鋼板用防錆油の変遷を中心に,最近の開発状況を述べる。自動車用鋼板の種類の変遷に伴い鋼板用防錆油も様々に変化し適応してきた。鋼板材料面では伸び,強度を改善した鋼板が開発され,防錆油では潤滑性,脱脂性,防錆性,化成性の改良が種々のアプローチで進んでいる。
日本パーカライジング株式会社(旧 パーカー興産株式会社) 技術本部 生産部 元木 伸治 2013/6
はじめに
さび止め目的で使用される防錆油の中で,製鉄メーカーから出荷される鋼板コイルには鋼板用防錆油が塗油されている。その鋼板は自動車の内外板にプレス加工され組み立てられる。自動車の腐食問題は,日本はもちろん北米,欧州の融雪塩散布地域では特に厳しく,耐食基準としてカナダコード,ノルディックコード,米国BIG3自主目標が制定されている。これに伴い,鋼板も腐食しやすい部位には表面処理鋼板を採用するようになった。
なかでも主流は合金化溶融亜鉛めっき鋼板(GA),電気亜鉛系合金めっき鋼板(Zn-Ni,Zn-Fe),有機複合めっき鋼板(Zn-Niに有機被膜を被覆)であった。
めっき目付け量は増加の傾向にあり,比較的低コストかつ厚目付け化が可能になる合金化溶融亜鉛めっき鋼板の適用が増加した。ただし,厚目付け合金化溶融亜鉛めっき鋼板は,冷延鋼板と比較すると,摩擦係数などの表面持性が異なるため,加工条件も異なり加工性に問題がある。合金化溶融亜鉛めっき皮膜の付着量が増加すると,パウダリングやそのめっき皮膜構造が原因とされる摺動潤滑性が低下し,特に,プレス成形が困難な部品に合金化溶融亜鉛めっき鋼板が適用された場合,プレス割れを発生することが指摘された。製鉄メーカーからの出荷防錆油には,こうした問題を解決すべくプレス加工性を付与することが求められている。
本稿では,鋼板用防錆油の今までの変遷を中心に,最近の開発状況を述べる。
1. 潤滑理論
潤滑油の潤滑性を大きく2つに分けると,1つは液体の粘性による流体力学的効果,他の1つは境界潤滑における固体潤滑膜の生成による潤滑効果である。流体力学的効果には潤滑油の分子量,分子構造および会合性が影響を及ぼし,粘度-温度,粘度-圧力,金属表面への粘着性に関連して効果を発揮する。
一方,境界潤滑および極圧潤滑時の潤滑性については,有機極性化合物の金属表面への吸着と金属表面との反応および極圧添加剤の金属表面との反応によると言われている。すなわち潤滑油に耐荷重能をもたせるのは油性向上剤,極圧添加剤,および耐摩耗剤等の潤滑添加剤である*1。潤滑添加剤は単独で使用するよりも組み合わせてその相乗効果を期待する場合が多い。また,1つの分子内に硫黄,リンなどの官能基を複数個組み合わせた複合極圧添加剤も広く利用されている。この種の潤滑添加剤は,単純に複数個の極圧添加剤を混合した場合と異なり,同一分子内に複数個の官能基が含まれているため,摩擦面における吸着や化学反応の過程において効率よく作用すると考えられる*2。
2. 潤滑性鋼板用防錆油の必要性と特徴
2.1 冷延鋼板用防錆油
冷延鋼板用防錆油は,一般には40℃粘度で6~20mm2/s程度のオイルタイプが用いられる。鋼板用防錆油に要求される性能としては,JISで規定される一般の防錆性以外に,鋼板を重ね合わせて内面を評価する耐オイルステイン性,脱脂性,調質液(主流は水系で窒素化合物含有)との良好な相性,化成処理性などである。単独でこのような要求性能をすべて満足させる防錆添加剤は見いだされてはいないため,多くの種類の添加剤を組み合わせて最適な処方が決定されている。防錆添加剤として,多価アルコールのカルボン酸エステル,スルフォン酸の金属塩やアミン塩,石油酸化物の金属塩などが広く用いられるが,特に潤滑性を考慮した設計にはなっていない。
