潤滑油の性能評価には,実用機械そのものをベンチやフィールドで使用するものから実機の摩擦部を想定したモデル摩擦試験に至るまで,様々な試験方法が使用される。潤滑油のトライボロジー特性評価では,モデル摩擦試験,要素・ユニット試験,実機試験について,特徴や試験結果を紹介する。
はじめに
生産工場や自動車において使用される機械は多種多様であり,これらのほとんどが動力を伝達するために摩擦部を有している。機械が長期にわたり安心して使用されるためには,摩擦部の摩耗や焼付きを防ぎ適正な摩擦特性を維持する必要があり,潤滑油の役割は重要である。機械の用途に応じて潤滑油への要求は様々であり,要求特性を的確に捉えた性能評価が必須となる。
潤滑油の性能評価には,実用機械そのものをベンチやフィールドで使用するものから実機の摩擦部を想定したモデル摩擦試験に至るまで,様々な試験方法が使用される。表1に示すように,実機を使用する方法では実用性能を容易に判断できるが,膨大なコストや時間を要し,また必要な摩擦部以外からのノイズ因子が多く解析が難しいことが問題である。
表1 各種試験の特徴
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一方,モデル摩擦試験は簡便かつ低コストでの評価が可能であるが,機構が単純なために実機試験結果との相関を見いだすことが大変困難である。この間に位置づけられる試験方法として,歯車試験や軸受試験に代表される単体試験やユニット試験がある。これらは実機の一部を取り出して評価されるため,実機試験結果との相関が得られやすく,比較的低コストで評価できる。潤滑油開発では,必要に応じてこれらの試験を選定し使用される。
本稿では,限られた範疇ではあるが各種試験方法の特徴や試験結果を紹介する。
1. モデル摩擦試験
潤滑油には,潤滑性をはじめ酸化安定性や防錆性など,複数の性能をバランスさせることが要求され,これを満たすために数多くの基油や添加剤の選定・配合が必要となる。これらの基材の組み合わせが,摩擦・摩耗特性に大きく影響を及ぼすために,最適配合を決定するまでには膨大な試験を必要とする場合が多い。そこで,基材選定においては評価が簡便なモデル摩擦試験が有効な方法として用いられる。
モデル摩擦試験は,接触形態により点,線,面接触の3種類に分類される。図1にそれぞれ代表的な試験法を示す。これらの方法は,いずれも潤滑油の特性評価に広く用いられている。四球やボールオンディスク試験などの点接触形態を有す方法では,大きな接触面圧を得られることが特徴であるが,試験片の加工が厄介であり,任意の材質で試験を実施することが困難である。ブロックオンリングや二円筒試験など線接触の試験法は,同一接触形態を有する歯車の焼付き・摩耗や疲労損傷の評価によく用いられる。点および線接触の試験法の場合,摩耗により接触面圧が大きく変化するため,評価においては十分な考慮を必要とする。
図1 各種試験の形態
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一方,ピンオンディスクやブロックオンディスクなど面接触形態を有す試験法では,接触面積を一定に保てることが特徴であり,接触面圧が小さいために摩耗の進行も比較的遅く,面粗度と粗さの方向が摩擦特性に大きく影響する。また,線および面接触の試験法では,加工が容易な試験片形状であるため,実機と同一材質を用いた試験が可能であることも大きな特徴である。
図2に示すように,摩擦条件や面形状によって油膜形成状態,摩擦面温度が変化するため有効な添加剤のタイプはそれぞれ異なる。また,摩擦材の材質によっても有効な添加剤は異なる。したがって,これらの因子をできるだけ実機の条件に近づけることが,両者の間に良い相関を得るうえで重要となる。前述のように,添加剤の作用は摩擦面温度すなわち発熱状態に大きく影響される。一般に面での発熱状態を表すのにPV値(P:面圧,V:すべり速度)が用いられる。
図2 摩擦材および摩擦条件と摩擦特性との関連 |
図3は,代表的なモデル摩擦試験の条件範囲を示したものであるが,高面圧・低速タイプと低面圧・高速タイプに分けられ,PまたはVのいずれか一方を大きくすることで,実機のPV値に近づけたり加速して使用される。複数の潤滑油の性能を調べるためには,それらを相対比較し,その関係が実機性能と同列になるように試験法を選定し条件を設定する方法がとられるが,これらは開発上のノウハウとして公開されることは少ない。
これら汎用的なモデル摩擦試験では,主に摩擦・摩耗,焼付きを評価されるが,計測方法や試験片形状に工夫を加えることでより詳細な評価が可能となる。
図3 各種モデル摩擦試験の設定条件範囲 |
