水溶性切削油剤が腐敗し悪臭が発生するなどで困っています。作業環境が悪化し,工場周辺地域の公害問題にもなりかねません。腐敗防止対策などがあればご教示下さい。
解説します。
水溶性切削油剤の一般的な使用環境は,温度・水分・栄養源の3要素から考えると,微生物が生育,繁殖するための好条件下にあります。したがって腐敗による悪臭の発生は,工場内の作業環境を悪化させ,また工場周辺地域の公害問題にまで発展するケースもあり,以下のような腐敗防止対策を参考に作業環境の改善をはかって下さい。
1. 水溶性切削油剤の腐敗化現象と予知
腐敗により,悪臭発生にまでいたるエマルション系水溶性切削油剤使用クーラントを現象的に追ってみると
(1)微生物の繁殖
(2)pH,さび止め性などの低下
(3)弱い腐敗臭(酸敗臭)の発生
(4)クーラントの外観変化(濁り,灰褐色または黒色化)
(5)スライムやヘドロ状物質の生成(工作機械の汚れ,給油コック,フィルタなどの目詰り)
(6)エマルションの破壊
(7)切削性能の低下(工具寿命,加工精度)
(8)悪臭発生による作業環境の悪化
などが認められます。これらは必ずしもこの順でクーラントの変化が起こるとは限らないが,腐敗化の過程でよくみられる現象です。腐敗は,微生物の作用に起因するものであり,悪臭の発生により感知されるものですが,腐敗の進行とともに前述の兆候があらわれてくるのでクーラントの臭気,外観変化,pH,さび止め性,微生物の繁殖状態などを深く観察していれば察知できます。
2. 腐敗防止対策について
水溶性切削油剤の腐敗が微生物の増殖によるものであることがわかっていても,クーラントへの微生物の混入を防止することはむずかしいことです。しかし,適正な油剤の選定とクーラント管理を実施することにより,かなりの腐敗防止効果が期待できます。以下に腐敗防止のための具体例について述べます。
(1)抗菌性切削油剤の選定使用
最近では,防腐剤に依存していた従来型の切削油剤にかわり,抗菌性(静菌性)切削油剤が開発されています。抗菌性切削油剤は,油剤の使用原料を抗菌性試験を実施し,選択して構成しており,これらの原料は微生物に資化されにくく,分解されても悪臭を発生しにくい性質のものです。また,抗菌性切削油剤は長期にわたってpHを安定に(9.0以上)維持することが可能で微生物の繁殖を抑制することができます。
(2)適正な濃度管理の徹底
水溶性切削油剤は,鉱油,界面活性剤,さび止め剤など,いろいろな成分で構成されており,これらの成分をある一定濃度範囲内で使用するように設計されており,その推奨濃度以外の濃度(特に低濃度)で使用すると,油剤の目的とする性能が得られず,抗菌性切削油剤を使用しても防腐対策の成果があがらないということになります。したがってクーラントの適正な濃度管理が大切です。
(3)クーラント更液時の清掃,殺菌
水溶性切削油剤の更液に際しては,新液を張り込む前に工作機械や循環系統を十分に清掃し,殺菌剤を添加した水を循環して殺菌処理を行うとともに,クーラントタンク内に堆積している切屑を完全に除去することが必要です。
(4)混入他油の除去
他油(潤滑油,作動油など)の混入は腐敗に与える影響が大きい。したがってこれらの外的要因をクーラントタンク内へ混入するのを防止することが大切です。そのためには,切削油剤がこれらの他油を分離する性能を有することも必要であり,かつ適正な浄化装置システム(表1)を設置することにより腐敗を抑制する効果が期待できます。
表1 水溶性切削油剤のろ過装置システムの一覧表*2(集中クーラントの場合)
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(5)日常的なクーラント管理の実施
一般的に水溶性切削油剤のクーラントは変化が激しく新液の性状・性能を長期間安定に維持させることはむずかしく前述の濃度管理の他に,防腐管理にも注意する必要があります。
日常,表2に示す管理項目について分析し,水溶性切削油剤のもつ特性を把握し,その特性をいかす管理システムを確立し,トラブルシューティングをマニュアル化することが大切です。そのことにより,腐敗トラブルの発生を未然に予知し,すばやい対応をとることによりクーラントの液寿命を延長させることが可能になります。
表2 水溶性切削油剤使用液の管理項目と意義*1
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(6)希釈水の適正な選定
希釈水にはCa,Mgイオン,またリン酸イオンなどが含まれ,これらのイオンの存在は微生物の繁殖を促進させます。したがって硬度が低く,リン酸イオンなどの濃度の低い希釈水を使用することが腐敗防止対策上必要です。
(7)効果的な防腐剤の選定と定期的な使用
防腐剤の定期的なクーラントへの添加は,腐敗防止対策として簡便で有効な方法です(図1)
図1 クーラントへの防腐剤の定期的な使用*2 |
欧米ではタンクサイドアディション(現場クーラントへの直接添加)として通例になっており,日本でもこの方法の利点が認識され,かなり普及してきています。特に,ゴールデンウィーク,夏休み,正月休みなどの長期休みの場合,ユーザーでクーラントに防腐剤を添加し,防腐対策を推進することが多くなってきています。
なお,防腐剤の使用選定に際しては,防腐剤の成分を把握し,その安全性を十分に確認して選定することが大切です。
<参考文献>
*1 丹羽栄次 機械技術 38 14(1990)59
*2 丹羽栄次 潤滑通信 229 4(1986)45