一般的な工業用洗浄では,使用する洗浄液の種類により,水系・準水系洗浄,有機溶剤系洗浄,炭化水素系洗浄などに大別されます。これは,被洗浄物の種類や材質ならびに要求される洗浄精度などにより選定基準が変わるもので,洗浄液の種類により洗浄結果は大きく左右され,慎重に選定をすることが肝要です。これら各種洗浄液の中から,水系・準水系洗浄の技術について解説します。
株式会社エー・エス・ケー 時田 康之
はじめに
一般的な工業用洗浄では,使用する洗浄液の種類により,水系・準水系洗浄,有機溶剤系洗浄,炭化水素系洗浄などに大別される。これは,被洗浄物の種類や材質ならびに要求される洗浄精度などにより選定基準が変わるものであるが,洗浄液の種類により洗浄結果は大きく左右されるので,慎重に選定をすることが肝要である。
今回は,こうした各種洗浄液の中から,水系・準水系洗浄の技術について解説する。
1. 水系・準水系洗浄の特徴と用途
水系洗浄剤と呼ばれるものには,アルカリ性や中性の洗浄剤の他,市水(水道水),純水,超純水などがある。また,最近では「機能水」などと呼ばれるアルカリ電解水も各方面で実績を上げている。これら水系洗浄剤は幅広い産業分野での洗浄に用いられており,例えば加工油の脱脂洗浄や水溶性フラックスの除去洗浄から,精密加工品や液晶ガラス,半導体部品の精密洗浄まで対応させることが可能である。水系洗浄剤の特長としては,主に以下の点があげられる。
○幅広い汚れに対応可能
○毒性が少ない,あるいは無害である
○引火点がなく,安全上の規制を受けない
○VOC規制をはじめとする各種環境規制も適用外
○比較的安価である
一方で,短所や留意すべき事項として,主に以下の点があげられる。
○乾燥に時間がかかる
○金属部品ではさびや変色を誘発しやすい
○汚れの種類によっては,溶剤系の洗浄液と比較して溶解力が弱い場合もあり,洗浄装置側の物理的補助(超音波やシャワーなど)が必要となるケースもある
○排水処理設備(または産廃)が必要
○一般的に装置コストが高い
もっとも,水系洗浄剤自体も相当数の種類が流通しており,前述の弱点を補ったりあるいは改善されたりしたものも数多くあり,使い勝手は格段に向上している。
水系洗浄剤の中でも多いのがアルカリ性や中性の洗浄剤であるが,これらは原液を水に溶解させて「水溶液」として用いることが多い。通常はヒーターなどを用いて高温に加温させ,前述のとおり超音波やシャワーなどの物理力を併用して洗浄を行う。ただし,発泡性のある洗浄剤を用いてシャワー洗浄を行うと,洗浄槽や貯液槽が泡で充満してしまうので事前の確認やテストが必要である。
水系洗浄の用途は多岐にわたるが,一部の洗浄剤を除き基本的には次工程で水によるリンス(すすぎ)が必要である。すすぎ水には市水(水道水)や純水が用いられることが多いが,主目的は製品に付着した洗浄剤を洗い流して,表面の残渣(洗い残し)をなくすことである。したがって,製品に要求される仕上げ精度によって水(純水)の純度も異なる。ちなみに純水の純度を表す単位として,電気導電率(μs/cm),あるいは比抵抗(MΩ・cm)を用いることは既知のとおりであるが,工業用洗浄で用いられる純水では,数μs/cm以下であることが要求され,これを維持するために,イオン交換樹脂によるイオン分の吸着やRO膜を用いた濾過などの手法が必要となってくる。
水系洗浄剤とともに多用されるものに,準水系洗浄剤がある。これは一般的には,溶剤(水溶性溶剤および非水溶性溶剤)および各種添加剤類などに水を加えたものが多いが,含有する溶剤や界面活性剤などの洗浄力が活かされるとともに,水を添加したことで非可燃性の洗浄剤として扱えるというメリットがある。また,次工程のすすぎを「水」で行えるということも魅力の1つである。
反面,洗浄物に合わせて調合をカスタマイズされたものが多く,どちらかと言えば洗浄用途が限定されがちである。また,含有する水分は揮発傾向にあるため,引火点の発現を抑えるために,洗浄液の銘柄とその使用方法によっては,洗浄剤中の水分濃度を監視・管理する必要がある。
2. 水系・準水系洗浄装置と導入事例
