固体潤滑の最近の動向 | 表面改質ガイド | ジュンツウネット21

「固体潤滑の最近の動向」 2009/4

東京都市大学 広中 清一郎


はじめに

MoS2,WS2およびグラファイト,PTFE(ポリテトラフルオロエチレン)などの固体潤滑剤は潤滑油やグリースへの添加使用はもちろんのこと,これら自身の固体潤滑被膜および樹脂などとの複合被膜としてトライボロジーには欠かせない。特に機械・機器のしゅう動部品のトライボ表面改質として,固体潤滑被膜はたかだか10μm厚さ程度の薄膜で使用可能で,しかも比較的簡易に成膜ができること,さらに潤滑油の適用できない特殊環境や極限環境下でも適用できる場合が多いことからも重要な固体潤滑法の1つである。

近年,固体潤滑被膜の中でも特にDLC(ダイヤモンド-ライク-カーボン,Diamond Like Carbon)がその著しく優れたトライボロジー特性を有することから,固体潤滑の主役になりつつある。本稿では,ここ1年間の固体潤滑の動向を概観する。

まず,日本における固体潤滑の最近の動向を知るために,昨年のトライボロジー会議(日本トライボロジー学会主催,2008年5月に東京,9月に名古屋で開催)の研究発表の傾向を調べてみた。それぞれの発表件数は156件および267件で,その中で固体潤滑に関係するものはそれぞれ43件および55件あり,合計では423件中の98件(全体の23.2%)と,ほぼ4件に1件が固体潤滑に関する発表であった。そのまとめを表1に示す。特徴としては,固体潤滑の約2/3が潤滑被膜であり,しかもその中でDLC膜のトライボロジー研究が最も多く,固体潤滑研究中の1/3強あり,いかにDLC膜に関心が集中しているかが窺がえる。

表1 トライボロジー会議2008における固体潤滑関係の研究発表状況※
研究種別発表件数
固体潤滑被膜DLC膜(CNx膜)39(3)
セラミック・コーティングなどの硬質被膜12
MoS2系,グラファイト系7
金属系被膜6
ナノカーボン系被膜8
複合材料5
複合材料
(ナノカーボン系を除く) 
高分子系7
セラミックス系,C/C系4
高分子材料10
合計98

※:トライボロジー会議2008, 東京(2008-5),
  トライボロジー会議2008, 名古屋(2008-9)

その他で多い研究は,セラミック・コーティングなどの硬質膜などによるトライボ表面改質に関する研究発表が十数件ほどあり,DLC膜コーティングを含めて,日本の固体潤滑ではトライボ表面改質が主流と言っても過言でない。その次にカーボンナノチューブ(CNT)などのナノカーボン関係とPTFEやPEEKなどの高分子およびその複合材料に関するものが10件程度ずつあり,意外にも二硫化モリブデン(MoS2)やグラファイトなどの固体潤滑剤関係は,これらに関係する潤滑技術がほぼ完成されているためか比較的に少ない傾向にあった。

1. DLC膜

最近のDLC膜のトライボロジー研究で目立つ傾向の1つに油*1-*11および水*12,*13境界潤滑の研究がある。特に油境界潤滑の研究では,応用基礎研究として添加剤の効果について多く検討され,添加剤のDLC膜への吸着機構は明確にされていないが,吸着により著しく摩擦・摩耗が抑制される結果が得られている。添加剤としては過塩基性カルシウムスルホネートなどのCa系添加剤*2,脂肪酸や脂肪族アルコールなどの油性剤*5,エステル系*6,*10,*11,MoDTC(モリブデンジチオカーバメイト)*8などがあり,また乳酸潤滑*3やアルコール潤滑*9の研究も興味深い。

DLC膜の実用で欠かせない特性の1つである耐剥離性の研究も多い*14-*17。

2. DLC膜の応用例

最近,DLC膜の低摩擦性や耐摩耗性とこれらによる燃費向上の点から,自動車の駆動系部品などの表面改質としてDLC膜コーティングの実用化が盛んに行われている。例えば,四輪駆動において後輪へ適正なトルク伝達をする電子制御カップリング用の電子クラッチにはSi(シリコン)を含有するDLC(DLC-Si)膜が適用され*18,またこれによく対応した4W30GF4の省燃費油も開発されている。

一方,イオンプレーティングPVD法によるDLC膜の利用では,動弁系部品の低摩擦性のバルブリフタには水素フリーのDLC膜がコーティングされている*19,*20。これらを含めた自動車部品や金型・工具への応用例についての詳細はそれぞれ鈴木氏*21や西口氏*22の解説を参考にされたい。

