DLC複合膜による境界潤滑特性の向上 | 表面改質ガイド | ジュンツウネット21

「DLC複合膜による境界潤滑特性の向上」  2009/4

日本工業大学 三宅 正二郎


はじめに

環境マネジメントの重要性の増大とともに自動車や産業機械のエネルギー消費による環境負荷が大きな問題となっている。この問題を解決する1つの手段として摺動部品の摩擦を低減させる方法がある。ダイヤモンドライクカーボン(DLC:Diamond-like Carbon)膜は無潤滑条件下で優れたトライボロジー特性を示し*1,特に炭化水素系の摩擦生成物が生成されると極低摩擦(μ≒0.01)が得られる*2。

一方,自動車用部品には環境対応のため低トルク化が要求されており,DLCが注目されている。境界潤滑条件で潤滑の効果が得られないなどの問題点があったが,水素フリーDLC膜*3を適用すれば境界潤滑における摩擦が低減できることが明らかになり,エンジンのカム・シム部材に実用化されて燃費向上が実現されている。

さらに,水素フリーDLC膜の境界潤滑特性向上を目的とし,膜中に各種金属を添加することにより,潤滑油および添加剤のDLC膜との親和性を向上させ,境界潤滑特性を改善させることが可能になる*4,*5。

本稿では,自動車などで多用されている境界潤滑条件下でDLC膜の固体潤滑膜効果を活用し,境界潤滑との複合効果で極低摩擦を実現しようという試みを紹介する。

具体的には,金属添加DLC膜の境界潤滑特性をボールオンディスク型摩擦摩耗試験機により評価し,摩擦低減剤であるMo-DTC添加潤滑油*6および合成油PAO(Poly alpha olefin)にエステル系の添加剤(GMO)を添加した境界潤滑下*7で低摩擦を実現した結果を報告する。

1. DLC膜の境界潤滑の問題点

ドライ環境で低摩擦を示すDLC膜をそのまま境界潤滑に応用した場合,期待した極低摩擦を実現できる場合は少ない。図1は各種摩擦面の境界潤滑特性を示したものである*8。従来からエンジンのバルブリフターに適用されているCr-Mo鋼の場合ドライでμ=0.48程度であるが,境界潤滑下では0.12程度に減少する。さらにTiNコーティングでは0.39から0.11程度に減少している。二硫化モリブデン結合膜は,ドライでμ=0.1と低摩擦を示し,境界潤滑でもμ=0.08程度の低摩擦を示す。しかし,耐摩耗性が低く摩擦耐久性がない。

(a)エンジン用部品/水素含有DLC膜の境界潤滑特性

(a)エンジン用部品
 
(b)境界潤滑による摩擦低減効果/水素含有DLC膜の境界潤滑特性

(b)境界潤滑による摩擦低減効果
図1 水素含有DLC膜の境界潤滑特性

一方,水素含有DLC膜では,ドライ環境でμ=0.12であるが,境界潤滑下でもほとんど低下せず,μ=0.11を示している。

このように,DLC膜は境界潤滑条件下でほとんど改善されず,期待される効果は得られない。これに対し,ダイヤモンド膜はDLC膜と同様ドライではμ=0.11であるが,境界潤滑下では低下し,0.06程度になる。もし,ダイヤモンド膜程度の効果が得られれば,バルブリフターで低摩擦を実現でき,燃費向上に貢献できると考えられる。水素含有DLC膜が境界潤滑の効果がないのはDLC膜の表面エネルギーが低く,添加剤の効果が現れないためだと考えられる。それに対し,ダイヤモンド膜では境界潤滑の効果があり,これが発端となって水素フリーDLC膜で低摩擦が実現できている*3。

2. トライボロジー特性を改善するための他元素の複合

DLC膜の特性を改善するため,各種元素が複合されている*9。カーボン膜に添加して特性改善が期待できる添加元素を周期律表から取り出すと図2のようになる。膜の強度を改善するためには,カーボンと強固に結合する材料としてホウ素B,窒素Nが考えられる。これらの元素は5B,6C,7Nと周期律表で並んでおり,超硬質材料であるダイヤモンド(C),立方晶窒化ホウ素(cBN),窒化カーボン(β-C3N4)を構成する元素である。例えばBCN混合膜,ナノ周期積層膜*10が形成され,優れた機械特性が得られている。さらにカーボン(C),ホウ素(B),窒素(N)を構成元素とするナノ周期積層構造を有する固体潤滑膜が開発され,優れた特性が得られている*10。

