「セミドライ加工における環境影響度評価」 2008/3
はじめに
切削の分野では,加工油剤の非塩素化やドライ加工用工具の開発,極微量潤滑油供給方式(Minimum quantity lubrication)を用いたMQL加工に代表されるセミドライ加工システムの実用化など,環境に優しい加工技術への取り組みが積極的に展開されている*1,*2。
一方,これら加工技術の環境への負荷が本当に小さいかどうかについては,定量的な環境影響度評価によって判断する必要があり,このとき用いられる手法がライフサイクルアセスメント(Life cycle assessment),いわゆるLCAである。
LCAは,製品そのものや製造プロセスなどの環境負荷低減を目的に,家電業界などでは早くから積極的に取り入れられてきた。近年,自動車製造や部品加工の分野でも,その導入が進められつつあり,例えば代表的トライボ要素である軸受の製造にLCAを適用して定量的な環境影響度評価が行われ*3,潤滑油関連システムに対してもLCAの可能性が議論され始めている*4。
切削加工のLCAとしては,當麻氏らの先駆的な研究がある*5。また,工作機械による加工を対象とした環境負荷予測システムも開発されている*6。
そこで本稿では,LCA手法を用いて旋削加工の環境影響度評価を行った著者らの結果を中心に解説する。
1. LCAの概要
LCAとは,原材料の採取から製造,使用および廃棄に至る過程を通じて,製品が環境に与える負荷を定量的に評価する手法と定義され,ISO14040シリーズによって規格化されている*7。図1に示すとおり,ISOのLCAは,目的と調査範囲の設定,インベントリ分析,環境影響分析(インパクト評価),結果の解釈という4つのフェーズで構成される。
図1 ISOによるLCA の構成 |
ここで,インベントリ分析とは,製品のライフサイクルの個々のプロセスにおける原料・エネルギーのインプットと排出物のアウトプットを集計し,その集計結果にもとづいて,二酸化炭素排出量といった環境に影響を与える定量的な指標を各プロセスで算出し,その値を積み上げてゆく作業のことである。また,得られた結果をどのように活用するかの規定はISOになく,その枠組みからは外れている。
2. 旋削加工のLCA
2.1 対象とする切削加工プロセス
i )調査範囲の設定
対象とする切削方式については,最も汎用性の高い旋削をモデルとして選んだ。その加工条件を表1に示す。また,比較する加工技術は以下のとおりである。
ドライ加工:油剤の供給が一切ない加工方法
油剤加工:切削油剤を大量に供給する従来の方法
MQL加工:数十mL/h程度の油剤をミスト状にして大量の空気で供給する方法(本検討での供給油量は15mL/h)
表1 旋削加工条件
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なお,本研究では,製品素材と加工後の製品はすべて同じ形状,材質,仕上がりであるとし,製品の使用以降の段階についての環境影響度は加工方法によらず同等と仮定する。これらの仮定の下で,切削加工技術自体をLCAの対象とすれば,本LCAの調査範囲を製品製造の段階までと限定でき,製品自身に関わる環境負荷も除外することができる。このような調査範囲を限ったLCAは,ISO規格でも認められている。
ii)旋削試験結果(工具寿命の測定)
上記の加工条件で行った旋削試験の結果を表2に示す。ここで工具寿命とは,工具の最大逃げ面摩耗幅が0.2mmを超えたときの切削距離である。表2を見ると,変化の程度の差はあるが,どの加工方法でも,切削速度が高くなるほど工具寿命は短い。工具寿命の延長効果としては,切削速度60m/minの場合,油剤加工が最も良好であるが,90m/min以上になるとMQL加工が最も優れており,油剤加工はドライより若干良好なだけである。
表2 工具寿命の測定結果(単位:km)
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iii)製品の形状と加工個数
本研究で扱うモデル旋削加工の製品素材と得られる製品の形状は丸棒で,それぞれの寸法は126mmφ×400mmおよび120mmφ×400mmとする。これは表1の条件での旋削を,製品素材に対して3回繰り返すことに相当し,このとき製品1個を作るのに要する切削距離は合計で約1.85kmになる。この総切削距離と表2の各条件の工具寿命から,製品1個を加工するのに必要な工具の数を求めることができる。
ただし,この製品1個についての環境負荷を求めるだけでは,工具交換や工作物の交換などに関係する環境負荷を考慮することができない。そこで,LCAの計算は,ドライ加工で1ヵ月に生産できる製品の加工数を基準として,各加工方法の環境負荷をまとめた。その際,1日当たりの旋盤稼動時間は8時間とし,1ヵ月は休暇日数を8日と考え,22日とした。