2009年2月18,19日に東京ビッグサイトで「nano tech2009(国際ナノテクノロジー総合展・技術会議)」が開催された。その中のASTEC(国際先端表面技術展・会議)シンポジウムでの環境対応型の表面技術として,村川氏*23による「環境負荷低減型DLCコーティング技術の現状と展望」,村上氏*24による「環境対応型切削工具の表面改質技術」の講演があった。アルミニウムなどの塑性加工における環境対策としての無潤滑化または微量油潤滑用の工具や金型へのDLC膜コーティングの適用は大変興味ある内容であった。

3. セラミック・コーティング

最近のトライボ表面改質として,非常に優れた種々の表面特性を有することからDLC膜が主力であるが,DLC膜の弱点をカバーする点で,セラミック耐熱コーティングも重要である*25-*27。2007年5月に北京で世界最大規模の国際溶射会議(ITSC2007)が開催された。ここでは主にコーティング・プロセス,コーティングの特性評価技術,プロセス・シミュレーションなどが議論されている。最近のコーティング技術動向では,耐熱性のセラミック・コーティング・プロセスの開発に関するものが結構多い。トライボ・コーティングの用途や材料面から見ると,例えば工具や金型用の耐摩耗性や耐食性コーティングとしてTiN,TiAlN,CrN,Al2O3,WC-Coなど,高温機械のガスタービンの遮熱コーティングとしての部分安定化ジルコニア(Yttria partially stabilized zirconia)などがある。

また,TiC燒結体電極を利用した放電加工で作成したTiC硬質被膜による耐摩耗性の向上に関する基礎研究*28なども興味がある。その他にTi系被膜ではTiN膜*29,*30やTiCN膜の耐摩耗性*31,WC系の溶射被膜*32,*33などがある。

4. グラフェン膜

最近,カーボン膜で分子レベルの超薄膜のグラフェン(Graphene)が注目を浴びている。直接トライボロジーの研究はされていないが,層状結晶構造のグラファイトの単層を1枚剥ぎ取った超薄膜*34,*35で,その電子状態と超伝導性や磁性などが研究*36-*39されている。これらの研究成果からグラファイトやDLC膜に関するより詳細な分子物性が明らかにされることが期待され,特にDLC膜の膜構造とsp2混成軌道に関わる情報が得られ,DLC膜の潤滑特性がより明解されると思われる。

グラファイト構造を有するグラフェンはその電子状態からSi(シリコン)を超える電子材料として,マイクロトライボロジーにおける超小型電子機器のしゅう動部表面への応用も期待される。

5. ナノカーボン系

ナノカーボン(NC)のトライボロジー研究の最近の傾向を見ると,NC被膜やNC系複合材料の研究が多い。例えば,カーボンナノチューブ(CNT)薄膜*40-*42やオニオンライクカーボン薄膜*43などがあり,特に前者はSiC表面上のCNT膜で,基材と膜との類似した分子構造から膜特性に関する興味ある結果が期待される。

複合材系では,CNT/POM*44複合材の耐荷重能,セラミックス系のSi3N4/カーボンナノファイバー複合材*45,CNT/ガラス状炭素系のC/C複合材*46などがある。

図1にはCNT/ガラス状炭素系複合材料のSUJ2鋼球に対する比摩耗量のCNT添加量および荷重依存性を示す*46。CNT添加量が10~20mass%レベルで顕著な摩耗低減効果が得られている。また,この添加濃度範囲では低摩擦および低相手攻撃性も得られている。

SUJ2ボールを相手としたCNT/GC複合材料の比摩耗量のCNT添加濃度および荷重依存性

図1 SUJ2ボールを相手としたCNT/GC複合材料の
  比摩耗量のCNT添加濃度および荷重依存性

その他では三浦氏ら*47,*48のフラーレン封入グラファイトのナノ摩擦特性の研究成果も興味が持たれる。

6. 高分子およびその複合材料

高分子系ではPTFEやPEEK(ポリエーテルエーテルケトン)の研究が目につく。例えば,前者ではPTFEの水素雰囲気における転移膜形成と摩耗*49,炭素繊維添加PTFE複合材料における繊維サイズと相手攻撃性*50,後者においてはカーボン繊維/グラファイト/PTFE系*51の摩耗特性,PTFEと窒化ホウ素を分散した無電解ニッケルめっき膜*52などがある。