DLC膜への添加元素

図2 DLC膜への添加元素

SiはCと同じ14族であり,似た性質を示す。また,Si-Cは結合力も大きく,Siを添加することにより,カーボン中の欠陥を減少させれば,強度的にも向上する*11。金属で高強度な炭化物を形成する材料にはTi,Zr,Hf,Wなどがあり,耐アブレシブ性に優れている。また,HfC,ZrC,TiC,TaC,NbCなどは高温用途で重要な耐化学摩耗性にも優れている。カーボン膜中にこれらの化合物を形成すれば膜強度を向上するなど,トライボロジー特性の改善が期待できる。

摩擦,凝着を低減するためには表面のカーボンにフッ素,水素を結合させ,表面を低エネルギー化することが有効である。表面エネルギーの低減,具体的には摩擦係数,吸着力を低減させるため,表層のみをフッ素化したDLC膜のマイクロトライボロジーが検討されており,摩擦力および摩擦力変動は著しく減少し,摩耗も減少する*11。

DLC膜の境界潤滑特性を改善するためには添加剤とDLC膜表面の反応性を向上させる必要がある。このため,潤滑油中のMo-DTC添加剤との反応性を向上させ,低摩擦生成物を形成しやすくするためにDLC膜にチタン(22Ti),鉄(26Fe),モリブデン(42Mo)などを添加した*6。さらにGMOを添加したPAOに摩擦生成物を形成するためマグネシウム(12Mg),チタン(22Ti),コバルト(27Co),ニッケル(28Ni),セリウム(58Ce)を添加した*7。

このように,DLC膜に金属を添加することにより境界潤滑特性を改善できると考えられる。

3. 金属添加DLC膜の境界潤滑特性

3.1 金属添加DLC膜のMo-DTC添加剤による境界潤滑特性

金属添加DLC膜の形成には,図3に示すようにマグネトロンRFスパッタリング装置を使用した。ターゲットにグラファイト(C)を使用し,アルゴン(Ar)ガスを導入し,ターゲット,基板に高周波(13.56MHz)を印加し,膜の形成を行った。金属を添加したDLC膜を形成する場合,金属の扇形状ターゲットをグラファイトターゲットの上に設置した。扇形ターゲットの大きさは面積比で,1/8,1/16,1/32とし,膜中の金属添加量を調節した。それぞれ形成された膜を添加元素(面積比)-DLC膜と記述する。

マグネトロンスパッタリングによる金属添加DLC膜の形成法

図3 マグネトロンスパッタリングによる金属添加DLC膜の形成法

境界潤滑特性の評価には,図4(a)に示すトライボメータ(ボール・オン・ディスク型)を使用した。試料を回転させながら圧子に荷重を与え,摩擦力センサにより摩擦力を計測し,コンピュータ上で摩擦係数を算出した。相手圧子はSUS440Cを使用した。

図4(b)は各種金属含有DLC膜についてMo-DTCを含んだ潤滑油による境界潤滑特性を示している。DLC膜の摩擦係数は潤滑油供給によりμ=0.2と減少し安定しているが,Si基板,Cr-Mo鋼より高い値となっている。

(a)試験機/金属添加DLC膜のMo-DTC添加潤滑油による境界潤滑特性

(a)試験機
 
(b)境界潤滑特性/金属添加DLC膜のMo-DTC添加潤滑油による境界潤滑特性

(b)境界潤滑特性
図4 金属添加DLC膜のMo-DTC添加潤滑油による境界潤滑特性

このように,無添加DLC膜はMo-DTC添加油の潤滑効果は小さい。これに対して金属添加DLC膜はすべて低摩擦を示している。特にFe含有DLC膜のようにドライでは高摩擦を示すものでも潤滑した場合0.07程度まで減少している。さらに,Ti含有DLC膜はμ=0.05と一番低い値を示している。

摩擦回数に対する摩擦係数の変化を見ると,DLC膜およびSi基板の摩擦係数が摩擦回数に対して最初増加し,その後飽和して一定の値を示す。これに対して金属含有DLC膜およびCr-Mo鋼では,最初高い値を示すが摩擦回数とともに徐々に減少する傾向を示す。これらの傾向は,特にFe含有DLCおよびTi含有DLCについて顕著である。これらの結果は,DLC膜では添加剤の効果が少ないが,金属含有DLC膜では含有された金属が活性点となり添加剤と反応し,徐々に摩擦反応生成物が形成され,低摩擦を示すと考えられる。

DLC膜に比べて金属添加DLC膜について境界潤滑で低摩擦を示した原因を明らかにするために摺動部のXPS分析を行った結果を図5に示す。DLCでは,C,O,Znが検出される程度で摩擦面に反応生成物が検出されないのに対して,Ti含有DLC膜についてはMo,Zn,P,S,Caなど添加剤含有元素が見られ,摩擦生成物が生じている。また,原子間力顕微鏡のフォースモジュレーション法により摩擦面の粘弾性特性の評価を行い,粘弾性体の存在を示すtan δが摩擦面で増大していることから,摩擦生成物の形成を確認している。

