幅に改良されました。
我が国でも1975年頃にはZn含有量400ppm以下で熱安定性に優れたLow Zincタイプの耐摩耗性作動油が開発され,その後ほとんどの耐摩耗性作動油がこのLow Zincタイプとなっております。
1980年代には石油製品の高騰および低成長経済への移行により,生産性向上の動きが盛んになったため,油圧システムの精密かつ高速制御が要求されるようになり,バルブ作動不良の原因となるスラッジ生成を抑制する油圧作動油がよりいっそう強く求められるようになりました。
また,コストダウンの観点からもスラッジの発生を抑え,油圧作動油自体の寿命を延長するという要望も強くなりました。
耐摩耗性作動油の主添加剤としては,現在ジチオリン酸亜鉛が最も広く使用されております。ジチオリン酸亜鉛は特に酸化安定性および耐摩耗性等に優れバランスのとれた性能を発揮します。ジチオリン酸亜鉛を添加した油圧作動油は,ほかの耐摩耗性作動油より低コストで生産できるという経済的な長所を持っています。
一般的な使用条件下では,このタイプの作動油の使用で問題はほとんど起こりません。しかし,ジチオリン酸亜鉛タイプ作動油にも問題点は多々あり,今日までに多くのトラブル例も報告されています。
一般的に報告される油圧作動油のクレームの多くはスラッジの発生であり,その約75%は外部からの異物の混入によるものですが,残りの約25%は油圧作動油そのものに起因すると考えられています。
これはジチオリン酸亜鉛のもつ構造上の弱点でもあり,厳しい使用条件下では当然起こり得る問題でもあります。
ジチオリン酸亜鉛タイプ作動油のスラッジ対策については,ジチオリン酸亜鉛の精製方法の改良やアルキルタイプの変更,酸化防止剤との併用,分散剤の添加等いくつかの方法がありますが,基本的にはスラッジの発生を遅らせるかあるいは発生したスラッジを分散させて微粒子としてフィルタの目詰まりを一時的に防ぐのが目的であり,これには限界があります。
一般的なスラッジによるクレームとは別に,ジチオリン酸亜鉛の持つ宿命ともいうべきトラブル例も多々報告されており,これらの問題解決も今日要望されています。一例を挙げると
(1)銀および銀合金に対する腐食
(2)銅および銅合金に対する腐食
(3)加水分解安定性に対する難点
(4)油圧モーター内接ギヤーの異常摩耗
(5)新油の高酸化による作動油の規格外れ
等があり,これらの問題はジチオリン酸亜鉛タイプ作動油ではほとんど解決できないと考えられています。
したがって,新しいタイプとして非亜鉛系耐摩耗性作動油の開発が必要とされ,検討されてきました。
2. 非亜鉛系耐摩耗性作動油
このような背景の中で開発された非亜鉛系耐摩耗性作動油には種々のタイプがありますが,一例を挙げると耐摩耗剤として硫黄およびリン化合物の添加,さらに酸化防止剤,金属不活性剤,防錆剤,消泡剤等をほどよく配合したものがあります。
この作動油は,耐摩耗性はもちろんのこと熱および酸化安定性,金属に対する防錆・防食性,水の混入による加水分解安定性やスラッジ発生によるフィルタの目詰まり防止等を具備しています。また,新油の全酸価が0.2mgKOH/g以下と低いことからR&Oタイプ作動油としても使用できる万能型油圧作動油といえます。
したがって,このタイプの作動油を多くの機器に採用することにより油種の統合も可能となります。
3. 亜鉛系耐摩耗性作動油と非亜鉛系耐摩耗性作動油の使用事例
A社では,多数の工作機械をはじめとして車体の性能試験・耐久試験等々様々な油圧機器が使用されています。
従来からこれらの機器には亜鉛系耐摩耗性作動油が使用されてきました。しかし,油圧機器のポンプ一段で圧力210kgf/cm2前後でサーボ弁を使用している回路において,断熱圧縮によるジチオリン酸亜鉛の熱分解で生じたスラッジが2,000~3,000時間でのフィルタの目詰まりを起こし,オイルクーラーの冷却不良や,サーボ弁の作動不良等のトラブルが多々発生していました。