2.2 合金化溶融亜鉛めっき鋼板用防錆油
プレス加工での表面処理鋼板,特に合金化溶融亜鉛めっき鋼板で多発しやすい表面損傷は,めっき層の厚さと種類に依存している*3。従来の潤滑性に乏しい冷延鋼板用の出荷防錆油では,これらの損傷を防止するのは困難であり,その改善には,防錆油としての機能を阻害しない範囲で有効な潤滑添加剤が配合されている。合金化溶融亜鉛めっき鋼板用防錆油の設計には,鋼板用防錆油の一般的な性能に加え,亜鉛への防錆と耐オイルステイン性に優れ,その上でプレス加工性を満足させるような添加剤を組み合わせた処方を見いださなければならない。永栄らは潤滑添加剤に不活性タイプの硫化油脂が優れていることを発表*4している。
合金化溶融亜鉛めっき鋼板に対する硫化油脂の鋼板用防錆油への添加効果を評価した結果を図1に示す。図より添加量が増加すると潤滑性が向上し,逆に脱脂性,防錆性(耐オイルステイン性)は低下することが分かる。
図1 Effect of sulfer base extreme pressure agent on lubricity, degreasability, and rust prepentive ability |
2.3 厚目付け合金化溶融亜鉛めっき鋼板用防錆油
自動車の内外板には,耐食性,価格を考慮して,合金化溶融亜鉛めっき鋼板の厚目付け化が提案された。この場合,鋼板の加工性がさらに低下するので,厚目付け合金化溶融亜鉛めっき鋼板用防錆油が要望された。永栄らは厚目付け合金化溶融亜鉛めっき鋼板用防錆油用の潤滑添加剤として,硫化油脂とリン酸エステルとの組み合わせが優れていることを発表*5している。
2.4 各種潤滑防錆油の性能比較
冷延鋼板,合金化溶融亜鉛めっき鋼板および厚目付け合金化溶融亜鉛めっき鋼板用防錆油の性能比較を表1に示す。表より,厚目付け合金化溶融亜鉛めっき鋼板用防錆油は脱脂性,防錆性を維持しつつ潤滑性が大幅に向上していることが分かる。
表1 Performances of rust preventive oil for steels
Compornent ◯:In addition |
3. 鋼板用防錆油の開発状況と適用
3.1 環境対応型鋼板用防錆油
防錆油中の防錆添加剤として,特にバリウム金属塩は多く使用されている。国内においては,一時,化学物質排出移動量届出制度にバリウムおよびその水溶性化合物が指定化学物質となっていたが,2008年の政令改正で指定化学物質ではなくなった。しかし,米国やヨーロッパでは,ミルメーカーで使用されている鋼板用防錆油については,バリウムフリーが主流になりつつある。さらにバリウム以外の化合物でも,環境負荷物質として使用削減の意識が高まり,防錆油や金属加工油中に含まれる塩素系炭化水素,多環芳香族,窒素化合物,鉛金属塩などが当該物質としてあげられる。今後,有害物質,環境負荷物質に対する規制は,より厳しくなることが予想される。
バリウムフリー防錆添加剤の配合については,メーカーにより様々だが,バリウム系防錆添加剤を除いたことにより不足する防錆性を酸化ワックス,酸化ペトロラタム金属塩,サリチル酸金属塩,有機酸,ラノリン脂肪酸エステル,グリセリン誘導体エステル,動植物油脂,金属不活性剤,酸化防止剤等により補って開発上市されつつある。