Mo-DTC境界潤滑部DLC表面の摩擦生成物の表面分析結果

図5 Mo-DTC境界潤滑部DLC表面の摩擦生成物の表面分析結果

3.2 GMO添加PAO潤滑油による境界潤滑特性

DLC膜の添加金属としては合成油とその添加剤(GMO)との反応性を増加するため,Mg,Co,Ni,Ti,Ceを用いた。カッコの中の数値はφ150のグラファイトに対する添加金属のターゲットの面積比を示している。

ボール・オン・ディスク型摩擦摩耗試験で境界潤滑特性の評価を行った。また,境界潤滑における反応生成膜の評価を行うため,原子間力顕微鏡による摩擦面のラテラルフォースモジュレーションによる評価*7,*12を行った。

添加剤入りPAO潤滑下における摩擦係数を図6に示す。Si基板は試験開始初期に摩擦係数が上昇しμ≒0.14を示した。無添加DLC膜がμ≒0.12を示したのに対して,金属添加DLC膜は低摩擦が得られ,特にCo-DLC膜(1/64)がμ≒0.02を示し,最も低い摩擦係数を示している。

PAO+GMO 潤滑 μ;0.13→0.02

金属添加水素フリーDLC膜のPAO+GMO下における境界潤滑特性

図6 金属添加水素フリーDLC膜のPAO+GMO下における境界潤滑特性

境界潤滑下で低摩擦を示したCo(1/64)-DLC膜の摩擦面のナノ力学特性*12測定結果の例を図7に示す。摩擦面Cは横振動摩擦における振幅(摩擦力に相当)が小さい値を示し,頻度のピーク値も大きくなっている。これに対し,境界部D,未摩擦部(E,A,F,B)の振幅は大きな値を示し,高振幅(高摩擦)側に拡がっている。これは,Co(1/64)-DLC膜面に摩擦により低摩擦の反応生成物が形成されていることを示している。

摩擦生成物の確認(ナノ摩擦振幅)

図7 摩擦生成物の確認(ナノ摩擦振幅)

このように,添加剤入りPAO中の境界潤滑でCo-DLC膜(1/64)とCe-DLC膜で極低摩擦を実現できている。

おわりに

DLC複合固体潤滑膜による境界潤滑特性向上効果について述べた。読者の参考になり,本分野での研究開発の活発化の一助になれば幸いである。

<参考文献>
*1 三宅 正二郎:真空,47,12(2004) 811.
*2 S.Miyake:Surf. Coat. Technol,54-55(1992) 563.
*3 三宅 正二郎,保田 芳輝,加納 眞,馬淵 豊:日本国特許第355844号,米国特許US-6846068B1,独国特許Nr10017459
*4 三宅 正二郎,保田 芳輝,岡本 祐介ら:日本国特許第400744号,日本国特許4201557,日本国特許第4203971号
*5 岡本 祐介,保田 芳輝,三宅 正二郎:特願2005-355775,特願2005-260671,特願2005-088270,特願2004-317513,特願2004-317498,特願2002-276825
*6 S.Miyake,T.Saito,Y.Yasuda,Y.Okamoto and M.Kano:Tribology Int. 37,9(2004) 751.
*7 S.Miyake,M.Komiya,W.Kurosaka,Y.Matsumoto,Y. Saito,Y. Yasuda and Y.Okamoto:Tribology Online,3,5(2008) 310.
*8 保田 芳輝,加納 眞,馬淵 豊,板根 時夫,三宅 正二郎,斉藤 喬士:トライボロジー会議1999 春 9.
*9 三宅 正二郎:トライボロジスト41,9(1996) 754.
*10 S. Miyake,T. Hashizume,W.Kurosaka,Sakurai and M. Wang:Sur. and Coat. Technol. 202,4-7(2007) 1023.
*11 S.Miyake,R.Kaneko,Y.Kikuya and I.Sugimot:Trans. ASME J. Tribo. 113(1991) 384.
*12 三宅 正二郎:精密工学会誌,73,8(2007) 859.


○インターフェイス
http://www.itfc-cot.jp


○ナノコート・ティーエス
http://www.nanocoat-ts.com


○パーカー熱処理工業
http://www.pnk.co.jp/

不二WPC
○不二WPC
WPC処理は摩擦摩耗特性を向上させる表面改質技術
http://www.fujiwpc.co.jp/

川邑研究所
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○サン・エレクトロ
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住鉱潤滑剤
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ダイゾー ニチモリ事業部
○ダイゾー ニチモリ事業部
http://nichimoly.jp/


○東レ・ダウコーニング
http://www.molykote.jp

アドバンス理工
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共振ずり測定装置の製造販売
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