例えば,四球試験にて摩擦状態での上下球間の絶縁状態を測定することで,潤滑膜の形成状態を評価する方法がある*1。図4はエンジン油について測定した結果であるが,荷重の増加に従い摩擦係数の上昇とある荷重での潤滑膜の破断が観察され,基油や添加剤の潤滑膜形成能の評価に有効な方法である。
図4 四球試験における潤滑膜形成の測定 |
図5にブロックオンディスク試験にて自動車のシンクロリング/ギヤコーン間を想定した試験結果*2を示す。銅合金製のブロックにシンクロリングと同様の溝を施し油膜を排除することで,要素試験の摩擦係数との間に良い相関が得られている。
図5 ブロックオンリング試験とシンクロ試験の相関*2 |
図6に,ベルトCVTのベルト/プーリー間の摩擦特性の評価のために開発されたブロックオンディスク試験の結果*3を示す。潤滑状態(ηV/PL)が,実機のベルト/プーリー間の状態と一致する条件を設定することで良い相関関係が得られている。
図6 ブロックオンディスク試験での摩擦係数測定*3 |
通常,これらの試験は大気雰囲気下で実施されるが,冷凍機油の場合には冷媒雰囲気下での性能評価が必要であり,そのため密閉型のボールオンディスク試験やブロックオンリング試験*4などで潤滑油への冷媒溶解状態での摩擦・摩耗特性が評価される。
2.要素・ユニット試験
歯車試験*5,*6や油圧ポンプ摩耗試験*7,自動車トランスミッション用湿式クラッチの摩擦試験*8など,要素・ユニット試験では規格化されたものもある。これらの試験では,結果の絶対値で特性を判断することができるため,潤滑油の評価に広く用いられている。しかしながら,機械の種類は様々であり,潤滑油の評価に固有の試験法が使用される場合が多い。
例えば,工作機械の案内面では速度範囲が広いことや面仕上げが特殊であることから,モデル摩擦試験にて十分に摩擦特性を評価することは難しい。図7に,実際の工作機械のしゅう動面部分のみ改造した試験装置にて潤滑油の摩擦特性を評価した結果*9を示す。工作機械では,流体から境界潤滑まで幅広い潤滑領域が存在し,潤滑油によって摩擦係数が大きく異なることを示している。
図7 しゅう動面試験における摩擦特性評価例*9 |
また,自動車用エンジンにおける潤滑油の省燃費性を評価する方法として,エンジンをモータで駆動しトルクを測定する方法がある。図8は潤滑油の粘度と添加剤のトルクへの影響を調べた結果*10であるが,低粘度化や摩擦の低減が省燃費に効果的であることを示している。これらの試験法は実機に近い条件にて評価が可能なため,実機における効果を容易に見積もることができる。
図8 エンジンモータリングによるトルク評価例*10 |
3.実機試験
潤滑油開発においては多くの場合,最終的に実機にて総合性能を評価し,異常摩耗など性能に問題を生じないことが確認されて完成となる。特に自動車用エンジンやミッションは多くの機械要素の集まりであり,また過酷な条件で運転されるため実機試験での確認が重要視される。実機試験は数週間から数年を掛けて実施されるが,開放・評価が容易でないことから運転状態の経時変化や実験油中の摩耗粉量の増加傾向の観察を行い,規定時間の実験終了後に機械を開放し,しゅう動部位の計測・評価を実施するのが一般的である。
おわりに
潤滑油の開発に用いられる試験法の特徴や試験結果例を紹介した。潤滑油の種類は多く,これらの開発のために膨大な試験が実施される。開発を迅速かつ的確に行うには,簡便で低コストであるモデル摩擦試験の活用が必須である。そのために,モデル摩擦試験でいかに実機試験との相関を見いだすかが重要な課題であり,力が注がれている。今後とも多くの研究者によって,評価技術はさらに進歩していくものと考える。
〈参考文献〉
*1 片淵:出光石油技術,32,5(1989) 81.
*2 阿部・加藤:トライボロジー会議予稿集(2003-11) 447.
*3 NARITA & DESHIMARU & YAMADA:JSME International Conference on Motion and Transmisions.Fukuoka(2001)730.
*4 川口:出光トライボレビューNo25(2005) 24.
*5 IP 166/67(Reapproved 1983)
*6 DIN 51 354.
*7 ASTM D2882.
*8 JASO M348-95
*9 弟子丸・武居・田中:トライボロジスト,36,12(1991) 67.
*10 田本:石油学会石油製品討論会(2005)111.
トライボロジー試験機の紹介
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