以上のような前提にもとづいて,ドライ,油剤,MQL加工のそれぞれにおける加工プロセスごとの入出力を詳細に調べ,それらの数量を示すと,切削速度120m/minの場合には表3のようになる。切削速度60および90m/minの場合の入出力データも同様に求めた。
表3 切削速度120m/minでの入出力データ
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2.2 インベントリ分析
本研究では,環境影響度評価の中で考慮する環境問題の領域,すなわち環境影響領域として地球温暖化を選び,二酸化炭素の排出量を評価の指標とした。その計算にはISOに準拠したLCA計算ソフトウェアである「JEMAI-LCA」を用いた*8。なお,そこで不足するデータに関しては,産業連関表の環境負荷の値を引用した*9。これらの環境負荷データを使い,表3のように求めたすべての入出力の二酸化炭素排出量を,各加工方法に対して積み上げ法で算出した。こうして得られたインベントリ分析の結果を図2に示す。また,環境影響因子は二酸化炭素排出量だけのためインパクト評価は行わない。
図2 インベントリ分析結果 |
2.3 結果の解釈と考察
i )インベントリ分析結果の解釈
図2で得られたインベントリ分析の結果について見てみると,全プロセスの中で工具の占める割合が高いことがわかる。しかも,その割合は高速切削になるほど高くなっている。各加工方法における二酸化炭素排出量を比較すると,いずれの切削速度でも,油剤供給や廃油処理の工程が必要な油剤加工の環境負荷が最大であり,工具寿命の短いドライ加工を上回っている。MQL加工は最も低い環境負荷を示し,ドライ加工の70~80%程度の二酸化炭素排出量であることから,MQL加工の環境対応加工としての優位性が確認できた。
ii)工具寿命延長効果の検討
ドライ加工と油剤加工について,どの程度の工具寿命になればMQL加工と同等の環境負荷になるかを計算してみる。この推算は,工具寿命の影響が高速切削ほど大きいため,切削速度120m/minの場合についてのみ行う。得られた結果を,総二酸化炭素排出量がMQL加工と同等としたときに必要な工具数,工具寿命として,各加工方法についてまとめたものが表4である。
表4 MQL加工と同等の環境負荷とした推算結果
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表4から,現状の工具寿命をドライ加工では1.4倍,油剤加工では2.0倍に延長できれば,環境負荷はMQL加工と同等になることが理解できる。すなわち,本LCA評価から,ここで検討した加工条件における旋削の場合,ドライ加工では工具の改良によってその寿命を1.4倍に,油剤加工では切削油の効果によって工具寿命を2倍にすることができれば,MQL加工と同等の環境に優しい加工と言えることになる。
もちろん,このように高い工具性能ならびに切削油剤性能の向上を達成することは,必ずしも容易でないと予想される。しかし,こうした目標設定の方向性は,環境への配慮に立脚した,工具開発あるいは切削油剤開発の新しい指針として有用と期待される。
おわりに
切削加工は,他の金属加工に比べると,環境問題への対応を先行して進めてきており,ドライ加工ならびにセミドライ加工も実用の段階に入って久しい。とはいえ,すべての切削条件において,このような環境対応技術が適用できる状況にはなく,切削油剤や工具,被削材,あるいは工作機械や加工法に踏み込んだ,俯瞰的な立場からの対策が望まれている。
このような中で,LCAによる環境負荷の定量的な評価は,環境対応加工技術を適正に理解する上で不可欠な手法であろう。一方,その適用を拡大するために必要な加工に関わる環境負荷データが現状では不十分であり,このデータの整備が現時点での大きな課題である。
本稿が,環境対応切削技術におけるLCA手法の重要性を理解する上で少しでも役立てば幸いである。
〈参考文献〉
*1 稲崎 一郎:MQL切削の技術動向,トライボロジスト,47,7(2002)519.
*2 若林 利明:環境対応型切削技術におけるトライボロジーの役割,トライボロジスト,53,1(2008)4.
*3 出崎 亨・若林 利明・木村 好次:トライボ要素に対する環境影響度評価の適用,トライボロジスト,47,2(2002)129.
*4 守田 洋子:今後の潤滑油添加剤のあり方―潤滑油のLCAの可能性について―,添加剤シンポジウム2002講演予稿集,日本トライボロジー学会,添加剤技術研究会,(2002)47.
*5 當麻 昭次郎ら:LCA手法を用いた環境対応加工の環境負荷評価,精密工学会誌,69,6(2003)825.
*6 成田 浩久ら:工作機械による加工の環境負荷予測システムの開発(第1報,環境負荷の算出方法の提案),日本機械学会論文集(C),71,704(2005)1392.
*7 たとえば ISO 14040,ISO 14041,ISO 14042,ISO14043
*8 (社)産業環境管理協会
*9 LCA実務入門,(社)産業環境管理協会(1998)