これらの原因究明と機器への高・低圧フィルタの設置や運転条件の変更等亜鉛系作動油での対応・対策を実施しました。また亜鉛系作動油の添加剤の見直しや清浄分散剤を少量添加することにより,油交換・保全時間を従来の2,000~3,000時間から5,000~8,000時間にまで延ばすことができました。
さらにメンテナンスコストを低減すべく,熱安定性・酸化安定性を改良した非亜鉛系耐摩耗性作動油を使用することにより,15,000時間の連続運転が可能となりました。
亜鉛系耐摩耗性作動油の見直しを行い非亜鉛系耐摩耗性作動油を採用することにより,A社では従来の保全費用を40%以下にまで低減することができました。
これらを会社全体の設備管理・潤滑管理面で見ると非常に大きなコスト削減結果が得られることになります。
Q2 分析結果から作動油の汚損劣化の程度をどう判断するか実例でご説明下さい。
4. 分析結果の考察
表1および図1に亜鉛系作動油の使用時間ごとの性状変化を示します。
表1 亜鉛系作動油使用時間ごとの性状変化
*は更油基準外 |
図1 亜鉛系耐摩耗性作動油の使用時間ごとの性状変化 |
亜鉛系耐摩耗性作動油の使用時間ごとの性状変化をみると油中のリン分(P)はほとんど減少していません。
シェル四球摩耗試験機による耐摩耗性試験では摩耗痕径にほとんどの変化がなく,正常な耐摩耗性を示しています。
油中の亜鉛(Zn)濃度は使用時間とともに減少します。また酸化安定性(RBOT)も同様に低下します。
図2に亜鉛系耐摩耗性作動油の亜鉛(Zn)濃度と耐摩耗性および全酸価の変化を示します。
図2 亜鉛系耐摩耗性作動油の使用時間ごとの性状変化 Zn濃度とRBOT値および全酸価 |
油中Znの減少傾向と酸化安定性(RBOT)の減少結果には同様の傾向が見られます。
また全酸価は途中から上昇する傾向が見られます。このことは,ジチオリン酸亜鉛が分解し劣化することによって酸化安定性は低下しますが,油中に存在するリン分はほとんど減少しないため,耐摩耗性にはほとんど影響がないことを示しています。
A社では潤滑管理上更油基準を設定していますが,必ずしも一つの規格が外れたから更油するという訳ではありません。使用時間6,000時間までの性状変化を見るとA社更油基準を外れた項目は2,000時間からNAS等級が外れ,6,000時間で全酸価が基準外となりそのほかの項目は基準内であることが判ります。
表2および図3,4に亜鉛系作動油に少量の分散剤を添加した試料油の使用時間ごとの性状変化を示します。
表2 分散剤添加亜鉛系作動油使用時間ごとの性状変化
*は更油基準外 |
図3 分散剤添加亜鉛系耐摩耗性作動油の使用時間ごとの性状変化 |
図4 分散剤添加亜鉛系耐摩耗性作動油の使用時間ごとの性状変化 |
ここでも油中のPに大きな減少は見られません。またシェル四球摩耗試験でも摩耗痕径に変化は認められません。全酸価は途中から上昇する傾向を示します。
更油基準を外れた項目は,4,000時間ではNAS等級が11級となり,6,000時間では酸化安定性(RBOT)値のみであり,そのほかの項目は基準内にあります。
NAS等級を見ると3,000時間までは良好ですが,4,000時間で11級,5,000時間で12級,7,000時間でも12級と悪化しています。(過去のデータからもフィルタの取り替えだけではNAS等級の上昇を防止できないことが判っています。)
亜鉛系耐摩耗性作動油は,これに分散剤を添加することにより若干の寿命延長には効果はありますが,ジチオリン酸亜鉛の分解速度を遅くする訳ではなく,分解生成物を油中に分散させているだけであり,微粒夾雑物は多量に発生しています。これは単純にフィルタのみでは簡単に除去できないことを示しています。