水系・準水系の洗浄液を使用するためには専用の洗浄装置が必要となり,例えば有機溶剤用の洗浄装置などで兼用することは難しい。これは,洗浄液の物性が異なるという理由のほか,前述のとおり特に水系洗浄装置では乾燥性能が要求されるからである。
水系・準水系洗浄に限って言えば,それに対応する洗浄装置の方式として,以下の洗浄方式などがあげられる。
○超音波洗浄
○空中シャワー洗浄
○液中噴流洗浄
○その他(ブラシ,バブリング,揺動,回転など)
2.1 超音波洗浄装置(写真1,2)
超音波洗浄装置は,「超音波振動子」と呼ばれる振動板を洗浄槽の底面あるいは側面に設置したものであり,別に設置する超音波発振器と組み合わせて使用する。ここに被洗浄物を浸漬させて超音波洗浄を行うものであるが,超音波洗浄装置の特長は,何と言ってもその洗浄力の強さにあり,水系・準水系洗浄に限らず,工業洗浄では洗浄手法の定番となっている。
特に超音波は,周波数の違いにより除去できる汚れやパーティクルの種類,大きさが異なるが,異周波数を複数工程で用いることにより,効果的な洗浄性能を得ることが可能である。対応する洗浄物は多種多様にわたるが,特に超音波によって製品自体がダメージを受けない限りは,超音波洗浄は効率の良い洗浄手法の1つと言える。
写真1 水系超音波洗浄装置(手動機) (光学レンズの純水精密洗浄用) |
写真2 水系超音波自動洗浄装置 (金属部品の洗剤/純水洗浄用) |
2.2 シャワー洗浄装置(写真3,4)
シャワー洗浄装置は,ポンプで加圧された洗浄液をシャワーノズルから噴射させて洗浄を行う装置であり,洗浄液の化学的な洗浄力とともに,シャワーによる物理的な洗浄力(打力)を併用した洗浄手法であり,特に水系・準水系洗浄では有効的な洗浄方法である。
洗浄装置メーカーによっては「スプレー洗浄」や「ジェット洗浄」などとも呼称されているが,吐出圧力が1MPa以下の比較的低圧のものから,数十~数百MPa程度の高圧・超高圧シャワー洗浄まで様々なものがある。用途例としては,例えば実装基板の狭小ギャップの洗浄から超高圧によるバリ取り洗浄まで,これも多種多様である。
写真3 水系シャワー自動洗浄装置 (実装基板の水溶性フラックス洗浄用) |
写真4 準水系シャワー自動洗浄装置 (実装基板のロジン系フラックス洗浄用) |
2.3 液中噴流洗浄装置(写真5)
液中噴流洗浄装置は,洗浄槽内の液中に噴射ノズルを設けたものであり,槽内に洗浄液の層流を発生させて洗浄を行うものである。空中シャワーのような物理的な打力は得られないが,ミストや泡の発生が少ないため,特に発泡性が高い洗浄液にも適している。
用途としては,シャワー圧力に耐えられないようなデリケートな部品(例えば薄膜フィルム基板など)のほか,冶具上に整列させた微小部品の洗浄などでも実績がある。また,特殊な噴流方法で洗浄槽内に一定方向の層流を作り出すことで,被洗浄物から除去したパーティクルを再付着させることなく効率的に除去・回収する手法も確立されている。
写真5 液中噴流洗浄装置(超音波付き) (プラスチック部品の洗剤/純水洗浄用) |
2.4 乾燥装置(写真6)
水系・準水系洗浄では,最後に必ず乾燥工程が必要となる。特に「水」は有機溶剤などと比較した場合,蒸発潜熱が高く,また表面張力が大きいことから,「乾きにくく」「乾きジミが発生しやすい」という欠点がある。これを補うために,通常の水系・準水系洗浄装置では最終工程に乾燥装置を備えているが,これが装置コストを上げてしまう要因の1つにもなっており,いかに効率よく乾燥させるか,ということがポイントとなる。
乾燥方法として最も一般的なものは熱風乾燥であるが,その熱風の温度や風量(厳密に言えば被洗浄物の表面における風速)などの条件によって乾燥時間は大幅に変わってくる。よって,これらも洗浄テストと同様に,十分な検証を行って根拠のあるデータを得ることが必要である。
