フロッピーディスクドライブに使用される潤滑剤について解説します。フロッピーディスクドライブに使用される潤滑剤は,耐摩耗性,広い使用温度範囲,少ない飛散性,経時変化しないこと等が要求されますが,ほぼベアリング用のグリースに要求される性能と同等です。
フロッピーディスクドライブに使用される潤滑剤
パーソナルコンピュータやワードプロセッサ等の記憶装置として広く普及しているフロッピーディスクドライブ(FDD)にはどのような潤滑剤が使用されているのですか。
解説します。
1. FDDに使用される潤滑剤
FDDで潤滑剤が使用される部分は,大きく分けて3つに分類されます。
(1)スピンドルモーターの軸受
(2)磁気ヘッド駆動機構の軸受
(3)ディスク着脱機構のしゅう動部分
(1)スピンドルモーターの軸受の潤滑
FDDのスピンドルモーターは従来,軸受に2個のベアリングを使用した装置が主流でした。しかし,モーターの回転数が比較的遅く負荷荷重も軽いこと,また最近のFDDへの薄型化あるいはコストダウンの要求から,含油メタル軸受を使用するFDDが増えています。含油メタル軸受は,焼結によって成形された金属に油を染み込ませた軸受です。
(2)磁気ヘッド駆動機構の軸受の潤滑
通常の3.5インチFDDでは,磁気ヘッド駆動機構に,回転型ステップモーターとリードスクリューを組み合わせた機構を使用している場合が多いようです。(図1)
図1 リードスクリュー方式の構造 |
リードスクリューはステップモーターの軸に取り付けられており,装置フレームにはめ込まれたミニチュアベアリングにより先端部を,ステップモーター内にある含油メタル軸受により後端部に支持されています。リードスクリューにはキャリッジに固定されたニードルとスクリュー押さえバネが押しつけられており,スクリューの回転をキャリッジの直線運動に変換する構造になっています。スクリューとニードルあるいはスクリュー押さえバネはしゅう動しており,この部分が摩耗すると磁気ヘッドの位置決め精度が悪化するので,耐久性には十分注意する必要があります。通常この部分には,シリコン系のグリースが使われています。反対側のガイドとキャリッジのしゅう動部分には,含油メタル軸受がキャリッジ側に取り付けられている場合が多いです。こちらは負荷荷重も軽く耐久性には問題ありませんが,含油メタル軸受とガイド軸受とのクリアランスに注意が必要です。クリアランスが小さすぎると,キャリッジを駆動するときの負荷が増加し,大きすぎるとガタが出て,磁気ヘッドの位置決め精度が悪化したり,シーク音(キャリッジが移動するとき発生する音)が増大します。
磁気ヘッド駆動機構にリニアパルスモーター(LPM)を使用しているFDDもあります。
NECのFD1X39シリーズ(図2)を例にとり説明しますと,LPMは,コイル・マグネット・ヨーク・磁極歯板等をインサート成形した固定子の上を,磁極歯が形成された鉄板をインサート成形した可動子が直線運動する構造なので,回転運動を直線運動に変換する機構がいらないというメリットがあります。FD1X39に使用されているLPMの軸受は,固定子の磁極歯を挟んで両側にあります。片側は,固定子側に2本のロッドを平行に並べ,その上にスチールボールを乗せ,可動子側は鉄板の平面で受けています。反対側は,可動子側の断面がV字型のレールを樹脂で形成し,その上に薄いスケール板をはめ込んだ構造となっています。可動子の進行方向は,V字型レールによって決定されます。
図2 FD1X39 LPMの構造 |
LPMの軸受はリードスクリュー方式と異なり,転がり摩擦のため摩耗が非常に少なく,摩耗した場合も,磁気ヘッドの位置決め精度に影響が出ません。しかし,実際には耐久性に考慮して,軸受部にグリースを付けているのですが,目的によって両側の軸受には異なるグリースを使用しています。
可動子が平面側の軸受は,V字型レール側と比較して可動子とスチールボールが接触する点が1点のみなので,より耐久性を重視したグリースを使用しています。これはジエステル系油に添加剤を加えた合成潤滑油グリースで,高度の油膜強度,良好な金属に対する漏れ附着性,低い摩擦係数と少ない機械摩耗率,高い粘度指数(140~200以上)なので温度の高低による粘度の変化が少ないなどの特長を持っています。
可動子がV字型レール側の軸受は,LPMの特長として,軸受の摩擦ロスが少ないので可動子が停止する際にダンピングを生じさせにくいという現象が起こるため,わざとダンピングを効かせるように,より粘度の高いグリースを用いています。これはシリコン系の粘着グリースで,通常回転部分やしゅう動部分に使われ,動きを適度に制御し,部品の潤滑性,耐久性を高めるとともに,操作性能を高め,機器の高級感を出すために使用されるグリースであり,-30~100℃まで広い温度範囲にわたり安定した粘着力を保ちます。(図3)
図3 シリコン系粘着グリースの温度特性 |
(3)ディスク着脱機構の潤滑
多くのFDDのは操作者の手によりディスクの挿入,排出が行われます。ディスクは,フロントパネルに設けられた挿入口から差し込まれ,全部入ったところでサイド0ヘッド側に落とされます。ディスクをFDDから取り出すときは,イジェクトボタンを押して逆の動作を行います。このため,ディスクを保持するためのカセットホルダー,カセットフォルダーを上下運動させるためのスライドプレート,スプリングの張力に反してスライドプレートをロックするロックレバー等のしゅう動部分に,グリースが塗布されています。(図4)
図4 FD1X39 装置構成要素 |
これらのグリースに要求される性能は,摩擦・摩耗の低減,広い温度範囲における安定した特性の維持,飛散・垂れ・蒸発が極めて少ないことなどがあげられます。このグリースの特長として,
1. 極圧性に優れている
2. 耐熱,低温特性に優れている
3. 樹脂,金属を溶解,腐食させない
4. 高温でも適点を示さない
といった点があげられます。
2. おわりに
FDDに使用される潤滑剤は,耐摩耗性,広い使用温度範囲,少ない飛散性,経時変化しないこと等が要求されますが,ほぼベアリング用のグリースに要求される性能と同等であり,特に特殊なグリースを選択しているわけではありません。
今後さらに,FDDに対するコストダウン要求が高まることが予想され,この要請に答えていくためには,グリースを塗布する工数の削減,耐久性・信頼性の向上のために,それ自身に潤滑性を備えた安価な材料(金属,樹脂),コーティング技術の実用化が期待されます。