表3および図5に非亜鉛系耐摩耗性作動油の使用時間ごとの性状変化を示します。
表3 非亜鉛系作動油使用時間ごとの性状変化
*は更油基準外 |
図5 非亜鉛系耐摩耗性作動油の使用時間ごとの性状変化 |
ここでも,油中のPはほとんど減少せず,シェル四球試験での摩耗痕径に変化は認められません。更油基準から外れる項目は,4,000時間,7,000時間でのNAS等級のみで8,000時間まで特に異常は認められません。
以上,試料油3油種の使用油分析結果について更油基準と比較して見ると,潤滑管理上の注意点が判ります。
表4に耐摩耗性油圧作動油の一般的な更油基準の例を示します。
表4 耐摩耗性作動油の更油基準(例)
使用油の分析結果が下記基準を超えた場合には油の交換を勧める。 亜鉛系作動油(油圧用)
非亜鉛系作動油(油圧用)
|
この基準と上記3試料油の性状を比較しても厳しい運転条件下での使用でありながら,更油基準にはほとんど達していません。
(1)粘度変化率
表1~3および図6にそれぞれの粘度変化率を示します。
図6 耐摩耗性作動油の使用時間ごとの性状変化 粘度変化率(%) |
亜鉛系作動油では6,000時間使用後-2.08%,分散剤添加亜鉛系作動油では8,000時間使用後最大-1.54%,非亜鉛系作動油では8,000時間使用-1.03%とほとんど変化していません。この粘度変化率は,主として他油の混入をチェックする目的です。通常この粘度変化率では問題ありませんが,ポリマータイプの粘度指数向上剤を多量に添加した場合には大きな変化率となることもあります。
(2)全酸価変化
図7に試料油の使用時間ごとの全酸価変化を示します。
図7 耐摩耗性作動油の使用時間ごとの性状変化 全酸価 |
いずれの試料油も酸化防止剤の劣化により使用時間とともに増加しています。
亜鉛系耐摩耗性作動油は,ジチオリン酸亜鉛の分解により全酸価は減少しますが,その後作動油の酸化劣化とともに徐々に上昇します。亜鉛系耐摩耗性作動油に分散剤を添加してもその傾向は基本的に変わりません。
非亜鉛系耐摩耗性作動油は使用時間にほぼ比例して上昇します。
(3)水分
外部からの混入がなければ,基準値を超過することはありません。
(4)微粒夾雑物(ミリポア)
通常の使用条件では基準値を超過することは少なく,作動油の劣化より作業環境に強く影響されます。
(5)酸化安定性(RBOT)
図8に試料油の使用時間ごとの酸化安定性(RBOT)を示します。
図8 耐摩耗性作動油の使用時間ごとの性状変化 酸化安定性(RBOT) |
亜鉛系作動油は酸化防止剤としてのジチオリン酸亜鉛が酸価劣化し油中のZnは減少,これにより酸化安定性は低下します。
非亜鉛系作動油の酸化安定性は比較的緩やかに低下します。
(6)NAS等級
図9,図10に試料油の使用時ごとのNAS等級(5~15μm)を示します。
図9 耐摩耗性作動油の使用時間ごとの性状変化 NAS等級(5~15μm) |
図10 耐摩耗性作動油の使用時間ごとの性状変化 NAS等級と微粒夾雑物 |
亜鉛系作動油は2,000~3,000時間使用後NAS等級5~15μm付近に大量のスラッジの発生が起こります。またこのスラッジ発生時には装置内のCuを溶出させることもあります。
分散剤を添加した亜鉛系作動油は油中に分散しているスラッジをフィルタで完全に取り除くことは困難です。
また,潤滑管理の立場から更油について考えると,使用油の評価は酸化安定性および汚染管理を中心に置き,定期的に新油を加えて行くことでほとんど問題は起こらないと考えます。
また環境問題を考慮すると,作動油に金属系清浄分散剤や塩素系添加剤等を含むような添加剤の投入による作動油の延命対策は好ましいとはいえません。