また,乾燥を補助的に促進させる手法として,熱風乾燥の前段にエアーブロー(エアーナイフ)を設置することも有効である。これは,一般的にはスリット上のノズルから高圧のエアーを噴射させて,その勢いで水分を吹き飛ばすものである。ただし,多量の圧縮空気を必要とするため,設置する工場側でエアー供給が間に合わない場合は,洗浄装置側に専用の高圧送風機などを設ける必要がある。
写真6 乾燥装置付き水系洗浄装置の例 (ICパッケージの純水洗浄用) |
3. 排水低減装置
水系洗浄装置では,一般的に排水が出ることが短所であるが,この排水を低減させる装置も実用化されている。ここでは,排水低減装置の1つでもある「送風式蒸発器」を紹介する。
蒸発器の原理は至って簡単で,その名のとおり洗浄液などに含まれる水分を“蒸発”させてしまうものである。内部には『蒸発棚』と呼ばれる複数のトレーが重なって収められており,洗浄液が上のトレーから下のトレーへと順番に流れていく構造になっている。また,蒸発器の下部には送風機を内蔵しており,トレーとトレーの間に風を送り込んで蒸発を促進させている。よって構造的には至ってシンプルであるが,これを応用して水系洗浄システムに組み込むことにより,水系洗浄装置排水を削減,もしくは無排水化を可能としている。
図1は洗剤を用いた水系洗浄システムの簡単な一例(蒸発器を用いない場合)である。第1槽には水系の洗剤が入っており,まずワーク(洗浄物)はここで洗浄されて汚れ分が除去される。次に第2槽に投入されるが,ここでは市水が入っており,すすぎ洗浄を行って洗剤分を洗い落とすことが目的である。最後に第3槽になるが,ここでは最終仕上げのために純水を用いており,これにより仕上がり時の“乾燥ジミ”を抑えている。しかし,こうした洗浄工程を繰り返すうちに,ワークによる液の持ち出しや持ち込みにより,各槽では液量や濃度バランスが崩れていくので,その補正が必要となってくる。つまり,第1槽では洗剤が持ち出されるため定期的な洗剤の補充が必要となり,第2槽では洗剤が持ち込まれるために水で希釈をする必要が発生してくる。
図1 従来の水系洗浄システムの例 |
ここで,希釈水の給水に伴い排水が必然的に生じるが,当然この排水には洗剤成分が含まれているために,環境汚染の原因となったり,場合によっては排水処理設備が必要となってしまう。
一方,図2はこのシステムに蒸発器を組み込んだ例である。ここでは第1槽の洗剤を,蒸発器を用いて意図的に水分を蒸発(濃縮)させているが,これがポイントである。つまり,第1槽では水分蒸発を行うことにより洗剤濃度が規定値以上に高くなってしまうので,本来の濃度に戻すためには水を補充して希釈する必要が出てくる。しかし,ここではこの給水は第1槽へは行わずに,あえて第2槽へ給水し,そこから溢れ出た分(オーバーフロー)を第1槽へ給水しているのである。こうすることにより,第1槽では,第2槽へ持ち出された洗剤分が水とともに再び戻ってくることから『洗剤消費量の低減』が期待でき,第2槽では,常時給水を行いながら第1槽へオーバーフローさせることにより排水が出ない『無排水化』,また第2槽がクリーンに保たれることにより第3槽の清浄度も増し,純水器のライフも延長し『仕上げ品質の向上』,『ランニングコストの低減』などといった,様々な効果を生むことも可能である。
図2 蒸発器を組み込み,無排水化したシステムの例 |
ここで紹介した「送風式蒸発器」以外にも,排水を低減させる装置や手法は色々あるが,どの方法であれ運用コストと削減効果のバランスを見極めることが大切である。
4. 今後の展開
水系・準水系洗浄については溶剤系洗浄などと比較して安全であり,大気を汚染することなく,また各種法令による規制もほとんどないことから安心して運用することができる素晴らしい洗浄手法である。また,汚れの性質上,どうしても水系または準水系でなければ洗浄できないものもあり,今後も一定の需要があると見込まれる。
一方,水系・準水系洗浄装置は,溶剤系洗浄装置と比較してエネルギー(主に電気)の消費量が多く,今後これをどう抑え込むことができるかが課題でもある。
「節電」が求められている今日,省エネ化に向けた洗浄装置メーカーの改善努力とともに,運用するユーザー側にも工夫が求められていくであろう。