また,平塚氏らの各種高分子の摩擦発光特性*53や摩擦帯電*54の基礎研究なども興味が持たれる。

7. MoS2およびその他

MoS2やグラファイトなどの固体潤滑剤の研究では圧倒的に潤滑被膜関係が多い。ここでは,文献*55~*59のみに止める。

新しい固体潤滑剤としてMoS2やWS2と同じ層状結晶構造を有する遷移金属ジカルコゲナイドのSnS2の潤滑特性が検討されている*60。図2に示すように,SnS2の焼付き荷重はMoS2よりかなり大きく,耐熱性のWS2レベルの耐荷重能が得られていることから,極圧剤として大いに期待される。

グリースの耐荷重能に対する金属二硫化物の添加濃度依存性

図2 グリースの耐荷重能に対する金属二硫化物の添加濃度依存性

おわりに

2008年の日本の固体潤滑の動向を概観した。本稿で紹介できなかった部分については,トライボロジストの特集号の,単原子層の摩擦と潤滑*61,高分子系材料と固体潤滑*62,セラミックス系材料と固体潤滑*63,ナノ周期積層固体潤滑膜*64,しゅう動電気接点と層状固体潤滑剤*65,宇宙探査と固体潤滑*66を参照されたい。また,2008年までの最近の固体潤滑の動向については「潤滑経済」バックナンバー*67~*69を参考にされたい。