さて,日本の自動車メーカーの国内外の工場において,昨今グローバルに鋼板を調達し始めており,防錆油が塗油されている状態の鋼板を用いて車体を組み立てるときに適用される接着剤について,その接着性が低下する事例がある。これは,鋼板に問題があるのではなく,塗油されている防錆油に原因があると指摘されている。海外の防錆油メーカーでは,防錆油の開発設計段階でこの点を考慮していない可能性があり,このような防錆油が塗油された鋼板を用いた場合に,接着強度が不良になると考えられる。
原因の1つにあげられる特定のバリウムフリー添加剤は,防錆性と潤滑性を向上させる特徴を有しているものの,一定の配合量を超えると接着性が低下することが観察されており,また,当該添加剤は,後工程の脱脂液中に金属イオンとして溶け込み,脱脂液のバランスを崩して脱脂性を低下させることも指摘されている。
3.2 防錆性強化型鋼板防錆油
近年,海外の鉄鋼メーカーでの鋼板防錆油のニーズが増加している。主に新興国が対象であり,鋼板種は冷延鋼板が多い。対象国での使用環境は多様であり,日本より高温多湿な自然環境であったり,物流インフラ・荷扱い・保管期間であったり,その流通や保管環境下において,日本の経験や知見からは想定外の事例が顕在あるいは潜在している。このような環境下において,日本で使用している鋼板防錆油を用いた場合,コイル外周囲を想定したときの防錆性が得られないことが散見され,そこで,このような環境に対応すべく防錆性を強化した鋼板防錆油が要望された。
このとき,希釈剤である基油は,動粘度が比較的高く抗酸化性が良好なタイプを採択することにより鋼板表面での油膜保特性を向上させ,コイルの外周面だけでなく内面の防錆性も向上させる設計となっている。
4.今後の課題と展望
本稿では触れなかったが,一般的に自動車メーカーで鋼板を車体外板として使用する場合,鋼板に付着するごみ,ほこり,切り粉等の異物により,プレス加工時に鋼板表面に生じる凹凸や星目と呼ばれる傷が塗装の外観を損なうことを防止するために,ブランキングの後に洗浄油を用いる。製鉄メーカーから出荷される潤滑性鋼板用防錆油は,上記の異物と一緒に洗浄,置換されるため鋼板のプレス加工性は低下する。
したがって,製鉄メーカーで塗油される潤滑性鋼板用防錆油の洗浄ラインでの脱油を懸念して,高潤滑洗浄防錆油の開発も課題となっている。
一方,環境負荷物質に対しては前述のとおり,添加剤ではバリウム,鉛等重金属の非添加,基油では多環芳香族規制,そして職場の作業環境,人体への影響,地球環境保護への対応が,防錆油,プレス加工油の設計にあたって今後の重要な課題と考える。
おわりに
自動車車体に使用される厚目付け合金化溶融亜鉛めっき鋼板に対して,本稿で報告した鋼板用防錆油を塗油することにより鋼板のプレス加工性が良好となり,歩留まり改善や鋼板のグレードダウンによる原価低減が実現できる。
自動車用鋼板の種類の変遷に伴い鋼板用防錆油も様々に変化し適応してきた。鋼板材料面では伸び,強度を改善した鋼板が開発され,防錆油では潤滑性,脱脂性,防錆性,化成性の改良が種々のアプローチで進んでいる。表面処理鋼板における技術革新はめざましく,今後さらに新しいタイプの鋼板が登場してくるものと予想される。また,自動車車体の軽量化を目的にアルミニウム合金,高張力鋼板の導入も盛んになっており,防錆油についてもより高いプレス加工性が求められるとともに要求性能は一段と多様化するものと思われる。
〈引用文献〉
*1 桜井俊雄:新版 潤滑の物理化学,p244(幸書房,1978)
*2 桜井俊雄:新版 潤滑の物理化学,p252(幸書房,1978)
*3 安谷屋武志:防錆管理,53(5),178(2009)
*4 永栄義勇,園田栄 他:特公平7-91550
*5 永栄義勇,奥村泰雄 他:特公平7-42470