〈参考文献〉
*1 森広行,中西和之,高橋直子,加藤直彦,大森俊英:トライボロジスト,54(1),40(2009)
*2 及川絵里,久保朋生,七尾英孝,南一郎,森誠之,呉行陽,大花継頼,田中章浩:トライボロジー会議2008,東京,33(2008-5)
*3 吉田健太郎,堀内崇弘,加納眞,熊谷正夫:同上,233 (2008-5)
*4 川口雅弘,青木才子,三尾淳,崔●埈豪,加藤孝久:同上,235(2008-5) (●=火ヘンに考)
*5 初野圭一郎,細見和弘:同上,237(2008-5)
*6 三宅正二郎,小宮光貴,黒坂渡,斎藤雄太,安田芳輝,岡本祐介:同上,239(2008-5)
*7 岩木雅宣,小原新吾,渡部修一:同上,245 (2008-5)
*8 斎藤雄太,黒坂淳,松本安哲,三宅正二郎:トライボロジー会議2008,名古屋,63(20 08-9)
*9 加納眞,吉田健太郎,堀内崇弘,熊谷正夫:同上,201(2008-9)
*10 古垣孝志,山本兼司,伊藤弘高,羽山誠,同上,209(2008-9)
*11 岩井邦昭,廣瀬仁徳,広中清一郎:第38回石油・石油化学討論会,東京,196(2008-11)
*12 所舞子,相山雄亮,鈴木章仁,益子正文,山本兼司,伊藤弘高:トライボロジー会議2008,東京,225(2008-5)
*13 所舞子,相山雄亮,鈴木章仁,益子正文,山本兼司,伊藤弘高:トライボロジー会議2008,名古屋,197(2008-9)
*14 押元幸一,黒坂渡,松本安哲,金鍾得,三宅正二郎:トライボロジー会議2008,東京,101,(2008-5)
*15 石井哲資,崔榘躓畸疋田康弘,熊谷知久,加藤孝久:同上,123(2008-5)
*16 佐藤努,齋藤剛:同上,229(2008-5)
*17 堀内崇弘,吉田健太郎,加納眞,熊谷正夫,鈴木哲也:同上,231(2008-5)
*18 J.Ando,T.Saito,N.Sakai,T.Sakai,H.Fukami,K.Nakanishi,H.Mori,H.Tachikawa,T.Ohmori,SAE Papers 2006-01-0820(2006)
*19 Y.Mabuchi,Y.Yasuda,SAE Papers 2007-01-1752(2007)
*20 馬渕豊,佐川琢円,加納眞,諸貫正樹,大原久典,小西正三郎:トライボロジー会議2008,東京,277(2008-5)
*21 鈴木雅裕:トライボロジスト,54(1),34(2009)
*22 西口晃:トライボロジスト,54(1),28(2009)
*23 村川正夫:ASTECシンポジウム,(2009-2)
*24 村上良彦:ASTECシンポジウム,(2009-2)
*25 高橋智,吉葉正行:セラミックス,43(5),405(2008)
*26 伊藤義康:同上,43(5),358(2008)
*27 吉葉正行:耐熱金属材料123委員会研究報告,48(3),327(2008)
*28 松川公映,佐藤勝紀,後藤昭弘,斎藤長男,毛利尚武:トライボロジスト,53(5),339(2008)
*29 石井淳哉,春山義夫,河村新吾,岩井善郎,堀川教世:トライボロジー会議2008,東京,219(2008-5)
*30 筒井英之:トライボロジー会議2008,名古屋,193(2008-9)
*31 清水孝太郎,岩井善郎,本田知巳,宮島敏郎:同上,195(2008-9)
*32 中島晃,馬渡俊文,中島徹,橋本寛嗣:トライボロジー会議2008,東京,149(2008-5)
*33 佐藤和人,水野宏昭,太和田聡,北村順也:同上,217(2008-5)
*34 K.S.Novoselov,A.K.Geim,S.V.Morozov,D.Jiang,Y.Zhang,S.V.Dubonos,I.V.Grigorieva,A.A.Firsov:
Science,306(2004)
*35 A.K.Geim,K.S.Novoselov:Nat.Mater.,6,183(2007)
*36 安藤恒也:表面科学,29(5),296(2008)
*37 榎敏明,小林陽介,福井賢一:表面科学,29(5),304(2008)
*38 白石誠司:表面科学,29(5),310(2008)
*39 神田晶申,塚越一仁:表面科学,29(5),315(2008)
*40 月山陽介,エマニュエル・エルオドラス,梅原徳次,楠美智子:トライボロジー会議2008,東京,211(2008-5) 
*41 宮島孝之,宇佐美初彦,三宅晃司,楠美智子:トライボロジー会議2008,名古屋,171(2008-9)
*42 木村徳博,月山陽介,梅原徳次,楠美智子:同上,315(2008-9)
*43 松本直浩,李貞恩,木之下博,大前伸夫:同上,65(2008-9)
*44 岩井邦昭,金子達哉,広中清一郎:トライボロジー会議2008,東京,83(2008-5)
*45 和田匡史,柏木一美,北岡諭,不破良雄:トライボロジー会議2008,名古屋,355(2008-9)
*46 阿波野道雄,岩井邦昭,広中清一郎,佐竹厚則,須田吉久:材料技術,25(2),67(2007)
*47 細見斉子,天野淳二,石川誠,佐々木成朗,三浦浩治:トライボロジー会議2008,名古屋,381(2008-9)
*48 佐々木成朗,板村賢明,三浦浩治:同上,383(2008-9)
*49 澤江義則,中嶋和弘,土井俊一郎,山口晃,村上輝夫,杉村丈一:同上,365(2008-9)
*50 福留聖志,山崎貴文,竹市嘉紀,上村正雄:同上,73(2008-9)
*51 花田房宣,山口均,小口昌弘:同上,367(2008-9)
*52 松川公英,佐藤勝紀,毛利尚武:トライボロジスト,53(39,188(2008)
*53 細谷和正,平塚健一:トライボロジー会議2008,名古屋,527(2008-9)
*54 松浦宏昭,平塚健一:同上,529(2008-9)
*55 水谷淳之介,西田友久,川邑正広,早川幸弘,今岡亮:同上,31(2008-9)
*56 西村允:同上,51(1008-9)
*57 池田満昭,小熊清典,兼田瀅軫,松田健治:同上,57(2008-9)
*58 松井元英,中村誠,森本文子,久保俊一:同上,67(2008-9)
*59 中村均,譿田誠:同上,69(2008-9)
*60 広中清一郎,岩井邦昭,宮本隆介,渕上武:トライボロジスト:53(6),393(2008)
*61 本多文洋:トライボロジスト,53(11),705(2008)
*62 広中清一郎:同上,53(11),712(2008)
*63 北英紀:同上,53(11),719(2008)
*64 三宅正二郎,黒坂渡:同上,53(11),725(2008)
*65 渡辺克忠:同上,53(11),731(2008)
*66 石橋賢一,三好和嘉:同上,53(11),737(2008)
*67 広中清一郎:潤滑経済,No.470,2(2005)
*68 広中清一郎:潤滑経済,No.496,2(2007)
*69 広中清一郎:潤滑経済,No.509,42(2008)


○インターフェイス
http://www.itfc-cot.jp


○ナノコート・ティーエス
http://www.nanocoat-ts.com


○パーカー熱処理工業
http://www.pnk.co.jp/

不二WPC
○不二WPC
WPC処理は摩擦摩耗特性を向上させる表面改質技術
http://www.fujiwpc.co.jp/

川邑研究所
○川邑研究所
固体潤滑剤“デフリック”の製造販売
  ≫詳細はこちら


○サン・エレクトロ
http://www.sunele.com

住鉱潤滑剤
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http://www.sumico.co.jp/

ダイゾー ニチモリ事業部
○ダイゾー ニチモリ事業部
http://nichimoly.jp/


○東レ・ダウコーニング
http://www.molykote.jp

アドバンス理工
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共振ずり測定装置の製造販売
http://advance-riko.com/

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